TRAILS REPORT

釧路川スルーパドリング | 全長100kmの釧路川をパックラフティングとハイキングでつなぐ旅 (後編)釧路湿原から海へ

2022.11.16
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文・構成:TRAILS 写真:TRAILS, 國分知貴, Fumi Sakurai

TRAILS編集部crewは、以前にNIPPON TRAILで「摩周・屈斜路トレイル (MKT) + 釧路川」を旅した。その際は、摩周・屈斜路トレイル (※1) の美留和から歩きはじめ、釧路川をパックラフトを用いて釧路湿原まで漕いで下った。

今回、釧路湿原より先の河口までを目指し、釧路川を水源から海までずっと漕いで旅してみよう! という旅を、摩周・屈斜路トレイルの仲間が企てた。そこで僕たちTRAILSは、この仲間の遊び心ある実験に乗っかることにしたのだ。

ちなみに川の最初から最後まですべてを漕ぐことを、「スルーハイキング」ならぬ「スルーパドリング」という。今回は釧路川スルーパドリングの旅ということだ。

5日間で、屈斜路湖周辺の摩周・屈斜路トレイルを15kmハイキングし、そしてリバートレイルとして全長100kmの釧路川を水源から河口までパックラフティングする、というプランだ。

今回の発起人は、TRAILSのパックラフト・アディクトでも登場した、屈斜路がローカルの國分知貴くん。彼は1日早くスタートし、2日目からTRAILS編集部の根津とパックラフト・アディクトの仲間のバダさんが合流した。

バックパックに入れて持ち運ぶことができるという、パックラフトならではの特徴を活かし、ハイキングとパックラフティングを組み合わせて旅した5日間。その旅の全容を、前編、中編、後編の3つの記事でお届けする。

今回の後編でお届けするのは、釧路湿原から、さらに先の釧路川河口までのフィナーレ。全長100kmの釧路川スルーパドリングは完遂できたのだろうか。

※1 摩周・屈斜路トレイル: 阿寒摩周国立公園内にある全長44kmのトレイル。「火山と森と湖の壮大なカルデラをたどる道」というコンセプトのとおり、摩周湖と屈斜路湖という2つのカルデラ湖を渡り歩き、火山がつくり出した独特の自然景観、温泉街や野湯、また古くからあるアイヌのコタン(集落)を通りながら歩くトレイル。


この旅のルートは、屈斜路湖近くの川湯温泉をスタートし、摩周・屈斜路トレイルを通って池の湯、コタンまでをハイキング (15km)。その後、全長100kmの釧路川を、水原の屈斜路湖から太平洋に注ぎ出す河口までをハイキング&パックラフティングをする。

DAY4、旅の後半のハイライトである釧路湿原へ。


標茶から出発する今回のメンバー。一番左が今回の旅の発起人である國分くん。中央がTRAILSの根津、右がパックラフト・アディクトの仲間であるバダさん。

4日目、朝をのんびり過ごし9時頃に標茶 (しべちゃ) を経つ。

標茶からは釧路川の流れもゆるやかなので、パックラフトの上で3人での雑談もはずむ。しばらくメロウな流れに身をまかせて、今回の釧路川スルーパドリングの後半のハイライトである、釧路湿原へと進んでいく。


標茶から先は川幅も広く、流れもゆるやかなので、緊張感もなくまったりと漕げる。

隣を見ると鳥見好きのバダさんは、両岸に飛び交うヤマセミに夢中になっており、単眼鏡を取り出してはヤマセミを追いかけていた。

スタート地点から約1時間ほどのところにある、五十石 (ごじっこく) という場所から釧路湿原がはじまる。


鳥見好きのバダさんは、パックラフトに乗りながら、いろいろな種類の鳥を見つけては楽しんでいた。

釧路湿原が始まる五十石という場所は、実は今回の旅のスタート地点の川湯温泉とも関係がある。

明治の時代、川湯温泉のそばにある硫黄山 (アトサヌプリ) は硫黄鉱山だった。川湯硫黄鉱山とも呼ばれていた。硫黄山で採掘された硫黄が、標茶の五十石まで鉄道で運ばれてきた。そこで船に積み直され、釧路川をたどって河口の釧路の港まで運んだのだという (※2)。

僕たちは、かつての硫黄の道とは異なり、硫黄山・川湯温泉からハイキングとパックラフティングでここまで到達してきた、というわけだ。

※2 五十石 (ごじっこく):明治の時代に、釧路川を河口から上がってきた五十石船 (5トンの積載量を持つ船) が、ここまで来ていたことが、この地名の由来になっている。また硫黄鉱山時代に、硫黄山から五十石まで通っていた鉄道跡の一部は、摩周・屈斜路トレイルの硫黄山付近にある青葉トンネルのところで見ることができる。


釧路湿原に入ると、両岸が広大な湿原の景色に変わっていく。

釧路湿原のエリアは、空が広くひらけて、多種多様な木々が生い茂っていた。徐々に枯れ木も増えはじめて、様相が徐々に移り変わっていく。

人の気配はまったくない。いるのは僕たちと、野生動物だけ。そして広大な湿原が広がっている。

まるで巨大な大陸を1本の川が貫いているうようなスケール感に圧倒される。このまま延々とこの川を漕ぎ続けていくような錯覚を覚えた。


釧路湿原では野生動物ともたくさん出会える。

ここまでの釧路川では、パックラフトを漕ぎながら、ヤマセミやカワセミ、コサギ、チュウサギなどの鳥を見てきた。それが湿原部に入ると、さらに遭遇できる動物の種類が増える。

凛とした美しい佇まいのタンチョウ。群れをなす鹿たち。木のてっぺんにとまってあたりを見まわすオジロワシ。広大な景色だけでなく、このような野生動物との出会いも、釧路湿原の大きな魅力だ。

釧路川からアレキナイ川を遡上して、塘路湖へ。


4日目のキャンプ地である塘路を目指す。

今日の目的地は、塘路湖 (とうろこ)の湖畔にあるキャンプ場だ。

今日は、釧路湿原のなかを1日メロウに漕いで楽しんできた。目にするすべてのものが新鮮で、しかもこの自然と野生動物と一体化した世界観が素晴らしく、あっという間に目的地にたどり着いてしまいそうだった。が、しかしである。


釧路川本流から、この後、支流のアキレナイ川を遡上し塘路湖へ入っていく。

塘路湖に入っていくには、釧路川の本流を外れ、支流のアレキナイ川 (※3) を遡上していかなければならない。カヌーであればそれほど苦ではないが、パックラフトは直進性に劣るのが弱点なので、これがなかなかしんどい。

僕たちはスイッチを入れ替えて、猛烈にバカ漕ぎした。40分ほど漕ぎまくって、ようやくのことで塘路湖まで辿り着く。

※3 アレキナイ川:釧路川の支流の一つ。諸説あるが、アイヌ語でアレキナイとは「来る川」を意味し、昔から船や人が往来する、交通の要所になっていた場所とのこと。


アレキナイ川を遡上した先に広がる塘路湖の景色。

しかし着いてみれば、そこには美しく静かな湖の景色が広がっていた。そこからは湖のなかを漕いで、そのままキャンプ場まで向かう。振り返れば、アレキナイ川の手前のどこかで陸に上がって、ハイキングでキャンプ場まで行けばよかったのだなと思った。

焚き火キャンプで、最終日に向けての宴。


塘路湖キャンプ場に到着。

塘路湖の湖畔にあるキャンプ場は、一面に芝生が広がり、湖も見えて、開放的で、炊事場とトイレもあって、蚊がたくさんいたことを除いては (管理人曰く、今年はなぜか大量発生しているとのこと)、最高のシチュエーションだった。


前日に標茶の町で仕入れておいたジンギスカン。

2日目、3日目と、町の食事処で晩ごはんを食べたこともあって、夕食に関しては今回初の自炊である。しかも焚き火だ。町でのごはんも楽しいが、焚き火も楽しい。その両方を楽しめるのが、町と山をつなぐ (今回は町と川をつなぐ) ロング・ディスタンス・ハイキングの旅のスタイルでもある。


旅のなかで焚き火で焼くジンギスカンは格別。

焚き火で焼くのは、この時のために買っておいたジンギスカンとピザだ。直火で焼き上げるジンギスカンとピザの、なんとうまいことか。最後にバカ漕ぎした疲れもあって、僕たちはとにかくメシを貪るように食べた。


ジンギスカンの次はピサ。1日漕いだ疲れをメシを吹き飛ばす。

空腹もひと段落したところで、今日1日を振り返りつつも、気になるのはやはり明日の最終日だった。ついに河口 (海) まで行っちゃうのか! という釧路川スルーパドリングの達成をイメトレしつつも、一方で、流れのほぼない河口で、強い向かい風にあったら、まったく進まないのではないか、 という不安が交錯していた。

海まで漕ぎたい。でも果たして漕げるのか? そんな思いが錯綜するなか、僕たちはいつの間にか眠りについていた。

DAY5、塘路湖を出発し、河口(海)を目指す。


塘路湖からの出発の風景。

塘路湖を出発すると、まず目についたのが湖面に浮かんでいる植物だった。

國分くん曰く、これは菱 (ひし) の実とのこと。まさに菱形をした実なのだ。アイヌ語で「ベカンベ」と言い、昔から貴重な栄養源として食されてきた。以前は「ベカンベ祭り」という菱取りのお祭りも毎年開催されていたそうだ。

遠くでは舟に乗って、その菱の実を収穫している地元の人の姿があり、今もなお食文化として残っていることを目のあたりにして実感できた。


塘路湖に浮かぶ菱 (ひし) の実。

最終日の行程は、大きく2つに分けられる。前半の塘路湖〜岩保木 (いわぼっき) と後半の岩保木〜河口までだ。

前半は、川も蛇行していて、緩やかな流れがあり、問題なく進ことができるはず。ただし後半は、ほぼ直線。海風をダイレクトに受けることになるため、どのくらいの強い風が吹くか、という運試し的な要素もあるのでドキドキする。


釧路湿原を再び出て、河口を目指して漕ぎ進める。

前半は予想どおり、流れに身を任せながら、なんの問題もなくメロウに進んでいく。

特に序盤は、釧網本線沿いを流れていることもあり、電車と並走することもあった。電車の乗客に向かって、電車から見る釧路湿原ももちろん美しいだろうけど、川面から見る湿原はもっと美しいんだよ。そう伝えたかった。

釧路川の水源から漕いだ旅。太平洋の海まであとわずか。


全長100kmの釧路川スルーパドリングも河口まであと少し。

岩保木 (※4) に着いた僕たちは、一旦岸に上がり、一息つくことにした。ここから先がラスト・セクションだ

さて、風はどうだろう? 予報では風速3〜4mであったが、実際はそれほど強い風は吹いていない。これなら行けるんじゃない? と明るい見通しに切り替えて、とりあえず行ってみようか?とみんなでスイッチを入れ直す。

パックラフトに乗り込み、パドルを川の流れにしっかり入れて、強く漕いでいく。

※4 岩保木:岩保木水門の下には、サケ・マスなどの捕獲施設 (ウライ) がかつて設置されていた。今後、またウライが設置される可能性もあるため、直前の情報収集、事前の下見、早めに岸に上がっての回避 (ポーテージ) が必要になる。


河口に近づくと、海からの逆風を受けながらパドルを漕ぎ続ける。

河口になると流れもほとんどなくなる。川の上流域〜中流域のように流れに任せていけば舟が進んでいくようなことはなく、下流域ではしっかりと漕いでいく必要がある。

ラッキーなことに、この時間帯は風もそれほど吹かずに、これをチャンスにと、僕たちはひたすら漕ぎつづけた。ちょっとくらいの逆風が吹こうが、イベントごとのようにして、この状況を楽しみきるのが得策だ。

こういうときに、海まであと何kmというカウントダウンは、あまり効果的ではない。具体的なイメージがつなかないからだ。だから僕たちは、遠くに見える橋を目標にして、越えるごとに次の橋を目指す、というスモールゴールを設定して、着実に前に進んだ。


河口に辿り着く手前、釧路の町のスターバックスで一服。

ちょうど1時間半くらい漕いだあたりで、海までもう一息というところで、元気をチャージするために、川沿いにあったスターバックス (釧路鶴見橋店) でコーヒーブレイク。

苦めのコーヒーと甘いお菓子をほおばりながら、3人とも気持ちを入れ直す。もう残すところあと30分ほど。ゴールの太平洋はもう間近だ。


コーヒーブレイクしながら、ここまで漕いできた釧路川を眺める。

コーヒーブレイクからパックラフトに戻ると、「あれ? またちょっと風が強くなってるじゃん」と3人で顔を見合わせる。少し焦ったけれど、あと30分ならがんばれるだろう。

海がどんどん近づいてくる。


釧路川の河口 (海) にようやく到着!

屈斜路湖をスタートして5日。全長100kmの釧路川をパックラフトで漕いで、水源から海までたどり着いた!

最後は強い逆風に吹かれないかという、運試し的なセクションだったけど、天候も味方してくれたようだ。川と海の境目はよくわからなかったが、しかしもうたしかに僕たちは海に到達していた。

目の前に広がる太平洋の大海原を見渡し、釧路川スルーパドリングの旅のフィナーレを3人でじっくりと味わった。


パックラフトで、全長100kmの釧路川スルーパドリングした3人。

5日間で、屈斜路湖周辺の摩周・屈斜路トレイル (MKT) を15kmハイキングし、そしてリバートレイルとして全長100kmの釧路川を水源から河口までパックラフティングでつないだ、「釧路川スルーパドリング」の旅。

スルーパドリングの魅力は、水源から河口まで完遂する達成感もそうだが、リバートレイルと町をつないで旅するスタイルであることや、通常は漕がないようなセクションも漕いで、川の最初から最後まで、その景色の移ろいを感じられるところにもあるように思う。

またハイキングとパックラフトティングの組み合わせた旅であれば、屈斜路湖・源流部エリア、弟子屈エリア、釧路湿原エリアと、それぞれのエリアでもっといろんなバリエーションが描けるだろう。そんなふうに、釧路川を遊びたおす妄想が止まらなく旅であった。

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佐井聡(1979生)/和沙(1977生)
学生時代にバックパッカーとして旅をしていた2人が、2008年にウルトラライトハイキングというスタイルに出会い、旅する場所をトレイルに移していく。そして、2010年にアメリカのジョン・ミューア・トレイル、2011年にタスマニア島のオーバーランド・トラックなど、海外トレイルでの旅を通してトレイルにまつわるカルチャーへの関心が高まっていく。2013年、トレイルカルチャーにフォーカスしたメディアがなかったことをきっかけに、世界中のトレイルカルチャーを発信するウェブマガジン「TRAILS」をスタートさせた。

小川竜太(1980生)
国内外のトレイルを夫婦二人で歩き、そのハイキングムービーをTRAIL MOVIE WORKSとして発信。それと同時にTRAILSでもフィルマーとしてMovie制作に携わっていた。2015年末のTRAILS CARAVAN(ニュージーランドのロング・トリップ)から、TRAILSの正式クルーとしてジョイン。これまで旅してきたトレイルは、スイス、ニュージーランド、香港などの海外トレイル。日本でも信越トレイル、北根室ランチウェイ、国東半島峯道ロングトレイルなどのロング・ディスタンス・トレイルを歩いてきた。

[about TRAILS ]
TRAILS は、トレイルで遊ぶことに魅せられた人々の集まりです。トレイルに通い詰めるハイカーやランナーたち、エキサイティングなアウトドアショップやギアメーカーたちなど、最前線でトレイルシーンをひっぱるTRAILSたちが執筆、参画する日本初のトレイルカルチャーウェブマガジンです。有名無名を問わず世界中のTRAILSたちと編集部がコンタクトをとり、旅のモチベーションとなるトリップレポートやヒントとなるギアレビューなど、本当におもしろくて役に立つ情報を独自の切り口で発信していきます!

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