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土屋智哉のMeet The Hikers! ♯2 – ゲスト:勝俣隆さん

2015.03.06
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■ロングトレイルを歩く意味

勝俣 正直いうと自分は「ウルトラライト・ハイキング」っていう言葉にはずっと違和感があるんです。だってハイキングで得られる経験や感動って、荷物が軽いから得られるものではないよね。なのにそれ用のギアを揃えることばかりが先行して、「ハイキングやバックパッキングとは何か」という基本的な考察はぜんぜんされないまま、「ウルトラライト」という言葉だけがひとり歩きしてしまっている気がして。

土屋 でも、俺は「ウルトラライト」って言葉を使って、具体的な数字を出したからこそULはインパクトがあったんだと思うんだ。ただ確かにべぇさんがいうように、店がオープンした頃はULをハイキングとはまったく違う新しいものと勘違いして来る取材の依頼がすごく多かった。そこから大きく状況が変わったかっていうと、ULハイカーは増えたかもしれないけど、じゃあメデュアを含めてまわりの理解がどこまで深まったかというと、まだまだだよね。

勝俣 たとえばレイ・ジャーディンは自分のタープの素材をキューベンには変えていないわけですよ。そこまでギアに頼らない歩き方を彼は提案している。あらためて考え直すと、彼はULの本は書いていないんです。『Beyond Backpacking』も『Trail Life』(*1)も、そもそもULがメインじゃないんだよね。

土屋 むしろトレイルでずっと生活をしていく術を書いてるんだよね。

勝俣 もちろん軽ければ楽になるというのが大前提にあるんだけど、なぜシンプルな構造の手作りの道具がよいかというと、自分の能力を高めることでギアに過度に頼る必要がなくなり、自分を守ってくれるヘビーウェイトな道具を携えて山にいく必要もなくなり、より自然と触れ合えるようになるからだっていう考え方なんだよね。いい山道具を揃えればいいのかっていえば、山道具によって自分の経験がアップしたり自分の能力があがることはないじゃないですか。

土屋 ない。

勝俣さんの冬のヨセミテ、ノースド—ムでのキャンプ。後方にはハーフドーム。

勝俣 そこがいま眼を閉ざされている気がして。だからタープよりもテント、軽い靴よりは重い靴の方が足首を守ってくれるから安全ですよって発想になる。それでこの道具が必要、あの道具も必要って、どんどんどんどん道具が増えていってしまう。そうじゃなくて、自分の能力をあげるのもひとつの手法なんだっていうことに気づかせてくれたのがULだと思うんだ。

土屋 だからってもっとマッチョになりましょうってことじゃなくてね。最近、俺も特殊素材に興味がなくなってきたんですよ。べつにザック作るのだってダイニーマ(*2)じゃなく普通のナイロンだっていいじゃんって。それもいまの話に通じる部分があると思う。たしかにULの面白さって数字ゲーム的なとこもあるんだけど、そればかりになっちゃうと結局道具の話ばっかりになっちゃうんだよね。そうじゃなくて自然とコミットするとか、同一化するような感覚を味わいたいがためにハイキングに行くってことが主目的になってくれば、道具は関係なくなってくる。そうなれば重い荷物を背負っている人とも目的が一緒なら共通の会話ができるようになるし、もっともっとハイキングが自由になっていくと思うんだ。でも、そこをうまく伝えるやり方がまだなかなか見つけられなくて。

勝俣 僕は最近、バックパッキングについて調べているんですよ。もともとアメリカでバックパッキングが流行ったのはベトナム戦争の頃ですよね。ヒッピー文化が盛り上がって、自分たちの両親とは違う価値観でやっていかないと戦争が続いてしまう人殺しの国になってしまう、それまで当然だと思っていた社会通念では自分たちはやっていけないということを考えた人がすごくいっぱいいた時代。だから自分たちがいる社会からいったん離れて、外からもういちど眺めてみよう、自分たちの世界でないところで生活してみようってことがバックパッキングの意味合いだった。そういう意味で捉えると、バックパッキングと日本の山登りってまったく違うよね。山登りから新しい価値観を得ようとか、自分の生活を見直そうという発想はないもんね。

11月のシェラ・ネヴァダ、サウザン・アイランド・レイクを眺める勝俣さん。

土屋 べぇさんがそういうこと考えるようになったのはアパラチアン・トレイル(AT)をスルーハイクしたからなんじゃないの? レイ・ジャーディンがいってる“Beyond Backpacking”って言葉も、たぶん「バックパッキングよりすごいことをしてやる」って意味じゃなくて、「トレイルを歩くことの先に人生やライフスタイルを見直す」って意味だったんじゃないかなって最近思うんだ。それが改訂されて“Trail Life”ってタイトルになったときも当時はよくわからなかったんだけど、スルーハイクをすることって歩くことが生活そのものになるわけだから、その経験がその後の自分の人生にどう繋がっていくのかってことを彼は表現したかったんじゃないかな。たぶんそういう気づきって、5~6ヶ月をスルーハイクした人だけが実感として強く得られることなんじゃないかなって。

勝俣 はじめてJMTを歩いたとき、自然のなかでぽつねんとひとりたたずんだとき、自分はそのなかで生かされているんだってことを強く感じたのね。宇宙があって、その一部としてちっぽけな自分がいるっていう。それってすごく禅的な思考で、戻ったときにも謙虚に生きなさいっていわれた気がしたんだけど。じゃあATってどんなところかっていうと、最初楽しいんですよ。毎日が楽しいハイキングですから。でも飽きてくるんだよね。なぜならそれが日常になっちゃうから。で、街に行くのが楽しみになってくる。楽しい余暇の時間が街なんですよ。いまままで「楽しい山、楽しくない街」だったのが逆転する。そんなふうになってはじめてロングトレイルがロングトレイルたる意味が出てくるんですよ。自分が背負っているものだけでそれまで2ヶ月とかを生きてきて、さらにそれであと2ヶ月半を生きていくんだって思うと、「それまで自分が街で一生懸命がんばってきたものってなんだったんだろう」「なんであんなにいっぱい洋服を持っていっぱいものを買っていたんだろう」って。歩いたからって答えは出ないんだけど、でも、そこで一回疑問を感じることがバックパッキングやロングトレイルの意義なんじゃないかな。それ自体に意味はないのかもしれないけど、それからの人生をどう生きていくのか、そのきっかけにはなる。

アパラチアン・トレイルでの勝俣さん。

■スルーハイクを終えてからが本番

三田 日本人初のトリプルクラウナーの舟田靖章さんの存在が興味深いのもそこですよね。以前のTRAILSのインタビュー記事を読んでもわかるように、まさにそれを実践している方なんで。

土屋 でも、自分はJMTとかコロラド・トレイルとかで一ヶ月くらいの長さしか歩いた経験がないから、それがわからないんだよね。もちろんPCTから帰ってきてだんだん変化していく長谷川と間近で接したり、トリプルクラウン(*2)を歩きながらどんどん変化していく舟田くんを見たりして、頭ではわかっているんだけど、感覚としてはわからない。そういうのがあったから、去年べぇさんがATを歩いていて、「最後だけ一緒に歩きましょうよ」って誘われてさ。JMTのときと同じでひょこひょこ行っちゃって、最後の100マイルちょっとを一緒に歩いたのね。でも、そのときはべぇさんやスルーハイクしている人たちがラストに近づくにつれなんかこう……。

勝俣 終わるのがきついんですよ。

三田 歩き終わりたくないというか?

勝俣 終わりたくないっていうよりも、終わったあとどうすればいいのかわからないから。

土屋 ロングハイクの経験をどう自分の人生にフィードバックさせていくのか、もう一回振り返るととか見直していく上で、その答えがないのにハイキングが終わってしまうって、すごく恐怖なわけ。その先は何もないんだもん。

勝俣 ハイキングは終わるけど、人生としてはそこからが本番なんですよね。

土屋 「あー、まだ準備できていないから本番こないで!」みたいな感じだよね。

三田 舟田さんなんかもそれに直面していたからこそ2回目、3回目と連続で行っていたのかもしれないですよね。でもそれを続けていても最初のうち挑戦だったことが逃避になる気がしたからこそ、その後ああいう道に進んだ気もします。

勝俣 逃げてるわけじゃないと思うけど、使うばっかりなんですね、お金を。てことは誰でもできるんですよ。半年歩いてお金を使うってのは。貧乏旅行のバックパッカーだったらみんなやってることじゃないですか。違いは歩くことだけ。半年海外でバックパッカーしていたんだっていったら誰も誉めやしないですよね。むしろちょっとやばいんじゃないかって(笑)。

ATのゴール地点、カタディン山頂に立つ勝俣さん。

土屋 だから後半すごく無口だったよね。

勝俣 楽しくないんだもん。

土屋 前半はワーキャーいいながら写真を撮りながら歩いてたけど、後半はほとんど喋ってないし、べぇさんとも距離を置いて歩いてたの。終わったあともあまり話さないし電車で移動しているときも話さない。だからそのときの心情を話したのって、帰ってきたあとだもんね。最後の三日間くらいは、俺はこの人と一緒に歩くべきなのか悩んだ。誘われてホイホイ行っちゃったけど、この人がいま一緒にあるくべきは俺じゃないんじゃないか、一緒に歩いていたATハイカーと、苦楽を共にした同じ感覚で話せる人と歩くべきなんじゃないかって。

勝俣 もともといろんな人に「ロングハイクにとくに歩く意味はないですよ。歩き終わっても何か得られるものはないですよ」とは聞いていたんで、最初からその気持ちでは行っていたんだけどね。でも自分自身を見直す期間を3ヶ月以上得るわけで、反省しちゃうんですよね、いままでの人生を。

三田 それはロングトレイルを歩くスルーハイカー同士ではある程度シェアできる感覚なんですかね?

勝俣 終わってから普通の生活に戻れなくなる人が多いのはそういう感覚があるからだと思う。僕の場合だと、やっぱり自分は経済社会が嫌なんだなって思った。いままでギリそこでやってきたけど、やっぱりその折り合いがつかなくなってて、自分がやりたい生き方は一般的な社会にはないんだなって。だったらまた自分の人生やライフスタイルを一から作り直せばいいやっていう気になった。でも、そんなことを考えたりするのがバックパッキングの持つ本来の意義なんだと思う。平たくいうと自分探しなんですよね。40歳こえていまさら自分探しだすなんて意味が分かんないけど(笑)。

(*1)『Trail Life』:『Beyond Backpacking』の改訂版。(*2)ダイニーマ:正確にはダイニーマ・Xグリッドストップ生地のこと。ULギアに多用される非常に軽量で堅牢な生地。ダイニーマ糸による格子状の線が入ることが特徴。(*3)トリプルクラウン:上記の2本のトレイルにアメリカ中西部分水嶺に沿ってのびるコンチネンタル•ディバイド・トレイル(CDT)を合わせてアメリカ三大トレイルートリプルクラウンと呼ばれる。

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土屋智哉

土屋智哉

1971年、埼玉県生まれ。東京は三鷹にあるウルトラライト・ハイキングをテーマにしたショップ、ハイカーズデポのオーナー。古書店で手にした『バックパッキング入門』に魅了され、大学探検部で山を始め、のちに洞窟探検に没頭する。アウトドアショップバイヤー時代にアメリカでウルトラライト・ハイキングに出会い、自らの原点でもある「山歩き」のすばらしさを再発見。2008年、ジョン・ミューア・トレイルをスルーハイクしたのち、幼少期を過ごした三鷹にハイカーズデポをオープンした。現在は、自ら経営するショップではもちろん、雑誌、ウェブなど様々なメディアで、ハイキングの楽しみ方やカルチャーを発信している。 著書に 『ウルトラライトハイキング』(山と渓谷社)がある。

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