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ジェフ・キッシュのHIKER LIFE with PNT | #03 僕がパシフィック・ノースウエスト・トレイルに惚れた理由

2020.03.06
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(English follows after this page.)

文・写真:ジェフ・キッシュ 訳:トロニー 構成:TRAILS

What’s HIKER LIFE with PNT? | パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT ※)は、アメリカでもっとも新しいNational Scenic Trail(※)。いまだ手つかずのウィルダネスが現存する稀有なトレイルだ。そこにはハイキングの自由があり、「ロング・ディスタンス・ハイキングの良いレガシーが今も残るトレイルだ」とジェフは言う。この連載では、ジェフを通して、日本では希少なPNTにまつわるトレイル情報やカルチャーをお届けしていく。

* * *

ジェフの連載3回目は、彼自身が、パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT)のどこに魅力を感じているのかを、語ってもらいます。

これまで、彼の仕事の話、家族の話をお届けしてきました。でもそれもこれも、すべてはジェフがPNTに惚れてしまったことがきっかけです。

PNTとはどんなトレイルなのか? 他のトレイルとはどう違うのか? そしてPNTにはどれほどの魅力があるのか?

ジェフいわく「アメリカでもっともワイルドなトレイル」とのこと。その理由を、詳しく紹介してもらいましょう。

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パサイテン・ウィルダネスを通るPNTからの眺め。遠くに見えるはノース・カスケード。

※ パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT):正式名称は「The Pacific Northwest National Scenic Trail」。アメリカとカナダの州境付近、ワシントン州、アイダホ州、モンタナ州の3州をまたぐ1,200マイル(1,930キロ)のロングトレイル。歴史は古く、1970年にロン・ストリックランドによって考案された。そして約40年の歳月を経て、2009年にNational Scenic Trailに指定された。現時点において、もっとも新しいNational Scenic Trailである。

※ National Scenic Trail(ナショナル・シーニック・トレイル):自然を保護し、楽しみ、感謝することを目的に、1968年に制定されたNational Trails System Act(国立トレイル法)によって指定されたトレイル。他にも、National Historic TrailやNational Geologic Trailなど複数のカテゴリーがあるが、中でもNational Scenic Trailは、壮大な自然の美しさを感じ、健康的なアウトドアレクリエーションを楽しむためのトレイルである。一番最初に選ばれたのは、ATとPCT。現在全米にある11のトレイルが、National Scenic Trailとして認定されている。


PNTは、アメリカに11あるNational Scenic Trailのひとつ。


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彼が働くパシフィック・ノースウエスト・トレイル・アソシエーション(PNTA)のオフィスから。

ハイ、ジェフです! みんな、調子はどう? 今日は、僕が愛してやまないPNTの魅力をたっぷりお届けするよ。

アメリカには11のNational Scenic Trailがある。新しいトレイルは、ただ単に全トレイルの総距離を増やすためではなく、世界中から訪れるハイカーやその他の利用者に対して、真に独自の体験を提供するためにつくられているんだ。

1968年にアメリカのナショナルトレイルシステムを確立した法律として知られるNational Trails System Act(国立トレイル法)には、次のように書かれている。

「National Scenic Trailは、(中略)最高の野外レクリエーションの可能性を提供すること。またこの国の重要な風景、歴史、自然、そして文化の特質を保全し享受することを目的に、今後もトレイルをつくっていきます」

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パサイテン・ウィルダネスのPNTにて。目の前にあるのは、ワシントン州のジャック山と氷河の峰々。

ハイカーがPNTで得られる体験は、本当に他にはないものなんだよ。このトレイルがつくられたことによって守られた景観は、他のどのトレイルと比べても、いや世界中のどの景色とも異なるものなんだ。


僕がPNTに人生を捧げることにした理由


1974年、PNTの創設者であるロン・ストリックランドは、『バックパッカー・マガジン』に、PNTに関する彼のビジョンを発表した。PNTでは、その記事は『ロンのPNTマニフェスト』として今も語り継がれている。その記事で、ロンはこう書いている。

「森林限界を超えた景色から、緑豊かな森へ。ある奥地のウィルダネスから、別のウィルダネスへ。さらにウィルダネスのもっとも神秘的な部分である場所 − 湖 − へと。そういった場所に、やがて夢のトレイルは伸びていく。それは熱い心をもったハイカーのためのトレイルだ。それはできる限りウィルダネスをそのまま残したトレイルとなるだろう。アクセスは難しく、道標やシェルターは少ない。そして歩く者がもっている全感覚を、ウィルダネスの体験へと向けさせてくれる」

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ピクチャー・レイクの背後にそびえるシュクサン山。ノース・カスケード国立公園にて。

ロンの記事のようなことを、僕も人から聞いていたんだ。PNTは難易度の高いトレイルで、辺境にあるということを。またパシフィック・ノースウエスト(太平洋岸北西部)のエリアには他にはない景色があるということを、僕は知識として知っていたんだ。温帯雨林のエリアのなかに高低差のあるゴツゴツした山々があり、そこでは昔から生息している動物たちが今もうろうろしているらしい、と。

このようなことがきっかけとなって、僕はPNTを歩くことに決めた。そしてPNTは僕が歩く前に抱いていた期待をすべて超えていたんだ。それが僕がPNTの保全に人生をささげることにした理由になっているんだ。


他のトレイルにはない、巨木の森と氷河に出会えるトレイル。


PNTには他のNational Scenic Trailにない、驚くほど大きい巨木があるんだ。太古から残る温帯雨林の森がカスケード山脈の西に広がっていて、それがアイダホやモンタナの辺境の渓谷のなかにも続いている。

PNTハイカーが出会う最大規模の巨木は、ノース・カスケード国立公園とオリンピック半島にあるよ。これらは世界でもっとも大きい木の種類として有名なんだ。

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古代から生きつづけているレッドシダー(米杉)。僕のバックパックと比較すると、その大きさがわかるはずだ。

そして、何マイルにもわたる氷河が存在するトレイルは、National Scenic TrailのなかではPNTしかない。多くのハイカーの出発地点となるモンタナ州は、氷河にちなんで名付けられたグレイシャー国立公園というのがあるんだけど、実はワシントン州がアラスカを除くともっとも多くの氷河がある州なんだ。

パサイテン・ウィルダネス、ノース・カスケード国立公園、マウントベイカー・スノコルミー国有林、オリンピック国立公園などのいたるところで、PNTハイカーは大昔から残る氷に囲まれながら歩くんだよ。


多様な野生動物たちが生息する、希少な自然の残るトレイル。


とても高い緯度にある隔絶された土地であることに加え、ロッキー山脈から太平洋岸まで多様な生態系が広がっている。だからNational Scenic Trailのなかでも非常にめずらしい種類の野生動物が、PNT沿いには生息しているんだ。

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PNTが通る3つの州のすべてにグリズリーベアが生息しているため、ハイカーの正しい食料保管がとても重要だ。

PNTは、米国で指定されている6つのグリズリーベア生態系のうち4つを横断しているため、ハイカーはPNTが通る3つの州すべてでグリズリーベアとの遭遇に備えておく必要があるんだよ。

グリズリーベアはヒグマの一種として有名だけど、グリズリーはかつて北アメリカ大陸で絶滅寸前になってしまった。けど、いまでは回復への努力がうまくいって、PNT沿いのいくつかの生息域で個体数が増加したんだ。特にトレイルの東のエリアではうまくいっているんだよ。それに加えて、より一般的なアメリカグマについては、PNTのほぼ全域で繁殖しているんだ。

また他のNational Scenic Trailでは、ハイカーがこれほどたくさんのオオカミと一緒に時間を過ごすことはないだろうね。オオカミはかつては北米全域にいたんだけど、いまはアメリカ48州のうち北部エリアを中心に生息しているんだ。そのエリアにPNTが入っている。モンタナ州の起点からワシントン州カスケード山脈の西側にいたるPNTの900マイルは、そういう場所でもあるんだ。

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息子のアトラスは、オリンピック国立公園のPNTからクマを見た。

だけどPNTのハイカーがもっと遭遇する可能性が高いのは、マウンテンライオン(ピューマ)やボブキャットだね。ワシントン州はアメリカのなかでもっとも多くオオヤマネコが生息する土地で、そのすべてがPNT沿いにいるんだ。これらのめずらしいネコ科の動物たちは、ルーミス森林公園やパサイテン・ウィルダネス、ノース・カスケードのエリアで、たまに見られることもあるね。

ちなみにPNTに生息するめずらしい野生動物は、恐ろしい大型肉食動物だけじゃない。PNTハイカーがトレイルで日常的に見ることができるのは、ヘラジカ、ヤギ、オオツノヒツジ、シカ、マーモット、ナキウサギ、ワシ、カワウソ、アシカ、アザラシなど。さらにはクジラだって見ることができるんだ。

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PNTをスルーハイクする際は、ワシントン州のウィルダネス・コーストで数日過ごすことになる。ここでは、アシカやその他の海洋生物とともにシカやクマも観察できる。


人の少ない、アメリカでもっともワイルドなトレイル。


この豊かな土地が驚くべき生物の多様性をつくり出していて、それはまたPNTの体験にも大きく影響するんだ。

まず第一に、PNTが通ってるエリアにはほとんど人がおらず、そのため野生動物が生息する上で十分な自然がある。

AT(アパラチアン・トレイル)に沿った人口密度の高いアメリカ東海岸や、PCT(パシフィック・クレスト・トレイル)沿いの人気リゾート地とは異なり、PNTの近くの町は、ときに1ブロックもしくは2ブロックの長さしかないほど小さく、いずれも山脈の谷あいのところにある。

こういった小さな町では、毎年PNTハイカーが訪れることが、とても大きなできごとなんだ。

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ノース・カスケード国立公園にあるワットコム・パス近くのPNTから望むチャレンジャー氷河。

町の人口と同じく、トレイルを歩く人口も少ない。トレイルの大部分にはほとんど人が住んでおらず、その上、PNTのスルーハイカーは年間100人にも満たない。だからPNTでは、他ではできない孤独を経験することができる。またハイカーは真の自立を実践することによる喜びを、感じることができるんだ。

人口密度が低いのは、岩だらけの地形であることと、その土地の大部分を政府が管理しているから。PNTの約80%は、国立公園か国有林に属している。PNTが通る7つの主要な山脈があって、その山脈と山脈のあいだの低地にいくぶんか住みやすい場所が存在し、そこに町があるんだ。

PNTの端から端までずっと、これらの山脈がトレイルと垂直に交わっている。これがPNTの物理的な障壁になっていて、PNTが他のトレイルと大きく異なる部分でもあるんだ。PNTは、太平洋岸にたどり着くまでに、これらの山脈を越えて行くんだけど、一日に5,000フィート(約1,500メートル)を登ることもめずらしくないよ。

他にもあるんだけど、こういった理由から、僕はPNTがアメリカでもっともワイルドなNational Scenic Trailであると思ってるんだ。

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PNT上にあるオリンパス山の氷河。

ジェフが語るPNTの魅力、伝わったでしょうか。PCTやATの場合、ハイカーがたのしく歩いている姿をイメージしがちですし、実際ハイカーとの交流も醍醐味のひとつです。

でもPNTは、ハイカーが少なく、手つかずのウィルダネスがたくさん残っています。大自然、そしてそこで暮らす野生動物を楽しむ上で、これほどすばらしいトレイルはないかもしれません。

TRAILS AMBASSADOR / ジェフ・キッシュ
ジェフ・キッシュは、アメリカのロング・ディスタンス・ハイキングのコミュニティにもっとも強くコミットしているハイカーのひとりであり、最前線のトレイルカルチャーを体感し、体現している人物。ハイカーとしてPCTとPNTをスルーハイクしていることはもちろん、代表的なハイカーコミュニティであるALDHA-Westの理事を2年間務め、さらに現在はパシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT)の運営組織にジョインし、トレイルづくりに尽力している。これほどまでに全方位的にトレイルに深く関わっている人は、アメリカのハイキングシーンにおいても非常に稀である。そんなハイカージェフの、トレイルとともに生きるハイカーライフをシェアしてもらうことは、僕たちにとって刺激的で学びがあるはず。

(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)

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Jeff Kish

Jeff Kish

2012年にPCT(パシフィック・クレスト・トレイル)、2014年にPNT(パシフィック・ノースウエスト・トレイル)をスルーハイキングした、ロング・ディスタンス・ハイカー。アメリカのロング・ディスタンス・ハイキングのコミュニティに最も強くコミットしているハイカーのひとり。2017から2年間にわたり、アメリカで有名なハイキング関連の組織であるALDHA-West(American Long Distance Hiking Assosication-West)の理事に従事。また2014年からPNTの管理・運営組織(PNTA)の仕事に携わりはじめ、2016年にはPNTAのエグゼクティブ・ディレクター(現職)に就任。PNTは、アメリカにある11のNational Scenic Trailのなかで、もっとも最近(2009年)に認定されたトレイルゆえ発展途上であり、各方面の体制や組織づくり、運営に奔走中。現在は、PNTのトレイルタウンでもある、ワシントン州ベリンハム在住。
https://www.pnt.org

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