TRAILS REPORT

パックラフト・アディクト | #31 多摩川・鳩ノ巣渓谷のデイ・パックラフティング

2020.04.01
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文:TRAILS 写真:TRAILS, Fumi Sakurai, Yuichi Nakazawa 構成:TRAILS

「ホームリバーの多摩川を遊び倒そう」

そんなノリで以前に「多摩川クエスト」(※1)という旅を、TRAILS編集部crew小川は企てた。多摩川の源流部から河口の東京湾・羽田までを、ハイキング&パックラフティングでたどるという旅だ。

その「多摩川クエスト」の宿題として残っていた場所のひとつが、鳩ノ巣渓谷(はとのすけいこく)だった。

「多摩川クエスト」を決行したとき、奥多摩駅(氷川)より下流では、この鳩ノ巣だけがパックラフトで下れなかった。増水していてあきらめたのだった。だからこそ「いつかは鳩ノ巣を漕いで下りたい」という思いは強かった。

関東のパドラーの定番コースといえば、多摩川上流の御岳から青梅までのセクションだ。山登りで例えるなら、高尾山のような場所だ。一方で、御岳より上流の、鳩ノ巣渓谷からのセクションを漕ぐパドラーは少ない。いわばマイナールート。

そんなことで「多摩川クエスト」でも一緒に旅した仲間とともに、ホームリバーのあらたな遊び場を見つけに出かけたのだった。

(※1)多摩川クエスト:TRAILS編集部crewの小川が仲間とともに、多摩川の源流がある笠取山から、東京湾に流れ出す羽田の河口までを、ハイキング&パックラフティングでたどった旅。旅のレポートはコチラ

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多摩川上流部の鳩ノ巣渓谷をパックラフティング。


核心部に鎮座する、鳩ノ巣の大岩


いつもと同じように、立川駅で奥多摩へ向かうJR青梅線に乗り換える。しかし今回はいつも多摩川を漕ぐときに降りる御嶽駅を通り過ぎる。そして御嶽駅から3駅目の鳩ノ巣駅で電車を降りる。

鳩ノ巣駅で「多摩川クエスト」でも一緒に旅したバダさんとナカザワ君と合流する。心なしかみんないつもよりもソワソワしている。いつも漕ぐ多摩川だけど、今回は初めて漕ぐセクションだから。

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鳩ノ巣渓谷の大岩。

このセクションの核心部である鳩ノ巣の大岩は、駅から5分ほどの鳩ノ巣小橋(はとのすこはし)のすぐ下流にある。前に見たときも「ここは漕げないなぁ」と思っていた。改めてスカウティング(※2)してみても、「これは、あぶねー」と思い直す。

僕らは大岩はポーテージ(※3)することに決める。僕らは激しいダウンリバーがしたいのではく、まだ自分たちが知らないホームリバーの多摩川を、開拓しながら旅したいだけなのだから。

ちなみにこの大岩は、パドラーの死亡事故も起きているところなのだ。シーブ(※4)という岩の下に本流が流れ込む、極めてな危険な箇所。地元の方に話を聞いたところ、パドラーがここを漕ぐのを見つけたら止めているらしい。漕ぐならば、ガイドなどと一緒にしっかりとレスキュー体制をとれるときでないといけない。

(※2)スカウティング:岸辺や岩の上などに上がって、事前に前方の様子を下見すること。前方の状況が読めないときに、川の流れ、瀬やドロップの大きさ、岩の配置などを見て、漕ぐことができるか、どのラインを通るかなどを見極める。

(※3)ポーテージ:舟を担ぎ上げて、陸路を歩いて障害物を越えること。

(※4)シーブ:シーブとはザルの意味で、大きな岩の間を川が流れる箇所などで、流れの狭いところに岩がはさまって、その下を本流が流れている状況を指す。水は流れるが、人や舟は通さない。言うまでもなく極めて危険な障害物である。倒木などのストレーナーの一種。

<リバーマップ(川地図)>
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鳩ノ巣渓谷(大岩のすぐ下流)からスタートし、奥多摩フィッシングセンター手前にあるせせらぎの里美術館付近がゴール。距離は約6km。鳩ノ巣の大岩は危険なので、ガイドなしのパドリングは避けるべき。大岩のすぐ下流からのスタートをすすめる(プットイン・ポイントは鳩ノ巣の大岩の下流右岸。駅から行くと雲仙屋のそばの橋をわたって対岸に出る)。奥多摩フィッシングセンターの区間は舟の侵入禁止区域なので要注意。


巨岩・奇岩のあいだの流れる川を漕ぎ始める


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プットインの準備をするバダさんとナカザワ君。

鳩ノ巣小橋から、川の右岸沿いにある遊歩道を上流に遡るようにすこし歩く。「ここらへんかな」と、適当な岸でパックラフトを膨らませ、乗艇の準備をはじめる。目の前の鳩ノ巣渓谷は、むき出しの大きな岩のあいだを、多摩川が清やかに流れている。そそり立つ岸壁が、木々やコケの緑で覆われている。

今回のプランは鳩ノ巣の大岩の上流からスタートし、大岩の手前で上陸。その後、ポーテージして大岩をよけて歩き、その先からまた再スタートする計画だ。

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鳩ノ巣小橋のふもとでは、巨岩や奇岩のあいだを縫うように進んでゆく。

漕ぎ出してすぐにいくつかの瀬を超えていく。御岳渓谷よりもごつごつ大きな岩が多く、いかつい奇岩のあいだを流れる川を進む。

鳩ノ巣小橋の下をくぐったところで、危険な大岩をよけるために舟を岸に寄せる。そのとき、前を漕いでいたバダさんが川の真ん中にあった小さな岩にぶつかって、バランスを崩して転覆…。「え!?」と思ったその後、舟だけが大岩の方へながされていく。なんとか舟はすぐに回収できたが、ひやっとした瞬間だった。

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避けようと思った鳩ノ巣渓谷の大岩の手前で転覆。舟だけが流されていく。

鳩ノ巣の大岩をポーテージするのはかなり面倒だった。大きく迂回して、少し長い距離を歩かなければならない。岸の岩を登り降りしていくこともできなくもないが、結構な傾斜がある。最初から大岩の下からスタートするのがおすすめだ。


御岳渓谷とは違う渓谷美のなかをメロウに漕ぐ


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岩と緑の大きな崖に挟まれた渓谷のなかを漕いでゆく。

気を取りなおして、大岩の少し下流から再スタート。最初の1kmくらいは、いくつかテクニカルな瀬がある。そこからから先は、おおむねメロウな流れだ。鳩ノ巣駅から隣の古里駅近くの万世橋あたりまで、ずっと深い渓谷のなかを進んでゆく。

季節は6月。鮎釣り解禁の一週間前。タイミングのよさもあったかもしれない。釣り人は数人見かけただけだった。カヤック、パックラフトなどのパドラーは一人も会わなかった。ただ深い渓谷のなかを川が静かに流れていく。ほとんど僕たちだけの世界。

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御岳よりも人も少なく、自然の気配が濃い鳩ノ巣渓谷。

「御岳も渓谷だけどさ、鳩ノ巣の方が渓谷のなかを漕いでいる感じが強いねー」と、バダさんとナカザワくんと話しながらゆったりと進んでいく。

鳩ノ巣には御岳渓谷とはちがった渓谷の美しさがある。岩はより荒々しく、人も少なく緑の気配がより濃い。そんな渓谷のなかを、静かに漕ぐことができるのだ。流れもほどほどにあり、すいすいと舟を運んでいってくれる。大岩の危険なところを避けてしまえば、あたらしい遊び場としてばっちりじゃないか。

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ほどよい間隔で瀬があらわれ、飽きずに漕ぎ続けられる。

ところでなぜ「鳩ノ巣」という名前が付いたのだろう?そう思ってちょっと調べてみた。

かつては奥多摩の山奥から切り出された木材を、多摩川に流して江戸まで運んでいた。多摩川は物流の道でもあったのだ。鳩ノ巣渓谷の大岩のあたりは、舟で下るのがさぞ難儀な場所だっただろう。

鳩ノ巣の大岩の脇に、その木材を運ぶ労働者たちが寝泊まりする飯場小屋があった。この飯場のあった森に2羽のハトが巣をつくり、朝夕と餌を運ぶ姿がむつまじく、人々がそのハトを愛でた。それでいつしかここの飯場が「鳩ノ巣飯場」と呼ばれるようになったらしい。これが今にも残る「鳩ノ巣」の地名の由来らしい。なるほど本当にそのまま鳩の巣が地名になったのか。


川井のキャンプ場を過ぎ、奥多摩フィッシングセンターの手前でゴール


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後半は流れもゆるく、パドルを2分割にしてシングルパドルで漕いで遊ぶナカザワ君。

古里駅のあたりをすぎると、川幅は広がり流れはさらにゆるやかになる。しばらくすると川井駅の前にかかる大きな橋が見えてくる。右岸には川井キャンプ場所があり、そのすぐ先に川井の堰堤がある。

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キャンプ場のすぐ下流にある川井の堰堤。左岸・右岸ともポーテージ可。

川井の堰堤から約1kmのところにある、せせらぎの里美術館の前がゴール地点。美術館の先にある奥多摩フィッシングセンターのエリアは、舟の侵入禁止区間になっている。もし続けて漕ぐ場合は、左岸にある遊歩道を歩いてポーテージして、その先にある放水口のところから再スタートできる。僕らはこの日はせせらぎの里美術館のあたりで岸にあがった。約6km、2時間弱のゆったりとしたデイ・パックラフティングであった。

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最初の大岩の猛々しさをよそに、後半はゆるやかな景色になる。

「多摩川クエスト」のときにできなかった、鳩ノ巣を漕ぐという宿題も無事にコンプリート。ホームリバーの多摩川で、またあらたに遊べる場所をみつけられた。

日帰りパックラフティングのゲレンデとして楽しまれている多摩川だが、御岳より上流からスタートして川井キャンプ場を利用すれば、キャンプしながらのパックラフト・ツーリングの旅だってできる。この遊び方もいつかやらないといけないな。

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パックラフト・アディクト | #22 多摩川クエスト <前編>御岳 to 羽田のはじまり

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佐井聡(1979生)/和沙(1977生)
学生時代にバックパッカーとして旅をしていた2人が、2008年にウルトラライトハイキングというスタイルに出会い、旅する場所をトレイルに移していく。そして、2010年にアメリカのジョン・ミューア・トレイル、2011年にタスマニア島のオーバーランド・トラックなど、海外トレイルでの旅を通してトレイルにまつわるカルチャーへの関心が高まっていく。2013年、トレイルカルチャーにフォーカスしたメディアがなかったことをきっかけに、世界中のトレイルカルチャーを発信するウェブマガジン「TRAILS」をスタートさせた。

小川竜太(1980生)
国内外のトレイルを夫婦二人で歩き、そのハイキングムービーをTRAIL MOVIE WORKSとして発信。それと同時にTRAILSでもフィルマーとしてMovie制作に携わっていた。2015年末のTRAILS CARAVAN(ニュージーランドのロング・トリップ)から、TRAILSの正式クルーとしてジョイン。これまで旅してきたトレイルは、スイス、ニュージーランド、香港などの海外トレイル。日本でも信越トレイル、北根室ランチウェイ、国東半島峯道ロングトレイルなどのロング・ディスタンス・トレイルを歩いてきた。

[about TRAILS ]
TRAILS は、トレイルで遊ぶことに魅せられた人々の集まりです。トレイルに通い詰めるハイカーやランナーたち、エキサイティングなアウトドアショップやギアメーカーたちなど、最前線でトレイルシーンをひっぱるTRAILSたちが執筆、参画する日本初のトレイルカルチャーウェブマガジンです。有名無名を問わず世界中のTRAILSたちと編集部がコンタクトをとり、旅のモチベーションとなるトリップレポートやヒントとなるギアレビューなど、本当におもしろくて役に立つ情報を独自の切り口で発信していきます!

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