私的ロング・ディスタンス・ハイキング考 | #03 ハイカーたちとのBeer Night

文・写真:根津貴央 構成:TRAILS
TRAILS – HIKING FELLOWの根津貴央による新連載。根津がアメリカのPCT (※1) をきっかけに傾倒したロング・ディスタンス・ハイキング。その後、アメリカの他のロングトレイルも歩き、さらにGHT (グレート・ヒマラヤ・トレイル※2) をきっかけにライフワークとなるネパールのロング・ディスタンス・ハイキングを志向するようになる。
その根津の私的なロング・ディスタンス・ハイキングについての、考え方の遍歴と今を綴っていく連載。
今回の第3回目は、PCTを歩いている途中、もともと泊まるつもりじゃなかった湖畔のキャンプ場に、ひょんなことから泊まることになって、最高の夜を過ごしたというエピソード。
目標や達成から距離を置いて、それよりも過程を楽しみたい。そう思っていた根津が、実際にPCTでどのような旅をしていたのか。
湖畔のキャンプ場で過ごした一夜の話から、根津のロング・ディスタンス・ハイキングに対する私的な考えの一端を語る。
※1 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
※2 GHT (グレート・ヒマラヤ・トレイル):ヒマラヤ山脈を貫くロングトレイルで、アッパー・ルート(山岳ルート)とロワー・ルート(丘陵ルート)の2本で構成。全長は、前者が約1,700km(標高3,000〜6,000m超)、後者が約1,500km(標高1,000〜4,000m超)。
「TAKAも1杯いこうぜ!」
PCTの南端、メキシコ国境から歩きはじめて4カ月が過ぎた。僕はカリフォルニア州を終えて、オレゴン州に入り、そのオレゴンも終盤を迎えていた。
もはや身体もロング・ディスタンス・ハイキングに順応し、それなりの荷物を担いでもふつうに1日20mile (32km) は歩けるようになっていた。
この日は、オラリー・レイク・リゾートという場所を通過する予定だった。リゾートといってもたいしたことはない。湖と森があり、湖畔に小さなストアといくつかのキャビンがあるくらい。それだけだ。
べつに有名でもなければ、PCTハイカー御用達というわけでもないから、通り過ぎるつもりだったのだが……直前のトレイル脇の木に貼られた紙を見てしまった。
「冷えたビールあります!」と書かれていた。これは寄らないわけにはいくまい。
湖畔に行ってみると、ベンチにMr.G、Hotwing、Kneesがいた。笑顔がこぼれる。これまで何度も会っている仲間たちだ。3人ともビール片手にゆるんでいる。
「TAKAも1杯いこうぜ!」
そう言われて断る理由もない。とりあえず「先にスナック買ってくるわ」と言ってストアに入る。スナックをかかえて戻ってきて「一杯だけな」と言いながら腰を下ろした。
結果がなんであろうと誘いに乗る。
ビールは1杯で終わらなかった。
まあ、そうならないわけがない。これが初めてではなかったし、自然とそうなる (特にこの3人の場合は)。2缶、3缶とバドワイザーがカラになっていく。
飲んだときの話は、たいてい覚えていない。でも、みんないい笑顔をしている。
ストアのアルバイトの女性が来て、「キャビンが空いてるから、泊まっていけば?」と声をかけてくれた。まるで自分の家のような言い方だ。
3人は「やったー!」と喜び、当然のように「TAKAもだろ?」と言ってくる。
いま思えば、よくここで自分も一緒になって「やったー!」と言わなかったなと。でも僕は、酔っ払ってはいたもののまだ意識ははっきりしていたし、なんならまだ歩こうとすら思っていたのだ。
泊まるのか? 泊まらないのか?
そんな逡巡があったのはウソでないのだが、時間にしてみれば1秒足らず。僕は「もちろん!」と答えていた。
誘いっていうのは、乗ってみなけりゃその善し悪しは判断できない。そして善いだろうから乗る、悪いだろうから乗らない、ということでもない。そんなのは正直どっちでもよくて、乗ることに意味があるんだと僕は思っている。
静まりかえった湖畔にコンコンと薪を割る音が響く。Mr.Gが斧を振り、僕がそれを運び、Hotwingが薪を組んで、Kneesが焚きつけを探す。
火がパチパチと鳴りはじめ、どんどんと大きくなっていく。炎と比例するかのように缶が空き、笑いがこぼれて、夜になっていった。
自分にとってのロングトレイルとは?
ひとしきり焚き火を楽しんだあと、キャビンに入ることにした。
宴がおわったわけではない。場所をかえただけで、また飲みはじめる。4人ともそこそこ酔っ払っているから、なにをしようというわけでもない。ただただ、心地良い時間がながれていた。
急に誰かが言った。「それぞれにとってのロングトレイルってなにか? ひとりずつ話そうぜ」。
唐突だったが、断る理由もない。でも僕は、そんな超プライベートなテーマの話を英語で伝える自信はなかった。
「オレは英語じゃ無理だから、みんなのを聞かせてもらうよ」。そう言うとすぐさま「日本語でいいよ」と返ってきた。
「日本語で話したってみんな理解できないっしょ?(笑)」
「大丈夫だよ、心で聞くから」
嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
3人の心意気に甘えて、自分だけ日本語で参戦することにした。なぜPCTを歩こうと思ったのか、ここまで歩いてきてどう思ったか、自分にとってのPCTとはなんなのか。
「どう? ちょっとは伝わった?」
「まったく……」と3人が笑った。
誰だよ心で聞くって言ったヤツは!「じゃあ、英語でざっくり話すわ」と言って、中学生レベルの英語でつまみ食い程度に話すことにした。すると「なるほど!」とようやく理解してくれたようだ。
いや、正直なところちゃんと理解できたかどうかはわからない。だって見るからに酔っ払っているのだから。でも、3人とも満足げな表情をしているのを見て、それだけでもう充分だった。
それぞれのTRAIL LIFE
翌朝。ちょっと頭が重いけど、外はいい天気だった。空気が冷たくて気持ちいい。しばらくして、Hotwingが「フリスビーやろうぜ」と言い出した。
ハイキングをしにきているのに朝からフリスビーだなんて、もはやハイカーでもなんでもない感じだが、みんな楽しそうにしている。僕だって楽しい。Hotwingが「これ狙おうぜ」と、トレッキングポールを地面に刺し、その上にバドワイザーの空き缶を置いた。
ちょっとしたゲームがはじまった。これがなかなか難しい。投げて、外して、笑って、また投げて。そうこうしてるうちに、HotwingとMr.Gがバドワイザーを開けた。
「TAKAは?」と聞かれて「今日はいいや」と答えた。乗る日もあれば、乗らない日もある。それだけだ。そのときの気分がすべて。「もうちょっとしたら歩き出すよ」と僕はつづけた。
みんなでのんびりしたあと、僕はひとりザックを背負って「またな!」と手を振る。
もしかしたらこの3人とはもう会えないかもしれない。でも、不思議とそんな先のことは考えもしなかったし、またあとで! また明日! くらいの感覚で、またね! と言う。
それなりに深い繋がりがあるにもかかわらず、あっさり別れるというか、感傷的にならないというか。必要以上に干渉をせず、それぞれの意思を尊重する。この距離感がちょうど良かった。
さてと。今日はどこまで歩こうかな。
Editor’s Note
今回のエピソードで語られているのは、「途上を楽しみたい」といつも言っている、根津さん流の寄り道の哲学だ。
「結果がなんであろうと誘いに乗る」というスタンスは、根津さんのロング・ディスタンス・ハイキングのあり方を表すものであり、根津さんのハイカーとしての軽やかさは、こういったところから来ているのではないかと思う。
旅のなかに偶然を招き込み、先を急ぎすぎると素通りしてしまうような、場所や人との出会いを楽しむ。その結果は本当にどうでもよいのだろう。
根津さんはきっと生産性のない無駄にこそ、ロング・ディスタンス・ハイキングの大事なものが宿っていると考えているのではないかとも思う。
ある意味では「だらしない」スタンスだが、根津さんはきっと「だって遊びでしょ」と返すのではないだろか。
TRAILS編集長 佐井 聡
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