フォロワーゼロのつぶやき 中島悠二 #09 時間はタオルにしみこむ
<フォロワーゼロのつぶやき> 中島君(写真家)による、山や旅にまつわる写真と、その記録の断面を描いたエッセイ。SNSでフォロワーゼロのユーザーがポストしている投稿のような、誰でもない誰かの視点、しかし間違いなくそこに主体が存在していることを示す記録。それがTRAILSが中島君の写真に出会ったときの印象だった。そんな印象をモチーフに綴られる中島君の連載。
#09「時間はタオルにしみこむ」
ドイツ文学者の池内紀さんは山を歩くので、山の文章も書く。なかでも「海山のあいだ」はこれまでよく読んできた。
中には写真も載っていてそれらも好きだ。よく見せようとしてない。SNSでいいねもらおうとかのだいぶ手前。ドラマチックとかの反対側、力がよく抜けている。大きなものよりも、目の前の小さなものに関心を向ける感じは、文学者らしい。
特に好きなのは、見開きで大きく使われている、旅館のタオルの写真。おそらく山からおりてきて、麓の旅館でひとぷろ浴びて部屋に戻り、タオルを窓際に干した。それから座布団に座り、ビールの栓をあけた。外の日差しがタオルを逆側から透かしてきれい。そこで一枚パチリ。僕はこの写真をみると、山旅の時間をまるごと感じる。長い時間歩いてきてくたびれた身体の感覚が、もう重力に逆らうのはやめて、伸びきったタオルにしみこんでいく。
みちのく潮風トレイルを歩いたとき、ドラマのあまちゃんで有名な久慈駅そばの「ホテルみちのく」に泊まった。評価サイトの星の数では表現されない “いい感じ” のホテルで、なによりタオルがいい。よくある旅館名とか電話番号が書かれたタオルで “み ち の く” とひらがなでかかれているのが気に入ってもらって帰った。
ある時ふと池内さんの本の写真を真似して撮ってみようと思った。窓をあけて、物干し竿にタオルをかけて、やらせだけど気にしない、一枚パチリ。
ところが最近、近所の銭湯にいったらなくしてしまった。シャンプーしてから、洗い場にタオルをおいて浴槽につかった。しばらくして洗い場に戻ると置いてあったはずのタオルがない。
誰かが間違えたのか。ヒゲのおじさんがシャンプーしていたのできいてみたけど知らないと言われた。すこし立ったまま考えて、簡単に諦めた(僕はいろいろすぐ諦める)。身体の水は手で切って扇風機の前で乾かした。ドライヤーで髪も乾かしながら、間違えたタオルでおじさんが股間や脇の下をぬぐっているのを想像した、全然悪い気はしなかった。さびしさよりも、みちのくからタオルが流れて渡っていく頼もしさが勝った。
いや、そうではない、
やはりさびしくなってきた。
写真に撮っておいて良かった。
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