リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#04 / 4,000kmのハイキングにおける計画と準備
文/リズ・トーマス 写真/リズ・トーマス 訳/大島竜也 構成/根津貴央
『ロング・ディスタンス・ハイキング』は、強靭な肉体を持つ人にのみ許されたアクティビティではなく、万人に開かれた遊びである。ロング・ディスタンス(長距離)とはいえ、ハイキングであることに変わりはないのだ。しかしその一方で、その距離が、その日数が、長くなれば長くなるほど、デイハイキングに行くような気分で臨むことはできない。事前の計画と準備が必要になってくるのだ。そこで今回、数々のロングハイキングを経験してきたリズが、そのノウハウを語ってくれた。
初めてロングトレイルを歩くと決めたハイカーと話す時、彼らは大抵の場合とても興奮しています。ハイキングの計画には大変な労力が必要とすることを理解するまではーー。 長距離のバックパッキングに初めて挑戦する際に、あなたの知らないことがたくさんあるだけでなく、知らないという事実すら分からないこともあり、そのため事実を理解するための正しい質問が何かも分からないかもしれません。今回の記事は、長距離のバックパッキングに乗り出す時に、何から始めるべきかを判断するのに役立つガイドになれば良いと思います。
■精神面のプランニング
バックパッキングに出る何カ月または何年も前からできる有益な準備があります。それは、なぜあなたがハイキングをしたいかについて座って考えることです。その“なぜトレイルの上にいるのか?”を知っている人は、よりハッピーにそして柔軟に課題に対応できるようになります。誰か他の人の期待に応えようとするのではなく、自分の冒険としてハイキングしているハイカーは、道中で困難に遭遇しても精神面でより余裕があるように思います。
トレイルに出かける前、ハイカーは事前に練られた計画はすべて変更される可能性があることを認識すべきです。ロングハイキングにおいては、フレキシビリティがすべてです。あなたはすべてを計画通りに進めることはできません。天気、ケガ、道迷い、ギアの故障、これらのことが最終的にあなたのスケジュールや計画を台無しにすることだってあるのです。だから、家を出る前に、どれだけ綿密に旅の計画をしたとしても、その計画が変更される可能性が高いことは知っておくべきでしょう。
ハイキングにも創造性 — ある問題が発生したときに創造的な解決策を考え出すこと — が必要です。たとえば、あなたのパックパックの一部が破けてしまった場合を想像してみてください。すぐに店に返すことはできません。あなたは何ができますか?クリエイティブなハイカーは、デンタルフロスでそれを縫ったり、お店に返却するまでの間に応急処置としてダクトテープを使ったりすることがあります。あなたがハイキングに出る前に、どんな問題が起こり得て、問題があった場合にどんな解決策があるかを書き留めておくのも良いでしょう。そうすることは、最悪のシナリオが起きた場合の精神的な準備になります。また講習を受けたり、バックカントリーのスキルの本を読んで、このプロセスを事前に学んでおくことも困難への対応を容易にすることにつながります。
ハイキングでもっとも重要なことは、自分自身の能力と自分の体の状態を知ることです。トレイルをもっともエンジョイできるハイカーは、チャレンジすべき時とチャレンジを続けるには困難な時、の違いを知っている人です。足のマメの痛みや飢え、大きな丘越えなどにめげることなく、自分自身の限界に挑戦できるハイカーは、多くの場合は逆境にもかかわらず彼らの目標を達成できることに大きな喜びを感じるものです。しかし一方で、さまざまな困難がさらに続くと判断し、いつ中止すべきかのタイミングを知ることもハイキングにおいては大切です。ハイキングは、忍耐と自分がケガしないレベルの間の、微妙なバランスが重要なのです。
■テストハイキング
バックパッキングの準備をする上での最良の方法は、自分自身および自分のハイキング能力の限界に関する知識を持って計画することです。そうすることで自分の身体能力やスキルのベースラインとなる知識が得られ、トレイルに出る前に必要とされるレベルに達するためにはどれほどの勉強やトレーニングが必要か、そのアイデアを手にすることができるでしょう。
そのためにも、重要な旅の数カ月前にすべてのバックパッキングギアを持ってテストハイクをすると良いでしょう。あなたがよく知っている安全な場所を選択し、何か起きた場合にでもサポートしてもらうために、少なくとも一人以上の人と一緒にハイキングをすることをオススメします。
ロングハイキングの準備の際に重要なことのひとつは、自分のギアの使用方法を知ることです。まずは自宅や公園でテントを張る練習をし、次は日中にハイクする際に森のどこかで設営する練習をします。そして最後に、短いキャンプ旅行でテントを持参し、好ましくは雨が降っている中で設営する練習をして、自分がマスターしたことを確認すると良いでしょう。練習場所として良いのは、ロッジのあるキャンプグラウンドです。なぜなら、仮にテントの水漏れ等が見つかった場合、いつでもロッジに戻りその間テントを乾かすことができるからです。また、テントによってデザインが異なるので、仮にひとつのテント設営をマスターしても、それが他のテントでも同様とは限らないことを認識しておいてください。
さらにテストハイキングでは、あなたが一日あたりどれだけの距離を歩くことが可能かを把握することができます。そうすることで、次のセンテンスでお話しする行動計画において良い参考になるでしょう。
■行動計画
私が4,000kmのロングハイキングの計画を始める際、アイデアを練るのは大抵手強いものです。まず、私はすべてのマップやガイドブックを取得したいし、現地の水質の調査レポート(飲む事が可能か?)や気候情報(高地と低地)、補給ポイント、他の条件(トレイル、積雪、河川の水位)、または近くにある登山口、交差点、ランドマーク、許可の必要性等の情報を手に入れたいと考えています。他のハイカーのブログを読み、彼らの旅について理解することも計画づくりの点では有益です。
すべての情報を入手さえすれば、旅の計画の大枠を決めることができます。私の場合、大枠を決めた後に全体の行程計画をするのではなく、最初のセクション、つまり約100kmの区間を計画することから始めます。なお、ハイキングの最初のセクションとは、スタート地点から最初の補給ポイントまでの距離を指します。
そして、最初のセクションをハイキングするために要する日数を逆算し決定します。いくつかの場所では、トレイル上で自由にキャンプできるわけでなく、決められた場所でする必要があります。こういった制約により、毎日のキャンプ場所が決定されますし、入るのに許可が必要な国立公園等でも同様の制約があります。それ以外の場所では、自分の一日あたりの歩行距離をベースにキャンプサイトを決定していきます。ちなみに、“一日あたりの歩行距離”を算出するには、以下の条件を考慮します。
1)すべてのギアを持つ前提でデイハイクをすること
2)自分のハイキングペースと健康状態
3)地図やリサーチの情報をもとにしたトレイルの地形の難易度
4)過去に経験した人の話や情報をもとにした天気や気候の条件(雨が多く降る場所であったり、地面に雪がたくさんある場合、想定している速さでハイキングができない可能性がある)
5)旅中でのバックパック重量の推移(余分なギアや食品を多く持つと重すぎて想定していた距離を歩くことができないため)
6)ハイキングにおける自分の目標の明確化(ハイキングのスピード記録を狙う場合はできる限りの距離を1日で稼ごうとするが、多くの写真を撮ったり釣りをすることが目的であれば、距離を稼ぐ必要はない)
7)誰と一緒にハイキングをするか(ペースが遅い人と歩く場合、グループ全体のペースが落ちるので、その速度に応じた計画が必要)
8)いつスタートして、いつハイキングを終える必要があるか
また、私は水が入手できるか否かにもとづいてキャンプ場所を決めます。水場が遠く離れて点在する場合、私は夜と朝に水を使用するために水場近くでキャンプをします。いくつかのトレイルでは、小川や湧き水の情報をクラウドソースの情報で公開しています。私の場合、どんな経路やペースで進んだとしても、自分が快適に感じるレベルの水がある前提で行程計画をつくります。私は一日あたり約40kmのハイキングをする傾向があるので、少なくとも1日1回水を入手することを考え、水場が40km離れているような行程を計画することがあります。他の多くのハイカーは私よりはるかに頻繁に水場に到着したいケースがあるので、キャンプ場所やルートは自分が快適に感じることをベースに判断するのが良いでしょう。
また、私は森林限界以下で眠ることを考えて、キャンプ場所を計画します。そうすれば、風や天候から自分のテントが保護され、岩場や尾根等のゴツゴツとした地形の上で寝ることが避けられます。また安全のために、夜に私のキャンプ場所に変な人が来ることを避けるべく、道路から少なくとも4km離れた場所で設営します。
これらすべての情報を使用して、私は地図上またはガイドブック上に、最初のセクションのすべてのキャンプ予定地をプロットします。そして、私は補給ポイントがどこにあるかにもとづいて、一度に約100km分をマッピングし、このプロセスを繰り返して4,000㎞分を完成させます。
最後に、私はこれらの情報をエクセル表で管理するようにしています。道中では休憩をとったり、食料を補給したり、家族や友人と会ったり、他の旅行を入れたりする場合があります。管理することで、予定の変更等で今後どれくらいの時間がかかり、どの場所に自分がいることになるか、といったアイデアを手に入れることができるのです。
■食料と補給の計画
一旦長い旅程においてどの場所でキャンプするかまで把握できれば、どこで食料にありつけて、どこで補給するかについても考えることができ、補給地点間においてどれだけの日数が必要かを知ることができます。
そして、私は補給場所となる町に食料品店やギアのお店があるかを把握するために、地図、インターネット、携帯電話を駆使します。もしお店がない場合、私は自分自身に食料や物資を送る必要があります。時々、私はトレイル沿いの町にパッケージを送ったりもします。米国では、郵便局に自分の荷物を送ることが容易にできます。また、ホステルやホテルにも自分自身の荷物を送ることが可能です。一部のギアのお店やレストランは、ハイカーからの荷物を受け付けてもくれます。アラスカ州のような遠隔地では、補給の荷物を受け付けてくるお店やホテルはありませんが、小型の飛行機(着陸地に制限が少ないプロペラ駆動の飛行機)が事前に決められた場所に補給の荷物をドロップオフしてくれるサービスもあります。頼む場合は、あなたの荷物を保持する意思があることを事前に電話確認しておくと良いでしょう。これらサービスのうち一部の企業においては — 特に飛行機のチャーターが必要な場合は — 相応の金額負担が必要になります。
自分自身に送る場合の各荷物には、自分が道中で必要になる一日あたりの食品約1〜1.5kgを詰めています。時々、私は自分用に予備の応急処置用品、日焼け止め、ハンドサニタイザー(除菌のためのジェル)、靴下、および石鹸を郵送します。また寒さが予想される地域に入る前に、予備のジャケットを送ることも珍しくはありません。同様に、雪の多い地域に入る場合はスノーギア、クマが多いと言われる地域に入る前には対策となるものを送るようにしています。私はハイキングに行く前に、必要なアドレスをラベルに記入し各ボックスに付け、『Please hold for hiker. Estimated Date of Arrival ○○/○○(ハイカーのために保持してください。到着予定日○月○日』と書いて送っています。特に長い旅の際には、到着より2週間前にパッケージが届くよう、友人や家族にお願いしています。
■安全面の計画
旅に出る前には、私は本を読んだり、バックカントリーでの安全に関する講習を利用したいと考えています。そうすることで、最悪のケースが森の中で生じた際の対応に役立ちます。バックパッキングの前に使える講習としては、応急処置、ナビゲーション、バックカントリースキル、スノースキルが挙げられます。
また、私はいつも友人や家族に自分の旅程とスケジュールを共有しています。また、長い旅に出る際は、チェックポイントに着くたびに友人や家族に電話をして、自分の無事を知らせています。こうすればチェックポイントに着かなかった場合に、彼らは私のために関係機関に助けを求めることもできるのです。
■体力トレーニング
ロングハイキングに向けた体力トレーニングについて語ることが許されれば、エッセイ丸々をそれに費やすこともできますが、簡単に言えば、バックパッカーのための最高のトレーニングはハイキングに行くことです。短いハイキングでも、バックパッキングの身体的弱点とされる足と足首の筋肉を強化するのに役立ちます。加えて、バックパッカーは下半身だけではなく、背中や体幹のエクササイズも必要です。
舗装路上で歩くことも一定のトレーニングにはなりますが、トレイル上で実施することで、岩や根がある中でどう足を進めるべきか、ベストな足の置き場はどこか、を理解することができます。ハイキングを始めてすぐの方々は、“どこに自分の足を置いて歩くことが精神面でも辛くない方法なのか”と聞いてきますが、しばらく歩けば何も考えずにラクにそれを行なえるようになりますし、足運びをたくさん練習すれば無意識にできてくるので、ハイキングのスピードは速くなっていきます。
短い距離をハイキングして、トレーニングを開始し、ゆっくりと距離と標高を延ばしていきましょう。私個人としては、今後は雨や雪が降っている間にそういった条件下でも対応できるように、体力トレーニングをしたいと考えています。
■まとめ
バックパッキングに出発する前の計画と準備は、あなたのアウトドアでの経験をより良いものにし、より安全で快適でそしてより幸せなものにしてくれます。自分のパフォーマンスも向上しますし、強くもなりますし、能力の幅も広がるでしょう。そして、バックパッキングの計画と準備のもっとも良い部分を言うのであれば、それ自体が楽しいことであり、あなたの旅をよりエキサイティングなものにしてくれることです。
TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT, PCT, CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。
(英語の原文は次ページに掲載しています)
- « 前へ
- 1 / 2
- 次へ »
TAGS: