TRAILS REPORT

パックラフト・アディクト | #22 多摩川クエスト <前編>御岳 to 羽田のはじまり

2019.05.22
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文・構成:TRAILS 写真:TRAILS、Fumi Sakurai

多摩川の上流部から、河口の羽田までを、パックラフトで旅してみたい。

しかし上流部を過ぎれば、ほとんどは特に漕ぐのが楽しい瀬もなさそうな中下流域。しかも直進性も弱く、風にも弱いパックラフトは、河口に近づけば風で押し戻されて、まったく進まないかもしれない。それで河口まで漕いでみようぜなんて、まったくふざけたノリの旅だ。

でも、それは自分たちの遊び道具を使って、日常的な場所を、旅のフィールドに変える試みでもある。この見慣れた景色を、まったくちがう視点から未知のものとして体験する遊びは、NIPPON TRAILなどでも実践しているTRAILSらしい遊びでもあるのだ。

これを「多摩川クエスト」と名付け、5日間かけてホームリバーを河口まで旅する計画を立てた。スタート地点の御岳からゴールの羽田までは、約70kmの長さがある。

自分も多摩川沿いの調布に住むTRAILS編集部crewの小川が、いつものアディクトたちを誘い「多摩川クエスト」が始まった。いったいどんな旅になるんだろう。

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いつものホームフィールドである、多摩川上流部の御岳付近の風景。



ふたつの多摩川をむすぶ川の旅



千葉県市川市の出身の僕(TRAILS小川)にとっては、昔から馴染みの川といえば江戸川だった。多摩川はどちらかとえいば今までは疎遠な川で、多摩川といって思い浮かべるのは、西東京の小洒落た町に流れる川という印象。街の川、都会の川。土手では、健康的な生活に勤しむ人々が散歩やランニングをしている。そんなイメージしか持っていなかった。

そんな僕が多摩川に親しみ始めたのは、3年前くらいから。妻の実家がある多摩地区の近くに住むために、夫婦で調布に引っ越してきてからだ。今回の多摩川クエストは、そんな僕が次第に多摩川へと親近感を持ち、やがては多摩川へと強い好奇心を持って旅をするようになる話でもある。

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多摩川中流域の景色。

僕はパックラフトをはじめてから、御岳から青梅の多摩川上流部に、よく通うようになった。そこは多摩川ではなく、みんな「御岳」と呼んでいた。だから僕にとって、そこは御岳であって、あの中流域以降の多摩川のイメージとは、別の川というイメージが残り続けていた。僕のなかで「ふたつの多摩川」として存在していたのだ。

それが絵本作家の故・かこさとしが描いた『かわ』という本を読んで、まるで違う多摩川のイメージが浮かんできた。この本には、ひとつの川は、山間の上流域から、町や里のある下流域まで、それぞれが関わり合い、長いストーリーをもっていることが、豊かに描かれている。

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かこさとし『かわ』(福音館書店)。絵巻じたての、広げると約7メートルもある川の絵で、源流から海までの川の旅が一望できる。

川はその源流部の山で雨を集め、流れをつくりはじめる。下流に向かうにしたがって、人の生活とともにある川になる。そして最後は大きな海へと流れ込む。かこさとしは、山、里、町、川、海が、それぞれがお互いに深くつながっていることを、大人の僕に教えてくれた。7メートルもの長さがある絵巻じたて『かわ』の絵は、とってもスケール感に溢れ、この川のストーリーのなかを、自分で舟を漕いで旅したいと強く思ったのだ。



多摩川クエストのはじまり



しかし現実的には、多摩川の中下流域は、たぶんパドリングに楽しい瀬もそんなにないし、パックラフティングするのに十分な水深があるかもわからない。そんな旅に興味を持ってくれる仲間はいるだろうかと、内心は心配があった。

多摩川をいつもの御岳からスタートして、河口の羽田まで漕いでみたい。そんな話をパックラフト仲間で、同じ多摩地区に住むバダさんに話したら、「それ、やろうよ」と即座に返事をしてくれた。バダさんは、小さい頃から今までずっと多摩地区で生活してきた。最近、調布に引っ越してきた僕なんかよりも、バダさんの方がはるかに多摩川の思い出は多いのだ。だからこんなふざけた遊びにも、すぐに乗ってくれたのかもしれない。


多摩川全体を一枚の絵地図(長さ3メートル)にした村松昭『多摩川 散策絵図』を見ながら、仲間と計画を立てる。

多摩川の総延長は138km。奥秩父の笠取山の水干を水源とし、水干沢、本谷を流れ、その後、一之瀬川、丹波川(たばがわ)と名前を変えて、多摩川となる。

今回の旅のスタート地点である御岳から羽田までだと、だいたい70kmの距離であった。これを5つのセクションに区切ってみた。御岳から羽村までの18kmを最初のセクションとして設定し、羽村以降の流れが緩やかになる中下流域は、1日に漕げる距離を15km程度と想定して、立川、調布、新丸子、羽田をセクションとして区切った。計画どおりに行けば、5日間あれば御岳から羽田まで行けるはずだ。

ずいぶんと縦長の地図だが、以下の地図で多摩川の源流から河口までの全貌を、あらためて眺めてみてほしい。

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[多摩川流域地図] 多摩川の本流は、河口から遡ると丹波川、一之瀬川となる。その水源地は、笠取山の水干。

一度に通して漕ぐのはみんなのスケジュール上、難しかった。そこで5日間を2回に分けてセクション・バックラフティングでつなぐことにした。最初は土日の2日間で御岳から立川まで。2回目は3連休を使って、残りの3セクションである立川から羽田までを漕ぐプランを立てた。このセクションを区切りながら長いトリップをつないでいく方法は、ロング・ディスタンス・ハイキングのセクション・ハイキングという旅の方法からヒントを得たやり方だ。

僕たちは、土日が来るたびに顔を合わせ、多摩川の旅をつなげていった。まずは御岳から立川までの約30kmを1泊2日で漕いでいく。



Section 1 御岳 − 羽村(18km):見慣れた景色の先へ



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旅の出発地点は、都心に住むパックラフターにとってのホームフィールドである、多摩川上流部の御岳渓谷。

青梅線の御嶽駅で下車。バダさんと僕と妻の恭子の3人で、いつもの慣れたプットイン・ポイントへと向かう。

何度もダウンリバーをしにきている、ホームフィールドの御岳から、この旅はスタートした。見慣れた景色、知った流れのなか、いつものように漕ぎだす。多摩川の上流部は、渓谷の景色に、透き通った川の水が美しい。

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山間の渓谷部を過ぎた多摩川は、徐々に川幅も広く緩やかな川になっていく。

青梅の釜の淵公園で、いつもは上陸して片付けを始めるが、今回はそこをスルーしてそのまま進んでいく。「ここから先は、どこまで漕げるんだろう?」と思っていた。今日は、その先まで進んでいくのだ。しかも5日間をかけて羽田まで漕いでいくという意気込みだ。いつもの景色を少し先にはみ出すだけで、未知の冒険が始まる。

今まで漕いだことのない区間に、地図を見て現在地を確認しながら進む。バダさんと一緒に「河辺駅の近くだ。ここは河辺の瀬だね!」とか、現れた瀬に勝手に名前を付けて楽しむ。

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小作取水堰。多摩川には全部で11 基の堰(せき)・ダムがある。

高速道路の圏央道をくぐった先に、小作取水堰が見えてきた。堰堤(えんてい)は危険なので、手前で早めに舟を岸につけて上陸する。

パックラフトの利点は、軽いから楽々と舟を持ち上げてポーテージ(※)できること。僕らはパックラフトを持ち上げて堰堤の脇を歩き、またその先で舟を浮かべて、再び漕ぎはじめる。

(※)ポーテージ・・・舟を担ぎ上げて、陸路を歩いて障害物を越えること。

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堰堤の脇をポーテージして歩く。

小作をすぎてしばらくすると、ゴールの羽村の取水堰が見えてきた。朝の10時にスタートして、5時間でこの日のゴールに到着。堰(せき)の近くにあるキャンプ場で、おのおのテントを張る。季節外れの多摩川沿いのキャンプ場は、他に誰もおらず僕らだけで貸し切りだった。

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羽村でのキャンプ風景。シェルターは、バダさんはMLDのCricket Tarp、小川夫妻はBlack DiamondのMega Lightを使用。



Section 2 羽村 − 立川(13km):町に入っていく多摩川



源流から流れてきた多摩川の水は、羽村の取水堰で8割ほどが抜き取られて、玉川上水に流し、都心で暮らす人々の生活用水などになる。羽村より下流の水は、その半分ほどが家庭で使われた水が、処理施設を通して流れてくるものなのだそうだ。

2日目は、この羽村取水堰の直下からスタートする。ここから先が、本格的に未経験のセクションだ。この先の川の状況はまったくわからない。舟を漕ぐための水深が十分にあるのだろうか。そして進むための流れがあるのだろうか。

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羽村の先でもいくつかの堰堤がある。Google MAPで常に堰堤の場所をチェックしながら進んでいく。

不安のひとつが早くも的中する。このセクションを僕たちが漕いだときは、水位が低い瀬が連発し、何度も何度も舟から降りて、ライニングダウン(※)をする羽目になったのだ。でも、不思議とこんなめんどくささ自体も、なんだか楽しかった。

(※)ライニングダウン・・・浅瀬など舟に乗ったままでは通れない所で、舟を降りてロープで舟を引きながら浅瀬を歩くこと。舟を持ち上げて、岸などの陸路に上がって障害物を避けるポーテージと異なり、ライニングダウンは川のなかを舟を引きながら歩く。

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ライニングダウン。漕げない水深の浅瀬が一番多かったのが、羽村から立川のセクションだった。

多摩川は次第に町のなかに入っていく。川幅が広くなっていき、岸にはマンションの姿も目立ちはじめ、人々の生活に近づいてきたのを感じる。

その一方で、川辺にはちょっとしたウィルダネスのような景色があったりするのだから面白い。そこだけ切り取れば、まるでユーコンみたいな景色だ、と思うようなところもある。

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都心の川原に、これだけ放置された自然があることに驚いた。

そのユーコン的な多摩川の景色を過ぎると、今度は「なにこれ!?」という、奇岩がむき出しになった場所が突如あらわれた。あとで調べてみたら、どうやら太古の昔(約1200万年前)に海底に堆積した砂や泥の砂層が、ここ一帯だけ地表に露出しているらしい。


「多摩川八景」にも選ばれた、昭島の多摩大橋付近の奇岩の風景。

この日は、羽村から立川までたった13kmを進むのに、5時間もかかってしまった。度重なるライニングダウンに、2つの堰を越えるためのポーテージ。さすがに、くたくただ。この先も舟が漕げない浅瀬が続けば、想定以上に時間がかかるかもしれない。どうなることやら。現実的でないバカな旅を始めてしまったのかもしれない、という思いもよぎる。

立川の多摩モノレールの橋がかかる川原で片付けをして、また次の週末にここで会う約束をして、バダさんと別れた。

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立川あたりまでくると、川幅もずいぶんと広くなる。この先も河口を目指し、多摩川クエストは続いていく。

次回は立川から羽田までのセクション(Section 3~5)。いよいよ都心のなかに多摩川が入っていく。川から見る都会の景色はどんなものだろう。そして羽田で飛行機が飛んでいるのを、川の上から眺めたときに、どれくらいわくわくするのだろうか。

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[多摩川流域地図] 次回は立川から羽田までのセクション(Section 3~5)のレポートをお届けします。


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佐井聡(1979生)/和沙(1977生)
学生時代にバックパッカーとして旅をしていた2人が、2008年にウルトラライトハイキングというスタイルに出会い、旅する場所をトレイルに移していく。そして、2010年にアメリカのジョン・ミューア・トレイル、2011年にタスマニア島のオーバーランド・トラックなど、海外トレイルでの旅を通してトレイルにまつわるカルチャーへの関心が高まっていく。2013年、トレイルカルチャーにフォーカスしたメディアがなかったことをきっかけに、世界中のトレイルカルチャーを発信するウェブマガジン「TRAILS」をスタートさせた。

小川竜太(1980生)
国内外のトレイルを夫婦二人で歩き、そのハイキングムービーをTRAIL MOVIE WORKSとして発信。それと同時にTRAILSでもフィルマーとしてMovie制作に携わっていた。2015年末のTRAILS CARAVAN(ニュージーランドのロング・トリップ)から、TRAILSの正式クルーとしてジョイン。これまで旅してきたトレイルは、スイス、ニュージーランド、香港などの海外トレイル。日本でも信越トレイル、北根室ランチウェイ、国東半島峯道ロングトレイルなどのロング・ディスタンス・トレイルを歩いてきた。

[about TRAILS ]
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