TRAILS REPORT

LONG DISTANCE HIKERS DAY / AFTER REPORT#1

2016.03.04
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ハイカーであれば、誰でも抱く長い歩き旅への憧れ。ひと昔前であれば、加藤則芳さんの本の中にある世界であり、どこか遠い憧れのような世界だった。しかしこのLONG DISTANCE HIKERS DAYで話をしてくれたハイカーたちは、山屋的な風貌やアルピニズムにあるストイックさとは違う、決して身体的に特別な鍛錬をされた者ではなく、ただただ愛さざるを得ない旅人たちでしかなかった。

私たちTRAILSは、そんなロング・ディスタンス・ハイキングの旅への衝動を抱えたハイカーに向けて、昨年『LONG DISTANCE HIKING』(長谷川 晋・著)という本を上梓した。この本では、LONG DISTANCE HIKINGの基礎情報やそのカルチャーに焦点を当て、誰もが手に取り、いつでも振り返れるロング・ハイキングのための情報をまとめた。しかしそれだけで十分でないのはわかっていた。

トレイルの状況は日々変化しているし、トレイルを取り巻くカルチャーも常に胎動している。そして本というメディアだけでは本当にリアルで生々しい経験や情報は届けづらい。このカルチャーを愛し続け、定着させていくためには、リアルなハイカーが集まる、リアルな場の必要性は自明だった。その全体で、ハイカーの集合知が形成され、リアルなダイナミズムが起こっていくはずであると。

PCT(Pacific Crest Trail)のキックオフ・パーティや、AT(Appalachian Trail)のTRAIL DAYSのような、ハイカーによるハイカーのお祭りを日本でも作っていきたい。その第一歩を踏み出したイベントがLONG DISTANCE HIKERS DAYであると捉えてもらえると嬉しい。だからこのイベントレポートもリアルなロング・ディスタンス・ハイカーであり、ATのTRAIL DAYSなども現地で目にしてきた根津さんにお願いすることにした。

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■プロローグ
ついにこの日がやって来た。正直なところ、日本でロング・ディスタンス・ハイキング(以下LDH)のイベントが開催されるのは、もっともっと先のことだろうと思っていた。なぜなら、日本においてLDHの認知度はまだまだ低いし、歩く人も、興味がある人も少ないと考えていたからだ。

それゆえ、まずはこの英断をした主催者には敬意を表したい。そして、開催して終わりではなく、このレポートを通じてイベントの内容をしっかり振り返り、より多くの人に伝えると同時に次につなげたいと考えている。

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ちなみに今回のイベントの企画には、僕はネパール・トリップの仕事もあって一切関与していない。だから、いちロング・ディスタンス・ハイカーとしてこのイベントを待ち望んではいたとはいえ無条件に称賛するつもりはないし、客観的に批評できるつもりだ。PCTの「ADZPCTKO(Annual Day Zero Pacific Crest Trail Kick Off)」、そして「PCT DAYS」、さらにはATの「TRAIL DAYS」といった、アメリカの名だたるハイカーイベントに参加した経験を活かし、自分ならではの視点でレポートしたい。

レポートは2回に分けてお届けする。1回目の今回は、「日本人ハイカーの今」にフォーカスし、実体験を中心に紹介したい。取り上げるイベントコンテンツとしては、ロング・ディスタンス・ハイカーが体験談を語る「HIKER’S TABLE」と、ここ2年以内に歩いたハイカーから現地の最新情報を聞く「NEW YEAR’S TOPICS」である。

果たして、日本初のLDHイベントはいかなるものだったのか——。

■HIKER’S TABLE
8人のロング・ディスタンス・ハイカーによるプレゼンテーション。「こんなとこ歩いてきました!」というプレゼンは、別に珍しいものではない。登山やら冒険やら旅やらテーマは違えど、この類いのイベントに参加したことのある読者も少なくないだろう。そして1〜2時間にわたってスライドや体験談を報告するイベントは、得てして途中で飽きてしまうことも多い。

でもこのイベントでは、各人の持ち時間はたったの30分(質疑応答も含む)。しかも、4人が同時刻に各ブースで話をし、終わると入れ替わって他の4人が話をする。これで1時間。この1サイクルを1日に4回実施する。ワールドカフェのようなスタイルである。

入退出も自由なので、観るほうの自由度が高いのが特徴だ。好きな時に好きなプレゼンに参加できるし、ピンとこなければ別のところに移ってもいい。個人的には、内容はもちろんこの自由度こそがこのイベントの真骨頂だった気がした。本場アメリカのイベントに顕著だが、主役は主催者ではなく参加したハイカーにある。それが体現された形式だった。

ここで8人分の内容を子細に記すこともできるが、今回は、僕の独断で2人ずつカテゴライズして、ポイントを絞って紹介したいと思う。

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プレゼンテーションで使用された写真の数々。ロング・ディスタンス・ハイキングのリアルがひしひしと伝わってくる。

Hiker Story 1 : LDH後に変わった普段の仕事と日常の景色
「ロング・ディスタンス・トレイル(以下ロングトレイル)を歩いて何が変わったのか?」。これは多くの人にとって大きな関心事のひとつである。

4年前にジョン・ミューア・トレイル(以下JMT)を歩いた松本司さんは、こう語る。

「何事も受身だった自分が、思い切ってJMTを歩いたことで、思い立ったらすぐに行動できるようになりました」

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 歩いている最中は、誰かが導いてくれるわけではない。すべてを自分で決めなくてはいけない。この経験が大きかったようだ。もともと自転車に興味のあった彼は、帰国後、休日を使って週1で自転車屋さんのスタッフとしても働いている。

「よく足を運んでいた自転車屋さんで、人手不足の話を聞いたんです。これまでの自分だったら興味はあってもやり過ごしていたと思います。でも、今の自分ならできる気がしたんです。この先どうなるかはまったく分かりませんが、今は自分で決断して踏み出した一歩を信じて歩み続けています」

JMTに加え、ニュージーランドの南島を2カ月間歩いた丸山景子さんはこうだ。

「日常と非日常の生活は違うと思っていたけど、日本で今見ている自然は、実はJMTのあの景色に繋がっている。JMTの時間の延長だ、と思うようになりました」

丸山景子さんの前には多くの女性が集まり、女性視点の質問も数多く見受けられた。

帰国後も、またアメリカのロングトレイルを歩きたいという思いに駆られた丸山さん。でも、助産師として働く彼女は、社会からドロップアウトしたいわけでもなく、好きなハイキングを現状から逃げる手段にはしたくなかった。

「普段から夕陽や月を見るのを楽しんだりと日常にハイキングの要素を入れることで、日常と非日常のギャップを埋めることができて楽になったんです。今では日常の楽しさを感じながら仕事に邁進しています」

別に二人とも人生を変えるためにLDHをしたわけではないし、LDHを経てから人生を変えようとしたわけではない。価値観が変わったのは結果論でしかない。

ただ、二人ともLDHを経験し、それが濃く深いものであったから、その後の生活や価値観の通奏低音に、LDHで得た感覚が息づいているのだろう。

Hiker Story 2 : 定年後の旅、学生の旅
LDHをするにあたって大きな障壁のひとつが「長期休暇が取れない」こと。会社を辞めて歩く人もいるが、多くの人の場合、そこまでのリスクを取ることは困難である。

そんな人にとって、PCTとCT(Colorado Trail)を歩いた筧啓一さんの「60代で始めたロング・ディスタンス・ハイキング」は、とても勇気を与えてくれるものだったし、私たちの人生プランのひとつとしても耳を傾けるに値する内容だった。

「少年時代にヨセミテ公園でシエラネバダの風景を見てから、いつか歩きたいと思っていました。月日は経ち2009年、とある日本人PCTハイカーの講演を聴いて、夢実現のために行くことを決心しました」

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少年期に訪れたアメリカのヨセミテ公園。これがすべての始まりだった。

 とはいえ、スルーハイクするには半年間の時間とある程度の体力が必要であり、今まで経験のないテント泊もしなくてはいけない。道具もいちから揃えなければならない。そこで彼は、2年後に迎える定年退職を待ち、それに向けて準備を進めたのだ。さらに定年後1年間は、テント泊込みのハイキングの経験を積むべく日本の山々に足を運んだ。

「PCTでは、自分の体力を考え、周りの人に流されることなく自分のペースを貫きました。また疲れをとるためにも、町ではひとりでモーテルに泊まり、レストランで食事をするように。これが60代という私なりのスタイルです」

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今年は再びアメリカのトレイルを2カ月間ほど歩く予定の筧さん。ロング・ディスタンス・ハイキングはいつだって挑戦できる、ということを教えてくれた。

一方で、今回集まったハイカーのなかで最年少だったのが、現役大学生の小幡宗史さん。彼は、大学2年生を終えて1年間休学し、2014年にPCTを歩いた。

LDHにおいて、時間の確保に次いで障壁でもあるのがお金の問題。学生だったらなおさらだろう。LDHでは食料補給のために4日〜1週間おきに町に下りるのだが、そこでの出費はバカにならない。彼は、学生ならではの節約術を語ってくれた。

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「節約=ケチ」ではないと語る小幡宗史さん。ドネーション(寄付)などは積極的に行なったそうだ。

「まずは、モーテルはひとりで泊まらないこと。アメリカのモーテルはルームチャージが多いので、仲間とシェアしたほうが安く済むんです。みんなで泊まったほうが楽しいですしね。あとはファストフードを愛すること。レストランだとチップも必要になるんで、結構な金額になってしまう。だから体には良くないとは思いつつもファストフードを食べまくっていました」

結果、6カ月のハイキングにかかった費用は約40万円(渡航費を除く)。当時の為替が1ドル=120円だったことを考えると、かなりの低コストと言えるだろう。

Hiker Story 3 : LDH with _____ 
数カ月間にもおよぶLDHを語る際、歩くことにフォーカスすることは多い。もちろん歩き旅であるから当然なのだが、ここではハイキング以外のアクティビティを積極的に旅に取り入れた2人のハイカーを紹介したい。

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PCT、CDT(Continental Divide Trail)の一部、ニュージーランドのテ・アラロア(Te Araroa)を歩き、総距離8,500㎞を超える旅を経験した長沼商史さんのテーマは、「釣りとハイキングの融合」である。

「僕の場合、これから歩くエリアの地図を見て、ここ釣りできそうじゃん!という川や湖を発見するのが歩く原動力になっています。たとえ一日中歩いて疲れていたとしても、夕方とかに川を見ちゃうと魚を探して釣りを始めてしまう。甘いものは別腹!的な感じですね」

そう釣りの魅力を語りまくる彼の話を聞いていると、LDHが挑戦でも冒険でもなく、いい意味でとてつもなく楽しいただの遊びであるように思われた。

「LDHに釣りをプラスすると、歩くだけで感じられる大自然より、もう一歩進んで、その自然の輪の一員である感覚になる。この動物寄りの生活を続けていると、お金の存在が薄れてくるんです。動物としてお金はバーチャルであることを再認識する。現代ではこのバーチャルが現実なんだけど、歩いている時は一時的にお金、ひいては社会から解放されて、これまで感じたことのない自由を味わえるんです」

この解放こそが、長沼さんが考えるLDHなのだ。

また、LDHでとにかく焚き火とゴロ寝を楽しんだのがPCTを歩いた二宮勇太郎さんである。その遊び方は、バカでかい大木で焚き火をしているアメリカ人との出会いによってもたらされたと言う。

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PCTで仲間と焚き火をする二宮勇太郎さん。この時間がたまらなく楽しかったとのこと。

「焚き火をしていると、癒されていく自分や仲間と火を囲んで過ごす楽しさに気づかされるんです。あと、カウボーイキャンプ(テントを張らずに野宿すること)にもハマりましたね。視界を遮るものが何ひとつなくて、とにかく気持ちいい。5カ月間の旅でタープを張ったのはたかだか10日程度。あとはゴロ寝でした」

二宮さんは、だからアメリカでLDHをしようぜ!と言いたいわけではない。彼は思考を一歩進めて、直火禁止エリアが多く、湿度の高い日本において、その楽しみ方をどうやって実践するかを考えた。

「小さい焚き火台を携行する手もありますが、小枝を継ぎ足し続けるのが面倒で。そこで木炭を持って行くようにしたんです。これは便利ですよ。またカウボーイキャンプに関しては、それに近しい開放感が味わえるハンモックが有効です。これは木があるところであればどこでも張れて快適ですから。あと沢でタープを張ってビバークしたりと、周りの方々に迷惑をかけないように過ごすことで、テント場以外でも自由な楽しみ方ができるんじゃないかと思っています」

ハイキングは自由だ!と語る二宮さん。これからも、日本で可能な自由度の高いハイキングを模索していくそうである。

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WRITER
根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年4月、TRAILSに正式加入。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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