フライフィッシング雑記 田中啓一 #11 釣り旅の醍醐味
文・写真・イラスト:田中啓一
What’s 『フライフィッシング雑記』 | フライフィッシャーであり、ハイカーであり、ファッションデザイナーである田中啓一さんによる、フライフィッシングにまつわるエッセイ。フライフィッシングは美しく、格調高く、ワイルドで、創意工夫の奥深さがあり、TRAILS読者とは親和性の高い個性あふれる遊びだと思う。釣り人はもちろん、釣りをしたことがない人も、田中さんが綴る魅惑的な言葉に運ばれて、フライフィッシングの深淵なる世界へ旅だっていただきたい。
釣り旅の醍醐味
私は以前、乗っ込み時期 (※1) の真鮒 (マブナ) 釣りにハマっていた。真鮒の乗っ込みシーズンは短く、しかも産卵活動をしているポイントを見つけるのは容易ではなく、穴場を見つけるためにあちこち移動しながら竿を出すことになる。しかし細い水路でデカい真鮒とのやり取りは他では味わえない楽しさがある。
その日も江戸和竿の真鮒竿に結んだシモリ仕掛け (※2) にミミズを餌にして、茨城県の北浦の周りのホソ (※3) をランガン (※4) していた。
しかしその日はあちこちでモジリ (※5) はあるものの、真鮒の反応が得られないまま時間だけが過ぎていった。たまにアタリがあっても釣れてくるのは鯉っ子ばかり。
なかなか本命にお目にかかれないまま半日が過ぎてしまった。さすがに腹も減ってきた。しかし周りは田んぼだらけでコンビニすら見当たらなかった。
さてどうするかと思案していると、田んぼの畦道を1台の原付バイクが
「ブブブン、ブブブン、ブブブン!」
と爆音を響かせながら、ひとり暴走族で走り抜けて行った。
仕方なく適当に車を走らせ店を探した。すると細い県道の脇にポツンと一軒の食堂を見つけた。
選択肢は他に無かった。中に入ると店の片隅にはテレビが置いてあり昼ドラが流れていた。客は私1人。やさぐれた感じの茶髪のオネエチャンが注文をとりにきた。うろ覚えだが生姜焼き定食を注文したと思う。
料理が届き、黙々と食べていると、さっきの店員が客席に座ってテレビを観はじめた。そしてなにやらブツクサ言い始めた。
「ふざけんじゃねえよ。この女!」
なんと彼女は昼ドラにツッコミを入れ始めたのだった。劇中の女性の行動がよほど腹に据えかねたらしかった。
食べ終わった私は、さっきのひとり暴走族のアンチャンとこのオネエチャンは友達かな?などと思いながら会計を済ませ店を出た。
釣友のWさんは一時期、家族でニュージーランドに移住していた。彼は以前広告の撮影で訪れたこの国をいたく気に入ったようだった。何より国民性が良いとも言っていた。曰く「ニュージーランドは寒いハワイ」なのだそうだ。
本人も奥さんも仕事はフリーランスだったこともあり決断したようだ。そして何よりデッカイ鱒 (マス) の宝庫でもある。彼にとってはまさに一石二鳥の国だった。
ある日Wさんから封書が届いた。封を開けるとドデカイ鱒を持った満面の笑みのWさんの写真と「来ない?」とだけ書かれた手紙が入っていた。
もちろん断る理由は無い。南半球の初夏である1月に成田を出発した。W邸は思った以上に大きかった。新築では無いがリノベーションを施した家は東京で彼が住んでいたマンションの数倍の広さがあった。3ベッドルームと書けばその広さが想像できるだろう。庭も相当広く、彼は釣りよりもガーデニングに力を入れていたくらいだ。
現地で釣り友達になったウイリーが友人とシェアしている別荘のあるクーロウという村に数時間のドライブの末にでたどり着いた。ウイリーのジェットボートでワイタキリバーを爆走し、中洲に船を停め、釣りを始めた。
ニュージーランドのロコスタイルは、大きめのドライフライ (※6) からさらにティペット (※7) を延長し、その先にニンフ (※8) を結ぶというおおらかなものだった。ドライフライに食えばそれも良し、ニンフに食えばドライフライがインジケーターの役割をするというものだ。郷に入れば郷に従え。私もその仕掛けで釣りを始めた。
第1投目でドライフライがスッと沈んだ。しかし痛恨のバラシ。次に中洲の逆側の流れにキャストするとまたもやドライフライが消えた。即座にアワセを入れると強烈な引き。しばらくのやり取りの後に上がってきたのは50cmはあろうかと思うブラウントラウトだった。
昼になり、ウイリーは別荘に帰り、Wさんと私はクーロウの村でレストランを探すことにした。クーロウはメインストリートの脇に店や民家が並んで入るものの、それはほんの数百メートルで途切れてしまうくらいの小さな村だ。現地人に尋ねるとこの村にはレストランは二軒だけ。しかも経営者は同じだという。
教えられた通りにそのうちの一軒にたどり着くと、そこは雑貨屋だった。半信半疑で店に入ると、雑貨屋の奥がレストランになっていた。メニューは少なかった。ソーセージと野菜の盛り合わせのようなものを頼んだ。値段は安かった。
料理が運ばれてくると、まずその量に驚いた。ドレッシングがかかった大盛りのサラダの上に生っ白い色のドデカイソーセージが2本デーンとのっている。ひと目で「食い切れないな」と思った。
そしてその味がまたなんとも言えない不味さで、野菜とドレッシングとソーセージの組み合わせでよくもまあここまで不味い料理が作れるなと逆に感心した。ソーセージの食感も妙に柔らかく歯応えが無かった。
そこでハタと気がついた。ニュージーランドはほぼイギリスからの移民で成り立っていることを。建国して百数十年経ってはいるが、舌だけはしっかりイギリスから引き継いでいたのだった。
かれこれ10年以上前のことだ。WさんとA君と富山の祐延ダムに行った。A君は東京から富山まで1人で運転してくれた。現地でA君の旧友たちと待ち合わせてダムの横にキャンプを張った。
我々はさっそくウエーダーを履き、釣り竿を片手にダム湖の岸沿の小径をぐるっと回ってインレット (※9) の近くまで歩いた。他に釣り人は誰もいない。
立ち枯れの木々が並ぶ水面をしばし眺める。やってるやってる。そこかしこでポツリポツリとライズリング (※10) が見られる。
そうっとウエーディングして行き腰辺りまで浸かったあたりで立ち止まり、リールからラインを引き出し、静かにライズを待った。すると数メートル先で波紋が広がった。一気に緊張感が増してくる。ドライフライを慎重にキャストするとバシャっと出た。30cmくらいのヒレがピンと張った綺麗な虹鱒だった。
数尾の虹鱒を釣った後に、インレットに移動した。対岸で何かがライズするのが見えた。少々ロングキャストになるが、ドライフライを投げるとすぐにヒットした。それはけっこう良い型の岩魚だった。
Wさんだけはタックルを持参していたにもかかわらず、一切竿を出さなかった。我々が釣りをしている間、タバコを吸いながら湖畔を散歩していた。ニュージーランドで散々デカい鱒を釣りまくったので、釣り欲が失せてしまったとたびたび言っていたが、それは本当らしかった。彼にとって今回のキャンプは、焚火を囲んで酒を飲み、仲間と他愛もない話をすることを楽しむ場であった。
帰り道我々3人は、とある温泉に寄った。初めて訪れた温泉だが、なかなか風情のある佇まいだった。浴室は全て木造で、適度に古びた感じも心地よかった。湯も適温で、泉質も良く、我々は意外な名湯の発見にかなり気を良くした。
温泉を後にし、腹も減ってきた。そろそろラーメンでも食うかと店を探した。一旦道の駅に車を停めたが、ここまで来て道の駅で食うのも面白く無いと意見が一致し、地元のラーメン屋を探した。すると街道沿いに〇〇〇〇〇ラーメンという看板が見えた。なんとなく良さげな気がしたので、看板が示すとおりに街道から逸れて坂を登って行った。店はすぐに見つかった。駐車場に車を停め、中に入るなりすえた脂のような臭いがして、少し嫌な予感がしたが、まあラーメン屋なのでそういうこともあるだろうと気を取り直し、3人並んでカウンターに座った。
店は店主ひとりで切り盛りしているようだった。
ビールやジュースは後ろの冷蔵庫から勝手に出してくれと言われた。
ふと見るとカウンターの前面に張り紙が貼られていた。
そこには「調味料はそのへんに置いてあります」と書かれていた。
3人は思わず顔を見合わせた。
「そのへん、て・・・」
確かに、醤油、酢、ラー油、胡椒などがランダムにそのへんに置いてあった。おそらく前の客が使って置き直したままの状態で放置されているようだった。
そうこうしているうちにラーメンができ上がった。
早速Wさんが一口すすって
「んんっ!」と唸った。口の肥えたWさんが唸るほど美味いのか。私の期待値は一気に上昇した。これは名湯に次ぐ隠れた名店の発見かもしれない。
私も続いて麺をズズッとすすった。
あれ?
もう一口すすった。
超絶に不味かった。なんか臭いし。よくこの味で店が存続できているなと疑問を抱くほどの味だった。
Wさんも私も半分以上残した。A君だけは完食した。帰りしな私が「Wさんが、んんって唸るからよほど美味いのかと思いましたよ」と言うと
「あれはあんまり不味いから思わず声が出たんだ」
とのことだった。
Wさんと私が
「A君、よく全部食えたな」
と言うとA君は
「いや、まあ、別に」
と言った。
以降3人で集まった時に祐延ダムの話題になると、必ずこのラーメン屋の話になり、呵々大笑するのがお決まりになった。
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