TRAILS REPORT

LONG DISTANCE HIKERS DAY / AFTER REPORT#1

2016.03.04
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Hiker Story 4 : 本の扉の向こう側
LDHにおいて、どう歩くか、歩くことでどうなりたいか、を考える人は多いと思う。でもそういった目的意識を事前に持たないというルールを決めて歩き始めたのが、JMTを歩いた中島悠二さんだ。無類の本好きの中島さんは、JMTにもiPhoneにたくさんの本をダウンロードして持っていった。

「山で本を読むと、山とその時に読んだ本が結びついて強い記憶として残るんですよね。それが個人的に大好きで。また以前子どもたちが屋外でゲームボーイをやっていたり、おじさんたちが公園で麻雀をやったりしているのを見て、インドアでやることをアウトドアでやると、何か違う感覚があるんだろうなあと思っていて。寺山修司さんの有名な言葉で『書を捨てよ町へ出よう』というのがありますが、僕の場合は書を持って町に出よう!書を持って山に行こう!なんです」

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中島悠二さんはスライドを一切使用しない斬新なスタイルで、参加者から注目を集めた。

好きな本として、ヴェルナー・ヘルツォークの「氷上日記」と池内紀の「海山のあいだ」を紹介した彼。後者の本のあとがきには、「広い裾野をもった彫りの深い山、そんな本をつくりたかった。山頂だけが山ではない」とあり、まさにロングトレイルを指しているような気がしたそうだ。

「山と町はグラデーションでつながっていると考えると、山を下りて家に帰って日常生活に戻っても山は続いている気がするんです。ロングトレイルはそういう受け皿になるものだと思っています」

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JMTでのキャンプ風景。写真家でもある中島さんによる撮影。

また、JMTとタスマニア島のオーバーランド・トラックを歩いた野底稔さんも、語ってくれたのは本の話だった。彼が紹介したのは、星野道夫の「もうひとつの時間」というエッセイ。

「JMTに対する僕の体験談や解釈を伝えるのではなく、星野道夫さんのエッセイを通じて、みんなに『もうひとつの時間』を感じる空間をつくりたかったんです」

そう語る彼は、朗読音源をみんなに聴かせた。エッセイの内容はざっくりこうだ。都会で生活を送る自分が電車に揺られたり人混みにまみれているその同時刻に、北海道のヒグマは呼吸をし、日々を生きている。我々が毎日を生きている同じ瞬間に、別の「もうひとつの時間」が確実に存在する。それを意識できるかどうかで生き方に違いが出る。

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「僕がLDHで出会ったのは、星野道夫の『もうひとつの時間』と重なる雄大な自然と、そこで息づく動物たちのたくましさ、無邪気さ、生命でした。『もうひとつの時間』に触れ続けていたいと、今も強く思っています」

自らが伝えるのではなく、参加者一人ひとりが内省する機会をつくる。一方通行になりがちなプレゼンとは一線を画す、非常に興味深いものだった。

■NEW YEAR’S TOPICS for Long Distance Hiker
LDHを紐解く上で、書籍は教科書的なベースになるものとして位置づけられる。原理原則やバックグラウンドを語る際に重宝するメディアと言えるだろう。しかし、それはあくまで普遍的なものや過去のものであり、「今」を知る上では不十分だ。

それを補填する上で重要なのがイベントであり、その中でも、LDHから帰ってきたばかりのハイカーが現地情報を共有する「NEW YEAR’S TOPICS」は、根幹をなすコンテンツ。今年歩こうと思っている人にとって大きな参考となるであろう。

登壇者は、2015年にPCTを歩いた利根川真幸さん、同年にCDTを歩いた河西祐史さん、2014年にATを歩いた勝俣隆さんの三人(全員JMTを歩いた経験も有する)。アメリカのロングトレイルを取り巻く現状を、テーマ別に語ってくれた。

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1つ目のテーマは、「ハイカーは増えているのか?」。

ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストでNo.1を記録した小説を映画化した「Wild(邦題:わたしに会うまでの1600キロ)」。PCTを舞台にしたこの映画が2014年にアメリカで公開(日本では2015年公開)されたこともあり、ロングトレイルに足を運ぶ人が急増したと聞く。実際はどうだったのだろうか。

PCTの場合:町にはビックリするくらいのハイカーがいました。地元の人いわく、今日は60人くらい来たよとか、100人くらい通過していったよとか。ハイカーウェイブ(多くのハイカーが同時期にスタートするため、タイミングによっては大集団が町に襲来することになる。それを波にたとえた言葉)のせいで、町のストアに商品がなくなってしまい、寄るつもりのなかった町に下りざるを得ないケースもありました。(利根川さん)

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利根川真幸さんが昨年歩いたばかりのPCT。この写真に人は写っていないが、実際は例年以上の人が歩いていたとのこと。

CDTの場合:歩く人がもともと少なく、同じ方向に歩いている人が数人しかいない、あるいはほとんど人に会わないと言われていました。でも2015年は集団で町に下りて部屋をシェアしたり、同じキャンプ地に一緒に泊まってクマの危険を回避したり。地元団体のスタッフも、増えたねって言っていました。(河西さん)

ATの場合:ATは、年間3,000人オーバーの人が歩いています。みんな3月中旬〜4月中旬くらいにかけてスタートするので、1日あたりにすると約100人。ATにはホステルが多いのですが、さすがに100人泊まれる所はほとんどない。町に下りても食料がなかったり、泊まれる所がなかったりしました。ただ、過去に歩いたハイカーが新しくホステルをオープンしたり、トレイルエンジェルになったりして、どうにか泊まれるようにはなってきている感じです。また昨年、ATを中年男性が歩く「A Walk in the Woods」というコメディ映画が公開されたこともあり、ファンハイカーが増えているようです。(勝俣さん)

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左から、ナビゲーターの長谷川晋さん、利根川真幸さん、河西祐史さん、勝俣隆さん。

2つ目のテーマは、「降水、降雪の状況は?」。

PCTの場合:「PCT Water Report」というWEBサイトがあって、最新状況がアップされています。涸れている所もありますが、それを知った上で計画できるので困ることはなかったです。(利根川さん)

CDTの場合:「The Trail Unites US.」というWEBサイトがあります。ハイカーがリアルタイムで投稿しているんですが、水場の位置、行き方、水量、アップデートしてくれた日、投稿者まで詳細に記されているので、プランニングしやすいです。(河西さん)

ATの場合:だいたい雨なので、水の心配は要りません。(勝俣さん)

3つ目のテーマは、「山火事について」。
アメリカ在住経験もあり、トレイル事情に詳しい勝俣さんが、まずカリフォルニアの状況を共有してくれた。

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アメリカの歴史や文化、トレイル事情に詳しい勝俣さんの話は、これから歩く人にとってとても参考になるものだった。

 「カリフォルニアは、2014年は500年に一度の大干ばつで、2015年はそれに輪をかけて水がない状況でした。2015年は1月に山火事があって、雪が降らないので鎮火できず、さらにヨセミテバレーでも大火事が発生。1350〜2014年までの火事があったエリアと同程度の被害がたった1年で起こり、深刻だったそうです。

そこで山火事を減らすために、カリフォルニアのレギュレーションで焚き火は標高1,800m以上では禁止になり、アルコールストーブは禁止はされていないけどなるべくガスストーブを使いなさいと言われています」

PCTの場合:PCTは使える雰囲気じゃなかったですね。ほとんどガスストーブ。アルコールストーブは数人しか使っていませんでした。(利根川さん)

CDTの場合:カリフォルニアではないのでレギュレーションはありませんが、ガスストーブとアルコールストーブの比率は半々くらいでした。(河西さん)

ATの場合:ATは大半がガスストーブです。(勝俣さん)

4つ目のテーマは、「2016年の動向」。
勝俣さんが、JMTを含めたシエラネバダの最新情報を教えてくれた。

「増えてきたハイカーの影響もあり、今までシエラネバダは人数制限がトレイルヘッド(登山口)に入る数だったのが、今年からはドナヒュー・パスを通過する人数に変更になりました。現在は45人制限になっていてパーミッション(許可証)が非常に取りにくくなっています。予約は24週前からなので、JMTを歩く人はなるべく早めに取っておいたほうがいいでしょう。また、アメリカの場合、9月4日のレイバー・デイ(労働者の日)までが夏休みなので、それを過ぎれば歩く人数も落ち着きます。少し寒い時期にはなりますが歩く時期をずらしてもいいかもしれません。降水量に関しては今年は平均的で雪も普通に降っているので、水には苦労しないと思います」

■エピローグ
果たして、日本初のLDHイベントはいかなるものだったのか——。冒頭で触れたこの問いに対して、最後に僕なりに「アメリカのトレイル・イベントとの共通点と相違点」としてまとめたい。

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まず共通点としては、門戸が広く、誰でも楽しめるイベントであったこと。この手のマニアックなイベントでは、往々にして内輪受けになりがちである。主催者およびその仲間たちは盛り上がり、一見さんは肩身の狭い思いをしてしまう。

でもこのイベントはそうではなかった。客層は多様で、若い人から年配の人、一人で来た人から友だち同士、家族連れまでさまざま。そして一人で来た人も孤立することなくイベントの雰囲気に馴染んでいたように思えた。これは、ハイカーによるプレゼン「HIKER’S TABLE」が複数同時開催していたこと、休憩スペースが設けられていたこと、ギアや書籍、写真などの常設展が複数あったことに起因している。要は、会場を回遊しやすく、誰もが自分の居場所を確保することが可能だったのだ。

特に大スクリーンでのムービー上映時に、ビール片手に寝そべりながら観ている(あるいは寝落ちしている)人の姿、その自由度、緊張感のなさは、まさにアメリカのトレイル・イベントそのものだった。

相違点としては、規模と熱気、情報の質である。日本において歴史の浅いロング・ディスタンス・ハイキングゆえ、当然と言えば当然である。

たとえば、ATの「TRAIL DAYS」は、ひとつの町全体が会場になっていて、ハイカーではない人も含めて町中がお祭り騒ぎなのである。コンテンツも、ハイキングに役立つティップスもあれば、大食いコンテストなどのただ単に楽しむだけの催し物、ギアの無料修理、物販(収益の一部をトレイルの団体へ寄付するメーカーも)などもある。加えて、関係者や町の人が口を揃えて「ハイカーのために」と言っていたのも印象的だった。

もちろん、成熟度の異なる日本においてアメリカと同じものをやることがいいとは思っていない。日本であれば、ロングトレイルの魅力や歩き方、短期休暇でいかに楽しむか、といった初歩のテーマをもっと掘り下げる必要もあるだろう。

いろいろ課題はあるものの、いちばん大事なのは継続と進化である。今年限りの開催で終わっては意味がない。ぜひとも来年につなげてほしいと強く願っている。

[MOVIE]

次回のイベントレポート#2もお楽しみに。

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WRITER
根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年4月、TRAILSに正式加入。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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