ジェフ・キッシュのHIKER LIFE with PNT | #07 パシフィック・ノースウエスト・トレイルのスルーハイキング (その3)
(English follows after this page.)
文・写真:ジェフ・キッシュ 訳・構成:TRAILS
What’s HIKER LIFE with PNT? | パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT ※)は、アメリカでもっとも新しいNational Scenic Trail(※)。いまだ手つかずのウィルダネスが現存する稀有なトレイルだ。そこにはハイキングの自由があり「ロング・ディスタンス・ハイキングの良いレガシーが今も残るトレイルだ」とジェフは言う。この連載では、ジェフを通して日本では希少なPNTにまつわるトレイル情報やカルチャーをお届けしていく。
* * *
ジェフがハイカーとして旅した、PNTのスルーハイキング・レポート (全7回) の3回目。他のメディアでは読めない、日本語による貴重なPNTのレポートだ。
ジェフはこれまで、ディレクターという立場からPNTの魅力を伝えてきてくれたが、この全7回の記事では、ハイカー・ジェフとして旅のエピソードを綴ってもらった。
今回は、PNTの2つ目の州であるアイダホ州でのエピソードがメインとなる。アイダホは最近までこの地域に固有のカリブーの群れが生息していた、ウィルダネスが多いセクションだ。
またルート・ファインディングが必要なオフトレイルを進む、PNTのなかでも最も険しいセクションのひとつでもある。
今回も、アメリカ北西部の素晴らしい景色を楽しみながら、ジェフの旅を追体験してみてほしい。
パーカー・リッジへの登りから眺めるクーテナイ・リバー・バレー。
※ パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT):正式名称は「The Pacific Northwest National Scenic Trail」。アメリカとカナダの州境付近、ワシントン州、アイダホ州、モンタナ州の3州をまたぐ1,200マイル(1,930キロ)のロングトレイル。歴史は古く、1970年にロン・ストリックランドによって考案された。そして約40年の歳月を経て、2009年にNational Scenic Trailに指定された。現時点において、もっとも新しいNational Scenic Trailである。
※ National Scenic Trail(ナショナル・シーニック・トレイル):自然を保護し、楽しみ、感謝することを目的に、1968年に制定されたNational Trails System Act(国立トレイル法)によって指定されたトレイル。他にも、National Historic TrailやNational Geologic Trailなど複数のカテゴリーがあるが、中でもNational Scenic Trailは、壮大な自然の美しさを感じ、健康的なアウトドアレクリエーションを楽しむためのトレイルである。一番最初に選ばれたのは、ATとPCT。現在全米にある11のトレイルが、National Scenic Trailとして認定されている。
補給で立ち寄ったボナーズ・フェリーからPNTに戻る。
ハイ、ジェフです! 僕のPNTスルーハイキング・レポートの第3回目をお届けするよ。(後ろにあるのは愛車のバン)
アイダホ州のボナーズ・フェリーの町で補給した後、僕は車に乗せてもらって、トレイルに戻るために北へと向かった。地元のトレイル・エンジェルが、PNTハイカーの送迎サービスをしてくれているので、その車で送ってもらったんだ。
PNTハイカーが、ボナーズ・フェリーに立ち寄るにはヒッチハイクが必要になる。でもそれを避けたいなら、トレイルのすぐ北にあるフィースト・クリーク・リゾートに行くといいよ。そこは、とてもハイカーフレンドリーなトレイル・エンジェルが、オーナーとして運営している施設なんだ。
ちなみに、ボナーズ・フェリーのすぐ西には、静かな農道沿いを歩けるトレイルがあって、その道をずっと進むと、セルカーク山脈の麓まで歩くことができる。この山脈は、クーテナイ・リバー・バレーの西端に位置しているんだけど、この渓谷とそこを流れる川の名前は、この地域の先住民族が使っていた名前をそのまま使っているんだ。その先住民族は、数千年前からこの地域に住んでいて、現在もこの場所で生活しているんだ。
PNTは、モンタナ州、アイダホ州、ワシントン州の3州をまたぐ1,200mile (1,930km) のロングトレイル。今回のレポートでは、アイダホ州・ボナーズ・フェリー〜ワシントン州・メタライン・フォールズまでの約100mile (約160km) を紹介してくれた。
アメリカ北西部の高山地帯を一望できるパーカー・リッジ。
パーカー・リッジに向かって登り始めると、PNTのトレイルは、よくあるようなきちんと整備された登山道に入っていく。このパーカー・リッジは、PNTのアイダホ州のセクションのなかでも、ハイライトとなる景色の一つなんだ。
トレイルは森林限界を超えて、白い花崗岩でできた細い尾根に続いている。その尾根からは、モンタナ州からワシントン州までの景色を一望することができるんだ。
このアイダホ州西部の辺境にある高地には、最近まで、カリブーの群れが生息していたんだよ。この群は、アメリカ合衆国本土に生息していた、最後のカリブーの群れだったんだ。このカリブーは、ツンドラエリアなどに広く分布しているカリブーとは種類が違って、見た目や行動も個性的なカリブーだったんだ。
アイダホのカリブーは、深い雪に沈まないために巨大なヒヅメを持っていたり、標高の高いところで冬を過ごすため、老木にしか生えない地衣類 (※1) を食べて生き延びたり、このエリアに高度に適合した採食行動をとっていたんだ。
このカリブーは、ここ最近は、生息できる場所がなくなったり、オオカミに捕食されたりしているんだけど、生息数を回復させる取り組みが進められてもいる。
※1 地衣類 (ちいるい):菌類の仲間で、藻類と共生している複合体のこと。世界中に広く分布し、身近なところでは、木の幹やコンクリートの側面などに付着している。
パーカー・リッジは、PNTのなかでも水場が少ないセクションの一つで、長い距離、ずっと吹きさらしのところを歩くから、ハイカーは注意が必要だ。
緊急時には、眼下の樹林帯のなかにある湖まで降りることができるけど、かなりの距離を移動することになるし、またトレイルに復帰するために登り返してくるのもきつい。
僕はハイキング中に脱水症状になりかけたけど、幸いにも尾根の北側に残雪を見つけて十分な水を補給することができた。それで、なんとかその先の水場がたくさんあるエリアに行くまで、持ちこたえることができたんだ。
PNTのなかで最も難しいセクションのひとつが始まる。
パーカー・リッジからPNTは南西に進み、ボール湖へと向かう。ハイカーは、この湖のところで止まって、一泊した方がいい。この先にとても険しいセクションがあって、そこは明るい時間帯にトラバースしたほうがいいからだ。
この湖はキャンプするのに、最高の場所でもあるんだ。湖にはたくさんのトラウトがいて、ウサギの遠い親戚であるアメリカン・ピカ (ナキウサギ) の鳴き声が、まわりの花崗岩に反響して聞こえてくるような場所なんだよ。
ボール湖から見晴らし山に至るエリアには、大きな岩や倒木の上をスクランブリングして越える必要がある。
翌日はPNTのなかで最も難しいセクションのひとつが始まる。ボール湖でトレイルは終了し、そこからハイカーは、原野のなか自分の力でルートを探しながら進まなければいけないんだ。標識もトレイルもなく、信じられないほど険しい地形も越えなければならない。
ここを越えるには主に2つのルートがあるんだけど、PNTAの地図とGuthookアプリには、その両方が載っているよ。
プリースト湖のあるプリーストレイク・シーニックエリアは、サーモ・プリースト・ウィルダネスの指定エリアへと続いている。
ひとつは北の上りルート。これは、森林限界の上まで、むきだしの花崗岩の断崖を登っていくルートだ。上まで登ると、見晴らし塔がある。名前もそのまま「見晴らし山」という名前が付いたところで、そこで明瞭な道にふたたび合流することができる。
もうひとつは南の下りルート。生い茂った深い森のなかにある排水路を下っていくルートだ。この道はライオン・クリークに沿って続いていて、山の麓のところでトレイルに合流する。
スクランブリングで岩場を登るハイルートか、藪漕ぎのロールートか。
どちらのルートにも難所がある。北側のハイルートには露出した地形が多く、難しいスクランブリング (※2) が必要になるし、南側のロールートは藪漕ぎが必要で、動物と出くわす可能性が高い。
僕は、みんなによく知られているほうのロールートを選択した。でも、もう一度行くとしたら、ハイルートを選ぶね。
なぜなら、森にはカリブーはもう生息していないけど、グリズリーベアをはじめとする野生動物がたくさんいるからだ。僕はここを横断している時にグリズリーベアには遭遇しなかったけど、ブラックベアの親子の新しい足跡を見つけたし、ヘラジカにも出会ったよ。
※2 スクランブリング:手足を使って岩場をよじ登りながら頂上を目指したり、縦走したりするアクティビティ。明確な定義はなく、ハイキング、登山、ロッククライミングの中間に位置する。
このセクションの難易度の高さと危険性は、あなどってはいけない。ナビゲーションが難しいだけでなく、地形自体が危険だからだ。事実、最近のハイキングシーズンでは、PNTのハイカーが骨折したり、救助を必要としたりしたことが何度もあったよ。
北ルートでも南ルートでも、PNTの公式ルートに従えば、見晴らし山の山頂まで行くことができる。ここには2つの展望台が立っているんだ。1つは1929年に建てられたもので、現在は史跡として保存されている。もう1つは1977年に建設された新しい展望台で、いまも現役のものだ。
プリースト湖の美しい景色でほっと一息。
見晴らし山から見える景色は、絶景だよ。美しいプリースト湖が眼下に広がっていて、さらにこの先にワシントン州へと続いていくPNTのトレイルが、セルカーク山脈の尾根に沿って伸びているのが見渡せるんだ。
プリースト湖は夏のレクリエーションの人気スポットなんだ。そこまでの人里離れたエリアでの険しい藪漕ぎから一転して、にぎやかな湖に出るから、ちょっと戸惑うよ。でも、このエリアはとても美しいし、セルカーク山脈を横切る長いトラバースが終われば、その後は楽で快適なトレイルが待ってるんだ。
湖畔で遊んでいる人たちに、旅の話をしてみるのもいいと思うよ。もしかしたらホットドックやビールをくれるかもしれないしね。
アイダホ州を終えて、PNT最後の州、ワシントン州に入る。
嵐が過ぎると、目の前にセルカーク山脈が見えるようになってきた。
トレイルは、プリースト湖からはワシントン州との州境に向かって進んでいく。アイダホ州はPNTで最も短い州で、100マイル歩けば越えることができてしまう。
州境までたどり着くには、まずは美しい景色のヒューズ・メドウを抜けていく。その後に、驚くような景観の原生林のなかを登っていく。そうすると、州境になっているサーモ・プリースト・ウィルダネスに入るんだ。
ここからは、地元でジャクソン・クリーク・トレイルと呼ばれているトレイルを登り、シェドルーフ・ディバイドにたどり着く。シェドルーフ・ディバイドは、尾根歩きのセクションで、360度のパノラマの絶景を見ながら歩くことができるんだ。
僕は雷雨の中で、この尾根に着いたんだ。そうしたら、雷がトレイルのすぐ近くに落ちたんだよ。丘の中腹に、雷の焦げ跡ができていて、僕はそれを見ながら通過したんだ。
シェドルーフ・ディバイドを過ぎると、PNTは南に進み、さらに西へと延びて、サリバン湖と補給の町であるメタライン・フォールズに向かっていくんだ。
メタライン・フォールズは、ワシントン州に入って最初に出てくるトレイル・タウンだ。僕は、ここで地元のトレイル・エンジェルと過ごし、これからの旅に備えることにした。
この原生林を進んでいくと、サーモ・プリースト・ウィルダネスにたどり着く。
今回ジェフが歩いたのは、2つ目の州であるアイダホ州。
PNTのなかで一番短い州だが、そこにもアメリカ北西部に広がる高山地帯の絶景から、ウィルダネスのなかの藪漕ぎ、そしてカリブーのエピソードなど、PNTにしかない旅の要素に溢れていた。
次からは、最後の州・ワシントン州に入る。ここはPNTで一番長い州になるが、この先にどんな旅が続くのだろうか。次回も楽しみだ。
TRAILS AMBASSADOR / ジェフ・キッシュ
ジェフ・キッシュは、アメリカのロング・ディスタンス・ハイキングのコミュニティにもっとも強くコミットしているハイカーのひとりであり、最前線のトレイルカルチャーを体感し、体現している人物。ハイカーとしてPCTとPNTをスルーハイクしていることはもちろん、代表的なハイカーコミュニティであるALDHA-Westの理事を2年間務め、さらに現在はパシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT)の運営組織にジョインし、トレイルづくりに尽力している。これほどまでに全方位的にトレイルに深く関わっている人は、アメリカのハイキングシーンにおいても非常に稀である。そんなハイカージェフの、トレイルとともに生きるハイカーライフをシェアしてもらうことは、僕たちにとって刺激的で学びがあるはず。
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(英語の原文は次ページに掲載しています)
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