TRAILS REPORT

NIPPON TRAIL #05 房総・クジラの道 〜【前編】房総半島横断に見出した旅のテーマ

2018.06.22
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文:根津貴央 構成:TRAILS

「次は千葉の房総半島を歩いてみない?」

いつだっただろうか。編集部でNIPPON TRAILの話をしていた時、そんな案が持ち上がった。

正直、ピンと来なかった。単に僕が無知なだけ、というのはわかっている。実は生まれてこのかた、千葉の山を一度たりとも登ったことがない。散歩すらない。ただ一度だけ、どっかのオートキャンプ場でキャンプをしたことはあったような気がする。その程度なのだ。とはいえ、住めば都という言葉と同様、歩けば都というのが僕のスタンスなので、きっと歩いてみたら楽しいのだろう。

一方、編集部の佐井聡と小川竜太は千葉県出身、佐井和沙は千葉県在住ということもあって、幾度となく房総の山々を歩いている。歴史や文化にも詳しい。だから、千葉を歩いてみたいという思いは強かった。

ただ、編集部全員が共通して抱いていたことがあった。それは、これ!という決め手に欠けることだった。

房総を歩く理由。まずはそれを探す旅にでることから、今回のNIPPON TRAILは始まった。

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生まれ育った千葉にかかわり続けてきたTRAILSが、房総で新しい旅のカタチをさぐる。



そもそも房総を歩こうと思ったきっかけは、佐井と小川のちょっとしたコンプレックスからだった。千葉には誇れる山がない。山がないコンプレックスだ。

そして、名前も知られていない地元の低山やトレイルを歩く人を増やしたい、もっとローカルを盛り上げたい。そんな想いが『POP HIKE CHIBA』というハイキングイベントにつながった。このイベントは今年で6年目を迎える。

『POP HIKE CHIBA』は、有名ミュージシャンのライブも行なわれる、千葉ローカルの『cafe STAND』がオーガナイズするハイキングイベント。そこに千葉が拠点のアウトドアギアブランド『GREAT COSSY MOUNTAIN』、千葉にゆかりのあるメンバーが立ち上げた『TRAILS』がサポートハイカーとして、『Hiker’s Depot』がゲストハイカーとして携わっている。

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今年で6年目を迎えた『POP HIKE CHIBA』。千葉を楽しむローカルハイキングイベント。

さらにTRAILSは、これまで千葉を盛り上げるさまざまなプロジェクトに参画し、南房総の魅力を探し、発信する活動にも参加してきた。南房総3市1町(鴨川市、館山市、南房総市、鋸南町)の地元の企業や学校、商店、住民の人たち、行政とも密に関わってきた。こと千葉をおもしろく盛り上げることに関しては、実は強い思いを持っていた。

つまり、千葉を理解し、千葉の魅力を知っているからこそ、逆にNIPPON TRAILとして取り上げるにあたっての決定打のなさを感じていたのだ。

僕も同感だった。聞けば、東京から近いのに意外と知られていない里山がたくさんある。千葉の山について調べてみると、最高峰の愛宕山(標高408m)は、日本一低い最高峰(47都道府県の最高峰の中で一番標高が低い)だった。しかも千葉の平均標高は日本一低い。

山が低く丘陵に近いからこそ、垂直方向に意識の行きがちな登山ではなく、水平方向の歩き旅を楽しむロングハイキングができそうな気はしていた。

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平均標高が日本一低い千葉の里山風景。

でも、ただ山々をつなげればいいわけではない。なぜなら、僕たちは低山登山をしまくりたいわけではないからだ。もちろん低山登山それ自体は楽しいのだが、今回はあくまでTRAILSが考えるNIPPON TRAILらしさが求められる。その “らしさ” が足りなかった。

じゃあNIPPON TRAILとは何なのか? 正直、明確な答えはまだないのだが、僕たちは毎回、歩く地域についてより深く知り、より濃密な体験をしたいという欲求から、そのエリアを掘り下げる作業をしている。そして毎回、NIPPON TRAILのあるべき姿を探しながら歩いている。

もうこれは、一回現地に行ってみるしかない!
ポイント、ポイントでは房総を知っているが、点をつなげた線として体験したことはない。だから今回のルートを下見に行けば、その “らしさ” の手がかりが掴めるのではないかと考えたのだ。



調査捕鯨にあらず。和田浦で出会った、400年前から続く捕鯨文化とクジラ料理。



向かった先は和田浦。もともと僕たちはホームトレイルのように通っている花嫁街道(烏場山)をスタート地点にしようと考えていた。だから、その花嫁街道のある和田浦へと足を運んだ。お昼過ぎだったこともあり、とりあえずご飯でも食べよう!と港沿いをブラブラしながら店を探す。

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和田漁港。捕鯨基地で知られる漁港であり、周辺にはクジラ料理を提供するお店や民宿も多い。

食事処らしき看板が見えた。『くじら料理の店 ぴーまん』。

「和田浦はクジラで有名なんだよ」と編集長の佐井が言う。千葉県民にとっては常識のようだ。僕は、なんだ店名にはツッコまないのかと思いつつ、「それじゃあ食べないとね!」とこたえた。実際、クジラは幼い頃に食べたっきりだったし、懐かしさもあった。

メニューを見ると、クジラ料理のオンパレード。てっきりサイドメニューでちょっと出している程度かと思っていただけに驚いた。今どきクジラなんて調査捕鯨でしか獲れないだろうから、どんなルートでこんなに入手してるのか。店主に聞いてみた。

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もともと民宿を営んでいたという『くじら料理の店 ぴーまん』。30年ほど前にクジラ料理専門店になった。ツチクジラの唐揚げ、ミンククジラの刺身&カツ、クジラの佃煮、クジラのなめろう(右上)、さらしクジラ(左下・尻尾の皮をさらしたもの)、ユッケ、ベーコンなど、料理のバリエーションの豊富さに驚いた。

「ここで獲れたツチクジラだよ」。

そう、こともなげに言う。よくよく聞いてみると、クジラの中でもツチクジラは現在も捕獲が認められているそうだ。実はここ和田浦は、関東唯一の捕鯨基地で、年間26頭のツチクジラの捕獲枠を有しており(※)、今もなおクジラを食す文化が続いている。

「ツチクジラは竜田揚げ、ミンククジラは刺身にするのが一般的ですね。お客さんの中には『クジラって、食べていいんですか?』って聞いてくる人もいるんです。でも和田浦の人たちにとっては昔から普通に食べていたもの。今もクジラが獲れたら、地元の人がバケツを持って解体場所に買いに行くんですよ。ここら辺の学校だと、給食にクジラが出ることもありますしね」。

※ツチクジラは国際捕鯨委員会(IWC)の管轄外であり、日本が自主管理している。捕獲枠は年間66頭。和田浦と宮城県石巻市(鮎川)が26頭、函館が10頭、網走が4頭となっている。

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和田漁港で水揚げしたツチクジラを、解体前に計測しているところ。(外房捕鯨株式会社より)

これには驚かされた。僕だけではなく千葉にゆかりのある編集部全員にとっても新事実だった。

まず現在食べられているクジラは、あくまで調査捕鯨のものだと思っていた。てっきり食用に獲るのは禁止されているのかと。でもそれはとんだ誤解だったのだ。今もなおしっかり頭数制限をして捕鯨が続けられているし、住民の方々もバケツで買いに来るほど地域に根ざしている。そして、これまでクジラを食べて旨いと思ったことはなかったが、本当はとても美味しく、さまざまな料理のバリエーションがあることを知った。

捕鯨をいたずらにタブー視する風潮に、僕たちもすっかり流されてしまっていた。そしてそれを盲目的に信じ込んでいた。

ちなみにここ和田浦で捕鯨を手がけているのは、創業約70年の外房捕鯨株式会社、この一社のみ。社長の庄司義則さんはこう語る。

「捕鯨、そしてクジラを食べる文化は、ここ房総で400年以上も続いてきました。たしかに昔を知る人は年々少なくなっています。でも地元の小学校の地域学習では今でも鯨学習が行なわれていて、私も講義を担当しているんです。毎年、小学生のためのクジラの解体見学も実施していて、かれこれ20年くらい続いているかな。この地元ならではの素晴らしい文化をずっと守っていきたいですよね」。

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お店の人や地元の住民たちが、バケツを持って買いにくる。これが和田浦の日常風景だ。(外房捕鯨株式会社より)



コンセプトは、クジラの道。房総の現在(いま)を歩く。



僕たちは、これだ!と思った。

これまでは、日本固有の食文化が長らく海外に受け入れてもらえない状況から、なんとなくやっぱり良くないのかと思ってしまっていた。千葉の魅力を再発見すべく活動していたにもかかわらず、ステレオタイプな考えを持ってしまっていた。

でも、今回の下見によってその思い込みは覆された。和田浦の『くじら資料館』では、もともと鯨油目的だったクジラを、食用も含め余すところなく使って無駄にしないという日本らしい考えがあることも知った。昔の人は鯨塚を作って敬意も払っていた。この事実は衝撃だった。これは、房総をロングハイキングする上で大きなテーマになる!そう確信した瞬間だった。

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和田漁港からクジラの道を歩きはじめる。

NIPPON TRAILは、ただ単に歴史や文化を学んだり、紐解いたりすることを目的とした企画ではない。もっともフォーカスしたいのは『現在』。日本の現在(いま)なのだ。

僕がアメリカを歩いていた時に、アメリカ人ハイカーから「日本は伝統とか歴史とかがあるから羨ましいよ」と言われたことがあった。たしかにそうかもしれない。実際、それを求めて来日する人や、日本を旅する外国人も多い。

でも僕はアメリカの現在(いま)が楽しかった。いまこの瞬間を楽しんでいる陽気なハイカーたちが好きだった。そして思った。日本の現在(いま)をもっと知りたい、もっと楽しみたいと。このマインドは、ローカルの現在(いま)を盛り上げようとしているTRAILSのスタンスと共鳴する部分でもあった。

だから、捕鯨文化が今もなお息づく和田浦は、僕たちにとって最高のフィールドだった。加えて、もともとゴールに設定していたのは鋸山のある鋸南町(きょなんまち)。鋸南町の勝山と言えば、房総捕鯨発祥の地。その歴史は古く、400年前の江戸時代にまでさかのぼる(詳しくは後編にて)。

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『生月御崎沖背美鯨一銛二銛突印立図』。これは長崎県の生月島(いきつきしま)における捕鯨の様子で、文政12年(1829年)に制作された『勇魚取絵詞』(いさなとりえことば)に収録。当時は、捕鯨集団によって組織捕鯨が行なわれていた。(国立国会図書館デジタルコレクションより)

捕鯨文化がつづく和田浦を出発し、約70km、5日間をかけて歩いて、房総捕鯨発祥の地へとたどり着く。この僕らの描いたルートは『クジラの道』にほかならない。

千葉の低山をつなげるだけでもなく、房総半島を横断するだけでもない。これはTRAILS Crewによる唯一無二のクジラの道・ロングハイキングだ。

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花嫁街道から里山を経由して、棚田が広がる大山千枚田へ。



和田浦をスタートした僕たちは、花嫁街道で烏場山を目指す。出発早々に花嫁街道なんてステキな名前のついた道を歩くとは、なんだか縁起がいいじゃないか。かつて山間にある集落と海辺の集落の交易路であり、学校への通学路でもあり、花嫁が嫁ぐために通った道でもあるそうだ。

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ここを歩いて驚いたのは、その植生だ。東京在住の僕にとってみれば、隣県の千葉の植生はほぼほぼ東京と同じだとばかり思っていた。ところが、温暖な気候の房総半島は常緑広葉樹林が多く、マテバシイやスダジイが群生している。そのなかを歩いていると、まるで異国にでもいるかのような不思議な気分になる。

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雨の花嫁街道は生命力にあふれ美しかった。群生するマテバシイに見とれることもしばしば。

千葉県の最高峰といえば愛宕山。登ってみたい気持ちがないわけではなかったが、実はここ、航空自衛隊の峯岡山分屯基地内にあるため、入るには1週間前までに申請しなければいけない。そんなこともあり、愛宕山は迂回して隣接する二ツ山(標高376m)へ。

地味な低山をあなどってはいけない。この二ツ山からの眺望が素晴らしかった。北西側が開けていて、清澄山系と鋸南町方面が一望できるのだ。

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一面に広がる棚田が印象的な大山千枚田。近くにある棚田カフェのチッコライスバーガー(チッコとは牛乳のこと)がおすすめ。

二ツ山を下りてしばらく進むと、パッと目の前が開ける。そして現れるのが広大な棚田。そう、ここが東京からいちばん近い棚田としても知られる『大山千枚田』である。なんなんだろう、このいつまでも眺めていられる感じというか、癒される感じというか。ここは日本で唯一、雨水のみで耕作を行なっている天水田(てんすいでん)でもあるそうだ。



人生初、田んぼの真ん中であぜ道キャンプ。



大山千枚田では、とある農家民泊を営んでいるご夫婦の家にお世話になった。到着時刻が遅くなる可能性があったため、予約の際にテント泊でぜんぜん大丈夫なんで!と伝えていたこともあり、テント泊をすることになった。

大きな敷地を有するご夫婦で、どこでも張っていいよとのこと。僕たちは悩んだ結果、景色が良さそうな田んぼ脇のあぜ道をお借りすることにした。人生初のあぜ道キャンプだ!端から見ると異様というか、不法侵入感があるというか。でも、陽が沈みはじめてしばらく眺めていると……なんだ、とても様になっているじゃないか!

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これが、田んぼの真ん中のあぜ道キャンプ。想像以上に快適で居心地がいい。

夜になると、田んぼならではのBGM。大勢のカエルの鳴き声だ。うるさくて眠れないのかと思いきや、その合唱が意外と心地よく、いつの間にか眠りについていた。田んぼとあぜ道とテント泊。僕たちのロングハイクの定番にしたいくらいだ。

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お酒のお供は、南房総名産の『くじらのたれ』。鯨の肉をたれに漬け込み天日で干したもので、一般家庭でも食されている。

翌朝は、ご夫婦のご自宅で朝食をいただいた。テント泊をしたお客さんは初めてだったようで、ご夫婦ともに僕たちに興味を抱いてくれていたようだった。というかどっちかというと怪しい客だよな?と内心思っていたこともあって、自己紹介がてら身の上話などをした。

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実はここ、千葉で一番最初に民泊をはじめた農家とのこと。現在は学校や地域団体の利用がメインで、残念ながら常連さん以外の個人での宿泊は原則お断りしているそうだ。

農家民泊ということもあり、朝食はある程度イメージしていたのだが、なぜか食卓には赤飯。ん?赤飯??? このエリアの食文化なのかな? と思って聞いてみると……

「ウチに初めて来てくれた人には、お赤飯を出すようにしているの。おめでたいから」とお母さん。とても嬉しい心遣いだった。

出かける際には、「いっぱい持ってきな」と、おにぎりと漬物と果物を持たせてくれた。名残惜しくてもう一泊したくなるくらいだった。お父さん、お母さん、ありがとう。

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後編に続く:房総捕鯨発祥の地へと向かうTRAILS Crew


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WRITER
根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年4月、TRAILSに正式加入。著書に『ロングトレイルはじめました』(誠文堂新光社)がある。

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