フォロワーゼロのつぶやき 中島悠二 #01 韓国のイザベル
<フォロワーゼロのつぶやき> 中島君(写真家)による、山や旅にまつわる写真と、その記録の断面を描いたエッセイ。SNSでフォロワーゼロのユーザーがポストしている投稿のような、誰でもない誰かの視点、しかし間違いなくそこに主体が存在していることを示す記録。それがTRAILSが中島君の写真に出会ったときの印象だった。そんな印象をモチーフに綴られる中島君の連載。
#01「韓国のイザベル」
韓国、雪岳山(ソラクサン)の登り途中、女の子に会った。僕は足が遅いので、彼女が下から追いつくかたちで僕に声をかけた。坊主頭なので最初みたとき出家したのかと思ったがそうではなかった。エイリアン3のシガニー・ウィーバーや西遊記の宮沢りえのような美人がやるパターンと理解した。アゴのラインがシュッとしたキレのある美人が、笑うと野球少年のようになる。名前は一回きいてすぐに忘れた。
シンガポールから一人できた。年をきくと「21」というので「若すぎる」と思った。並んで歩くのは苦手なのでそれを伝えると彼女はさっさと先を歩いていった。雪岳山の頂上は大青峰(デジョンボン)といって、その少し手前に中青避難所(チュンチョンテピソ)という小屋があってそこまで渓谷に沿ってきついのを頑張って登る。その間にひととおり想像をめぐらして「やはり結婚するとなるといろいろと面倒そうだ」と消極的になった。
登り始めてからだと6時間、中青避難所にやっと着くと彼女はいた。名前はイザベルだった。記憶の中では顔もまだ定着していなかったようで少し覚えていたのと違った。小屋の外のテーブルにいっしょに座った。僕は下からマッコリを持ってきたので二人で開けた。彼女は小さい紙コップで飲む。僕だけ酔った。小屋の前はしだいに登山客が増えた、その多くは肉を焼いていた。足の爪を切る音、バラモンのにおい。酔った耳に外国語がきもちいい。
僕は英語が下手なので会話が切れる。イザベルはノートを出して日記をかきはじめた。僕はトイレに立った。僕は韓国の山小屋のトイレは臭いだろうと勝手な偏見をもっていたが実際はそうではなかった。僕もイザベルもタバコを吸いたいが韓国の国立公園は禁煙だ。ここからむこうにヘリポートがみえる、そこまで二人でウロウロする。景色を眺めながら、立ったりしゃがんだりした。彼女はコンテンポラリーダンスのダンサーだという。アートにしろ文学にしろコンテンポラリーがつくと金にならない。彼女は「ノーフューチャー」といった、その言葉は僕には明るく響いた。
ほどなく僕は酔って寝てしまったのでその夜はきれいだったという星空はみなかった。彼女は眠れないので丸い頭をフードにかぶせてひとり小屋からでてきた。星空の下でたばこを吸った。
イザベルとは後にFacebookでつながった。みると彼女の<友達>は1400人もいるので驚いた。まあ、そういうものかと、それはまるで—–晴れた朝の広い校庭に立たされて、むこうの朝礼台にイザベルが上がる。彼女が高い位置から広々と校庭を見渡すと、<友達>1400人がきれいに整列して彼女の方を向いている。そのいちばん遠くすみっこのほうに、まぬけ顔で立っているのが自分だ。
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