リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#05 / ワンダーランドの世界
文/リズ・トーマス 写真/リズ・トーマス、カム・ホーナン、ホイットニー・ラルファ 訳/大島竜也 構成/根津貴央
アメリカのロングトレイルと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは『ジョン・ミューア・トレイル(JMT)』かもしれません。たしかに国内外問わず全世界のハイカーにとって憧れの道のひとつでもあり、今さら説明する必要もないほど魅力に満ちた有名なトレイルです。
でも、アメリカには有名無名に関わらずさまざまなトレイルがあり、日本に紹介されていない魅惑的なトレイルがたくさん存在しています。
今回、リズがリコメンドしてくれるのは『ワンダーランド・トレイル(WLT)』。ワシントン州にある94mile(約150km)のロングトレイルです。彼女が自身の実体験をもとに、その見所と歩き方を教えてくれました。
■ワンダーランド・トレイルの魅力
日本のハイカーの間で、ジョン・ミューア・トレイル(JMT)はアメリカでもっとも有名なロングトレイルのひとつであると言えるでしょう。長さは344kmあり、ヨセミテ国立公園内にあるヨセミテ・バレーからホイットニー山(標高4,421m)の頂上までのコースで、アメリカ国内でもっとも荒涼として景色の良い地形を有しています。私はかつてJMTから近い場所に住んでいて、何度か歩いたことがあります。
トレイルを歩くたびに、私は日本の旅行者と出会い、話をすることがよくあります。そこで決まってこう質問されます。「JMTの他に、アメリカではどのコースを歩くべきでしょうか?」。多くの場合、私がまず先に提案するのは『Wonderland Trail(ワンダーランド・トレイル)』です。
ワンダーランド・トレイル(以下WLT)はワシントン州にあり、私がアメリカでハイキングをした多くのロングトレイルの中でも、マイル毎のトレイルがもっとも美しいと思う場所です。また、計画するのも比較的簡単なので、今回はWLTにどんな楽しみが待ち受けていて、日本のハイカーがどのようにハイキングできるかを紹介したいと思います。
WLTの長さは約150kmあり、レーニア山(標高4,392m。日本では同名ブランドのコーヒー飲料が有名)を周回するルートをとります。そして、アラスカ以外で面積がもっとも大きいとされる氷河の先端に行くことができます。川いっぱいに、白く氷河が溶ける様子を真下に見ながら、川の上に架かっている揺れる橋を渡っていると、あなたはインディアナ・ジョーンズ本人になったような気がするでしょう。コースのあらゆる曲がり角に、それぞれ違った景色が存在し、夏には野生の草花が至る所にあり、低い標高では古い巨木がコースに沿って並んでいます。山の周りを周回するので、スタート地点に「正しい」も「間違い」もありません。何回かに分けてすべてを歩く際も、一回歩き終えたその場所がスタート地点になります。
もしハイク中に何か問題や治療が必要になった場合でも、途中でエスケープできる道が多くありますし、多数の避難小屋もあります。それがWLTの良い点と言えるでしょう。
■初秋のワンダーランド・トレイルを歩く私は、9月下旬〜10月上旬にWLTを歩きましたが、すでにハイキングシーズンも終盤だったので、旅行者がほとんどいませんでした。私はハイキング前に終わらせないといけない仕事があったので、私のハイキング仲間であるカム、グレッグ、ジョシュアは、私より1日前にロングマイヤートレイルヘッドから歩き始めました。コースは周回しているので、二日目に私が参加した時も、彼らのその日の出発地点であるホワイトリバーキャンプ場から45kmの地点を逆算して簡単に合流することができました。
クルマのない旅行者でも、シアトルのダウンタウンからレーニア山国立公園までバスが出ており、2時間30分ほどで辿り着くことができます。国立公園の敷地内はヒッチハイクをするのも簡単なので、自分の行きたいトレイルのスタート地点まで行くこともできます。
トレイルのルートは時計回りまたは反時計回りどちらでも歩くことが可能です。あなたがコースに沿って歩く場合は、レンタカーを借りて出発地点に駐車しておけば、周回ルートなので駐車に気を煩せることがありません。その点では、JMTより非常に簡単と言えるでしょう。
私たちがハイキングを始めて2〜3時間が経った頃、空の様子が変わり天気がかなり悪くなりそうでした。グループのひとりの携帯電話で電波が受信できたので確認したところ、その日は気温が最低で-10℃に及びそうであるとわかりました。その後私たちは急な丘を登り、その日の終点であるサンライズキャンプ場に到着。寒いにも関わらず、みんなで冗談を言ったりして楽しく夜を過ごし、午後10時に寝る頃は空はまだ晴れわたっていて、星が素晴らしくきれいでした。でも朝起きると、周りは一面の雪景色に変わっていました。
私たちは雪のせいで指が冷たくなってしまいましたが、素早く荷作りをし、避難小屋に移動してコースを登り始めました。WLTの地形は時々急でしんどいですが、私たちの冷えた体を温めるにはちょうど良かったです。高木限界(高木が生育できなくなる限界高度)の上を歩いたのですが、普段はその標高から見える素晴らしいレーニア山の景色はなく、一面が雪でホワイトアウトの状況。まるで世界の上にいるように感じられました。 ■アメリカ本土でもっとも巨大な氷河地帯その後、少し標高を高木限界より下げてゴラニテ・クリークを歩いたのですが、気温は少し上がってきたので、冷えた体の私たちはハッピーになり、水を少し汲んだ後に、日なたで体を温めました。天候が回復したおかげで雲が去り、やっと周りの景色が見えるようになったとき・・・私は衝撃を受けました。
ちょうど私たちはウィンスロップ氷河のすぐ横を歩いていたのです。騒々しい川から氷河が溢れ出ていて、最近氾濫したということは明らか。氷河は川沿いの木々を飲み込み、大きな岩をも動かしていました。レーニア山から流れる氷河と水がもたらす力とその破壊力は、私たちをとても驚かせました。ホワイトリバーを横断した際、その山のサイズと目の当たりにした自然の力に、私は謙虚な気持ちになりました。
昼食の直前に、カーボン氷河沿いの驚くべきルートに到着しました。その氷河はアラスカを除いてアメリカ国内で最長で、もっとも氷河の密度が高く、そしてもっとも広い氷河なのです。また海抜は1,100mだけしかないため、アメリカ国内でもっとも低い場所にある氷河とも言えます。ちなみに、私の住んでいたデンバー(コロラド州)で海抜1,600mほどなので、デンバーの暑い夏の日にこんな低い場所でそこら中に氷河が残っている光景を見るのは全く想像できないことです。カーボン氷河に着いた後に、私たちのチームは、ある決定をしなければなりませんでした。それは、このままカーボン川を辿ってより低い標高にあるWLTの“公式”ルートを歩くか、それともスプレイ公園の“代替”ルートをとるか?というルート選定です。私はその代替ルートのことをほとんど知らず、より高い標高にあるそのルートは気温も今より下がり、さらに歩く必要があるようでした。友人のカムはスプレイ公園のルートを過去に歩いたことがあり、私たちにそのルートを選ぶように強く薦めました。私は少し寒さを感じていて、かつ疲れていたのですが、カムは私を説得して、結局は公園の代替ルートを行くことになりました(正しい選択でありますように!)。
■代替ルートにあった秘境の滝と徒渉
スプレイ公園に向かう道には多くの景色を見る機会はありませんでしたが、その道のりはとても美しいものでした。頭上にはラッセル氷河が見え、公園の滝は、今回の旅のハイライトとも言えるほど素晴らしいものでした。そこでは、実際に滝のそばを歩くことができ、ほとんどのハイカーが見ることができないような秘境に来た気分でした。
夕暮れになりヘッドランプをつけて歩いていると、南モウィック川沿いの避難小屋を見つけました。私たちは濡れていて体が冷えて寒かったので、そこで夜を過ごすことにしました。それぞれのタープは前の晩からまだ湿っていたので、小屋の側面に沿ってそれをかけると、まるでみんなで小屋を共有しているかのようで、楽しみに満ちた夜を過ごすことができました。 翌朝、私はコース上で次に待ち受けている場所を少し恐れていました。WLTのコースはレーニア山から流れ出る多くの支流と交差します。これらの川は溶けた氷河と雪を運んでいて、時にとても強力になるのです。毎年その川の鉄砲水が原因で橋が流されていて、国立公園局も7〜8月の橋の代替作業には慣れたもの。でもちょうどその時は橋が流されたままになっていて、南モウィック川に橋が架かっていませんでした。私たちは浅瀬を渡らなければなりませんでした。作戦として、まずはもっとも背が高いメンバーであるグレッグを送り、川の深さを確かめようとしました。しかし川の流れが速く、雪で白くなっていたこともあり深さがよくわかりませんでした。結局みんなで渡ることになりましたが、ハイキングポールのおかげで問題なく渡ることができました。ただ、浅瀬は見るよりも遥かに怖く感じられました。 その日は終日天気が良く、写真を撮ったりWLTのユニークな風景を楽しむ機会が多くありました。また、プレイアップ川が30m下で勢いよく流れる上に架かっている揺れる吊り橋を渡るのも楽しい経験でした。私たちは、コースに沿って生えるシダやカラフルなキノコ、小さな滝、9月終わりにも関わらず咲く花々なども見ながら歩き続けました。 ■眼前に広がるレーニア山夕方が近づくにつれ、ロングマイヤー(グレッグのレンタカーが駐車されたトレイル入口地点)にその夜到着できるかどうか、私たちは心配していました。
私がすで疲れていたのですが、その様子を見かねてかグレッグが私にカフェインの錠剤をくれました。道中で食べ物の話をしながら歩き、かつカフェインの錠剤のおかげもあって、私のペースは2倍になり、無事、日が暮れる直前にクルマに戻ることができました。
車中に戻ると暖房をすぐにつけて、車を走らせました。すると道路沿いに小さなレストランがあり、そこに入って各自450gの肉を挟んだハンバーガーを完食し、その晩は暖かくて湿気の少ないキャビンに泊まりました。みんな疲れていて爆睡でした。
グレッグ、ジョシュア、カムの三人はロングマイヤーからスタートしたので、丸3日でレーニア山の周回ルートを踏破しました。しかし、私はサンライズキャンプ場付近から途中合流したので、ハイクを完了するには残り約40km。友人3人はシアトルに戻る前に、私をロングマイヤーのトレイル入口まで送ってくれて、そこから単独で歩き始めました。その日は日が照っていたのですが、リフレクション湖を通り過ぎると、その名の通りレーニア山が湖面に見えて、まるで完全な鏡に映っているかのよう。私はその様子に魅了されました。
コースはスティーヴンズ・クリークに沿っていて、コウリッズ川のマディーフォークにある有名なボックスキャニオンまで続いていました。この地域は観光客に人気があり、他にも多くのコースが周りにありました。私は一時的に道に迷ったりもしましたが、他のハイカーに尋ねてどうにかトレイルに戻ることができました。インディアンバーキャンプ場に続く登り道は非常に急でしたが、そのキャンプ場に着いたとき、私はその素晴らしさにびっくりしました。この2日間の雨と曇り空の後、私はやっとレーニア山が広がる景色を目の当たりにしたのです。夕焼けはピンク色をしていて、下に広がる谷もとても魅力的でした。そこはキャンプをするには素晴らしい場所で、その景色をまるで独り占めしている気分でした。
次の朝、私はサンセット公園から今回の旅でもっとも標高が高く、かつもっとも美しいエリアとされているオハナペコシ公園まで歩きました。スプレイ公園を除いて、コースの大部分はハイキングシーズン終盤の10月だったので、雪の積もった中を歩く必要はありませんでした。6月に出発するとWLTコースの70%以上は雪に覆われていると聞きます。その際はハイカーは自分で道を探して進まなければなりません。今回のようにに10月にハイキングをしても、2〜3箇所くらいは昨年の雪が残っていたので、それは驚きでした。
サマーランドキャンプ場からフライングパンクリークに下りるハイクは簡単でしたが、私はこれで今回の旅が終わってしまうことを寂しく感じていました。その日の天気は素晴らしく、しかも金曜日だったので周りには多くのハイカーたち。クルマに向かう道の途中で、私はトレイルを振り返る。まだ人が歩いてる様子を目にして、とても切ない気持ちが込み上げてきました。私は、もう一度WLTに戻りたいと思いました。
<ギアおよび許可証について>・ギア
レインジャケットとモンベルの傘は、今回の旅でもっとも重要なギアでした。WLTでは頻繁に雨が降るので、これらのギアのおかげで雨から身を守ることができて、非常に満足でした。私は、夜に温かいままでいるために–9℃まで対応できる寝袋とインフレータブルのスリーピングマット、マウンテン・ローレル・デザインのSOLOMID(雪と水をよくはじくテント)を持参しました。もし再びコースを歩くことがあれば、ダウンジャケットの代わりにモンベルのサーマラップ・ジャケット(化繊綿)を持参するでしょう。
・許可証
重要なポイントとしては、WLTに入る前に許可証を得ることです。そのためには、何日でコースを歩く予定で、1日の歩行距離に応じて各晩どのキャンプ場で泊まるのかを選択する必要があります。国立公園のウェブサイトは非常に役に立つサイトで、あなたの歩行距離に応じたキャンプ場を選ぶことができます。
ウェブ上で許可証をダウンロードし(予約をする際にクレジットカードで少額の料金を払うことが義務づけられています)、記入してください。予約は毎年3月15日から受け付けていて、それより早い時期に許可証を申請することはできません。
ひとつ残念なことは、記入した許可証はプリントアウトして郵送またはファックスする必要があるということです(まだE-mailでの受付はしてないようです)。3月15日以降に提出されたすべての許可証はランダムに処理され、遅くとも約6週間後までには了承の手紙を受け取れるでしょう。手紙を受け取ったら、ハイキングの1日前にレーニア山国立公園に行き、レンジャーステーションで手紙と引き換えに許可証を発行してくれます。 全てのWLTを歩くハイカーは許可証を持っている必要があり、キャンプにおいても、専用のキャンプ場以外では禁止されています。
一方で、ビジターが利用できるいくつかの許可証も存在しています。これはレンジャーステーションに直接行き、許可証を求めれば入手することも可能です。これらは『first-come permit』『first-served permit』または『walk-in permit』と呼ばれていて、翌日にハイキングをする場合や、朝一に申請してその日の許可証を得る場合に申請することができます。申請すると、レンジャーは即座にあなたがどこのキャンプ場に泊まり、どれくらいの距離を歩くべきか(例:翌日は32kmだけど次の日は6km)といった概要(日数は14日間まで)を説明してくれます(キャンプ場の空き状況に合わせて配分するため)。そのため『first-come permit』で歩く場合は、柔軟なプランニングが必要になってきます。ただ、キャンプ場に空きさえあれば、レンジャーの説明通りでないタイミングでキャンプ場を利用することができます。
『first-come permit』の入手についてですが、シーズンの始め(5月または6月上旬)、または後半(10月)でかつ週末以外の日であれば、より高い確率で入手が可能だと思います。また、大人数のグループよりも一人や二人のハイカーで申請する方が容易に許可が得られるでしょう。
今回の記事で書いたガイドと私のハイキングストーリーが、あなたの良い刺激となれば嬉しいです。そして、これをきっかけにあなたがアメリカに来て、ワンダーランド・トレイルを訪れることを願っています。来る際は、ぜひ私に知らせてくださいね!あなたのアドベンチャーが、私のものと同様に充実したものになりますように。
TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT, PCT, CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。
(英語の原文は次ページに掲載しています)
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