TRIP REPORT

HIMALAYA MOUNTAIN LIFE | GHT project 2022(トリップレポート)

2022.11.25
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文・写真:根津 貴央 構成:TRAILS

ヒマラヤのロングトレイル『グレート・ヒマラヤ・トレイル (GHT ※1)』を踏査するプロジェクト『GHT project』(※2)。

今年は4年ぶり、6回目の旅ということで、8月に今年の計画編、9月に抱負編、11月にスタート編の記事をお届けした。

今回はその完結編とも言えるトリップレポート。その後、旅はどんな展開を見せたのか? 旅を終えて帰ってきたばかりのTRAILS編集部crewの根津が、余韻冷めやらぬなか早速レポートしてくれる。

今回の行き先であるドルポは、「ヒマラヤ最奥の聖地」とも称されるエリアで、1900年に僧侶で探検家でもある河口慧海 (かわぐち えかい) が日本人で初めて訪れたことでも有名だ。また、2020年にテレビ朝日の特番でナスDが旅したこともあって、その番組で知った人もいるかもしれない。

このドルポは、長らく外国人が立ち入ることができないエリアだったが、1992年に解禁。まだまだ謎に包まれた部分も多い、チベット文化圏の地域でもある。そんなドルポのトリップレポートをお楽しみください。

※1 グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT):ヒマラヤ山脈を貫くロングトレイルで、アッパー・ルート(山岳ルート)とロワー・ルート(丘陵ルート)の2本で構成。全長は、前者が約1,700km(標高3,000〜6,000m超)、後者が約1,500km(標高1,000〜4,000m超)。

※2 GHT Project:GHTのアッパー・ルートを踏査し、ヒマラヤの知られざる魅力を日本に広めるために2014年に立ち上げたプロジェクト。コンセプトは『ヒマラヤは世界最大の里山だ』。メンバーは山岳ガイドの根本秀嗣、TRAILS編集部crewの根津貴央、写真家の飯坂大の3人。


ドルポの入口付近は、荒涼とした景色が広がっていた。

標高5,000mオーバーの峠越え。


当初は、中国国境寄りのグレーのルートの予定だったが、途中で黄色のルートに変更。総距離240km、約3週間の旅。ドルポとは、ネパール西部にあるドルポ地方のこと。今回歩いたエリア (計画段階のルートも含む) はすべてドルポに含まれる。

今回は序盤から、標高5,000mオーバーの峠が2つあることはわかっていた。

4年ぶりのヒマラヤで、いきなり5,000mか……と思ったが、春先の計画段階ではまあゆっくり行けば大丈夫だろうと考えていた。なぜなら、例年どうりであればまだ積雪がないからだ。


ドッコと呼ばれるネパールの背負子を背負う、ガイドとポーターたち。

ところがである。実際にはがっつり冠雪していた。ネパール入りしてから雪の情報は入っていたため、直前で覚悟はできていたものの、今シーズン初めて見た雪山はもはや目の前に立ちはだかる壁のようだった。標高は5,100m。

息を切らしながら無心で歩きつづけて峠を越える。トレースもあり危険箇所はなかったものの、疲労度はかなりのもの。できれば数km先の川沿いの小屋まで行きたかったが、それは叶わず、標高約5,000m地点で雪上ビバークとなった。


標高5,500mの峠。一見、峠の最高点が見えるようだが、頂点はさらにずっと奥にある。

さらに翌日は、標高5,500mの峠が待ち構えていた。もちろん真っ白。すました顔のようで何の変哲もないただの峠にも見えたが、昨日よりも400mも高い。

でも僕は、不思議なくらい落ち着いていた。というのもの、数日前にすれ違った、ロバを連れた若者2人のことを思い返していたからだ。彼らは、ドルポの奥地からこの道を歩いてきたと話していた。どうやら僕たちが出発したムスタンを目指しているようだった。


峠を越えるとヤクの群れ。ヤク飼いに導かれ、雪のエリアを逃れて牧草地へ行くのだろう。

一見、登山道のように見えるこの道は、この地に住まう人々にとっての生活道なのだ。そんなことを思いながら歩いていると、僕たちも旅をしているというより、ここで暮らしているような気がした。ドルポに向かう生活道に、たまたま峠があっただけのことなのだ。

6泊7日のテント泊生活を経て、ツァルカ村へ。


標高4,600mでの野営。

今回宿泊を予定していた最初の村は、ツァルカ村 (標高4,300m) というチベット文化圏 (※3) の村だった。

予定ではスタートしてから4日くらいで行くつもりが、雪が多かったことも影響して、この村にたどり着くまでに、6泊7日もかかってしまった。

※3 チベット文化圏:チベットとは、崑崙 (クンルン) 山脈とヒマラヤ山脈にはさまれた中国の自治区のこと。ネパールのヒマラヤ地域には、チベット難民として移住してきた人々も多くいる。ドルポは、かつて西チベットに属していたため、今もなおチベット文化がある。


テント内で、ネパール人たちと夕食の準備。

でも、この6泊7日のテント泊生活がすごく楽しかった。今回は、僕と写真家の飯坂の2名に加えて、いつもおなじみのネパール人ガイドのプラカス、そして彼と同じ村出身のポーター (荷運び役) 3人、トータル6名のチームだった。


食事は、毎日ダルバート。

彼らと寝食を共にし、毎日ダルバート (ネパールを代表する家庭料理) を食べ、酒を酌み交わし、語らう日々がとても心地良かった。なんというか、生きている手ごたえのようなものを日々感じていたのだ。


ツァルカ村 (標高4,300m) にはゲストハウス等の宿泊施設はなく、とある民家の庭にテント泊させてもらった。

ツァルカ村は、現地の人に聞いたところ、現在84世帯あるとのこと。子どもも多く、学校もある。ただ、村には電気や水道は通っておらず、食器を洗ったり洗濯したりするのは、もっぱら村内を流れる川。飲料水も、この川の上流から汲んでくるようだ。


とある家でバター茶を何杯もごちそうになった。

チョルテン (仏塔) をはじめ、髪型や衣装 (※4)、たまたまお邪魔した家でごちそうになったバター茶 (※5)など、チベット文化が色濃く残っているのが印象的だった。

※4 衣装:たとえば、女性が身につけるパンデンと呼ばれるカラフルな毛織のエプロンは、チベットならでは。

※5 バター茶:チベット、ブータンなどアジア中央部で飲まれている飲み物。バターと塩が使用されており、甘みはなく塩味が特徴。

プラン変更! GHTを離れてローカルの生活道へ。


荒漠とした砂漠地帯ながらも、上空には冠雪した高峰。このコントラストがいかにもヒマラヤだ。

本来であれば、ツァルカ村からGHTのルートをさらに北上する予定だったが、僕たちはプランを変更することにした。

想定以上の積雪量の多さ、これから待ち構える標高5,000m超の複数の峠を考慮すると、予定を大幅に超える日数&コストになってしまうことが、主な理由だった。

変更にあたり、無念さや悔しさが込み上げるかと思いきや、そんなことはなく僕たちは意外にもあっさりと決断した。新たなプランが、また僕たちの旅欲をくすぐるものだったのだ。

そのルートは、ツァルカ村の人に聞いたところ、村人がドゥネイという大きめの村に行く際によく使用する道とのこと。地図を見ると、村があるのかどうかもわからない。まあ、ずっと野営だって構わない。

ただ、生活の道であることには間違いない。『ヒマラヤは世界最大の里山だ』をコンセプトに掲げる僕たち的にも、すごく興味を惹かれたので、この道を約1週間かけて歩くことにしたのだ。


生活道だと思って油断していたら、岩場の急登が現れた。

ツァルカ村の人々にとってはなじみのある道だと聞いたので、歩きやすい道が続いているとばかり思っていたら、早々に裏切られることに。屹立する岩場が現れ、登り詰めると狭い洞窟。それをくぐり抜けると、大渓谷沿いのアップダウン。すれ違う村人もいたりして、こんなところを普段使いしていることに驚かされた。


山の斜面いっぱいに建立されたゴンパ (寺院)。すれ違った村人が、ここはティンマールだと教えてくれた。

さらに、山肌一帯にどでかく建立されたゴンパ (寺院) もあれば、ダド村、シェリ村、カコット村をはじめとした小さな村々もあり、見どころがたくさんあった。


ダド村では、大麦の脱穀をしていた。これを挽いてツァンパ (チベットで食される麦こがし) として食べるそうだ。

神秘の湖、ポクスンド湖に会いに行く。


いざポクスンド湖へ。序盤は歩きやすい道だった。

ドゥネイ村 (標高2,100m) で、先に日本へと帰国する大くん (飯坂)、ポーター3人と別れた僕は、ガイドのプラカスとふたりで北上することにした。

神秘の湖とも称される、ポクスンド湖 (標高3,635m) を目指すことにしたのだ。


バッティ (茶屋) ではネパール人のトレッカーと仲良くなって大宴会に。

ここはネパール人にも人気のエリアで、地元のトレッカー (というよりは普段着の観光客) もたくさん。ゲストハウスやバッティ (茶屋) もたくさんあって宿泊道具もいらないため、気軽に来ることができるのだ。

湖までは緩やかな登り基調。これまでの道に比べれば大したことないと余裕ぶっていたら、湖の手前で急登が待ち構えていた。


吸い込まれるような青さを放つポクスンド湖。

荒寥とした山肌に刻まれたスイッチバックを幾度も繰り返す。いつ終わるんだろうと思いながら、一歩一歩進んでいくと、突然バーッと視界が開け、前方に青きポクスンド湖が現れた。

まさかこれほどまでに青いとは。今回の歩き旅では、茶褐色の世界が多かっただけに、この瑞々しい青の世界は、眩しいくらいだった。


湖の東側にひっそりと佇むゴンパ (寺院)。

湖の東側にはゴンパ (寺院) もあった。聞けば、チベットに仏教が伝わる前の土着宗教であるボン教の寺院とのこと。あいにくこの日は村のプジャ (祈祷) で全員出払っていて、誰もおらず。鎮まりかえったゴンパが、さらにこの湖を神秘の湖たらしめている感じがした。


今回一緒に旅した仲間たち。

予定どおりには行かず、途中でルートを大幅に変更することになった、今回のGHT project。

しかし、その変更したルートがプロジェクトのコンセプトである『ヒマラヤは世界最大の里山だ』をまさに体現しているようなエリアで、根津をはじめとしたメンバーたちも大満足だったようだ。

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根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年、TRAILSに正式加入。2024年よりTRAILSのHIKING FELLOWに就任。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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