TRAILS REPORT

土屋智哉のウルトラライト・ハイキング2.0 「中央ハイトレイル」を行く#2

2015.08.28
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取材:TRAILS   写真:三田正明  /佐井聡 構成:三田正明

この夏、奥多摩から劔岳を目指して「中央ハイトレイル」と名付けられたロングトレイルを歩くハイカーズデポ土屋智哉さんを追い掛けて、TRAILS取材班は補給物資を携えて一路最初の補給地である清里へと向かいました。出発翌日に台風に見舞われたものの快調なペースで歩き続けた土屋さんは、途中金峰山荘で停滞を余儀なくされたものの、結局その日も荷揚げの手伝いをしていたのだとか。

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再会したその日も金峰山荘から清里駅まで半日で歩き、さらに八ヶ岳の真教寺尾根のトレイルヘッドまで歩いてしまったというから驚き。日常の雑事から解放されさぞや快調かと思いきや、出会って早々、口をついて出てくるのはネガティブなことばかり。なんでも、今回のハイキングで自分に課したタープ泊が精神的にかなりの障害になっているらしく…。

「タープでは寝るのはいいんだけどさ、メジャー山域でタープ泊をすることのストレスがかなりある。テン場でまわりから奇異な目で見られるのがね。いつもみたいにツェルト泊なら使っている人も普通にいるし何も問題ないけど。」

三鷹の怪人、清里に現るの巻。

さらに精神的障害になっているのが、日本独特の山行の常識。アメリカでは日本のようなキャンプ指定地というものがないトレイルが多いため、例えば夕方にトレイル上で夕食を食べ、さらに暗くなるまで数時間歩いてどこか適当なキャンプ地を探すという方法論がULではポピュラーだけれど、日本の、特に土屋さんが今回歩く奥多摩~奥秩父や八ヶ岳、北アルプスといったメジャー山域では幕営指定地以外のキャンプは禁止されていて、さらにキャンプ指定地には午後4時頃までに着くことが常識とされている。そんな不文律は守らなくとも問題はないともいけるけれど、タープ泊の場合は一般的な山岳テントよりも場所を食うのでキャンプ指定地には早く着く方がベターではあるし、アウトドア・ショップを経営している土屋さんの立場上、あまり常識外れの行動は慎むべきでもあります。そのため2日目の将監小屋から甲武信小屋までも午後1時に着いてしまったし、3日目の甲武信小屋から金峰小屋までも昼12時に着いて行動を止めざるを得なかったのだとか。「もういちど日本の山でのUL(ウルトラライト・ハイキング)を確立してみたい」という意気込みで歩き始めたものの、なかなか自分の思い描くハイキングができていないジレンマがあるようで…。

そんなわけで、清里のペンションでの悩める土屋智哉の激白をお聞きください!!!

街に着いたらとりあえずソフトクリーム♪

いままでももちろんULのスタイルで日本の山を歩いてはきているけれど、自分にとっては当たり前のことだったし、23日の行程だったり、人と一緒に歩く場合はいろいろ調整するのが当たり前だから、あまり「ULであること」というのを強く意識していなかったのかもしれない。実際、この23年は店としてもULよりもロングハイクを提案することに重きを置いていたこともあるし。ただ、今回あらためて「ULであること」「ULで長く歩くこと」というテーマを掲げて歩いてみると、当たり前の現実がやっぱりあらためて刺さってきているんだよね。自分にとっては店を始める時点で片付いていると思っていた問題が実はやっぱり大きな問題だったというか。」

でも、大好きなソフトクリームを食べ終わってしまったらこの表情。どよーん。

「“五国ロングハイク(*)”でマイナーな山域を歩いた晋(ハイカーズデポ・スタッフの長谷川晋さん)は晋で、明日自分が行く場所がどんな場所かわからない辛さがあったと思うけど、今回メジャーな山域を歩いている自分は自分で、テン場が決められているせいで行動が制限されちゃう辛さがすごくある。2日目に将監小屋から甲武信小屋まで歩いたときも、甲武信に着いたの1時くらいだったのよ。で、甲武信から金峰小屋とかは、12時くらいに着いちゃって。『俺、もっと歩けるのにな』って。今後もそういうことがあるんだろうなと。そんなこと自分の中では「当たり前でしょ、今さら何いってんの?」で片付いていたはずだけれど、まさか今回ここまでシビアに自分に突き刺さるとは思っていなかった。」

休憩時に履いていた手製のワラーチ・サンダル。

「タープでこうなるのは、わかっちゃいたんだけどね。これまでもキャンプ指定地でタープ泊やってはいたんだけど、それは無意識に人のいない場所で人のいない時期を選んでいたんだよね。ODボックスで働いていた頃から、山には基本的に平日しか行ってなかったし。それが今回のように距離も期間も長くなるとそうはいかない。やっぱり日本の山でタープを張るのは不自然なんだよ。だから「海外ではタープ、日本ではツェルト」っていうのが自分のなかの回答だったし。でも、今回はあえてそれをぶっ壊してみるっていうのもテーマだったからね。だから俺、八ヶ岳はさっさと抜けたいのね。三連休で赤岳鉱泉か行者小屋に泊まるから、絶対人多いじゃない? いまそれがストレスなんだよ。美ヶ原とか霧ヶ峰あたりの方が自由に歩けるんじゃないかなって。」

五国ロングハイク 2013年に長谷川晋氏が行った河口湖から秩父~軽井沢~草津温泉~湯沢~信越トレイルまで、5県400kmを繫いで歩いたハイキング。途中舗装路や林道歩き、街での補給を挟みつつトレイルを繫いで歩くそのルートは、PCTで本場のロングディスタンス・ハイキングを体験した長谷川氏ならではのアイデアで、日本ならではのロングトレイルのあり方に一石を投じた。

清里のペンション『ゴリー』にて。ご主人は山岳ガイドもされているとか。

「今回は『店としても自分としても、もう一度ULにこだわってみよう』っていうところから始まったことなんだけど、たとえば晋はPCT(パシフィック・クレスト・トレイル)のあと”五国ロングハイク”を歩いてひとつ完結したものがあったから、俺もJMT(ジョン・ミューア・トレイル)を歩いて、コロラド・トレイルを歩いて、今回ここを歩いて、日本の山をULでハイキングすることにひとつの着地点を見つけたい気持ちがあるんだよね。でも歩きながら、晋のPCTから引きずっていた心の葛藤のでかさがよくわかった。長く歩くのって、やっぱりいろんなこと考えちゃうんだよ。これが初めてだったら何も考えなくて済むのかもしれないけど。JMTのときは何も悩まなかったもん。歩くことしか考えていなかった。だから初めての体験ってやっぱりすごいんだよね。でも、そのときのセンスに戻ることは絶対にないんだよ。それに気づけただけでも良かったけど。」

これから先のルートを確認。

「正直、いまはこのハイキングがどう落ち着くかわからないんだよね。途中でやめちゃう可能性がゼロじゃない。いま四日間歩いてみて感じているのが、今回はULにこだわろうと思って始めたのにこだわりきれていないもどかしさなのね。装備の面ではULでできるし、歩くこともできるんだけど、でも本当にULっぽいハイキングができているのか。当然ガシガシ歩くことがULではないんだけど、装備が軽くなることによってより遠くまで、より自由にっていうのがULだと俺は思うんだよね。でも、その『より遠くまで』『より自由に』ができているのかといえば、自分のなかで消化不良な部分がすごく多い。『ただのロングハイク』って思えばなんでもいいんだけど、それで劔まで歩いてみたって普通に縦走するのとなにが違うんだろうって。まあ、そもそも違わないんだけどさ。でも、そこに俺はどうにかUL的なエッセンスを入れてみたいわけで、そうすると自分がどういう着地点を目指すのかが見えて来ないんだよね。今回の旅は「もう一度日本のトレイルをULにこだわって歩いてみよう」っていうので始まっているから、そうじゃなかったとしたらそもそもやっている意味あるのかっていうことまで考えちゃってさ。だから体力的にとか精神的に辛くて嫌になってやめるってのはないと思うけど、何か違うからやめるっていうのはないわけじゃない。」

え、マジですか? そこまで行っちゃってますか!? もちろんリタイアする、しないは土屋さんの自由ですが、ここまで追っかけてしまっているTRAILSとしては当然ゴールまでレポートしたい気持ち満々なのですが! そもそも土屋さん的にもこの旅をアーティクルとして残したい気持ちはあるものの、「このハイキングをリアルタイムで速報していく!」と前のめりで鼻息荒くしているTRAILSにも少々「うざったさ」を感じていたようで…。

今回TRAILSが届けた食料。土屋さんの奥様のレシピによる焼き玄米の袋飯とお味噌汁。これで清里〜松本間の約5日分。

「そんな状態だから、これが(この記事が)出ちゃうことによって歩かなきゃないけなくなるのが嫌なのよ。ぶち上げたはいいけど、最後しょぼーんって終わっちゃうのは嫌だからさ。やってる最中にこれが出ちゃうと、それがノイズになっちゃう。メディアとしてリアルタイム配信っていうのは面白いと思うんだけど、俺はハイキングをSNSとかでリアルタイムで発信するのって、もともとそういうこと一切やらないタイプだから、感覚がわからない。今回会う人にもよく『プライベートですか? 仕事ですか?』ってきかれるんだけど、それが自分でもわからないんだよね。これがプライベートなのか仕事なのか、自分のなかでも着地点がなくて。そういうのも気持ち悪いの。こういうことは記録として残したほうがいいんだろうなとは思うから取材を受けるのは全然構わないし、受けるんだったらこういうニュアンスをいちばんわかってくれるのはTRAILSだから、記録として残してくれるのはありがたいんだけど、でもこれが歩きながら公開されると、ますます自由じゃなくなっちゃう。店から望まれていること、TRAILSから望まれていること、そういうのが全部うざったい。自分が歩きながらこういう風に揺れているのを出してくれるのは全然構わないし、終わってみたら『超良かったよ~』ってなって、『この清里のときの土屋なんだったんだよ!?』っていうのも面白いと思うしさ。でもいまは悩みしかない。闇しかねえよ。」

湿った装備を乾かすの図。こうして見るとスルーハイク中のアメリカのモーテルに見えなくもない。

いかがでしたでしょうか。“ATフィールド全開”の、読んでいてこちらまで暗くなってくるネガティブ発言の数々。ですが「軽いって自由」という言葉をお店のキャッチコピーとして掲げる土屋さんの、「自由になりたくてハイキングしているのに、それがメディアに載ると自由になれない」という気持ちも痛い程よくわかります。当初「速報で公開していくゾ!」と意気込んでいたTRAILSもリアルタイム更新を諦めざるをえず、せめてリアルには伝えたいと、今回は清里での土屋さんの発言を生々しくお伝えした次第です!

とはいえ、最初から最後まで普通になんとなく楽しかった旅って、実はたいして印象に残らないものですよね。それよりも不安や恐怖と戦い、艱難辛苦を乗り越え、やっと何らかの境地に辿り着く旅の方がずっと印象深く、自分の財産となり、結局は楽しい思い出として残ったりするもので。そう考えると、土屋さんは順調に実りある旅のルートを辿っているといえるのかもしれません!

呆然と虚空を眺めながら「闇しかねえよ」と呟く土屋さんに、せめて一条の光が差すことを願いながら、言葉少なに取材班は清里を後にしたのでした…。

HAPPY TRAILS!

(次回に続きます)


WRITER
土屋智哉

土屋智哉

1971年、埼玉県生まれ。東京・三鷹にあるウルトラライト•ハイキングをテーマにしたショップ、ハイカーズデポのオーナー。古書店で手にした『バックパッキング入門』に魅了され、大学探検部で山を始め、のちに洞窟探検に没頭する。アウトドアショップバイヤー時代にアメリカでウルトラライト•ハイキングに出会い、自らの原点でもある「山歩き」のすばらしさを再発見。2008年、ジョンミューアトレイルをスルーハイクしたのち、幼少期を過ごした三鷹にハイカーズデポをオープンした。現在は自ら経営するショップではもちろん、雑誌、ウェブなど様々なメディアで、ハイキングの楽しみ方やカルチャーを発信している。
著書 『ウルトラライトハイキング』(山と渓谷社)

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