リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#18 / アメリカにおけるロング・ディスタンス・ハイカーのイベント
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文:リズ・トーマス 写真:リズ・トーマス、ジョン・カー、メグ・ルソス 訳:尾嶋優希、神長倉佑 構成:TRAILS
以前からリズは、日本で開催している『LONG DISTANCE HIKERS DAY』に興味を持っていました。
『LONG DISTANCE HIKERS DAY』は、日本でロング・ディスタンス・ハイキングのカルチャーをつくりたいという思いのもと、アメリカのイベントとは関係なく、独自に立ち上げ、運営してきたものです。
だからこそリズは、その日本オリジナルのイベントが、アメリカのものと比べて、共通する部分があるのか、それともまったく異なるのか? が気になっていました。そして、ゆくゆくは日本とアメリカ、お互いのイベント主催者が交流することで、相乗効果が生まれたらと願っているそうです。
それは、私たちTRAILSも同様で、お互いのカルチャーの交流が盛んになることを望んでいます。それもあってTRAILSでは、このリズの連載をはじめ、アメリカのハイキングカルチャーを日本で発信しているのです。
今回の記事では、リズがアメリカのハイカーイベントの紹介をしてくれます。ロング・ディスタンス・ハイキングの本場アメリカのイベントは、いったいどんな内容なのか? アメリカのハイキングカルチャーを知る上で、とても意味のある記事になっていますので、ぜひご覧ください。
普段オンラインでギアを売るメーカーは、このイベントで、ハイカーたちに新しいギアシステムを見てもらったり試したりしてもらうことができます。
ハイカーイベントは、アメリカのさまざまなエリアで開催されている。
日本のハイカーたちは、毎年『LONG DISTANCE HIKERS DAY』に集まり、トレイルでの話を互いに共有し、学びあいます。アメリカも同様に、ロング・ディスタンス・トレイルを控えているハイカーのためのイベントがあります。私たちは、このミーティングを『ラック(※1)』(『ラックサック』のラック)と呼んでいます、アメリカン・ロング・ディスタンス・ハイキング・アソシエーション・ウェスト(ALDHA-WEST ※2)とアパラチアン・ロング・ディスタンス・ハイカーズ・アソシエーション(ALDHA ※3)は、毎年少なくとも6つの異なる州でラックを開催しています。
※1 Ruck(ラック)の他にGathering(ギャザリング)というイベントがある。これは、ロング・ディスタンス・ハイキングを愛する人の集まり。イベントは金曜日の夜に始まり、日曜日の昼まで続く。ワークショップ、世界各地でのハイキングに関するプレゼンテーション、さらにはバックパッキング・カルチャー、トレイル、ノウハウなどを共有する。アメリカ3大トレイルを歩いた人を表彰する、Triple Crown Awardsのセレモニーも開催。
※2 The American Long Distance Hiking Association West (ALDHA-West) :ロング・ディスタンス・ハイカー、および彼らをサポートする人々の交流を促進するとともに、教育し、推進することをミッションに掲げている団体。ハイキングのさまざまな面における意見交換フォーラムを運営したり、ハイカー向けの各種イベントを開催したりしている。
※3 Appalachian Long Distance Hikers Association(ALDHA):アパラチア山脈のトレイルや他のトレイルなどで、共通の経験をしたり、希望や夢を共有してきた仲間、ハイカー、友人たちの、オフトレイルファミリーとして設立された、アパラチア山脈のトレイルを歩くハイカーたちのコミュニティ。
この記事では、ラックというイベントで、ALDHA-WESTが何を教えて、私たちが何を学ぶのかについて解説したいと思います。私はまだ、日本の『LONG DISTANCE HIKERS DAY』に参加したことはありません。でも、アメリカの『ラック』と日本の『ラックに似たイベント』のどこが違っていて、どこが共通しているのかに興味があります。もしかしたら、日本のデイハイカーとアメリカのデイハイカーがお互いを比べ、トレーニングし、学びあうことができるかもしれません。
これからロングトレイルを歩く人が、すでに歩いた人からアドバイスをもらう場。
ロングトレイルをハイキングする計画をたてる時、準備するにあたってベストなのはロングトレイルを歩いたことがある人と話をすることです。本を読んだりブログを読んだりするのも効果的ですが、実際のハイカーたちが新たなハイカーたちに彼らのロング・ディスタンス・ハイキングの経験を話したほうが、これから歩く人は刺激を受けるし、より有意義だと感じるでしょう。
ラックはこれまでのロング・ディスタンス・ハイカーたちにとっても、新たな人たちにとっても、トレイルの話をする上で役に立つイベントです。これまでのハイカーは、昔の友だちと再会したり、さらに難しい旅を計画するために集まります。彼らは仲間意識を持ってイベントにやってきて、ハイキング・コミュニティーに経験を還元していきます。未来のハイカーたちは、すでにロングトレイルを経験したハイカーから、少しでも多くのものを学ぼうとラックに参加するのです。
新人ハイカーが彼女のバックパックに不必要なギアが含まれていないか熟練ハイカーに質問。
ラックは、朝食と簡単なパーティーから始まります。多くの新しいハイカーにとって、誰も知らないイベントへの参加は怖いものです。案内担当のイベントスタッフは、彼らを会場に案内し、さまざまな疑問に答えることで歓迎します。ロング・ディスタンス・ハイキングのコミュニティはとても小さいです。ですから、休日の学びの時間をスルーハイキングにあてたい人が、グループに入ることは大歓迎です。
ウルトラライトギアと、バックパックの中身チェック。
ハイキングを始めたばかりのハイカーからは、ウルトラライトギアについての質問がたくさん出てきます。ほとんどのギアメーカーはギアをオンラインで販売しますが、多くの小さいギアメーカーは、ラックでハイカーに対して、ウルトラライトギアを直接見て、触れる機会を設けています。
経験を積んだハイカーもこれからのハイカーも、新しい素材やデザインを見るのが楽しみです。また、バックパックの背負い心地を確認して、トレイルでどう運ぶかを考えたり、容量に対して寝袋が小さいのか大きいのかをチェックしたりします。ハイカーの中には、ここで自分たちのギアを売る人もいます。それは、新しいハイカーにとって、安くウルトラライトギアを手に入れられる貴重な機会となります。
もうすでにギアを用意しているロング・ディスタンス・ハイカーにとって、このイベントは、彼らのギアを経験豊富なハイカーに評価してもらうチャンスの場でもあります。私たちは、この過程を『パック・シェイクダウン』と呼びます。
これから歩くハイカーは、本番を想定して、荷物を詰め込んだバックパックをイベントに持ってきます。数時間もの間、経験豊富なハイカーがバックパックの中身をひと通り確認し、1対1でなぜこの道具を選んだのか? 同じ機能でもっと軽い道具はないのか? などについて話し合います。このプロセスはたくさんの人にとって有益ですが、逆に彼らをおびえさせることにもなります。シェイクダウンのリーダーたちは、ハイカーたちに質問をして、他のハイカーのチョイスを尊重するように教えます。このプロセスは新人ハイカーたちに、彼らの選んだギアがロングトリップにおいてどのように役立つのか(もしくは足かせになるのか)について考えさせるものです。
パックシェイクダウンのプロセスは新人ハイカーがベテランハイカーにバックパックを見てもらって、いかに重量を減らせるかを学べる機会になっています。
解決策は1つではない。ハイカーそれぞれに合ったギアや歩き方がある。
ラックでもっとも大切なメッセージの1つは、ロング・ディスタンス・トレイルをハイキングする方法はたくさんあるということです。全員が同じものをバックパックに詰めるわけではありません。全員が同じような食べ物を食べるわけではありません。全員が同じスピードで歩くわけではありません。
■ ギアについて
コロラド・ラックでのハイカーたちのギアについてのパネルディスカッション
イベント内のギアのコンテンツにおいては、3人のハイカーがそれぞれどのギアを使うのか、なぜ使うのかについてパネルディスカッション形式で説明します。一人は歴史のあるギアを選ぶかもしれないし、一人は軽いギアを選ぶかもしれないし、誰かはその間のギアを選ぶかもしれない。これは未来のハイカーたちに、たくさんのギアが存在し、それらがスルーハイクにおいて役立つということを伝えています。
同様に、栄養と食事のパネルディスカッションでは、3人のハイカーが、7日間のトレイルで食べるフードバッグを実際に持参します。一人は健康志向のハイカーかもしれません。別のハイカーはクッキーやチップスといったジャンクフード以外は食べないかもしれません。また別のハイカーはストーブを使わず毎晩冷えた食事をとるかもしれません。パネラーのハイカーはベジタリアンやビーガンかもしれません。
■ 補給について
ハイキングでの栄養チェックシートに目を通すハイカーたち。
多くの新人ハイカーにとって、たくさんの食料やギアをロングハイク中に再調達するのはミステリアスで怖いことかもしれません。私たちは食料とギアをロング・ディスタンス・ハイキングの間に再補給するさまざまなプロセスについて議論します。あるハイカーはフードボックスをトレイル付近の郵便局に送ります。他のハイカーはそのプロセスだとコストがかかるという理由で、ボックスを送らず、品数が少なくても旅先の街の店で購入します。あるハイカーはその両方を利用したりします。
■ 地図について
JMTについてもっと知るためのブレイクアウトセッションに集まるハイカー。
携帯アプリもロング・ディスタンス・トレイルを進むことを簡単にしていて、ほとんどの新人ハイカーはどのようにアプリが動き、どのようなことができるのかについて知ることを楽しみにしています。新人ハイカーの多くは、たくさんのアプリが存在していて、すべての旅の計画をアプリで済ませられることすら知りません。私たちは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて、地図やコンパスの技術も教えています。
■ トレイル上でのマナーについて
「Leave No Trace」について話しているスピーカー。
アメリカのトレイルをハイキングする人たちにとって、トレイル上のマナーについて学ぶことは大切です。ラックにおいて、私たちは『Leave No Trace:自然の中で写真だけ撮り、足跡だけ残すあり方』について教える時間を設けています。
ハイカーは自分たちのゴミを自分たちで持ち運び、他の利用者を尊敬し、正しくゴミを埋めるように教えられています。また、彼らはカリフォルニアのような乾燥している場所での火おこしには注意するように教えられています。また私たちは、ロング・ディスタンス・ハイカーたちに、どのようにトレイル・エンジェルたち、およびトレイル沿いの街に住んでいる人々を尊敬するのかについても教えます。
■ 必要なお金について
ロング・ディスタンス・ハイキングを計画する上でもっとも大変なことの1つは財源の準備、活動予算の管理、ハイキングの資金調達です。それぞれ異なる職業をもつハイカーたちのパネルディスカッションでは、旅をするにあたってどのように資金をためてロング・ディスタンス・ハイキングへ向かったのかについて話します。また、パネラーたちは、旅の間の彼らのアパート、所有物、ペットをどうするのかについても話します。旅の間の明細書の管理(ローンの明細書や電話会社の明細書)についても話し合います。
安全に旅をするために、知っておくべきリスク
ハイキングを計画するにあたって最悪なことは、自分の知らないことを知らないことです。私たちはハイキングにおけるもっとも大きな危険(新人ハイカーが危険だと思わないであろうこと)について話をします。
まず、私たちは緊急時に連絡が取れるようにすることを教えます。ロング・ディスタンス・ハイカーは、他の人たちに自分の行方を知っておいてもらうために、家族や理解者と連絡を取り合うべきです。そしてその人はハイカーの旅程のコピーを持っている必要があります。
環境的な原因は人々を不安にさせ、ロング・ディスタンス・トレイルでは生死を分ける要因にもなります。すべてのハイカーが旅の前にスウィフト・ウォーター・レスキューかスノー・マウンテニアリング・コースを受講することが理想的です。実際ラックでは、ほとんどのハイカーがどのように川を渡るのか、どのように雪山のスロープを渡るのかについて学びます。私たちはアイスアックス、スノーシューズ、サングラス、サンスクリーン、トラクションデバイスなど、雪のセクションを進むにあたってどのギアを運ぶかについても話し合います。
たとえばPCTのようなトレイルにおいて、砂漠での暑さや脱水は、レスキューの原因になります。ですから私たちは、早朝に始まる暑さや、日中の暑さの中での仮眠、ナイト・ハイキングの方法論について話し合います。また、私たちはたくさんの水を担いで持っていく前に、小川でたくさんの水を飲むことついても教えます。
本音で話し合える座談会など
最後に、私たちは同じトレイルを歩くことを計画しているハイカー同士が、小さいグループになって座って話す『ブレイク・アウト・セッション』を設けています。前年PCTを歩いた人たちをリーダーに、PCTハイクを計画している人たちが集まって小さいグループになる。JMTを知りたいハイカーは、つい前年にそこを旅したハイカーと集まる。これはそのトレイルの許可、雪の状態、蚊、虫、再補給の仕方といった細かい質問について聞く機会となります。
イベントはギアのくじ引き大会とハッピーアワーで終わりとなります。イベントの最後のパーティーは、参加者がその日に聞く時間がなくて聞けなかった質問をするために設けられています。また、経験者のハイカー同士がつながって、意欲的な旅の新しいハイキング・パートナーを見つける時間にもなっています。
たとえ、1日で新しいハイカーが知る必要があるすべてを共有することができなかったとしても、一方でこのイベントは、ハイカーが自分の計画した旅に自信をもつための手段でもあります。イベントがハイキング・シーズンより早くに開催されるため、何をもっと知っておくべきなのか、何に着目するべきなのか、準備をするにあたって有効な時間の使い方は何なのか、についてのアイディアを手に入れることができます。
パシフィック・ノースウェスト・トレイル(PNT)のブレイクアウトセッションに集まるハイカー。
私は、日本の『LONG DISTANCE HIKERS DAY』がどのようなものか興味があります。もしかしたら、アメリカのものよりも、ビザ取得や文化交流についての話し合いがされているかもしれません。そのうち、アメリカのラックを組織している人々が、日本の『LONG DISTANCE HIKERS DAY』ついて共有し、新しいロング・ディスタンス・ハイカーをどう受け入れていくべきかについてお互いが学びあう機会が生まれることを、私は期待しています。
TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT, PCT, CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。
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(英語の原文は次ページに掲載しています)
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