釧路川スルーパドリング | 全長100kmの釧路川をパックラフティングとハイキングでつなぐ旅 (中編)釧路川の源流部から漕ぐ

文・構成:TRAILS 写真:TRAILS, 國分知貴, Fumi Sakurai
TRAILS編集部crewは、以前にNIPPON TRAILで「摩周・屈斜路トレイル (MKT) + 釧路川」を旅した。その際は、摩周・屈斜路トレイル (※1) の美留和から歩きはじめ、釧路川をパックラフトを用いて釧路湿原まで漕いで下った。
今回、釧路湿原より先の河口までを目指し、釧路川を水源から海までずっと漕いで旅してみよう! という旅を、摩周・屈斜路トレイルの仲間が企てた。そこで僕たちTRAILSは、この仲間の遊び心ある実験に乗っかることにしたのだ。
ちなみに川の最初から最後まですべてを漕ぐことを、「スルーハイキング」ならぬ「スルーパドリング」という。今回は釧路川スルーパドリングの旅ということだ。
5日間で、屈斜路湖周辺の摩周・屈斜路トレイルを15kmハイキングし、そしてリバートレイルとして全長100kmの釧路川を水源から河口までパックラフティングする、というプランだ。
今回の発起人は、TRAILSのパックラフト・アディクトでも登場した、屈斜路がローカルの國分知貴くん。一緒に旅をしたのは、TRAILS編集部の根津とパックラフト・アディクトの仲間のバダさんだ。
バックパックに入れて持ち運ぶことができるという、パックラフトならではの特徴を活かし、ハイキングとパックラフティングを組み合わせて旅した5日間。その旅の全容を、前編、中編、後編の3つの記事でお届けする。
今回の中編でお届けするのは、釧路川の源流部から、釧路湿原の手前である標茶 (しべちゃ) までのセクションだ。
※1 摩周・屈斜路トレイル: 阿寒摩周国立公園内にある全長44kmのトレイル。「火山と森と湖の壮大なカルデラをたどる道」というコンセプトのとおり、摩周湖と屈斜路湖という2つのカルデラ湖を渡り歩き、火山がつくり出した独特の自然景観、温泉街や野湯、また古くからあるアイヌのコタン(集落)を通りながら歩くトレイル。
この旅のルートは、屈斜路湖近くの川湯温泉をスタートし、摩周・屈斜路トレイルを通って池の湯、コタンまでをハイキング (15km)。その後、全長100kmの釧路川を、水原の屈斜路湖から太平洋に注ぎ出す河口までをハイキング&パックラフティングをする。
DAY2後半、釧路川源流部のパックラフティング。
屈斜路のコタンからパックラフトで漕ぎ出す。左からTRAILS根津、今回の旅の発起人の國分くん、パックラフト・アディクトの仲間のバダさん。
2日目の午前に、池の湯からハイキングした僕たちは、昼頃にアイヌの人々が住むコタン (集落) に到着。ここがパックラフトで漕ぎはじめる場所となる。ここから屈斜路湖を少し漕ぐと、釧路川に流れ出す源流部に入っていく。
源流部の釧路川は、原生林に囲まれている。僕たちの漕ぐパックラフトの頭上には、大きな木々が覆いかぶさるように生えている。森のトンネルをくぐるようだ。源流部の原生林の景色は、何度来ても素晴らしい。
屈斜路湖は釧路川の水源なので、湖からそのまま釧路川源流部へと入っていく。
源流部の川の水は、驚くほど透きとおっている。パックラフトの上からでも、澄んだ水のなかを川底まで見ることができるほどだ。とりわけ、水面が鏡のように反射することから名付けられた「鏡の間」と呼ばれる泉は、神秘的な景色だ。
倒木や、両岸から水面にかかるように生えている木々が多く、かつ川は右へ左へとかなり蛇行している。上手にコースをとって進む必要があるが、これもまた源流部らしく、原生林のなかを流れる川を、ありのままの自然を縫うように漕いで行くのが愉快だ。
釧路川源流部の「鏡の間」という、ひときわ水がきれいな泉。
江戸時代末期から明治にかけてこの地を旅した松浦武四郎 (まつうら たけしろう※2) も、アイヌの丸木舟にのって屈斜路湖を漕いだという。このことは、彼の旅の記録である「久摺 (くすり) 日誌」にも記されている。
僕たちがアイヌの人に聞いたところによると、屈斜路湖の湖畔から武四郎も丸木舟に乗って釧路川を下り、今の弟子屈 (てしかが) の市街地まで行ったのだという。そうすると、僕たちの旅は武四郎の足跡をパックラフトで辿っていることになる。
※2 松浦武四郎(まつうらたけしろう):江戸時代末期〜明治初期に活躍した、三重県松阪市出身の探検家。計6回の蝦夷地(えぞち)探検を実施し、詳細の解明に貢献した。
釧路川の源流部は美しい原生林に囲まれた森のなかを漕いでいく。
摩周大橋 (弟子屈市街)に到着し、町での食料補給。
源流部の森が徐々に少なくなり、ポツポツと人工物が見えはじめる。弟子屈町の市街地に入ってきたのだ。
ほどなくして、あたりは森からすっかり町へと景観を変えていた。今日の目的地である摩周大橋で上陸し、キャンプをする。
地元のスーパー「フクハラ」で食料などの補給をする。
まずは上陸地点のすぐ近くにある「ビラオの湯」でひと風呂浴びる。そしてその後に翌日以降の補給食をゲットすべく、地元のスーパー「フクハラ」へ。
いろいろ買い込んだものの、なかでもパープルのパッケージが印象的な「銘菓 弟子屈」に目がとまる。こういったものはどうしても買わずにはいられず、すぐさま手に取ってしまった。あとから國分くんに教えてもらったところによると、これが実は大正8年創業の、開拓の頃から地元にある老舗の菓子店の製品なのだというので、さらに意表をつかれた。
地元スーパーの店でひときわ異彩を放っていた「銘菓 弟子屈」。
トレイルタウンで補給をする。まさにロング・ディスタンス・ハイキングの旅のスタイルであり、それが川旅でも実現できるのがなんだかうれしい。こういった旅の途中での町での楽しみも、釧路川スルーパドリングの楽しみのひとつと言える。
買い出しを終えたら、晩ごはん。アメリカのトレイルなら町でピザ!という感じだが、ここでは地元の國分くんおすすめしくれた、居酒屋「翻車魚 (まんぼう)」へ。串焼きと釧路産の新鮮魚介類が売りの居酒屋さんだ。
リバートレイル1日目の夜は弟子屈の町で食事をする。
國分くんに聞いたところによると、この「翻車魚 (まんぼう)」のマスターは、カヌーをやっている人でもあり、早い時期から釧路川源流部をカヌーで遊びはじめた方だそうである。
またマスターは、立松和平さんとも一緒に釧路川を漕いだことがあるのそうだ。野田知佑さんも、川下りの途中によくこのお店に寄っていたのだという。まさに川旅で寄るのに打ってつけのお店ということだ。こういう情報はローカルの仲間と一緒に行ったからこそ得られる楽しみだ。
僕たちは腹も減っていたので、メニューで気になるものを、どんどんオーダーしていった。どれも本当においしかった。しかし、そのなかでも、なんと言っても最初の突き出しででてきた一品に驚かされた。
突き出しで出てきた北海しまえび。
それは、茹でたエビである。きれいなしま模様が入っていて、普通のエビと違うのかなと思っていたら、どうやらこのエリアでとれる北海しまえび、というエビらしい。
北海しまえびは「海のルビー」とも呼ばれ、きれいな海にしか生息しない、希少なエビなのだそうだ。人生初の北海しまえび。ふくよかな甘みが特徴で、むちゃくちゃおいしかった。
DAY3、弟子屈町をハイキングして、ふたたびリバートレイルへ。
2日目の夜は、川の脇でキャンプ。シェルターは左から、國分くん:MSR / Front Range, 根津:MYOG / DCF1.0oz Tarp、バダさん:Mountain Laurel Designs / Cricket Tarp。
翌朝、目を覚ますと、冷え込んだ朝だったこともあり、幻想的な川霧 (かわぎり) が立ち込めていた。
「夜、寒かったねー」と言いながら、出発の準備。この摩周大橋から先のエリアは、しばらくボートの航行禁止区間があるため、パックラフトをパッキングして、漕げるポイントまで歩いていくことに。このように漕げないところは、バックパックに舟を詰め込んで歩いて移動できてしまうのが、パックラフトの魅力のひとつだ。
航行禁止区間を抜けて、次に川にプットインできるところまで弟子屈の市街地を歩く。
最寄りのJR摩周駅は、もともとは弟子屈駅という駅名だったが、1990年に名称が変更になった。
実は約30年前、当時学生だったバダさんは北海道自転車旅行で、この地を訪れていた。その時、弟子屈駅前で写真を撮ったらしく、約30年ぶりに訪れた駅の変貌ぶりに驚いていた。
バックパックには、パックラフトなど川旅のギア一式とキャンプのギア一式が入っている。
弟子屈の町はチェーン店は少なく、画一化されていない町の景色が残っている。レトロな佇まいの個人商店が連なる市街地を抜けて、広い国道へと入っていく。
国道をしばらく歩き、釧路川沿いの脇道を進むと、そこにはのどかな酪農地帯が広がっていた。馬や牛などが放牧されている風景を眺めながら、ひと休憩。
この先で、釧路川の航行禁止区間がおわるので、再びパックラフトを川の上に浮かべる。川を漕げない区間も、パックラフトなら比較的容易にハイキングでつなぐことができる。今回の弟子屈市街地をハイキングでつなぐルートは、國分くんが提案してくれたルートだ。
弟子屈の酪農地帯の脇をハイキングしていく。
点在する小さな瀬を楽しみながら、釧路湿原手前の標茶町へ。
ボートの航行禁止区間を越えたので、ふたたび釧路川を漕ぎはじめる。
昨日の源流部とは打って変わって、流れが速く、少しアドレナリンが出るようなセクションだった。
このセクションは釧路川を訪れたパドラーもあまり漕がないマイナーなセクションであるが、源流部や湿原部とは違った楽しさのあるセクションである。
源流部より流れがあり、ほどよい瀬が点在して飽きさせない。
このあたりは岩盤エリアで、川の表面にもところどころ岩盤がむき出しになっているのが見える。実はこの岩盤地形は、弟子屈の地名の由来になっているそうで、まさに地名の表すセクションでもある。
國分くんに教えてもらったところによると、弟子屈 (てしかが) はアイヌ語では「やな (※3) のような、岩盤の上」という意味があるのだそうだ (※4)。
このあたりは岩の多い急流であると同時に、魚のたまり場でもあった。魚をとるときに、この岩盤がやなのような役割を果たしたということらしい。こういったローカルの詳しい話を知ると、このセクションを漕ぐ楽しみがより味わい深くなる。
※3 やな (簗):川の瀬などで魚をとるための仕掛け。木や竹などで水を一か所に流すようにし、そこに来る魚を受けて捕る形になっている。
※4 弟子屈 (テシカガ): アイヌ語では「テシ (やな)・カ・ガ (上)」という訳され、また「カカ」は「岩磐」という意味があり、テシカガは「やなのような、岩盤の上」という意味となる。
ほどよい瀬を楽しみながら、わいわいと川を下る3人。
この岩盤のおかげで小さな瀬も多く、パックラフトで楽しむには絶好のエリア。釧路川というと、源流部や湿原部がフィーチャーされがちだが、その2大エリアに挟まれたこの岩盤エリアを楽しめる独特のセクションだ。
標茶 (しべちゃ) に到着し、銭湯 &キャンプ。
標茶の河川敷での野営風景。
3日目の野営地は、標茶 (しべちゃ)。岸に上がって、近くの河川敷までパックラフトを担いで移動する。
芝生で覆われた、絶好の野営スポットだ。日が暮れはじめてきたこともあり、僕たちはまずはテントを設営。夕陽に照らされたその風景は美しく、河川敷にもかかわらず大自然のなかにでもいるかのような心地だ。
根津の野営スタイル。MYOG (Make Your Own Gear)したDCFのタープの下で、パックラフトをベットに寝る。
標茶も、弟子屈と同様、リバートレイルのトレイルタウンのような場所であり、川からそのまま市街地にアクセスができる。今日も昨日同様、町へと繰り出す。
標茶でもスーパーやコンビニで食料の補給が可能だ。次の日に野営する塘路 (とうろ) では補給できる店はないので、次の日以降の食料などをここでも補給しておく。居酒屋なども多いので、釧路川沿いの町も楽しみたい場合のチョイスも豊富だ。
標茶にある、歴史を感じる渋い銭湯「富士温泉」。源泉かけ流しの温泉。
補給が済んだら、1日の疲れを癒すべく、天然温泉を使用した銭湯、富士温泉へ。とにかくこの温泉が最高。1970年創業の銭湯で、源泉かけ流し、かつ歴史を感じさせるような風情ある浴槽がある。本当に居心地がよく、ハイキングとパックラフトで疲れた体が一気に癒された。
気持ちよくお風呂に入ったあとは、晩ごはん。たまたま見つけたお蕎麦やさん「丈の家」へ。風呂上りに、香り豊かな手打ち蕎麦をすすり、冷えたビールを喉に流し込む。ハイキングも、パックラフティングも、北海道の町も楽しめる……最高の夜だ。
お蕎麦屋を出た後は、野営地の河原に戻り、ベッド代わりにしているパックラフトの上に寝転がって、だらだらの夜の余韻をもてあそぶ。
明日は釧路湿原に入っていく。
3日目の標茶での夜。
釧路川源流部を漕いで弟子屈町の市街地に降り立ち、3日目は弟子屈町をハイキングしてから釧路川に入り標茶町でキャンプ。ロング・ディスタンス・ハイキングのごとく、トレイルと町をつなぎながら旅できるセクションであった。次の後編では、釧路湿原から釧路川の河口 (太平洋) までの旅のフィナーレをお届けする。
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