TRAILS REPORT

第四回 鎌倉ハイカーズ・ミーティング報告

2015.05.01
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■プレゼンテーション報告3「Post Long Distance Hiking」

さて、この長い長いアーティクルも最後のページに来た。トリを飾るのはふたたび「べぇさん」こと勝俣隆さんによる、昨年達成されたアパラチアン・トレイルのスルーハイクをテーマにした「Post Long Distance Hiking」である。冒頭でこの「第四回鎌倉ハイカーズ・ミーティング」が昨今で白眉のイベントだったと僕が記したのは、このプレゼンテーションによるところが大きい。この手の「報告会」的なプレゼンテーションはともすれば情報の羅列に陥りがちなところ、ロングディスタンス・ハイカーのエモーションに焦点を当てたこの話はひとつの正解を指し示したのではないだろうか。このようなエモーショナルな話題が共有されていることに僕は日本のハイキング・カルチャーのひとつの成熟を見るのである。そんなわけで、このプレゼンテーションだけは特別に限りなくテープ起こしに近い形でお送りしたいと思う。

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「アパラチアン・トレイル(AT)についてしっかり僕が伝えたいことを話すと、たぶん三日くらいかかります。なので、今日はいちばん伝えたいところを話そうと思います。ATの情報は加藤則芳さんの本(『メインの森をめざして』平凡社刊)を読んだりネットで探せばいくらでも手に入ります。ただ、歩き終わってからハイカーが実際どう思っているというのは、なかなか書き表されていません。なので、今日はこの部分を共有して、少しでもみなさんに持って帰っていただければと思います。もちろん、共有できない場所もたくさんあるはずです。みなさんおそらく会社に務められていて、ハイキングを余暇として楽しまれている方が多いと思います。でも会社に務めながらロングディスタンス・ハイキングをやっている方は、ほとんどいないです。みんな会社やめてます(笑)。そういうわけで、ロングディスタンス・ハイカーが山を歩くということと、みなさんが余暇でハイキングをして楽しむということの差というのは、結構大きなものだと僕は思っています。なので、納得できないことも多いかもしれません。でもすこしでも理解していただけたら嬉しいです。」

「アパラチアン・トレイルは南はジョージア州から北はメイン州まで、14州に股がっているハイキング・トレイルです。長さは3597kmで、その途中で国立公園もいくつか越えていくんですが、ここはイメージ的には上高地とか八ヶ岳とか、みなさんが夏休みに行くような綺麗な山を想像してください。で、残りのおそらく3000km以上は、奥多摩とか丹沢とか、あんな感じです。高くて標高1500mくらいの、ほとんどが森林限界を越えることのない場所を歩いていきます。たとえばニューヨーク州では標高300mくらいを歩いていきます。300mっていったら、青梅の御岳山より低いですよね。天気の良いときはベアマウンテンという山の上からマンハッタンが見えます。御岳山や高尾山からも東京都心が見えますよね。あんな感じです。そういった場所を歩くようなイメージで考えていただけるとわかりやすいですね。年間3000人のスルーハイカーが南からスタートして、そのうち無事ゴールするのは300人ほどと言われています。多くはない成功率ですが、分母が大きいのでゴールする人の数はパシフィック・クレスト・トレイルなどよりも多いです。」

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「気候はアパラチアントレイルを語る上で非常に重要なポイントです。”Warm & humid”、日本でいう温暖湿潤気候ですね。緯度で説明するとジョージアのスタート地点が山口県の萩市と同じくらいで、ゴールが北海道の北端にある宗谷岬と同じくらいです。ジョージア州をスタートするときはだいたい気温が1℃くらいで、みぞれ混じりのなかを歩いていくのですが、それがゴールデンウィーク前になるとだいたい30℃くらいになるんですね。前半は日本と同じように5月から7月にかけてずっと暑くて湿気てます。それがATの辛さ、もしくは特徴だと思います。」

「暑いので、洋服はいくらもっていっても仕方ありません。ATではよく『ハイカーが1枚Tシャツを持っていたらそれは濡れている。2枚持っていたら2枚とも濡れている』といわれます。靴下もそうです。だいたい汗まみれか、洗ったものが背中のザックで干されている。歩いて1週間たつとTシャツから汗のにおいがとれなくなります。においに強いといわれているウールのシャツでもにおいます。これもよくいわれるのが、『デイハイカーはせっけんやシャンプーのいいにおいがする。スルーハイカーは靴下の匂いがする』(笑)。ザックからも2ヶ月もすると靴下の匂いがしてきます。だからATというと、靴下のにおいを僕は思い出します。」

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穴が開いた箇所を自分で縫って補修したローンピーク。この写真を見ると勝俣さんは強烈な臭いを思い出すのだとか。

「なので、どうせ新しいシャツに着替えてもすぐに汚れるし臭くなるから、ロングディスタンス・ハイカーは基本的に着替えません。僕が青いシャツから緑のシャツに途中で換えたら、他のハイカーから「一瞬、誰かと思った」といわれました。みんな色で他のハイカーを認識しているんですね。そんなふうに毎日同じものを着ているので、服や靴にも穴が開いてくるんですが、でも別に歩けるし、着れますよね。靴の穴から靴下が出てるような人もいました。でもまわりの人たちがみんなそうだから、あまり気にならないんです。それくらいモノに拘らなくなってきます。」

「さきほどスルーハイカーが3000人いると言いましたけれど、みんな少しづつスタートをずらして、毎日100人くらいづつが歩き始めます。そうすると自分のまわりを歩いているのは30人から50人くらい。そうなると、学校のクラスみたいになっていくんですね。で、クラス全員がみんな靴下みたいな匂いがする(笑)。さらに食事が疎かになってきてハードな状況になってくると、身体のタンパク質が分解されて、アンモニアの匂いがしてくるんです。結構ヤバい状態ですけど。そうなると公衆便所みたいな匂いがハイカーからしてくる。それがATなんです。なので、非常に質素な暮らしになっていきます。みなさんも5ヶ月ほど毎日同じ服を着てくらしてみると、なにかしら学ぶことがあるかもしれません(笑)。」

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「そんなふうに質素な暮らしをしているスルーハイカーですが、当然のことながら背負えるものしか持ち運べません。だとしたら、みなさんは何を選びますか? 僕の出会ったなかでは、本の好きな人はキンドルで本を買いながら歩いていました。『これをキャンプグラウンドでやるのがいちばん楽しいんだ』って、ニンテンドーDSでポケモンをやっているハイカーもいました(笑)。バックパックにスピーカーをぶら下げて、いつも音楽を流しながら歩いているハイカーもいました。みんな自分の持てる範囲のなかで、余暇に使えるものを持っていきます。僕は文庫本を持っていきました。文庫本は重いという人もいるけれど、せめて活字を読みたかったんです。あとはカメラが僕の贅沢品でした。パソコンを持って歩く人もいます。絵の好きな人はスケッチブックを持っていくかもしれないし、バードウォッチングが好きな人は双眼鏡を持っていくかもしれない。みんなそれぞれ何か持っていきたいものがある。それが実は自分が本当に大切にしているものかもしれない。他のものは、実はそんなに大事じゃないのかもしれない。そんなことを半年間、ずっと考えながら歩いていました。なにせ考える時間は山ほどあるんです。歩くことしかやることがないので、歩きながらずっと考えているんです。僕も『なんでこんなことしちゃったんだろう』とか(笑)、『自分は本当は何が欲しいんだろう』ってことを、ずっと考えながら歩いていました。」

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「マーケティング用語で、『Needs』と『Wants』というのがあります。Needsは生理的欲求を満たすもの。死なないために必要なもの。食べ物がまずそうですね。あとは衣類。寒いときはインサレーションが必要ですね。みなさんの買い物のなかでNeedsがどれだけありますか? もうひとつ、Wantsは文化的背景を考えたときに必要なものです。たとえばサラリーマンだったらスーツやネクタイが必要ですね。毎日シャワーを浴びて臭い靴下ははいちゃいけない(笑)。一方でスルーハイカーはTシャツは着替えないしシャワーは週一回、靴下は臭うもの。ものをもつことは逆に歩くことを阻害するんです。生きるだけに必要なものだけになってくると、そのなかでせめてもの贅沢がさっき言ったように持てるもの。ですのでNeedsとWantsを買い物するときに考えてみると面白いかもしれない。自分たちが本来欲しいものなのか、それとも何らかのバイアスにかかって欲しいと思っているものなのか。たしかに時にストレスを解消するために買い物することが大事なときもありますよ。でもそれを知らないでやっているのと知っていて買い物するのでは、大きな差があると私は思います。これがスルーハイカーが買い物するときに気づくことですね。本当は贅沢したいんです。でも持てないから諦める。でもそれで充分楽しくやっていけたんですね。なのでこういうことを非常に感じながら歩いていました。」

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「よく、『スルーハイクにはどのくらいお金がかかりますか?』と聞かれます。どのくらいだと思いますか? 毎週一回ホステルに泊まると、一泊30ドルくらいかかります。そして街で食事するとコーヒーとピザとデザートとか20ドルくらい。それでスーパーで一週間分の食料を買うと50ドルくらい。だから1週間で100ドルですね。それが25週。プラス遊興費や衣類代が500ドルくらい、合わせて3000ドルくらいですね。だから一ヶ月600ドルくらいあれば本当は生きていけるんです。街にいると付き合いで飲みにいったりすることもありますね。でもハイカー同士は焚き火を囲んで語り合います。自分たちがどういう経緯でATに来たのか、これから何をやっていきたいのか。お金はかかりませんね。だから本当に必要なことはお金がかからないのかもしれないな、ということもスルーハイカーは考えます。」

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「ATの最後は「100マイル・ウィルダネス」と呼ばれている、基本的には人工物が一切ない、リサプライができないエリアです。ここをハイカーズ・デポの土屋智哉さんを呼んで一緒に歩きました。天気予報を見ると、我々がゴールのカタディン山に登る日は天候が悪くて、明らかに曇りか雨だったんですね。カタディン山は非常に岩場が多くて危険な山で、とくに雨が降ったりすると入山禁止になるんです。なので、どうにかその前日に山に登ろうということで、我々は最終日前、35km歩きました。なんとかレンジャー・ステーションが開いている午後5時までに辿り着いたんですが、キャンプグラウンドが一杯で空いていなかったんです。5ヶ月半歩いて明日ゴールってときなのに! 途方に暮れているとレンジャーが『公園内は宿泊禁止だけど、公園外では我々は文句はいわない。公園のゲートを出た場所にあるキャビンの裏は砂地だから、ステルスキャンプができるぞ』と教えてくれたんです。」

「でも砂地についたところで、なんと我々は次の日の行動に使うくらいの水しかもっていないことに気づいたんです。レンジャーには『キャビンの人に見つかったらお金を払わされるかもしれないから気をつけろ』といわれてたんですけれど、キャビンのおじさんに状況を説明して、水を分けてほしいと頼みました。すると『もちろんだ。ちょうどバーベキューが終わって水が余っているから寄って行きな』と。最終日に昔ながらの友達に会えて、地元の人と最後のバーベキューができて、もう、いうことないですよね。このときあらためて思ったのは、ハイキングで大切なことって、もちろん美しい景色を見ながら歩くことももちろんだけど、むしろ友達とこういった時間を過ごすことなのかなって思いました。これがカタディンの頂上ですね。最後はみんなでシャンパンを回し飲みしました。」

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ATゴールのカタディン山頂。

「ロングディスタンス・ハイキングで半年間歩き続けていると、それまで余暇や非日常だったハイキングが日常になります。そのなかで学ぶことは、このザックひとつで我々は自分の欲求を満たしながら歩いていくことができるということ。でもそれは同じ価値観の友達に恵まれること、同じ価値観の人々のなかで生きていくということで初めて成り立つ社会でもあるんです。だから僕はハイキングという同じ価値観を持った仲間たちが、少ないよりも多いといいなって思っています。同じ価値観を持つ社会で、そこで語り合いたいんです。若い頃って、たとえな高校、大学の頃って語りましたよね。2~3時間電話で語りましたよね。でも大人になると、語るってなんかかっこ悪いとか、酔っぱらったときしかできなくなりますよね。でも本音で話すって重要です。それができるのが山のいいところかな、ハイカー同士のいいところかなっていうふうに思います。」

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焚き火の前でハイカーガールに熱弁を振るう土屋智哉氏。

「だからもしストレスが溜まったとき、私は山道具を買うことを薦めています。なぜなら、その山道具を山に行ったことない人に貸してあげられるからです。それでその友達と奥多摩でも伊豆でも八ヶ岳でもいいから一緒に行って、先ほどのHMBのみなさんみたいにごはんを食べてみてください。語ってみてください。そうすると、普段の仕事で抱えたストレスなんかは消えているはずです。モノを買ってもストレスは消えません。業が増えるだけです。買ったものをいかに有効に使うか、それは人のために使ったほうがいいです。なるべく自分の価値観を共有できる仲間たちを増やすために使うほうがいいです。ですので、友達を誘って山に行くことを僕はお勧めしています。」

「”Hike Your Own Hike”という言葉があります。よくスルーハイカーがメッセージを残すときに末尾にこういうふうに書くんですけど、いかにもアメリカ人らしい言葉ですよね。自分のハイキングをやれと。自分らしいハイキングをやることがハイキングの素晴らしいとこなんだと。なのでたとえば雑誌に載っているやり方、ブロガーさんがやっているやり方を真似することはないです。自分が楽しいと思ってやっていることを表現する場所がハイキングです。それを認める広さがハイキング・コミュニティにはあります。自分のハイキングのスタイルを探すことで、ハイキングは単なる余暇を越えた楽しみになります。以上が僕の話したかったことでした。ありがとうございました。」

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当日はずっと曇天で時おり雨にも降られたが、タープの下に肩を寄せ合って雨宿りしている雰囲気が、逆に会場の雰囲気を暖かなものにしていたように思う。この種のイベントも関東では多く開かれるようになり、会場に集まる人々にも友人や顔馴染みがずいぶん多くなった。それはほんの小さなサークルではあるけれど、いままさに日本のハイカーズ・コミュニティというものができつつあるということなのだろう。数年前、パシフィック・クレスト・トレイルのキックオフ・パーティなどの情報を聞くと羨ましくて身悶えしたのだけれど、気がつけばこの日本にも同じような状況ができつつあるのではないかと、最近僕は思うのだ。ともあれ、物語はまだ始まったばかりだ。

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WRITER
三田正明

三田正明

1974年東京都国立市出身。2001年に『Title』(文藝春秋)の連載「To The Boy /少年犯罪被害者の旅」でカメラマン/ライターとしての活動を始める。2001年にザンビアで皆既日食を見て以来南アフリカ・ジンバブエ・タイ・インド・オーストラリア・アルゼンチン・ブラジル・メキシコ・トルコ・ネパール・アメリカ・カナダ・モンゴルなどを放浪。これまでに皆既日食を五度、部分日食を二度、皆既月食を一度見ている。次第に旅の途上で出会った大自然の世界に傾倒し、気がつけばヒマラヤや北米大陸や日本各地のトレイルを歩くように。雑誌『スペクテイター』や『マーマーマガジン』を始めとする多くの雑誌にアウトドアにまつわるドキュメンタリーやトラベローグや連載記事を執筆、TRAILSではメインライターとエディターを務める。
masaakimita.web.fc2.com

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