そこに山があったからだ。〜Because It’s There 〜♯01;本間良二
取材:三田正明 佐井聡 写真/構成:三田正明
1923年、エベレスト初登頂を目指した三度目の(そして彼の最後の)遠征を控えた登山家ジョージ・マロリーは、ニューヨーク・タイムズ誌の記者の「どうしてあなたはそこまでしてエベレストに登ろうとするのですか?」という質問に答えて、こういった。
“Because it’s there.(そこに山があるからだ)”
今回から始まるインタビュー連載“そこに山があったからだ〜Because It’s There〜”。ジョージ・マロリーのあまりにも有名な言葉からタイトルを拝借しましたが、内容はアルパイン・クライミングとも、エクスペディションとも、まったく関係ありません。なにも未踏峰を制した登山家や、前人未到の原野を旅した冒険家の話だけに価値があるわけではない。むしろそこからこぼれ落ちていく話にこそ僕たちが山に向かう「リアル」があるのではないか? 僕やあなたのようなどこにでもいる普通の人間が、山でどんな体験をして、何を感じて、その結果としてどのように自分を変化させたのか、または変わっていくのかをシェアしたい。つまり山にハマったときに誰もが感じるあの気持ち……ワードローブを替え、遊び方を替え、ライフスタイルを替えさせてしまうあの気持ち。あの初期衝動にこそ用がある!……と、まあそんなことを考えながら、TRAILSが出会った面白い人たちに話を聞いていきます。
記念すべき第一回のゲストはスタイリストであり、BROWN by 2-tacsのディレクターでもある本間良二君。実は良二君と筆者・三田とは両者とも縁の深い雑誌スペクテイターを通じて旧知の仲なのですが、そんな良二君が本格的に山にハマったと聞いたのは1年ほど前。伝え聞くところによれば暇さえ見つけては山に赴き、装備の一切をUL(ウルトラライト・ハイキング)化し、ミシンに向かってはMYOG(=Make Your Own Gear。ULカルチャーにおけるギア自作のこと)りまくっているとか…。つまり、あの「初期衝動」のまっただ中にいる!
さらに展示会に赴いてみると、BROWN by 2-tacsらしい一見ベーシックながらも凝ったディティールとこだわり抜かれた素材の使われた服たちが並ぶ隅に、スピンネーカーで作られたポンチョやサコッシュ、X-Pacで作られたメッセンジャーバッグ、極めつけはブルーシート生地で作られたハイカー・ウォレットなど、今どきコテージ・マニファクチュアラーでもここまでしないよ、という程ULマインド溢れるギアたちが並んでいた。
そんな彼ならきっと面白い話が聞けるに違いないと、僕たちは彼の自宅兼工房兼2-Tacs事務所のある都内某所を訪れた。昼間からビールを飲みつつ豚ホルモン屋へと河岸を替えて行われた長い長い会話は、BROWN by 2-tacsのもの作り論に始まり、山での初めての感動、ULの衝撃、そしてTRAILS読者ならよく知るあの人の話など、バラエティに富んだ内容になりました。どうぞ友達の話を聞いているような気分で、最後までリラックスして楽しんでいただけたら幸いです。
■人のいない場所で波に乗りたい
三田 良二君はファッション誌とかカルチャー誌を読んでいるような人にはすごく有名だと思うけど、TRAILSの読者にはそういう方面には疎い人もいると思うので、まずは読者に自己紹介をしてもらえるかな?
本間 えーとですね、生業は一応スタイリストって名乗っているんだけど、いまは殆どやっていなくて、お店を中目黒と池尻の間にある東山っていう場所でThe Fhont Shopというお店をやっていて、それと2-tacsっていう洋服のブランドをやってます。で新品服を作ったり、ちょこちょこ手作りのものも作ったり、あとは古着のリメイクものを作ったりって感じです。
三田 最初はスタイリストとしてキャリアをスタートさせたんだよね。
本間 そうそう。でもスタイリストをやっていくことにちょっと疑問を感じたんだよね。自分のやりたいことをやっていきたいなって思ったんで、ちょっとシフトして今に至るというか。
三田 なんでスタイリストに疑問を感じたの?
本間 スタイリストってまずメディアがあって、発表する場所があって成立する仕事じゃない? 仕事を貰うまでは自分で「攻めて」いくこともできないし、他には広告やったり芸能人の専属になったりっていう方法もあるけど、どれも自分の行きたい方向じゃなかったんだよね。それでもともと自分は古着が好きだったから、それを加工して売りたいなって。
三田 昔は「古着再生家」っていう肩書きをよく使っていたもんね。
本間 そう。古着を買ってきてそれをミシンで加工したりとかしてて。そうすればアメリカにも買い付けという名目でいっぱい行けるじゃん(笑)。サンフランシスコが好きで当時よく行ってたんだけど。
三田 それで2-tacsを始めたんだ。それっていつ頃のことなの?
本間 23歳のときだからもう17年前だね。そのときすでにスタイリストに疑問を感じてて。
三田 そんな早くに始めたんだ。
本間 うん、子供生まれたのが早かったんだ。24のときに長男が生まれて、そのときに「このままじゃちょっとマズいな」って思った。
三田 夢を持ってスタイリストになってみたが、なかに入ってみるとちょっと違うぞと?
本間 そうそう。将来的なビジョンを描いたときに、「ずっとこれをやっていけんのかな」って不安があって。自分のやりたくないことをやればお金になるのはわかってたけど、そっちに行くの俺は無理だなと。
三田 でも当時もスタイリストとして結構カリスマだったんじゃないの?
本間 どうだろう。でも、あの頃の俺の仕事を見てたいま30代の中頃の子とかによく「本間さんのスタイリングは俺でも真似できた」っていわれるんだけど、なんでかっていうと、安いものをいっぱい紹介してたのね。高いコートとかじゃなくてワークジャケットとか。だから「自分でもできるっていうリアリティがあった」って。俺も当時はカツカツだったから、ヘルムート・ラングの20万のコートなんて買ってる場合じゃなかったからね。だからあのとき戦っていたのは、いわゆるトップメゾンのブランドの服に古着をかませること。その許可を貰うのにすごい時間を費やしていた。いまはそんなの普通かもしれないけれど、当時はレギュレーションがすごいキツくて。
佐井 当時僕も良二さんのスタイリング見て、「こう着ていいんだ」って思ったのはすごい憶えていますよ。
本間 ありがとね。俺はスタイリストの役目って、まさに「こういう着方があるんだ」って思わせることだと思っているんだよね。ルックブック通りに着なくたっていいし、全身同じブランドなんて気持ち悪いじゃん? ちょっと頑張って高いジャケット買ったらボトムは安いのでもいいし、それで浮いた金で本なりレコードなり飲みに行くなり、そっちにまわした方がカッコ良いんじゃん? 当時まさに今いったみたいなことを編集者に話してそういうページを作ってたんだけど。
三田 当時の90年代後半ってある意味ファッション黄金時代っていうかさ、みんな洋服にいまよりすごく金を使っていた時代だよね。モデルとかスタイリストが次々ブランド立ち上げたりしてさ。でもそういうブランドって実はバックに「大人」がいて、どっかの会社の一部門としてやってることがほとんどだったじゃない? そんななかで良二君は2-tacsを最初からインディペンデントで始めたのが凄いなって思って。
本間 そこがポイントで、俺は何かをやりだすときは絶対自分の資本で、なければ5万とか10万でもいいから、そこから始めるのがいいなって思ってたのね。どんなにいいアイデアでもそこに投資してくれる人が入ってくると、モノが売れても売れなくても必ず揉めてたんだよね。それで空中分解するのをいくつも見てたから、じゃあ俺は自分の金でアメリカ行って古着買ってきて、それを自分で加工して売るとこから徐々に初めていこうと思って。時間は腐るほどあったしさ。いまもそれは基本的に変わってないよ。さすがにお店始めるときは国庫で一回金借りたけど。
三田 ベイシング・エイプとかに行列がダーっと出来てた時代でしょ? そこに乗っからなかったのが良二君が良二君たる所以だなって。
本間 だからサーフィンでいったら「波待ち」だよね。大波来てるのはわかっていたけど、自分に来ている波じゃないからずっとスルーしてた。超ビッグウェーブだったけど人がいっぱい群がっていたから、無理矢理乗っても危ないじゃん。それより人知れず波が割れてる場所で乗りたいから。
■服の「外延」と「内包」
三田 で、BROWN by 2-tacsでオリジナルを作り始めたんだ。
本間 そう。新品服をBROWN by 2-tacsっていう名前でやろうと。その時に考えてたのは、古着でも着てて気持ち良い服ってあるじゃん? その気持ち良さって、服が持っている「情報」だと思うんだよね。着たときに感じる気持ち良さってロゴでもプリントでも柄でもないじゃん? 柄とかロゴは外延的な情報だけど、着心地の良さってその服の素材が持っている内包的な情報だから、その内包的な部分にフォーカスしたいなって。
三田 こないだ一緒に山行ったときもその「外延的」と「内包的」って話聞いたと思うんだけど、誰の本がヒントになってたんだっけ?
本間 九鬼周造さんっていう哲学者がいて、『「いき」の構造』って本を30才のときに買ったんだけど、最初は何書いてるかまったくわかんなかったのね(笑)。
三田 「いき」って「粋」のことね。たしかに良二君なら気になるタイトルだと思うけど、よくその本に辿り着いたね。戦前に書かれた本なんでしょ?
本間 本屋で見に付いて、パッと手に取ってみただけなんだけど。粋ってなんかおぼろげな概念で、なにが粋かって実はよくわかんかったりするじゃない? それをしっかり教えてくれる本なのかなって思ったら、とんでもない哲学書で(笑)。でも32くらいのとき、「なんかあの本にヒントが書かれている筈だ」って思ってもう一度読み直してみたら、すごい理解が出来たんだよね。で、その本の内容を洋服に置き換えてみると、俺はいままで洋服の外延的情報……人に見せるための部分ばっかり考えてて、洋服が内包している情報についてはまったく無知だったってことに気がついたのね。そこで一回ワッと考え方を変えて、シフトして。そっちの方が絶対長く着れるし、いいものになる筈だと。まあ超地味な服になるし(値段も)高くもなるけど。
三田 なるほどね。たしかにお店に売ってるときとか雑誌に載ってるときに伝わってくるのは服の外延的情報だけど、それを買って実際に着始める段階になると大事になってくるのは着心地とか機能性とか丈夫さとか、内包的情報だもんね。
本間 で、服のその部分が引き立ってくるのって、古着屋に並んでいるときなんだよね。新品の状態だとわかんないけど、着古されたときに本当の質の良さが現れてくる。古着屋でハンガーに吊るされてるのをパッパッパと見てくとき、たまに「なんだこれ!?」って思うのがあるのね。
三田 それは有名なブランドとかは関係なくそういうことがあるってこと?
本間 そうそう。でもやっぱりブランドものはしっかりした作りが多いけど、たまに素っ頓狂なとこから突然でてくるときもあるんだよね。で、その良さがどこから来てるのかを調べていくと、いいものには理由が絶対にあるってことに気がついて。
三田 でもそういったらアウトドア・ウェアは内包的だよね。山に登り始めると、みんな山の服に夢中になる時期があるじゃない? それってやっぱり山服の内包性っていうか、機能性に気づくからだと思うんだ。メリノウールの着心地にびっくりしたり、ナイロンのトレッキングパンツの快適さとか知っちゃうと、夏場にGパン履くなんてありえないってなったり。
本間 Gパン履けなくなるよね。
三田 で、気がつくと休日のおじさんみたいな格好になってたりするんだけど(笑)。
本間 それはしょうがないよ。俺たち立派に休日のおじさんだから(笑)。だからそれまでもおぼろげながら素材への興味はあったけど、九鬼さんの本がそれを明確にしてくれたって感じかな。
三田 モノの内側が気になってきたと。
本間 そう。だからモノの本質だよね。植物でいっても、根っこが元気だから茎や枝や葉っぱがあるわけじゃん。だから本当に重要なのは根っこなんだけど、それは見えない部分なんだよね。
三田 なるほどね。BROWN by 2-tacsのコンセプトもその話を聞くとよくわかるな。BROWNの服って毎シーズン形はそれほど変えないで素材をアップデートしていくって感じだもんね。
本間 形も少しずつ変えてはいるけどね。だから最終的には超普通の服になるんだと思う。なんでもない服になるんじゃないかな。でも素材が良いと、買ってくれた人が戻ってきてくれたんだよね。「やっぱりこれ良いです」って。
三田 着てて気持ちよかったらまた欲しくなるもんね。
本間 それでリピーターが増えてきて、やっぱ間違ってなかったなって。それでどんどん素材の方をやりだして。
三田 最近の良二君が山にハマって以降のコレクションはメリノウールとか、山に着ていっても良さそうな素材も増えているよね。
本間 増えてるね。ウールはやっぱ凄いから。だから素材に関しては一本の繊維をどうブレンドしていくかってとこからやってる。それをどう織るかってなると、今度は綾織りなのか平織りなのかとか、それによってどう繊維の特性が現れてくるかっていう組織の話になってくる。
佐井 掘ってますね~。
本間 でも面白いよ。形はメンズだからベーシックだし、それ以上いらないじゃん。ていうと後は……もう「内包」っちゃってるワケですよ(笑)。でもお客さんもだんだんジワジワとそれについて来てくれてるんだよね。なかでもメリノウールのTシャツは今回ヒットメイク。みんなすごい調子良いって。
三田 メリノウールは単純に着心地がすごく良いもんね。初めて着たときは俺も感動したもん。
本間 だからまた買いにきてくれる。いままで山に登ったことのない人も買ってくれてるわけじゃない? だから都会でもこの気持ちよさはアリってことだよね。
三田 しかも胸ポケット付きのメリノTって、いままでありそうでなかったもんね。この絶妙な塩梅がすごく2-Tacsっぽいっていうか良二君っぽい。
本間 スポーツウェアっぽい立体裁断とか嫌じゃん。その必要性は俺のなかになかったところで、普通のTシャツが欲しいんだけどなかったから。
■アラスカでスイッチが入った
三田 で、山にハマったきっかけは雑誌のポパイの取材でアラスカ行ったことなんだよね?
本間 そう。それが山に行った初めてじゃないけど、なんかあれでスイッチが入っちゃったんだよね。去年の6月くらいに行ったんだけど。
三田 その企画自体はどういう話だったの?
本間 それは冒険がテーマの号で、アラスカのクローパス・トレイルっていうアンカレッジからクルマで一時間くらいのとこからガードウッドっていう街に抜ける二泊三日のトレイルを歩くのがメインで、あとはアンカレッジの街の紹介をしたり、マッカーシーっていう炭坑の街に行ったりしてアラスカを紹介する企画だったんだけど。
三田 その「スイッチ入った」ってのはなんでだったんだろう?
本間 野生の熊を見たのが俺のなかでひとつポイントだったんだよね。親子連れの熊をすごく遠くから見ただけなんだけど、すごく神々しかった。「ああ、会えたな」と思って。で、帰ってから「また山に行きたい」みたいな。あと単純に自然のなかでゴハン食べたいなって(笑)。アラスカ歩いてるときに食料配分を間違えちゃって、めちゃめちゃ飢えたのね。最後はこんなに腹減ったの生まれて初めてってくらい腹ぺこになっちゃって(笑)。
三田 二泊三日なのに?
本間 元太良(石塚元太良さん。アラスカをテーマにした作品などを多数発表している人気写真家)と行ったんだけど、あいつ完全に食料配分を間違えちゃって。
三田 でも元太良君ってひとりでアラスカのウィルダネスを彷徨っているようなベテランじゃない?
本間 いや、実はやらかすんだよ、あいつ。ときどき超やらかすんだ(笑)。まあ今となってはありがたいネタなんだけど、当時はトホホですよ(笑)。
三田 初日に食べ過ぎたとか?
本間 そう。初日にハンパなく食べちゃって。あの餓え感はハンパなかった。アラスカだと夜キャンプのときに食料を全部ベアキャニスターに入れなきゃならないから、チョコ一個とかでも持ってたらそのときわかるじゃん? そうすると「コイツまだ持ってやがんな~」とか思ったりて(笑)。
三田 食い物問題は険悪になるからね〜。
本間 でも、逆にその餓えが楽しかったというか、街に下りて食った飯がホント旨かったの。で、すぐまた行きたくなって、帰ってきて丹沢に行ったのね。塔ノ岳の向こうに「本間の頭」って場所があって、そこを一応目指してみたんだけど、そしたら「あれ!? ツラい」って(笑)。超ゼーゼーしちゃって。そっから家帰って荷物チェックだよね。「このMSRの鍋カッコいいから持っていったけど全然使ってなーい!(放り投げる仕草)」って(笑)。それから「そういえばスペクテイターのバックナンバーで三田君がUL(ウルトラライト・ハイキング)について書いてたやつがあったな」って思い出して。
三田 ああ、MYOGの特集やった号ね?
本間 そうそう。あれ出た当時もULには引っかかっていたのよ。あのバックパックのフォルムの面白さとか、なんつってもメーカーのタグが入っていないとこが格好いいなって思ってたのね。それで読んで、そっからはもうビンビンに入っていって、まずハイカーズデポ行って、アートスポーツにも行って、そっから中田商店(上野アメ横にある米軍放出品ショップ)も行って、あとはサバゲー(サバイバルゲーム)ショップ、100円ショップ、スーパーのキッチン用品売り場とか(笑)。
佐井 その話わかるな~(笑)。
本間 「なんか使えるのあるんじゃねえか」ってね。もう全部軽くしてやろうと思って。で、どんどん軽くしてって「よっしゃ!」とか思ってたんだけど、でもホームページとかブログとか読むと、もうみんなとっくにやってるじゃん。だからULに関してはすごい出遅れた感があったね。「こんなに楽しい世界だったのにな」って。
三田 確かにもはや情報は出そろってる感じはあるからね。
本間 そう。シーンとしてすでに成熟しきっちゃってて。その時期にピーンと来てなかったのは俺のミスなんだけど。でもそのコミュニティに入ることが目的じゃなくて、山に行くことがいちばんの目的だから、まあ自分は自分なりにやればいいんだけど。それで去年のいちばんのトピックとしては、西穂高~奥穂高間の縦走をULでテン泊でかますっていうのを自分のなかで目標として設定して、まあそれをやったんだけど。道具の重さを計って書いたりとかして(笑)。
佐井 絶対やりますよね(笑)。
本間 やるよね〜。あとギアを並べて俯瞰で撮って「これやってみたかった~」って(笑)。だからハマったよね、完全に。
■旅の醍醐味を凝縮して味わえるのが山
三田 それであらためて日本の山を歩いてみてどうだったの?
本間 最高! 「こんな近いとこにこんな場所あったんだな」って改めて思った。最初に丹沢行ったときは小屋に一泊して帰ってきたんだけど、それでも「これはいいぞ」と。俺はサーフィンも好きなんだけど、一泊くらいでパッと行ってパッと帰って来れる感じが海に近いなって。そこからもうどんどん山との距離が近くなってきて、もう「行こう行こう」みたいな。
三田 たしかに北アルプスとかも初めて行くとビックリするもんね。「こんなとこ日本にあったんだ!」って。
本間 超カッコいいよね。おまけにそんなとこまでクルマで何時間かで行けちゃうわけじゃん? 俺たちめちゃくちゃアクセスのいい場所に住んでるんだなって。
三田 そうなんだよね。東京から奥多摩とか丹沢もクルマ乗ったら1~2時間じゃん。ポートランドとかバンクーバーってよく自然までのアクセスがいい街っていわれるけど、でも街から山まではクルマで一時間とかはかかるんだよね。だから、実は東京だってそこまで変わらないんじゃないかなって思うんだ。
本間 ぜんぜんいいところに住んでるし、日本って国土めちゃくちゃいいとこだなって思うよね。
三田 俺も山に登るようになって日本が好きになった。それまで外国行くと現地の人に日本って国がどれだけクレイジーで変わった国なのかってことをこんこんと語ってたんだけど(笑)。
本間 若いね~(笑)。
三田 でも山に登るようになってから確かに日本の政治とか社会はイビツなとこもあるけど、「自然は素晴らしいよ」っていえるようになった。
本間 不思議なのはさ、山の上で会った人とはすぐ話せるじゃん? ギャグで笑ったりしてすぐ仲良くなれるんだけど、街の人も同じ人間の筈なのに、なぜかそういう感じにはできないよね。だからみんな山ではどっかスイッチが入ってるのかな。山に入った瞬間に肩書きも何も関係なくなるじゃん。
三田 だから山はさ、俺は何が気持ちいいかって社会から外れていく感覚なんだよね。
本間 そうそうそう。だからピークを目指さないっていう歩き方があるじゃない? それはサーフィンでいったら波が良いときに行かないってのと同じだなって。なんでかっていったらピークは人が多いから。海でも「ここは(東京メトロの)南北線か!?」って思うときあるからさ(笑)。わざわざそんなとこに行きたいために行ってるわけじゃないじゃん? それは山も一緒で。
三田 「俺と山」って感じになりたいんだよね。まわりに人が沢山いるとそっちに気を取られちゃって、なかなか山に集中できない。
本間 そうそう。「俺と山」とか「俺と波」って感じになりたいんだよね。あとたまにひとりでキャンプとかしてると、山のなかで完全に自分だけ異物感があるときあるじゃん。ちょっと怖かったりもするんだけど、でもだからこそ背負ってきた荷物でリカバーしようとかってのもあるわけで、そういうのも楽しい。ふと我に帰って「ああ、なんで俺こんなとこひとりで来たんだろう」って思ったりするときもあるんだけど(笑)。で、それをやり終えて帰ってきたときの、品川駅とかで歩いている人の動きが超速くて、「よくぶつかんねえな~!」とか思いながら見てるときの感覚も楽しみなんだよね。「山から下りたら街の風景がどういうふうに見えるのかな?」っていう。
佐井 たしかに山のなか行くと感じたり見えたりが鋭くなるってのはありますよね。
本間 その感覚も三日もすると戻っちゃうけどね。でもそれが楽しい。むかし20代のときとかだったらバックパッカーでタイとか放浪してさ、それで戻ってきた時にちょっと景色が変わって見えたようなのが、もうちょっとギュッと凝縮して味わえる感じ?
三田 俺もすごくそれ思う。たとえば2週間と1ヶ月とかちょっと長めの海外旅行に行ってきたときみたいな感慨を、山の旅は2泊3日とか3泊4日とか、割とインスタントに味わえるんだよね。
本間 そう、それもかなり濃いめの。
三田 それで下りてきたとき「この3日間いろんなことあったなー」とか思ったりするんだけど、その間やってたことをよくよく考えてみると歩いて、飯食って、寝てっていうことだけでさ(笑)、でもそこも面白い。
本間 だから端から見たら変なんだよ。よく山のブロガーの人って本名出してないじゃん? あの人たちってたぶん会社員だから、有給取ってこんなことやってるのが会社の人に見られるとヤバいからだと思うんだよね。かなり社会から外れてるじゃん(笑)。この感覚はたぶん山に行ってない人にはわからないよね。
三田 社会から外れる感覚がね。山の奥の方ってグレーゾーンっていうか治外法権っていうか、ある意味法律が支配している世界じゃないじゃん? 北アルプスの上の方なんてさ、街の感覚でいったら「ここ法律で立ち入り禁止にした方がいんじゃないの?」っていう場所いっぱいあるじゃん。
本間 俺あそこ閉鎖されたらやだな~。困る!
三田 そんな場所に行ける快感っていうか、人の作ったルールじゃなくて、自然のルールが支配している場所に行く快感があると思うんだよね。それでそこだとさ、いちばんホットなトピックが天気予報っていう(笑)。
本間 確かにそれがいちばん知りたいよね(笑)。
三田 山小屋とかでさ、ラジオの天気予報をみんなで固唾を飲んで聞いてる感じね(笑)。でもそのピュアさがいいなっていうか。
本間 いい、いい。最高にいい。でさ、年を重ねるごとに遊び方のスケールとかスタイルも変わってくるわけじゃん。それで今まで憧れだったとこに行けるようになってきて、それで行ってみると、「なんだ行けんじゃん」っていうのが、なんかスゲー嬉しいっていうか。
三田 「ジャン(ジャンダルム)」とかね(笑)。2-tacsのブログに書いてたあの山行記は本当に面白かった。
本間 いや、ジャンダルムは行けなかったんだ(笑)。戻ってきたんだよね。その日曇りで、もう登っても意味ないなと思って引き返したんだけど、帰る途中にザックを落として、それを取りに行ったら死にそうになって(笑)。
三田 あの極限状態の心理描写とか迫真だったもん。TRAILSの読者にもぜひ読んで貰いたいけど。
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