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リズ•トーマスのハイキング•アズ•ア•ウーマン#01 / 私が『ハイカートラッシュ』になるまで。

2014.11.21
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写真提供/文:リズ・トーマス  訳:雅子・トーマス

10月17日に掲載されたTRAIL TALK#004にも登場してくれた、女性のロングディスタンスハイカー、リズ・トーマスの連載がスタート!AT、PCT、CDTを踏破したトリプルクラウン・ハイカーにして、ATスピードハイクの記録(ノン・サポートによるす女性最速)ホルダーでもあるリズによる、女性ハイカーの視点で綴る連続コラムです。どうぞお楽しみください!

■プロローグ

過去8年間、夏になると居心地の良い家を離れ、山へハイキングに向かった。それは私を極度な寒さや暑さ、汗の臭い、そして、空腹にさせた。自分で全ての荷物を背負い、時には何ヶ月も歩いた。とはいえ、昔からこうだった訳ではない。当たり前のように郊外で生活をしていた私から、毎年何ヶ月も山道をハイキングする私に、どう変わっていったのだろう。学生の頃は、自分が将来いつも旅に出てばかりいて、やっと生計を立てていけるような生活を幸せだと思っているなんて、想像もしていなかった。これから、なぜ私がノーマルなアメリカンライフを捨てて、どのように、ハイキングコミュニティの中で親しみをこめて呼ばれている『ハイカートラッシュ』になっていったのか、幼少期からの変遷をたどってみたいと思う。

■幼少期の生活

私は、アウトドアを中心とする環境で育てられた訳ではない。母は日本で生まれ育った日本人で、家族は自然を重視していたが、私は運動選手とかアウトドアマンになるようには育てられなかった。それどころか、母は教育ママで、私は勉強とピアノの練習をすることを期待されていた。 90年代、アメリカの都市で育った多くの女の子は、楽しいことと言えば、モールでのショッピングだった。私が何年も住んでいた家は物があふれていて、「物を沢山買い集めることが幸せへの道だ。」と言う典型的なアメリカンドリームを長年信じていた。しかし、それが実際そうだと感じた事はなかった。

私が幸せだと感じられたことは、実際物ではなかった。特にそれは自然と関わることができる旅などの体験だった。私は自転車に乗ったり、歩きまわったりするのが大好きだったが、その機会が少なかった。日本と違って、私の育ったカリフォルニアの都市では、大抵みんなはどこへ行くにも車で行く。市の交通機関が自転車や歩行者を考慮されていなかったので、両親は子供が一人で外へ行くのは安全ではないと思っていた。外へ出かけたければ、親を待って、公園まで連れて行ってもらって遊んだ。しかし、それは親が休みの週末だけだった。その結果、私はテレビを見たり、コンピューターでゲームをしたりして多くの時間を室内で過ごした。

1990年:幼少期の私、リズ・トーマス。



■家族で行ったヨセミテ国立公園

五年生と六年生の時、二度ほど家族でヨセミテ国立公園にあるTuolumne Meadows(トワロミメドーズ)へ行った。私達はテントキャビンで泊まり、昼間は短いハイキングをした。学校のクラスの中でも運動神経があまり発達してない方だった私にとって、それは大変だった。でもハイキングは楽しくて、全力を尽くして岩をはい登って頂上に立ったときの感激は何とも言えなかった。

同じ頃、夏休みのはじめに日本へ行き、日光に住んでいる祖父母と過ごし、小学校に体験入学した。毎朝、近所のお友達と町中を通って歩いて登校した。アメリカでいつも車で送迎してもらっていたので、最初は面倒だったが、そのうち、一日で一番の楽しみとなった。山の中で過ごして、外を歩き回る自由を満喫した。 交通手段ではあったが、「歩く」ということがどんなに楽しいかということを日本の生活が教えてくれた。アメリカに帰ってきて、歩くことを重視している文化をもう一度体験したいと強く思った。

高校へ行く頃には、やっと一人で自転車でいろいろな所に行けるようになったが、そのような趣味に費やす時間があまり無くなった。秋にはウォーターポロのチーム、春には競泳のチームに属し、毎週、合唱隊、課外勉強、美術管理の勉強、そして、模擬裁判チームのキャプテンもしていた。進学校だったので、みんな競争心が強く、疲れきってしまうのも稀ではなかった。そんな時、自然の中でのサイクリングが私を癒してくれた。水泳やウォーターポロのない週末はバイク・トレイルに向かった。

高校時代、勉強や課外活動がたくさんあって、忙しすぎた。それでいて、自分の時間を費やしてしていることに何一つ満足していなかった。自分の故郷にしばられて、やきもきして、旅に飛び出したくなった。広大な自然で大きな冒険をしたかったのだ。夏休み中は大抵、川沿いを100km位行って、建物がなくなって視野が広まるまで毎日できる限り遠くまでサイクリングをした。時には、行ったことのない所に行くため、市営バスに終着点まで乗ったこともあった。 私は探究心で燃えていた。例え、家からたったの30kmでもまだ行ったことがない所に行って、その旅から何かを得たいと思っていた。

1996年:Marin Headlandsへのハイキング。



■旅の楽しさを知る

大学に入る前の夏、高校のドイツ語のクラスでヨーロッパへ一ヶ月の旅行をした。 ユースホステルに泊まり、バックパックを背負ってヨーロッパ中を歩き回る貧乏旅行だったが私はすっかり気に入った。新しい所を見て楽しんだり、知らない人に会ったり、そして、必要なものは全部背中のバックパックにあった。一カ所にとどまりすぎず、次から次と探検して行った。一緒に行った16人中、バックパックが一番軽かったのは私。 軽く動けたから、他の人よりいろいろな所に行けた。また、荷物が軽かったから、ヨーロッパのチョコレートをもらうことを交換条件にして、友達の荷物を持ってあげた。この身軽な旅の体験が、ウルトラライトの利点を教えてくれたと確信できる。

住んでいるのにまだほとんどの所を見ていない自分の国でも、そんな旅行をしたい思いから、夏の間バイトをして一ヶ月間のアメリカ横断列車旅行をした。18歳のバックパック一つでの女一人旅。 友達の家に泊めてもらえたのは二、三ヶ所。携帯もスマホもない時代に、地図と交通網を確認しながら宿を探した。出発する二、三ヶ月前から図書館をいくつも回って地図、交通網、そしてガイドブックを借りて計画をたてた。バックパック一つだけで、常に歩き回れるような旅が楽しめた。生きてこの目で新しい場所を見、そこから学ぶ。この冒険旅行は計画から実施までのプロセス全て楽しかった。

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2004年:電車によるアメリカ横断の旅。



■初めてのロッククライミング

大学は競争率の高い大学に入り、成績も良かった。教授も博士課程に進むよう推薦してくれたし、それはそれなりの喜ばしい結果が出たかもしれなかったが、私の弱点は友達が少ないことだった。パーティは苦手で、授業以外に何か情熱を持てる事が必要だった。大学はロス。でも私は車なし。朝6時に起きては自転車に乗り、そのうち大学から半径80マイル(50km)を探索するようになった。そのうち、もっと自然のままの姿が残っている場所に行きたくなり、ロッククライミングのクラスを取った。

私はすぐに病みつきになり、毎日のように授業とバイトが終わるとクライミング・ジムに通った。始めの頃は、他の学生と一緒に登りに行ったが、若い学生は宿題やパーティのほうが大事で、ロッククライミングは二の次だった。気がつくと、一緒にトレ−ニングをしている人たちは、なんと白髪まじりの登山家ばかり。ほとんどが60代のおじいさん。そして、彼らがアウトドアスキルを教えてくれ、大きな山に登る冒険に連れて行ってくれた。19歳の女子一人と白髪まじりのおじいさん山男達が一緒にハイシエラ山脈の大きな峰をアルパインクライミングしている。他の人が見たら、私たちは滑稽なグループに見えたことだろう。彼らは私に熱心に山で必要なスキルを教えてくれた。

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2006年:白髪まじりのおじいさん2人と一緒に登った、Mt.Whitney。



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2007年:大学時代に熱中したロッククライミング。



 ■PCTハイカーとの出会い

在学中の夏は、三年とも専攻の環境研究の仕事をヨセミテの直ぐ外側にある東部シエラネバダ山脈で行った。世界中の中でとても好きな所で、ピークバッギングやクライミングにとっておきの場所だ。最初の年、Tuolumne Meadows(トワロミメドーズ)にまた行くことができた。そこで、あるふたりの汚い格好をした疲れきったハイカーに出会った。メキシコからカナダまでのPCTをハイキングして来たが、もうへとへとに疲れてお手上げで、ここで止めると言った。その年PCTを歩き始めたハイカー100人中3人がもう死んだというのだ。変に思うかもしれないが、それを聞いた私は、「これに挑戦したい!」と叫んでいた。それからというもの、peakpaggingの旅でPCTのサインを見るたび、カナダへの山道を歩きたい気持ちがどんどん増していった。秋になって大学に戻っても、寮の部屋に閉じこもって、トレイル・ジャーナルやスルーハイクの話を読んでいた。夜はパーティに行くどころか、PCTを夢見ていた。

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2007年:JoshuaTreeへのハイキング。



■タホ・リム・トレイルのスルーハイク

大学を卒業後、シエラでの最後の夏を仕事をして過ごし、今までの自由気ままなアウトドアライフに「さようなら」をした。夏が終わったら、バックパックをおろし、四角いオフィスで働くようになると分かっていた。だから休みの日にはクライミングをした。しかし大きな転落事故をしてしまった為、その夏の後半はハイキングにもっと集中することにした。そして、七月に265kmあるタホ・リム・トレイルを単独でハイクしようと決めた。私にとってこれは二度目のバックパッキング・トリップだった。それまでに何度も旅行でバックパッキングをしたり、険しい岩山でキャンプしていたので、アウトドアでのバックパッキングはそんなに大変ではないと思っていた。できるだけ軽いパッキングをし、食べ物と水で14kgで一日45kmという意欲的な目標を立てて出発した。

実のところ毎晩寝るとき、哀れにも苦労してやっと木に吊り下げた食料を熊がたたき落としに来るのではないかと、怯えた。二日目の晩には、ストーブが壊れる始末。三日目には食料が無くなり、買い足さなくてはならなかった。五日目には水もな無くなり、ちょっとしゃれた山のマンションの庭のスプリンクラーの水をこっそりもらった。その上、足がずきずき痛く、生まれて初めて痛み止めを飲まなくてはならなかった。それでもなんとか目的を達成できた。スルーハイクを完全に単独でし終え、 何とも言えない喜びで満たされた。

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2007年;ヨセミテ国立公園。



■自分の生きる道

このハイクを終え、スルーハイクに比べて日帰りのハイキングはなんとストレスが多いのだろうと思うようになった。私の場合、現実の世界のあらゆる心配事から心を洗い流すのには少なくても二週間かけたスルーハイクが必要だ。日帰りでは妨害物が多くて問題の解決まで至らない。車、コンピューター、そして、日常の義務などが無くて、歩き続けるスルーハイクのみが、私の心を数多くの心配事から解放してくれる。スルーハイクをしているとき、「生きているんだ。」と感じる。

タホ・リム・トレイルのスルーハイクは今までで一番大変だったが、それをした事によって、すっかりスルーハイクが好きになってしまい、すぐに次の計画を始めた。それまでしてきたことが、何かとの戦いか、自分には不自然な事ばかりのように思えた。モールでの買い物、ピアノの練習、そして勉強。どれだけたくさんの時間を費やしてきたんだろう。やっと、「自分はすべき事をしているんだ。」と感じられるものが見つかった。

あの初めてのスルーハイクの後、私は、四角い部屋で働く仕事はできないと確信した。スルーハイクが私の人生の意味となった。美しい場所を歩くことと、自然の中で簡素に生活することの二つを同時に楽しむこと。自由で、自立することによって得られる誠実さ。スルーハイカーのように、所有物は少なくとも、私は満足して生きられると思う。人生がこんないいものだと分かった今、私は何でもするべき事をしようと思う。そうすれば、私は夏の間自分の人生を自分の思うように正直に生きられる。それは自然の中でのハイキング。

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2008年:最初のAppalachian Trailハイキング。



■About Liz

For the past eight summers, I’ve left my comfortable home to go on mountain treks that make me extremely cold or hot, smelly, and hungry. I carry everything I need on my back, sometimes walking for months on end. But it wasn’t always like this. How did I go from living a typical, suburban life to becoming someone who hikes in the woods for months each year? Surely, my school age self never would have predicted that I’d be traveling all the time, scraping by to pay my bills, and loving every moment of life. Yet, as I think about my experiences growing up, I can see how thru-hiking is the culmination of the interests and values I’ve had my entire life. When I discovered long distance hiking, it felt natural to me. Here, I explain how I left a “normal” American lifestyle and became what is affectionately known in the hiking community as “hiker trash.”

I was not raised in the outdoors. My mom is Japanese, born and raised in Japan, and although my family had a respect for nature, I was not raised to be athletic or outdoorsy. Instead, my mom was a kyouiku mama, so I was expected to spend my time as a child studying and practicing piano. Like many American suburban girls growing up in the ‘90s, “fun time” meant going shopping at the mall. My childhood house was crammed with stuff and for many years, I believed in the typical American dream that accumulating more stuff is the way to happiness. However, I never felt like buying more things actually seemed to work.

The thing that did make me happy, however, was not a thing. It was experiences, especially trips anywhere in nature. I enjoyed riding my bike and walking, but had few opportunities to do it. Unlike in Japan, most people drive cars everywhere in suburban California, where I was raised. The infrastructure in my city was not designed for bikes or walking, so my parents did not think it was safe for me as a child to go outside by myself. If I wanted to go outdoors, I would have to wait for my parents to drive me to a park where I could play—but this only ever happened on the weekends when my parents were not working. As a result, I spent a lot of time playing indoors, watching TV, and playing computer games.

But even then, I found ways to be with nature. I loved being outdoors so much that I incorporated it into my 8th birthday party. When other 3rd graders were holding birthday parties at the bowling alley or the local amusement park, I had a more adventurous plan. A few weeks before my big day, I handed everyone in my 3rd grade class an invitation to meet at the small, local nature area at 5:30 AM for a birthday hike. Not many people showed up, but those who did had the joy of fresh air, a bit of exercise, and time communing with wild deer and turkey before we hit up a greasy breakfast fast food joint. It seems uncanny how similar that birthday party was to the thru-hiker life I lead now!

When I was in 5th and 6th grade, my family took two trips to Tuolumne Meadows in Yosemite National Park. We stayed in tent cabins and day hiked shorter trips, which were difficult for me as I was among the least fit people in my elementary school class. Still, I loved hiking and scrambling up rock formations and found exerting myself to reach a goal immensely rewarding. Before these trips, I had associated being active with being wealthy. I attended a prestigious elementary school where my classmates’ parents owned big companies and the other kids exercised by swimming and playing tennis at exclusive country clubs. In nature, I learned that achieving physical goals doesn’t mean you need to spend lots of money or be related to a CEO. Nature itself is a free gym where everyone can challenge themselves.

Around this time, I spent two summers living with my grandparents in Nikko, Japan attending elementary school there. Each morning, we would walk across town to school with other students from our neighborhood. While at first this was annoying—in America, I had always been driven to school—soon it became a highlight of the day for me. I enjoyed living in the mountains and the freedom of walking around outdoors. Living in Japan taught me the simple pleasure of walking as a form of transportation and when I returned to the U.S., I yearned to experience once again a culture that valued walking.

By the time I went to high school, I was finally allowed to bike by myself, but was too busy to have much time to dedicate to that hobby. I was on the varsity water polo team in the fall and varsity swim team in the spring and also sang in a prestigious choir, took extra classes, studied art curation, and was a captain of the high school mock trial team. My high school was very competitive and burnout was common. Biking in nature helped me de-stress from school, and so on weekends when it wasn’t swim or water polo season, I would hit the bike trail.

Throughout high school, I felt like I was so busy with my extracurricular activities and classes, yet none of the things I was spending my time on really called to me. I wanted to travel and felt confined and restless in my hometown. I wanted bigger landscapes and bigger adventures. During summer vacation, I would spend every day cycling as far as I could, usually around 100 km along the river until I started to see open space. Sometimes, I would ride the city buses to the end of the line just to visit someplace new. My mind was eager for exploration. I have always been curious go to new places and learn from travel, even if that new place is only 30 km from my house.

The summer before college, I went on a month-long trip to Europe with my German class. It was definitely a budget trip—we stayed at hostels and wandered around Europe with backpacks—but I loved it. I relished seeing new places, meeting new people, and carrying everything I needed on my back. I savored never staying in one place for too long, being ever moving, ever exploring. Of the 16 students on the trip, my pack was the lightest, which afforded me the freedom of ease to explore more places. Since it was so light, I volunteered to carry another student’s bags as well, as long as she would fund my addiction to European chocolate bars. I believe it was this early experience carrying a light pack that taught me the advantages of being ultralight on adventures.

Determined to take a similar trip in the country I lived in, but had barely seen, the next summer, I worked hard so that I could take a month-long train trip across the U.S. At 18, I traveled solo across the country with only a backpack. In a few cities, I had friends to stay with, but in most cities, I had to navigate the public transit and streets alone, in a time before cell or smart phones. Before the trip, I checked out stacks of books from many libraries and spent months studying maps, bus routes, and guidebooks. Once again, I loved living out of a backpack and always being on the move. I lived to see new places and learn what they had to teach me and I enjoyed the process of planning and executing a big adventure.

For college, I went to a competitive school and got very good grades. My professors encouraged me to pursue a PhD, and my success should have made me happy, but I had a hard time making friends. I didn’t enjoy partying and I needed something other than classes to be passionate about. My school was in Los Angeles and I didn’t own a car, but I woke up at 6 each morning and, over time, explored the 80-mile radius area around my college on bike. But I wanted to explore wilder and natural landscapes, so I took a college PE class in rock climbing.

Soon, rock climbing became a passion for me. I went to the climbing gym almost every day after class and work. Initially, I climbed with other college students, but found that young people often let homework or parties get in the way of serious climbing. Soon, my regular climbing partners became a group of grisly mountaineers, mostly in their 60s. These old men taught me outdoor skills and took me on adventures to climb big mountains. Our party of climbers must have looked a little strange to outsiders with me, a 19-year-old girl, alpine climbing big peaks in the High Sierra with grizzled mountaineers. I owe a good deal of my outdoor skills to these adventurers, who patiently and generously taught me to peakbag technical and non-technical mountains.

As part of my training, one of the old men explained, “We hike to keep weight off so that we can climb better.” This inspired me to take advantage of the 3,050-m mountain right above my school, so as soon as I got a car, I got into the habit of going to bed early, getting up at 5 am, and hiking up it before class as practice for bigger trips. As college went on, I spent more and more time outdoors or riding my bike and a lot of time in the climbing gym. I took wilderness medical courses and learned as much as I could about safety in the outdoors. Later, I even scheduled my classes so that they were only 3 days a week so I could spend 4 days a week hiking and climbing in the Sierra.

For three summers, I worked doing environmental research in the Eastern Sierra right outside Yosemite. It’s my favorite place in the world and an excellent place for peakbagging and climbing. My first year working in the Sierra, I returned to Tuolumne Meadows in Yosemite National Park and started talking with two dirty, tired hikers. They said they were hiking the Pacific Crest Trail (PCT) from Mexico to Canada and that they were already beat, done, ready to quit. They said that 3 of the 100 people who started the PCT that year had died already. For some strange reason, my enthusiastic response was: “I want to do that!” From that point on, whenever I saw PCT signs on my peakbagging trips, I got increasingly excited about taking the trail all the way to Canada. When I returned to college, I would hole up in my dorm room reading trail journals and stories about thru-hikers. I spent my nights in college fantasizing about the PCT instead of partying.

The fall of my senior year, I taped two sheets of paper on my dorm room wall: “Climbing goals” and “Hiking goals.” Every minute I wasn’t studying, attending class, or working, I was training to achieve these goals. I would even do my class reading while stretching or working out. But after several months, a finger injury forced me to focus all my energy on hiking. My hiking trips were all peakbagging—ambitious traverses with more than 3,000 m of elevation gain a day—often with three or more peaks summited in a less than 24 hour trip. I started the semester with the easiest of these hikes, and by fall break, I became the first recorded person to hike the three highest peaks in Southern California solo, without a support team driving between the mountains. In hiking, I found “flow”—a feeling where I was fully immersed in my goal and energized by the focus required to achieve it. Still, by the time my finger healed, climbing was back to being my main activity.

After I graduated, I worked my last summer in the Sierra as a “good bye” to the free outdoor life I had been living. I knew that when this summer was over, it’d be time to hang up my backpack and start working in a cubicle. I climbed in my off days, but a big lead climbing fall, a few late night finishes on alpine climbing trips, and one poorly set up anchor were enough to convince me to focus more on hiking for the second half of the summer. That July, I decided to hike the 265-km long Tahoe Rim Trail solo. It was only my second outdoor backpacking trip ever, but by this time, I had done so much travel-backpacking and camping at climbing crags that the transition to outdoor backpacking didn’t seem like it would be too harsh. I carried the lightest pack I could manage—14 kg with food and water—and set an aggressive goal of hiking 45 km per day.

As I fell asleep each night, I was terrified of bears knocking down my pitiful attempt to hang my food bag. By the second night, my stove wouldn’t function. On my third day, I ran out of food and needed to buy more. On my fifth day, I ran out of water and had to sneak some from a sprinkler at an upscale mountain condo. For the first time in my life, I had to take a pain killer because the pounding in my feet was so bad. Yet I made it. I had just finished a thru-hike completely solo, and I was absolutely exhilarated.

After I finished, I realized that compared to a thru-hike, a dayhike—even a long dayhike, is stressful. I now believe it takes at least two weeks of thru-hiking to clear my mind from all the anxieties of the “real” world. Dayhikes have too many distractions to be a mediation. Only thru-hiking—walking free of cars, computers, and most obligations—can free my mind of so many worries. When I am thru-hiking, I feel alive.

At that time, thru-hiking the Tahoe Rim Trail was one of the hardest things I’d ever done in my life, but I was hooked, and immediately started planning my next thru-hike. In everything I’d done in my life up to that point, I felt like I was fighting or doing something unnatural for me. After so much time shopping in malls, practicing piano, and studying, I had finally found something that felt like what I should be doing.

After that first thru-hike, I knew I couldn’t enter a cubicle now. Thru-hiking has become the meaning of my life—enjoying the meditation of walking in beautiful places and living simply in nature. It provides me with freedom but also the integrity gained by self-reliance. Though I own little as a thru-hiker, I always live well. Now that I have seen how good life can be, I am determined to do what it takes so that I can spend my summer living my life honestly by doing work that is my own: hiking in nature.


WRITER
Liz Thomas

Liz Thomas

2011年にアパラチアントレイルを女性の最速タイムで制覇した記録を持っている事で知られている。また、彼女はトリプルクラウンを達成しただけでなく、米国に15以上あるトレイルでのスルーハイクを経験し、今まで15,000マイル以上ものトレイルを歩いてきた。また、彼女はその経験を長距離ハイキングコミュ二ティに還元する事にも熱心で、American Long Distance Hiking Assosication-Westのバイスプレジデンドも務めている。彼女がハイキングを本格的に始める前は、イエ-ル大学の森林環境学部で環境科学の修士課程を修了し、彼女の長距離ハイキングトレイルとその保護及びコミュニティに関するリサーチは名誉あるDoris Duke Conservation Fellowshipの賞を受けた。スポンサーはAltra, Gossamer Gear, Probar, Vermont Darn Tough socks, Mountain Laurel Designs, Sawyer filters, Montbellで、アンバサダーとして活躍している。
http://www.eathomas.com/

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