フォロワーゼロのつぶやき 中島悠二 #12 武甲山
<フォロワーゼロのつぶやき> 中島君(写真家)による、山や旅にまつわる写真と、その記録の断面を描いたエッセイ。SNSでフォロワーゼロのユーザーがポストしている投稿のような、誰でもない誰かの視点、しかし間違いなくそこに主体が存在していることを示す記録。それがTRAILSが中島君の写真に出会ったときの印象だった。そんな印象をモチーフに綴られる中島君の連載。
#12「武甲山」
どうもうまくいっていないので、たまには山にいこう。
秩父の武甲山にしてみる。秩父出身のギタリスト、笹久保伸のネット記事によると、武甲山では100年前から石灰石の採掘がはじまり、今でも日々ダイナマイトで爆破され続けている。12時半になると時報のように爆破音がするというので、それをききにいこう。
横瀬駅から、車を使わずに歩いていけば、近づいてくる大きな武甲山の麓にへばりつくセメント工場の中を歩くことができる。トラックが何台もよこを通る。
振動でふるえる建屋。砕かれた石が吐き出されて山になっている。粉塵が逆光に舞い上がって白く光る。トラックばかりで人影は少ない。遠くにひとり、後ろ姿が建屋の中に消える。音はするのに動きはなく、奇妙に静か。滞りなく、たんたんと。余計なことは考えずに与えられた作業を続けること。それが信仰の山、神の山を破壊しつづけるコツだ。
歩いていると一台車が横にとまった、登山客のおばさんに乗っていくかといわれたが断った。
工場を抜けて登山道に入ると杉林が続く。
景色はずっと変わらず、登るともう着いた。
神社が建っていてその裏にまわりこむと山頂がある。そこはフェンスにかこまれた狭い喫煙所みたいなところで、採石場は向こうに広がっているはずだが、フェンスで遮られ、入ることはもちろん見ることすら難しい。代わりに秩父の景色だけはきれいに見渡せるようになっている。エリアをしっかり区分けすることで、余計なものは視界に入れず、何もなかったかのように現実を否認、快適で安全な登山を楽しむことができる。
フェンスをのりこえて下をのぞくと、けずられた山が台地になってそこだけ不自然に砂漠のように白い。おもちゃみたいな重機が並ぶが、どれも動いていないようだ。
街の住人とは逆の向きから、作業員は毎日秩父の街を見下ろしながら石を運んでいるのだろうか。
想像してみる、彼らの生きる時間。
反転した世界の住人。
喫煙所のような山頂に戻り、弁当を食べて待った。時間が近づくと立ち上がって、秩父の街を見下ろしながら身構える。
するとほぼ定刻どおり、遠くの方でパン!と一発、ザザーーーと石が散らばる音。
……。
「こんなものか」。
となりのおじさんは音にまったく反応しないで、コンビニの平たいパンを食べている。
下で感じたあの奇妙な静けさが、ガスのように上がってきた。
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