BRAND STORY

#002 ALTRA / アルトラ – クレイジーと呼ばれたシューズ。

2014.10.24
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取材・撮影/TRAILS 文/根津貴央

What’s BRAND STORY/優れた製品を開発するメーカーには、それを実現させるだけの「他にはない何か」があるはず。でも普段の僕らは、つい新製品ばかりに注目しがちです。そこでBRAND STORYでは、編集部がリスペクトするあのメーカーの「他にはない何か」を自分たちの目で確認し、紹介したいと思っています。

Why ALTRA/彼らほど、ハイキングやランニンング時のカラダのことについて、熱心に活動をおこなうシューズメーカーを知らない。シューズの機能と同じくらいに、カラダについて向き合う姿勢にこのブランドの真髄があると思う。第2回は、運動学の知識を独自のテクノロジーに進化させたシューズメーカー「ALTRA」をお届けします。

ランニングやトレイルラン、登山、ハイキングといったアウトドアアクティビティの人気に伴い、拡大を続けるスポーツシューズ市場。商品にデザイン性よりも機能性が求められるジャンルゆえテクノロジーやノウハウがものを言う。それだけに、ナイキ、アディダス、ニューバランス、アシックス、ミズノといった大手メーカーが幅を利かせる寡占市場といっても過言ではない。

そのなかにおいて、2011年設立と後発ながらも破竹の勢いで成長をつづけているのが、アルトラである。ゼロドロップシューズのヒール部分とつま先部分の地面からの距離が同じ という独自の構造が人気を博し、アメリカのランニング雑誌「ランナーズワールド」の賞も受賞。いまや全米のランニングシューズブランドのトップ10に必ず入る存在である。

創業者のひとりブライアン・ベックステッド氏は自らもランナーであり、数々のレースに出場し、優勝も経験している。今回、彼がUTMF(ウルトラトレイル・マウントフジ/総距離100マイルのウルトラマラソンレース)に出場すると聞いてコンタクトをとったところ、完走翌日に時間をもらうことができた。
競合ひしめく業界で、新興ブランドのアルトラが淘汰されることなく台頭してきているその理由とは — 。

■アイデアを大手メーカーに提案するも、相手にすらされない。

「クレイジーだ!」

ゼロドロップシューズは、運動学の観点から考えて、人間にとって「自然で正しい走り」を実現するために考案された。そのコンセプトを生み出したのは、後にアルトラの創業者に名を連ねることになる、ゴールデン・ハーパー氏とブライアン・ベックステッド氏である。

2008〜2009年頃、ランナーズコーナーというランニングショップで働いていたふたりは、ゼロドロップのアイデアを大手メーカーに持って行き、こういうシューズを作って欲しいと度々提案していた。しかし、どこも取り合ってはくれない。決まって言われたのが、冒頭の言葉である。

いつの時代もそうだ。革新的なものは、まずは否定されることから始まる。
つまり、その時点で、アルトラのゼロドロップシューズは革新的である素質を備えていたとも言えるのだ。もちろん、逆にただ単にクレイジーなだけという可能性があったことも事実ではあるが。

創業者のひとりブライアン・ベックステッド氏。トレイルズのオフィスにて。



■体への負担を軽減するゼロドロップ。

そもそもゼロドロップとは、何なのか。

構造の面からいえば、それは非常にシンプルで、シューズのヒール部分とつま先部分の地面からの距離が同じであること。サンダルのような平らなイメージである。だからゼロドロップと名付けられた(商標登録も取得済み)。従来のシューズは、そのほとんどが地面からの距離がヒール2:つま先1の比率。要は、ヒール部分のソールの厚さがつま先部分の2倍あるということだ。

多くのユーザーは、従来のシューズの構造に疑問を抱くことはなかっただろう。走る際は踵から着地するため、むしろ厚いヒールのほうがクッション性があって快適だと感じていたはずだ。

しかしである。その踵着地自体が正しくない、というのだ。

「踵で着地(ヒールストライク)する場合、ヒザは伸びた状態になるため、前方への推進力とは反対のベクトルで地面からの反発力を受けます。これは大きなパワーロスであり、関節や筋肉にも過度のストレスがかかって、結果的にランニング障害にもつながるのです」

実際、ビデオ解析においてもアルトラのシューズはヒールストライクを減少させ、関節や腱にかかる衝撃を劇的に減らす効果があると証明されている。ちなみに、ハーバード大学の研究者、リーバーマン教授は「人間は素足で走る時、ヒールストライクを避け、より自然でストレスの無い走り方をする」と論文で発表している。

ゼロドロップシューズは、従来のような衝撃吸収や固定を目的としたものではなく、自然な走り、ナチュラルランニングを実現させるツールなのだ。



■創業者は、運動学のスペシャリスト。

ではなぜ、アルトラがいち早く自然な走りに着目し、ゼロドロップシューズを生み出すことができたのか。

そこには、ゴールデン氏とブライアン氏の経歴が大きく影響している。両氏は、大学時代に運動学を専攻。ゴールデン氏はフィットネスや健康管理、ブライアン氏は運動生理学の専門家であるのだ。

創業前は、ランニング専門店であるランナーズコーナーで、長年にわたりお客様に走り方を指導していた。ヒールストライクやベアフット、フォアフットという言葉が脚光をあびる前から、同様のことを教えていたのである。

そこで生まれたのが、ナチュラルランニングのベースともなっている「ナチュラルフットポジショニング」という考え方。これは、人間が生まれたときに作られた足の状態、機能を保つこと、朝起きたときにベッドから素足で立ち上がるときの足の位置、背骨がまっすぐになった状態で着地する足の位置、という3点こそが人にとって最も自然であるという考え方である。

「ゴールデンは、アルトラをはじめる12年くらい前からの友人です。ずっと一緒に走っていたし、その頃からシューズのこと、カラダのこと、走り方のこと、新しいアイデアのことなどを話し合っていました。あれは、2008年の6月のとある日の晩のことでした。アイスクリームを食べに行こうという話になって、アイスを買ってクルマのなかで食べながらいつものように話しはじめたんです。時刻はちょうど22時でしたが、いつも以上に盛り上がってしまって気づけば夜中の2時。でも、そこで生まれたのがナチュラルフットポジショニングだったんです」

来日中のブライアン氏によるLTR(Learn to Run)。



■オーブントースターでソールを溶かし、既存のシューズをカスタマイズ。

議論を重ねるとともにリサーチをするなかで、シューズの形と体の動きには深い関係性があることが分かってきた。そして既存のシューズは既成概念にしばられすぎているのではないか、よりよいシューズがあるんじゃないか・・・そう思うようになってからほどなくして、ゴールデン氏がゼロドロップのアイデアを持ってきた。

「じつは最初は少し懐疑的でした。でも実際試してみたら、その瞬間に分かりましたね。これを求めていたんだと。私は先天性の側彎症(脊椎がまっすぐではなく側方に曲がる病気)で、一般的に運動時にいいパフォーマンスをすることはできません。でも、このシューズを履いたら、そんな私でもトップパフォーマンスを発揮できるようになったんです」

とはいえ、ふたりはあくまでランニングショップのスタッフであり、作り手ではない。シューズを作る技術もない。そんななかで、ゼロドロップをどうやって具現化したのか。

「お店で販売していたシューズを改造したんです。最初は、オーブントースターを使用していました。まずステーキ用のナイフでアウトソールを剥がして、シューズを熱してミッドソールを溶かして取り払う。その後で、アウトソールをまた貼り直す。でも手間がかかるし効率もよくない。なので、ある時期からは隣接していたシューズメーカーの糸ノコギリや研磨機などを借りて作るようになりました」

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最初はオーブントースターを使って、お店で販売していたシューズを改造していた。



そのうち、お店のスタッフ全員が改造ゼロドロップを愛用するようになり、親戚や友達にも広まった。さらにお客様からのリクエストも増えたため、20ドルでカスタマイズを請け負うようになる。お客様が買ったその商品を手にバックルームに入り、切って貼ってという作業を行なってゼロドロップシューズに仕上げていたのである。

「ゼロドロップのアイデアが生まれたのが2008年。翌年には、ランナーズコーナーで年間1000足をゼロドロップに改造して販売しました」

新しいコンセプトのシューズは、瞬く間に世間に知れわたるようになる。ただ当初、ふたりともメーカーをやりたいという想いはなく、そのアイデアをいくつもの大手メーカーに持ち込んでいた。しかし、前述のように興味を抱いてくれる人は誰ひとりいなかった。

そこで「それなら自分たちでシューズを作ろう」と言い出したのがゴールデン氏の従兄弟、ジェレミー・ホーレット氏。肥満気味だった彼は、自分の健康はもちろん、3人の子供、マラソンランナーの妻について考えていた時にゼロドロップのアイデアを聞いて、ぜひやってみたいと思ったのだ。こうして、2011年、ゴールデン氏、ブライアン氏、ジェレミー氏の3人によってアルトラが誕生したのである。


■靴型をデザインしているのは、ナイキの元デザイナー。

アルトラのシューズの特徴は、ゼロドロップだけではない。トゥボックスの広さもそのひとつである。従来のシューズは、ホールド感および見た目の格好よさも考え、かなり細身のシェイプになっている。しかし、それは決して自然な足の形ではない。

トゥボックスを広げることで、足指部分が自然に広がり、最高のバランスと安定感が生まれる。さらに接地面積が大きくなることで、着地時のショックも軽減されるのである。

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従来のシューズと較べ、トゥボックスが広いことも特徴のひとつである。



ゼロドロップとワイドなトゥボックス。この2つは、アルトラのホームページをはじめさまざまなメディアで謳われている特徴である。しかし、ブライアン氏は、じつは最大の特徴、独自性は、ラスト(靴型)にあると言うのだ。

「ゼロドロップにすること自体は、決して大変なことではないですし、マネもできるでしょう。難しいのは、それに見合った最適なラストをつくることです。これがすべてのフィッティングに関わってきます。ここについては、ものすごく研究しましたし、かなりの労力と時間とお金をかけてきたのでどこもマネできないと思います。声を大にしてアピールしていないのは、あまりに専門的で説明しづらく、マーケティングとしては使用しにくいという理由からです」

現在マーケットに流通しているシューズは、既存のラストを使用していることが多い。それが最も効率的だからだ。ラストをゼロから作り上げるにはかなりのコストと技術が必要になるため、そう簡単に踏み込める領域ではない。しかし、アルトラはそこに力を注いでいるからこそ、多くの人から支持されているのである。

「当社のラストを作っているのは、昔、ナイキの開発部門のトップだったブラッド・シュボーレンさんです。彼は、もともとナイキ・ユニバーシティという研究所の責任者で、今はそこを辞めてデザイン会社をやっています。出合ったきっかけは、彼からのアプローチ。ゼロドロップの話を聞きつけて『こういうシューズのラストを作りたかったんだ!』と言ってくれたんです」

アルトラには、3人の創業者に勝るとも劣らない重要人物が存在していたのだ。
ゴールデン氏とブライアン氏でアイデアを練り、それをブラッド氏に伝えてカタチにする。そして、それをテストし、結果をフィードバックして改善に改善を加えていく。この連携、積み重ねが、アルトラを支えていると言ってもいい。もちろん、今回ブライアン氏が出場したUTMFについても、ブラッド氏にフィードバックされる。

来日した目的の一つであるUTMF。当然、ここでの使用感もフィードバックされる。



■現状には満足していない。目指すは、メインストリーム。

2011年に誕生し、今年で5期目を迎えているアルトラ。今でこそ確固たるポジションを築いてはいるが、創業時は苦労の連続だった。

「特に最初はしんどかったですね。後発メーカーで、かつブランド力はゼロでしたし。私には1歳の子供がいるんですけれど、給料もなく、健康保険もありませんでしたから。とにかく貧乏でした」

しかし、諦めることはなかった。シューズには絶対の自信を持っていただけに、地道に開発および宣伝活動をつづけた。選択と集中を考え、まずは戦略的にランニングの専門店にアプローチ。結果、現在ではアメリカ国内のショップの3分の2ほどで取扱いがある。

最近では、アメリカの大手アウトドアショップREIとも取引がスタート。今後は、ランに加えてアウトドアの分野でも認知度を高めていくという。今期の新商品であるローンピークのポーラテック(軽量性、保温性、伸縮性、通気性、耐久性に優れたフリース素材)モデルは、その布石になるであろう。しかも開発のきっかけはポーラテック社からのオファー。アルトラというブランドが信頼されている証でもある。

またアウトドア分野を開拓していく上で、ブライアン氏の経歴は大きな力になるはずだ。彼は、ナショナル・アウトドア・リーダーシップスクール(NOLS)を卒業しており、ウィルダネス・メディカル・インスティテュート(WMIという応急処置の資格も持つ。さらに母校であるユタバレー大学の准教授としてバックパッキングの授業を担当していた時期もあり、現在も年間50泊を超えるガイド業を営んでいるのだ。

「ニッチでいるつもりはありません。決してカウンターカルチャーとしてやっているわけではありませんからね。つねにメインストリームを目指しています」

アルトラのバックボーン、生い立ち、信念、そして成長ぶりを見ていると、まだまだ新しいジャンルだと思われているナチュラルランニングやゼロドロップシューズが “常識” となる日も、そう遠くはないかもしれない。

トレイルズのTシャツを着て、Zero Drop, Zero Limits!ブライアン、ありがとう!




WRITER
根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。現在はアウトドア系のメディアを中心に執筆活動を行なう。著書に『ロングトレイルはじめました』(誠文堂新光社)がある。

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