AMBASSADOR'S

土屋智哉のMeet The Hikers! ♯2 – ゲスト:勝俣隆さん

2015.03.06
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■ハイカーは自由を求める

三田 「自分探し」ってよく揶揄されるし、すごく手垢がついちゃった言葉だと思うんですけど、みんな常に自分を捜し続けているとは思うんですよね。本当の自分なんてものはないとは思うけど。

勝俣 そう、本当の自分なんていないんだよ。

三田 絶えず変わり続ける自分があるだけですからね。でも自分を知るというか、いまの自分自身の姿を客観的に見られるようになるプロセスなり瞬間ってのは、誰しも必要ですよね。

勝俣 自分は坐禅をやっているんで禅宗の考え方が非常にしっくりくるんだけど、あれって自分が「無」というか、基本的に自分の欲があっちゃいけないんですよ。そういう禅的な思想がAT歩いてやっとわかりましたね。自分なんてなんでもない存在なんだってことが。「ATスルーハイカー」っていったって年間3000人くらいいて(*1)、そう考えたらまったくスペシャルな存在じゃない。でもそういったら、人間なんてみんなスぺシャルじゃない。「世界にひとつだけの~」とかいうけど、みんな雑草じゃん(笑)。そういうなかで普通に生きていけばいいってのは、いまの日本社会じゃありえない発想だよね。禅では「あなたは一滴の水です。雨から降ったかもしれないし川から来たかもしれないけど、最後には海に流されてみんなと一緒になる一滴の水なんです」っていうんだけど、その発想がやっと理解できた。

土屋 なるほどね。

三田 でもその瞬間って、自分自身がただの一滴の水であることに「それでいいじゃん」と思えるというか、一滴な水であることが素晴らしいことなんだって思えるような感覚ですよね。

勝俣 そうそうそう。肩の荷が下りるというか、肩肘張らなくなるというかね。

土屋 スルーハイカーってみんなそんな感じだよね。俺がいままで会った人は大抵そうだった。ここまで明解に言語化して考えているかはわからないけど、肩肘張ってなくて、自分はすごいことをしていない感があるというか。これが正解だ、こういうふうに考えなさいってわけじゃないけど、俺はこういうふうに考えるのがハイカーのひとつのあり方なんだよっていうのを知ってもらいたいなって、すごく思うんだ。ハイカーのリアルってなかなか伝わっていかないじゃない?

勝俣 たとえばレイ・ジャーディンだってさ、”Trail Life”で「雨が降ったときどう思いますか。雨で一日が台無しになる。雨は煩わしいものだと思う。でも自然界にとって雨はむしろ喜ばしいものだ。そういう発想を持ちなさい」なんて書いてるんだ。でもハイキングの本で普通はそういうことは語られないよね。そういう怒りの心はWater flow duck’s back……つまり「そんなものは鴨の背中を流れる水のように流しなさい」というわけ。これほとんどお坊さんの言葉だよね(笑)。

佐井 「無理しないでいいんだよ~」っていってくれるくらいが僕はちょうどいいけどな(笑)

土屋 「無理しない」っていうか「捕われない」ってことだよね。結果として速く歩くことにすら捕われない。それこそ「自然のなかの一粒の砂とか一滴の水と同じくらいの心持ちでいなさい」って。

勝俣 スーパー・ハイカーがそういう境地に至っているっていうのがすごいよね。この間スルーハイカーの友達と話したときも、「自分らハイカーがなりたいのはなんやかんやいってパンツ一丁だよね」と。社会的なしがらみとか価値観を抜いてパンツ一丁で歩くのがベストだと。そのくらいの自由さを本当は求めている。でもレイ・ジャーディン本当にはスパッツ一丁で歩いてるんですよね。上半身裸で(笑)。

三田 ハイキングじゃないけれどトレイルランナーのトニー・クルピチカ(*2)とかがパンツ1枚で山のなかを走るのだってたぶん同じ感覚ですよね。

勝俣 バックパッキングのそういう要素が堀田さんの本も含めて20年間、日本人にはなんにも響いてこなかった。自由を求めるって部分がね。

■禅とハイキング

三田 でも、僕はアメリカのバックパッカー以前に実は日本人の方がそういった感覚を持っていたようにも思うんです。田部重治とか畦地梅太郎とか辻まこととか、『アルプ』(*3)に代表されるような豊かな山の文化や文学も、日本にはバックパッキング以前からずっとありましたよね。そういうのを読むと、いまいわれていたような感覚もあたり前に出てきたりして。1940年代とか50年代に同じような感覚を持っていたアメリカ人って、ゲイリー・スナイダー(*4)とかはいたけれど、あまり多くはなかったように思うんです。ポツポツとはいただろうけれど、バックパッキングの時代まで日本のようにひとつの文化を形成するほどはいなかったんじゃないかな。

勝俣 たしかにゲイリー・スナイダーにしろスティーブ・ジョブズにしろ、日本の禅から教わっているんですよね。だからアメリカからバックパッキングを教わるっていうのは、逆輸入といえるかもしれないよね。バックパッキングの大本には禅があるしね。

三田 ジャック・ケルアックの『ダルマ・バムズ』(*5)に出てくるゲイリー・スナイダーこそが僕は元祖バックパッカーだと思うんですけど、彼だって日本に憧れて憧れて、遂には日本の禅寺で修行していたわけじゃないですか。

勝俣 日本のそもそものアイデアはどこにいっちゃったんだろうね。

三田 田部重治の時代とかでもテントを持たずに山に入ったりもしていましたしね。

土屋 あの頃の人たちの方が歩き方は自由だよね。夜中まで普通に歩いたりね。

勝俣 だって油紙の雨具をタープにして寝るんですよ。なんでいまの人たちが山でタープを使うとあんなバカなことやってっていわれるの。それは先人たちに謝れっていいたいですね。それが普通だったんだから。

三田 ちょっと羨ましいですけどね。まだ誰もいなかった戦前の日本の山を歩いてみたいなって。

土屋 たぶんえげつないとは思うけどね。ただすごく自由だとは思う。

勝俣 戦後の登山ブームってあったじゃないですか。あの時代でひとつおかしい方向に行っちゃったのかな。マナスル・ブーム(*6)の頃だよね。あの時代にバックパッキングじゃないピークハント的なものが主流になったんじゃない?

土屋 ピークハントがどうかということよりは山とマスメディアがくっつき過ぎたんだと思うんだよね。マナスル登頂のときって新聞社がついてメディアによってすごく喧伝された。で、今度はそれを受けたハイキングブームって国鉄主導なんだよね。国鉄が電車に乗って山に行ってハイキングしてくださいっていうのを仕掛けた。スキーとハイキングのブームってそれだよね。そうすると山にいくことが内省することではなくてメディアにのっかることで消費する方向に繋がって、ようは消費活動に組み込まれたのがずっと続いている。

勝俣 だって田部重治の話でピークハントの話なんておいそれとは出て来ませんよね。おもに歩いてますもん。

土屋 あの人はなおかつ自然と一体化みたいなことまでいっていて、一体化ってつまり全体のなかの一部っていうことだから、すごく禅的だよね。でも、いま話していることって、ぜんぜん伝わらないかもしれないね(笑)。

勝俣 むしろ「気持ち悪い」っていわれるかも(笑)。

土屋 本当はこういうことをいちばん伝えていきたいんだけどね。ただ、こういうことをダイレクトにやるのはまだすこし早いから、地ならしが必要だとも思う。ハイカーズ・デポっていう店はたしかに消費社会のなかに組み込まれているんだけれど、インターネットが発達したゼロ年代以降って、大量消費の枠組みからは外れた消費活動ができる時代だとも思っているんだ。メディアもそうで、いまはそれが仕事になるかは抜きにして、小規模でも誰でも発信できる時代でしょ。戦前の人たちと同じようなシチュエーションっていうのは状況として起こりうるんじゃないかな。戦前の人たちもそれが仕事になるかよりも、ただ発表したいから出していただけだと思うんだよね。それと同じで、自分たちが今持っている情報や考えを伝えることっていうことを、TRAILSだってそうだし、べぇさんにも発信してもらいたいとすごく思っている。これってやっぱり経験した人間が語らないとリアリティがないんだよね。そのための露払いは俺は喜んでやるけども。長谷川の『LONG DISTANCE HIKING』もそうだけど、おれが露払いをやっておいて、真打ちはここにいるからって。今後はそういうことが俺の役目なのかな。でもダイレクトにやるのはまだ早い。

■会社に務めている限りは本当のハイカーになれない

佐井 露払いは絶対に必要ですよね。たぶん置いてけぼりになっちゃう。一般的な感覚でいうと宗教的とか思想に走っているとかとか思われちゃうかもしれない。

勝俣 宗教的でいいんですよ。宗教って生き方で、それを共有することが宗教だから。よくライフスタイルっていうけど、あれだっておおむね宗教だよ。だからハイキングを通じてもういちど自分の生き方やライフスタイルを模索するってことと、それを同じような考え方をしている人たちと深めていくっていうことが、ハイキング・コミュニティとして成り立っていけばいいのであって。

土屋 日本人は宗教って言葉にアレルギーがあるからね。でもパタゴニアが大好きな人だってあれ宗教だよ。

佐井 会社組織だって宗教化していきますからね。

土屋 宗教の本質的なものに対する否定じゃなくて、「宗教」って言葉に対する否定なんだよね。

勝俣 そこをふまえて、ハイキング・コミュニティは宗教ですよってことを理解してほしい。真の宗教がどんな意味合いを持つものか、つまりライフスタイルや生き方なんだってことをわかったうえでね。ハイカーっていうのはそういうコミュニティなんですよ。その上で来て欲しい。一般的な人は来なくていいの。

土屋 それはそれで危険じゃない?

勝俣 だってあの人たちは消費者でしかないから。単純にマスメディアに騙されてお金だけ費やしてあと無我夢中で働く頭のいい人たちなんだから。そうじゃないコミュニティをまず作らなきゃ。そこがかっこいいってならないと新しい人たちも入って来ない。たとえばアレン・ギンズバーグやゲイリー・スナイダーみたいな人たちがいたからこそビートニクスっていまでも残っているわけじゃない? 後からそこに迎合してくっついてきた人や離れて行った人もいたけど。つまりハイキング・コミュニティはビートニクスの場でないといけない。

土屋 なるほどね。

勝俣 そういう価値観を理解している人をまず集めたいなって。それはスルーハイクした人や海外でバックパッキングをした人ならたぶん納得して貰えると思う。

土屋 そう考えるとハイカーズデポやそのまわりの人たちが、おしゃれである必要はないけどかっこよくはありたいと思うよね。ハイカーとして。

佐井 かっこよくないと届かないですからね。

勝俣 届いた人がスルーハイクしてくれたら嬉しいし、たぶんスルーハイクする人数くらいにしか届かないものなのだとは思うけど。年間5人かもしれないし。でも、そういうふうに自分の頭で考えられる人が増えることがいまの日本にも必要なんだって思うんだ。こないだGNUさん(*7)がニュージーランドのテアラロア(*8)を歩いた報告会をハイカーズ・パーティ(*9)でやったときに、最後に「会社やめちゃえばいいよ」って言ったでしょ。あれが僕も本当にいいたかったこと。会社に務めている限りは、本当のハイカーになれない。

土屋 べーさんが会社辞めたときは、「あ、この人本当に辞めちゃった」って思ったけど(笑)。

勝俣 「本当に来ちゃったの?」と一緒じゃん。

土屋 まあね。似たようなもんか(笑)。

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(*1)「ATスルーハイカー」っていったって年間3000人くらいいて:だがそのうち踏破するのは10%ほど。(*2)トニー・クルピチカ:ヒッピーのような長髪・髭面で上半身裸で走ることがトレード・マークのカリスマ的な人気を誇るトレイルランナー。(*3)アルプ:1958年から1983年まで刊行されていた山岳文芸誌。串田孫一が責任編集にあたり、田部重治、深田久弥、辻まこと、畦地梅太郎などが寄稿した。(*4)ゲイリー・スナイダー:20世紀アメリカを代表する自然派詩人で、環境活動家としても知られる。ビート・ジェネレーションのひとりとも目され、60年代には日本に長期滞在して禅の修行に明け暮れながらナナオサカキや山尾三省などとも交流し、日本のカウンター・カルチャー史にも多大な足跡を残した。(*5)『ダルマ・バムズ』:ジャック・ケルアックが1958年に発表した自伝的小説。作中ジャフィー・ライダーとして登場するゲイリー・スナイダーに導かれて山や禅の世界に傾倒していくケルアックの姿がいききと描かれている。(*6)マナスル・ブーム:1956年に当時未踏峰だったヒマラヤの8,000m峰マナスルに日本隊が初登頂したことによって巻き起こった登山ブーム。(*7)GNUさん:これまでにPCTやCDT、テアラロアをハイキングしているハイカー。その経験を綴った著書『釣歩日記』が好評発売中。(*8)テアラロア;ニュージーランドを南北に縦断する3000km以上のロングトレイル。(*9)ハイカーズ・パーティ:三鷹のハイファミリアというカフェで不定期に行われているハイカーズ・デポが主宰するイベント。

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土屋智哉

土屋智哉

1971年、埼玉県生まれ。東京は三鷹にあるウルトラライト・ハイキングをテーマにしたショップ、ハイカーズデポのオーナー。古書店で手にした『バックパッキング入門』に魅了され、大学探検部で山を始め、のちに洞窟探検に没頭する。アウトドアショップバイヤー時代にアメリカでウルトラライト・ハイキングに出会い、自らの原点でもある「山歩き」のすばらしさを再発見。2008年、ジョン・ミューア・トレイルをスルーハイクしたのち、幼少期を過ごした三鷹にハイカーズデポをオープンした。現在は、自ら経営するショップではもちろん、雑誌、ウェブなど様々なメディアで、ハイキングの楽しみ方やカルチャーを発信している。 著書に 『ウルトラライトハイキング』(山と渓谷社)がある。

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