TRIP REPORT

HIMALAYA MOUNTAIN LIFE | GHT敗退記 – 2018

2019.11.15
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文・写真:根津 貴央 構成:TRAILS

ヒマラヤのロングトレイル『グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT ※1)』を踏査するプロジェクト『GHT Project』(※2)。

2014年に立ち上げたこのプロジェクトは、毎年秋(ネパールは6〜9月が雨季、10月から乾季に入り天候が安定する)に1カ月半ほどGHTを歩き、数年がかりで全線を踏査することを目指している。

2018年で5年目(5回目)。現在は約6割が完了し、残り4割にあと3〜4年かかる見通しだ。

だから本来であれば、この秋の時期、僕はヒマラヤを歩いているはずなのだが、今年はこうやって記事を書いている。そう日本にいるのだ。

6年目にして何があったのか?

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2018年は、悪天候により標高4,400m地点の名もなき峠でビバークしたこともあった。

実は去年、僕たちは悪天候により予定していたルートの核心部を歩くことができず、途中で行程を変更した。今回はその通れなかった核心部に再度足を運ぶのだが、現地で情報収集をしたところ、秋よりも春〜夏のほうが気候的に適している(可能性が高い)ことがわかった。

そこで、僕たちは旅する時期を、今年の秋から来年の春〜夏にずらすことにしたのだ。

2度目のチャレンジとなるそのルートとは、一体どんなところなのか? そもそも前回はどんな状況だったのか?

そこで今回、あらためて昨年2018年のGHT敗退記をお届けしたい。この記事を通じて、次回の旅のイメージを膨らませてもらい、少しでも期待を抱いてくれたら嬉しい。

※1 グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT):ヒマラヤ山脈を貫くロングトレイルで、アッパー・ルート(山岳ルート)とロワー・ルート(丘陵ルート)の2本で構成。全長は、前者が約1,700km(標高3,000〜6,000m超)、後者が約1,500km(標高1,000〜4,000m超)。

※2 GHT Project:GHTのアッパー・ルートを踏査し、ヒマラヤの知られざる魅力を日本に広めるために2014年に立ち上げたプロジェクト。コンセプトは『ヒマラヤは世界最大の里山だ』。メンバーは山岳ガイドの根本秀嗣、TRAILS編集部crewの根津貴央、写真家の飯坂大の3人。

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2018年のルートマップ。核心部は、マカルーB.C.の先にある、シェルパニ・コル(標高6,180m)、ウエスト・コル(標高6,190m)、アンプラプツァ(標高5,845m)の3つの峠。昨年は、これを越えられずに引き返した(黄色の実線)。


例年にない緊張感のもと、念入りに準備を進めていた。


今回僕たちが踏査するのは、GHTのなかでも最難関といわれるエリアだった。

これまで『ヒマラヤは世界最大の里山だ』をコンセプトに、GHTを通じて “里山としてのヒマラヤ” の魅力を発信してきたが、今回は次元が違った。

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標高の低いエリアで、ロープを用いた登攀の練習を繰り返した。

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岩場での練習だったが、本番はここが雪もしくは氷になる。そう思うと、いやが上にも緊張感が高まる。

そのため里山エリアでは、時間を見つけては登攀用のギアを用いたシミュレーションも行なっていた。しかし、はたして標高6,000m付近で同じ作業ができるのだろうか、という不安はどれだけ練習しても完全にはぬぐえなかった。

気温は氷点下、空気は薄く、思考能力も低下しているはず。さらに、足元は傾斜がキツく、岩と氷と雪が入り混じった不安定な場所。昨年、僕らの先をゆく韓国隊がそこで滑落死したという話も耳にした。


核心部の入口となる小屋へ。行く手にあるのは、連続する標高6,000mクラスの峠。


今回の核心部に待ち構えているのは、3Cals(スリー・コル / 3つの峠)だった。これは、シェルパニ・コル(標高6,180m)、ウエスト・コル(標高6,190m)、アンプラプツァ(標高5,845m)の3つの峠のこと。

このエリアの入口であり、僕らがじっくり準備を整えることのできる最後の場所が、標高3,557mにあるヤングリ・カルカという地点。これより先にいくと、物資も期待することができない。

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ヤングリ・カルカ(標高3,557m)で泊まった小屋。

ここにある小屋にたどり着いた時点で、あたりは一面霧に覆われていた。事前に、“ヒマラヤのヨセミテ” と呼ばれる岸壁だらけのエリアだと聞いていたのだが、どこに目をやっても、その面影はまったく感じられなかった。

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あたりは濃霧で覆われ、全貌を確かめることはできなかった。

この天気では前進したとて、すぐに引き返してくるハメになるかもしれない。僕たちは1日休息日を取ることに決め、小屋でくつろぐことにした。

小屋には先客がいた。フランス人のグループだった。どうやら、ここからヘリコプターでカトマンズまで戻るらしい。でも、あいにく悪天でヘリがやってこない。すでに数日、ここに停滞しているそうだ。

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小屋の食堂で居合わせたフランス人グループ。ヘリが来るのを待っているとのこと。


濃霧の中、1日かけて前進するも、いまだ光明のきざしは見えない。


休息日の翌日。目を覚ました僕は、晴れていますようにと願いながら窓から外を見たが、あいかわらずの天気だった。

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なかなか天気が回復しない。この先どうなることになるのやら……

かろうじて雪はおさまってくれたみたいだが、霧が立ち込めていた。天気はイマイチだが、ここから7〜8km先にあるランマーレ・カルカ(標高4,410m)までは行けそうだった。僕たちは、とりあえずそこまで進んでみることにした。

昨日に比べて雪は落ち着いたわけだし、歩みを進めていくうちに好転する可能性もある。そんな淡い期待を抱きながら、陰鬱としたエリアを黙々と歩きつづけて小屋にたどり着いた。

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ランマーレ・カルカ(標高4,410m)の小屋で、薪ストーブを囲んで仲間たちと団らん。ストーブ左側にいるのがリーダーの根本秀嗣、右側が写真家の飯坂大。

「いやあ、何も変わらないねぇ」とメンバー同士、苦笑いしながらストーブの前でたむろする。「まあ、とりあえず飲もうか」と、小屋にあったククリラム(ネパールのラム酒)をあおった。

もう5年も一緒に旅をつづけ、同じ釜のメシを食ってきたメンバー。みんないい意味で、GHTの旅はなりゆきだと心得ているから、ハプニングには慣れっこ。焦ることもなく、もはやそんな状況をも楽しむかのように過ごした。

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ククリラムのお湯割りが、冷えたカラダを温めてくれた。


世界第5位の高峰マカルー(標高8,463m)が眼前に現れ、気持ちが昂ぶる。


翌日。濃霧に加え、また雪が降りはじめていた。

もしかしたら核心部の3Calsは越えられないかもしれない。悪い予想が現実味を帯びてきた。

でも、マカルー(※)直下にあるマカルーB.C.(標高4,870m)までは行ってみたい。僕はそう思っていた。

メンバーと話し合い、無理のない範囲で行けるとこまでいくことを決めた。この先のマカルーB.C.には小屋もあるので、ダメならばその小屋で停滞することを想定していた。

※ マカルー:エベレストの南東にある山で、標高は8,463mと世界第5位の高さを誇る。1955年にフランス隊が初登頂。険しい山容ゆえ登るのが難しい山としても有名。

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目指すは、マカルーB.C.(標高4,870m)。ご覧のとおり、天候はあいかわらずだ。

僕は、悪天の日々になれたこともあってか、もはや天候回復の期待などすることなく、無心で歩みを進めていた。

でも、2〜3時間歩いた頃だっただろうか、突然、霧と雲が視界の隅のほうにサーッと流れていき、眼前に青空と太陽が現れたのだ。

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突然、正面にマカルー(標高8,463m)が出現し、圧倒される。

「おぉー、マジか!」。期待してなかっただけに、もうみんな大興奮だった。スピードを上げて突き進むと、マカルーB.C.直前で、今度は濃霧の中から一瞬だけだったが巨大なマカルー(標高8,463m)が顔を出してくれた。

これは、もしかしたらもしかするかもしれない。ずっと寒さしか感じてなかった僕だったが、なんだか急に血液が全身をめぐり出したかのように、カラダが火照ってきた。


ふたたびの霧と風。ついに決断の刻が来た。


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マカルーB.C.(標高4,870m)の小屋に到着。着くや否や、またしても天候が崩れはじめた。

マカルーB.C.の小屋に着いてホッとしたのもつかの間、すぐさま、どこからともなく霧が立ち込め、強風が吹いてきた。またか……僕は舌打ちしたい気分だった。

小屋に入ってバックパックを下ろし、プラスチック製のイスに腰掛けた。甘いブラックティーが出され、すすりながらひと息つく。こんな僻地にランチの選択肢はない。しばらくしてダルバートが運ばれてきた。豆スープをごはんにかけ、無言のままかっこんだ。

高所での行動による疲労、マカルー対面の歓喜、天候悪化での落胆、ダルバートの安堵感、進退の逡巡……さまざまな感情が渦巻いた1日だった。

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ここで食べたダルバート(ネパールを代表する家庭料理。ダルが豆、バートが米の意)は、いろんな思いを抱えながら食べただけに、いまも忘れられない。

決断の刻が来た。話し合うことにはなったものの、いま思えば、みんな結論は同じだった。確認作業というほうが正しかったかもしれない。

もちろん全員、3Calsを越えたい、という気持ちは強かった。途中で停滞したとしても、天候次第では時間をかければ突破できる可能性はあった。

でも、もし天候がさらに悪化して途中で引き返さざるをえなくなったらどうか。

戻ればいいだけの話ではあるが、そうなると、今回の旅の主題は、僕たちの3Calsへの挑戦になってしまう。

それだけは避けたかった。なぜなら、このプロジェクトの目的は、GHTを通してヒマラヤの知られざる魅力(文化、食、人の営みなど)を発信することだから。僕たちは、挑戦も冒険も望んでいないし、その姿を発信したいわけでもない。

よし、引き返して、残りの期間でGHTの別ルートを旅しよう。

僕たち3人は、晴れやかな気持ちで引き返すことを決めた。また、ここに来る理由ができた。それはそれで、いいことのように思えた。

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引き返す途中で振り返り、マカルーB.C.に別れを告げた。

今回、タイトルに『敗退記』とは書いたものの、正直なところ、敗退という感覚はないし、そもそも敗退ではない。

強がっているわけではない。GHT Projectは、何かに挑戦するプロジェクトではなく、GHTを踏査して、ヒマラヤの魅力を発信することを目的としたプロジェクト。つまり、そこに勝ち負けは存在していない。

だから僕たちは、来年もこの地に足を運ぶ。挑戦はしない、旅を楽しみに行く。

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根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年4月、TRAILSに正式加入。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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