TRAILS REPORT

SKI HIKING | #01 BCクロカンの誕生とそこから広がる旅の世界

2019.04.24
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取材・文:根津貴央 写真:氣田稔充、石木田博、TRAILS 構成:TRAILS

年始に公開したBCクロカンの記事は、「なんだか楽しそう」「自分もできそう」という未経験者の声から、「やったことあるけど面白いよ」「競技じゃないからゆるく楽しめる」といった経験者の声まで、想像以上の反響がありました。

TRAILS編集部内でも、加速度的に熱量が高まってきているBCクロカンですが、そもそも僕たちはどこに魅力を感じたのか?

それは、ハイキングの延長として楽しめること。BCクロカンは、ゲレンデを滑降するスポーツとしてのスキーではなく、雪上を歩いたり滑ったりしながら移動することを楽しむものです。

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BCクロカンは、かかとが固定されていない(ヒールフリー)ため、歩く感覚で滑ることができる。

もちろん、雪上の移動だけを考えればスノーシューも有用ですが、BCクロカンの板はスノーシュー以上の浮力を持ち、さらに下りは滑ることも可能。雪という環境の特徴を最大限に活かして、より速く、より遠くに行くことができるのです。

これは僕たちが、ロング・ディスタンス・ハイキングに見た “新しい旅のカタチ” と同じだと感じました。BCクロカンを旅の道具として活用すれば、冬季に新しいスタイルの雪上ハイキングが可能になる。

そこで今回から『SKI HIKING』というテーマで、スキーでの旅や遊びを紹介します。特に、雪がほどよく締まった春はベストシーズン。雪山でもうひと遊びしたい! という人はもちろん、来シーズンに新しい遊びにチャレンジしたい! という人にも、この記事を楽しんでもらえればと思います。

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春は雪も締まっていて歩きやすい。いざ「SKI HIKING」へ!

まず第一弾は、BCクロカンのルーツから。BCクロカンと言えばこの二人、という人物にインタビューをしてきました。

一人目は、アウトドア用品の輸入・販売を手がけるミヤコ・スポーツ株式会社の氣田稔充(けた としみつ)さん。彼は、BCクロカンで使用する道具をBCクロカンという名前が誕生する前から扱ってきた人です。

もう一人は、テレマークスキースクール「まほろば倶楽部」を主宰する石木田博(いしきだ ひろし)さん。彼は、何を隠そうBCクロカンの名付け親。

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BCクロカンの道具。歩くことを重視しているため、板は細くて軽く、裏側にはウロコ状の加工が施されている。エッジがあるため滑ることも可能。ビンディングはクロスカントリー用で、つま先だけをバーで固定するヒールフリーのタイプ。ブーツは革製で柔らかく履きやすい。

これから二人の話をもとにBCクロカンの歴史を紐解いていくわけですが、その前に、まずはテレマークスキーの変遷について振り返ってみたいと思います。なぜなら、BCクロカン誕生の背景には、歩きも滑りもできるテレマークスキーの存在が大きく影響をおよぼしているからです。


繰り返されるテレマークスキーのリバイバル


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19世紀後半、ノルウェーのモルゲダール村でテレマークスキーは産声をあげた。当時の競技会では、同じ道具でジャンプとスラロームを行なっていた。(http://www.morgedal.com/ より)

テレマークスキーは、19世紀後半ノルウェーのなだらかな丘陵地帯で生まれたスキースタイル。ひとつの道具で、歩き、滑り、ジャンプをこなし、現代のあらゆるスキーの原型となっている。その後、アルプスの山岳地帯のオーストリアで発展し、アルペンスキーに取って代わられてしまうことになる。

しかし数十年後、1970年代にアメリカで再興。当時ブームだったクロスカントリースキーにテレマークターンが有効だったことに加え、自然回帰のムーヴメントの影響も大きかった。ゲレンデからウィルダネスへ。テレマークの歩くスキーとしての機能が注目され始めたのだ。そしてそれは、80年代に日本にも伝わってきた。

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1970年代にアメリカはコロラド州を中心にテレマークが再興。右が、1978年にスティーブ・バーネットが出版した本で、後に邦訳されてテレマーカーのバイブルとなった。左は、1979年に発売された雑誌で、当時のアメリカでのスキーブームを紹介。

ただゲレンデ文化の色濃い日本では、滑ることがメインだった。石木田さんも、90年代にテレマークスキーに傾倒し、レースにも参戦。一方で当時、テレマークスキーの道具を用いて、雪原散策を楽しむ、つまり歩くことに主眼を置いたネイチャースキーと呼ばれるものが流行りだす。

しかし、その歩くことを楽しむスキーも、革靴からプラスチックブーツへの進化とともに、ダウンヒルの要素が強くなってきてしまう。さらに、歩きから滑りへ、というステップアップの流れも確立されてきた。結果、スキーヤーはどんどん傾斜の急な高所に移り、標高の低いフィールドでの楽しみ方が忘れられていった。

それが2000年代に入り、石木田さんが名付けた「BCクロカン」という言葉とともに、日本であらたな雪山の遊びとして復活してきたのだ。


氣田さんが語るBCクロカンの道具の歴史


氣田さんは、スキーの道具を扱う立場で、ずっとBCクロカンに関わり続けてきた人物だ。そもそもBCクロカンに使用する道具は、BCクロカンのために開発されたわけではない。もともと存在していた板とブーツを使用している。その道具は、いったいどこでどう使われていのか。そんな話から伺っていきたい。

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1965年、青森県七戸町生まれ。雪国ということもあり幼少期からスキーに親しむ。小学校6年の時のクロスカントリースキー県大会で優勝。以来、大学までクロカンスキーの選手として活躍。卒業後、ミヤコ・スポーツ株式会社に入社。スキーやその道具の普及に努めている。

ーー BCクロカンという言葉がない時代から、長らく同じ道具を扱っていたと聞きました。

氣田:そもそもバックカントリースキー(BCスキー)っていうのは何かと言うと、ゲレンデとゲレンデの間に平地があって、そこで遊んでいたスキーヤーがいた。バックカントリーっていうのは、裏山とか僻地って意味であって、そういうところを移動して遊ぶものだったんです。

BCクロカンは2000年代に入ってからの言葉ですが、それ以前、同じ道具を使うスキーはバックカントリースキーっていうカテゴリーでした。ウチが輸入しているカルフ(アメリカ)っていうブランドがあるんですけど、そこの社長がバックカントリスキーって名前をつけたと聞いています。

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1970〜80年代のアメリカでは、テレマークブームだった。

ーー 今は、BCスキーというと、雪山のパウダーを滑降するというイメージです。

氣田:昔は違ったんです。それが、アルペンスキーの人も徐々にゲレンデの外の裏山のフィールドで遊ぶようになってきて、それで楽しくなってこれがBCスキーだ! って言い始めて持ってかれちゃったんです。

もともとは、歩くためのスキー板に滑りをサポートするエッジをつけた道具をBCスキーと呼んでいました。それは裏山エリアを自由に移動して遊ぶものだったんだけど、今は、全世界的にゲレンデ外のフィールドを滑降して遊ぶアルペンスキーを、BCスキーと呼ぶように変わったのです。

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森林限界以下のエリアの自然の中でスキーを楽しむのが、元来のBCスキーだった。

ーー もはや元祖BCスキーの遊び方を広めるには、別の名前が必要だった?

氣田:BCスキーの歩く部分だけを考えれば、90年代後半にネイチャースキーという歩きメインのスキーは流行ったんです。でもそれは歩くだけなんで道具はなんでもよくて、テレマークの道具を使ったりしていました。

それで2000年代初頭にスキーインストラクターの石木田博が、もともとのBCスキーで使用している道具に目をつけたんです。ただ、BCスキーはもうアルペンスキーになってしまっていることもあって、彼は「BCクロカン」っていう名前を考えたんです。

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BCクロカンでよく使用されるマズシャスの板。


石木田さんの考えた「BCクロカン」の萌芽


そもそも、テレマークスキーの選手として活躍しつつ、テレマークスキースクールも主宰していた石木田さんが、なぜ「BCクロカン」を生み出したのか。それは、滑り中心、高所志向になっている日本のスキー界において、森林限界下のフィールドで、もっと軽量・軽快な道具で、自由に歩いて滑って遊べるスタイルを模索しているなかで生まれてきたものだった。まずはその話から訊いていきたい。

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1968年、秋田県生まれ。96年、99年にTAJ日本シリーズレースにおいてシリーズ優勝。またニュージーランドにてスキー教師資格取得 NZSIA(現ISIA)エレメンタリーレースコーチ、マウンテンスキル課程修了。現在はテレマークスキースクール「まほろば倶楽部」を主宰。

ーー 2000年代初頭に、「BCクロカン」という名前を生み出したそうですね。

石木田:名前の由来ですが、BCはバックカントリーです。イメージは雪国の生活圏、家の裏から近所の森、スキー場があればその周辺といったところでしょうか。気軽にうろうろ歩いて回る感じです。

ゆえに、使う板の滑走面には歩きやすいよう、ステップカットが刻まれています。日本では「うろこ」とも言いますね。

ただ、流通において最大マーケットのアメリカを経由するうちに、いつのまにやらバックカントリーという言葉が標高の高い、いわゆるハイマウンテンまでをも含み、というか、どちらかというとそちらのイメージで使われるようになっているのが現状です。

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近所を散歩するかのごとく楽しめるのが、BCクロカン。

もちろん、言葉っていうのは時代によって変わるし、使われて決まっていくものということはわかっています。でもやはり僕はBCを、そもそもの使われ方であった生活圏から裏山あたり、まさに滑走面のステップカットが活きるような気軽な標高と活動圏を「ビーシー」と、そうなればいいなとの想いもあって名前に組み入れました。

ーー 「クロカン」は、クロスカントリースキーのことですか?

石木田:これは日本語です(笑)。略語と言うよりは、BCクロカンにおける「クロカン」はビンディングがクロカンビンディング、という意味で作った日本語(造語)です。

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ビンディングの種類はさまざま。左側の2本が、クロカンビンディング。

そしてこのビィンデングに適合するブーツに、テレマークやアルペンスキーのようなプラスチックブーツはありません。ここが大事! ゆえにダウンヒル方面、硬い斜面やゲレンデが物理的に苦手となり、見方を変えればそちら方面に進む流れに道具的に蓋ができる、というような想いが当時はありました。

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いちばん左がBCクロカンで使用する革製ブーツ。中央と右はテレマーク用。

一方で、革製でローカットなブーツは軽量であるため、ダイレクトに感じられる軽さがあります。ここが前述した裏山裏庭的バックカントリーと相性が良く、歩き回って滑りながら、道具からソフト(フィールド)が自然にひらかれていったら楽しいなぁと期待しているわけです。

あと、もうひとつ大事な点! クリスピー社が革ブーツにゴアテックスを採用したこと。これ忘れちゃいけません。それまでの革ブーツでは水がしみてきましたからね。足の環境がグッと快適になったこと、これは大きいですね。

ーー プラスチックブーツが主流の現代において、革靴というのも特徴的です。BCクロカンを思いつくきっかけとなったブーツがあったと聞きました。

石木田:90年代終盤にサロモンが、クロスアドベンチャー(X-ADV)という独自規格の道具を出してきました。見た目はちょっとごついクロカンブーツなんですが、これにステップカットの板を組み合わせ、山を颯爽と滑りおりてくる映像と道具のセットで出してきたわけです。これは衝撃でしたねぇ。こんなローカットブーツでも山を滑れるんだ。クロカンでもいけるんだ。ステップ板でいいんだ。当時はステップ板でダウンヒル、というのが驚きでしたからね。

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サロモンのクロスアドベンチャー(X-ADV)用ブーツ。

ーー クロカン、ステップ板のような歩くことがメインの道具で、滑りも組み合わせて標高の低いエリアを楽しむことができるということですね。

石木田:プラブーツ化と同時に始まった板のハード化、これがこれからのテレマークの進む方向であることは当時すでに明らかでした。より標高の高いところでのダウンヒルスキーへ、と。一方でその空いたスペース、もしくはまだ未開の日本のBCにはこのBCクロカンブーツがイケる! と展望が開けたことを今でも明確に覚えています。

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標高の低いエリアで遊ぶBCクロカンが、徐々に日本で広まってきている。

こうして、歩くことを楽しむスキーの新しいカタチとして、「BCクロカン」が日本で誕生した。


アメリカ人ハイカーが実践しているスキー・トリップ


氣田さんと石木田さんによる、知られざる「BCクロカン」の誕生秘話は、とても興味深いものだった。TRAILSは、今後もBCクロカンを掘っていきたいと考えている。

ただ、スキーでのツーリング、いわゆるロング・ディスタンス・ハイキング的な長旅を考えた場合、BCクロカンとは異なる道具をチョイスすることもあるだろう。

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「PCT Winter Traverse」では、山岳スキー用の道具が使用された。写真の人物は、トラウマのパートナーのペッパー。(http://www.shawnforry.com/ より)

たとえば、TRAILSのアンバサダーでもあるトラウマ(ジャスティン・リクター)が成し遂げた『PCT Winter Traverse』。これは冬のPCTを132日間かけて踏破した偉業だが、この時、彼が使用していたのは山岳スキーで使用するプラブーツとビンディングだった。

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「Alaska-Yukon Expedition」では、テレマーク用の道具が使用された。(https://andrewskurka.com/ より)

また、同じくアメリカの有名なハイカーであるアンドリュー・スクーカは、アラスカを一周する『Alaska-Yukon Expedition』において、テレマーク用の革靴とビンディングを使用した。

TRAILSとしても、今後の旅のスタイルやフィールドに応じて、BCクロカンをはじめさまざまなギアを用いながら、SKI HIKINGを楽しんでいきたいと思っている。

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次回は、BCクロカンにハマった7名の日本人を紹介します。さまざまな人が、さまざまなスタイルで楽しんでいるのを見ると、この世界の広さ、自由度を感じます。ご期待ください。

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根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年4月、TRAILSに正式加入。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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