TRAILS REPORT

Pacific Crest Trail #02/女性ハイカーが見たPCT

2015.09.11
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■Case3-仲栄真美咲 Class of 2014

nakaema

3人目は、仲栄真美咲さん。2014年のPCTハイカーである。現地の友だちに会うために北カリフォルニアをスキップしたものの、約2,000mile(約3,300㎞)を歩いた。山の経験はほとんどなく、PCTのスルーハイクを決意した彼氏の影響で興味を持ったという。経験値の少ない彼女は、いかにしてPCTを乗り越えたのだろうか。

■期待と不安のはざまで

PCTを知ったのは、付き合っている彼氏がロングトレイルの本を買ってきたことがきっかけです。当時は、こんな山登りのカタチもあるんだなあと、その本をパラパラめくっていた程度の興味でした。そしたら彼が突然「半年間、アメリカでハイキングしたい」と言い出して。それを聞いた時は「いいんじゃない?行ってきなよ」って軽い気持ちで応援していたんですが、ロングハイキングがどういうものか、PCTの歴史やその周辺のカルチャーがどういうものかが分かりはじめると、ものすごく羨ましく思えてしまって・・・。最終的には、私も行っていい?という風になりました。

その頃の私は、大学を卒業してそのまま大手企業に就職、5年半勤めて責任のあるポジションにも就かせてもらっていました。ある意味一般的な会社員で、想像していた“普通”のレールの上でもがいてるような感じ。自分から“こうあるべき”みたいな型にはまっていたというか、とても窮屈だったんです。それで、アメリカの大地でバックパックひとつ担いで、自分の足でゴールを目指すハイカーの姿に強く惹かれました。自分もそうなりたいと。

ただ、それまで登山の経験はほとんどなかったので不安はすごくありました。それで、ウェブでPCTと検索するとハイカーズデポや長谷川晋さんのブログが出てきて。そういうお店があるというのはありがたかったです。大阪から東京まで何度も足を運んで、長谷川さんに相談しました。具体的には、体力のある彼の足手まといにならないか?スルーハイクできるのか?全部ではなくセクションだけにするとか、別のプランがあるのか?といった内容ですね。トイレのこととか生理のこととか女性ならではの問題もあるので、長谷川さんに紹介いただいた深町さん(前掲)にも相談しました。

不安要素はいろいろありましたが、PCTを歩くことの魅力のほうがやはり大きくて、とにかく行くしかない!となったんです。

雨の多いワシントン州にて。雨の中のハイクを楽しめるのもこのエリアならでは。ポンチョでの休憩姿は、まるでダルマ?赤ずきん?

■悔しくて泣き、嬉しくて泣き

歩き始めると、見るもの出会うものすべてが新鮮でした。常に高揚感はあったんですけど、体力的にはすごく大変でした。始めの頃はよく歌なんか歌って気分を紛らわしていましたね。

なかでも一番つらかったのは砂漠地帯の暑さです。でも彼は平気で、私を置いてどんどん先に行ってしまうんです。ものすごい風の強い日には、ひとり大きな声で叫んでいました。「歩けないー!しんどいー!あほー!」とか。他のハイカーも含めみんなに追いついて休憩して、でも歩き出したらまたついていけなくて、そこで初めて泣きました。今となっては笑えますが、自然の中だと感情が子どものようにその時にそのまま出せて、なんだかそれも気持ち良かったです。

つらい砂漠地帯を終えた後に印象的だったのは、シエラと呼ばれる美しい高山地帯の区間です。それまでは毎日必死になっていたんですが、景色がガラッと変わって、どこの景色も本当に素晴らしくて。そこで、ずっと釣りがしたかった彼と、すこし休みたかった私とで「シエラはゆっくり行こう」となりました。彼が釣りをして、私はハンモックで寝る。のんびりとした、いい時間でした。釣った魚は捌いて、オリーブオイルと塩、ワイルドオニオンというシエラで生えている野草と一緒に焼いて食べたんですが、美しい景色もあいまって最高の味でした。

南カリフォルニアで出会い、4カ月後ワシントンの自宅に招いてくれたセクションハイカーと。ゴール地点(カナダのマニングパーク)でも出迎えてくれて、よく頑張ったと喜んでくれた。

■周りのハイカーのおかげで地獄から天国に

アメリカ本土最高峰のホイットニー山に足を伸ばすことになったんですが、そこでトラブルがあって。ちょうどその前の町で二人ともシューズを買い換えたのですが、それが彼の足に合わなくて足を痛めてしまったんです。それでゆっくり歩いていたら、想像以上に日数がかかって食料が足りなくなってしまい・・・。

本当にお腹が空いていて、でもどうにか4,000mを超える山頂まで行って帰ってくることができたんですが、次の補給の町まで食料や足がもつのか不安でした。そこで恥を忍んで顔見知りになっていた女性ハイカーに食料が余ってないか聞いたんです。そうしたら「私はピッタリしか持ってないの。ほんとごめんなさい」って言われてしまって。

自己責任だからしょうがない、釣竿があれば生きていける!って開き直ってキャンプサイトの川辺で魚を釣っていたんです。するとどこからともなくハイカーが現れて、「食料ないんだって?」と言って、マッシュポテトをはじめ余っている食料をみんなポンポンと置いていってくれて。さっきの女性ハイカーが、他のハイカーに知らせてくれていたんです。本当にありがたかったですね。おかげで豪華な夕食になって幸せでした。地獄から一気に天国に行った感じでしたね。

ゴール後、シアトルのREI(アウトドアショップ)に足を運ぶと、なんと別の日にゴールした仲間も!みんなで再会を喜ぶ。

■歩き終わって見えたもの

実はPCTを歩く前に、友人から「なんか昔と変わったね」と言われることが増えていました。たぶん自分でも感じていた窮屈さみたいなものと一緒だと思います。「大人になった」なんて言われたりして。本来の自分を不器用に閉じ込めてものすごく小さくしていたんだと思います。

だからPCTに行くというのは、ガチガチに小さくなってしまった自分に水をかけてふやかすというか、社会生活から離れて一度ニュートラルな状態にしたい、というのもあったと思います。ロングトレイルは一本の道を毎日目標をもって進んでいけるので、気持ちの部分で迷子にならずに没頭できますし、それが良かったと思いますね。歩き終わってからの生活は、同じ時間でも豊かに感じます。近くの山に登るのも、毎日ご飯を作るのも、PCTでの生活と同じというか。

最近アウトドアブランドのカタログを見ていたら、「境界線は心の中にしかない」という言葉があって、あぁその通りだなと思いました。都会と自然の線引きも、そこには線なんてなくて、自然と繋がっているという感覚。PCTを歩いたことで、自然の中に流れる時間とずっと繋がっている感じがするようになりました。

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根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年、TRAILSに正式加入。2024年よりTRAILSのHIKING FELLOWに就任。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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