TRAILS REPORT

Pacific Crest Trail #03/14人のPCTハイカー

2015.10.02
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■現在 〜日本人PCTハイカー若手の台頭〜

日本人PCTハイカーの多くが、その情報をブログやSNSにアップするようになった。さらにはPCT関連の書籍も発売され、徐々に国内におけるPCTの認知度が高まっていく。ハイカー同士の交流も、ネットとリアル両方で加速。ロングトレイルというものがより身近なものになると同時に、従来の分からなさゆえのハードルの高さが解消され「自分にもできるんじゃないか」と思う人が増えてきた。結果、20代の若手層がスルーハイクにチャレンジするようになった。

Q1.スルーハイクに要した日数

Q2.かかった費用

Q3.当時の年齢

Q4.PCTを歩いたきっかけ

Q5.どんな準備をしたか

Q6.実際に歩いてみて感じたこと

■河西祐史(Yushi Kasai)
Class of 2012/2013/2014 

A1.176日

A2.80〜100万円

A3.41歳

A4.自分は元々アパラチアン・トレイル(AT)を歩こうと思ってアメリカのロングトレイルについて調べ始めました。PCTについては清水秀一さんのホームページ(http://www12.plala.or.jp/vagabond/)を見て知ったと記憶しています。ATを歩けたら次はPCTだと思っていました。

A5.情報収集は主にインターネットで、ガイドブックは渡米してから購入しました。事前のトレーニングはまったくなし。ヒザなどに問題を抱えているので、痛めてしまうのを避けるためです。筋肉や心肺機能は、スタートしてから毎日歩くことで鍛えるようにしました。

A6.ATよりアップダウンが少なくスピードが出る!と思いました。ただ、自分はトレイルを楽しむスタイルなので、歩くという行為に酔ってしまって景色や文化を楽しむことを忘れてしまうことがないように気をつけました。

2013年には、仲良く一緒に歩いたり街で部屋をシェアしたりしたハイカーたちが、何人もトレイルを離脱するのを目にしました。彼らはそもそも長期間楽しむのが目的で、歩き切ることにこだわっていませんでした。ロングトレイルはスルーハイクのためにあるのではありません。でも外国から来た身としては「スルーハイクの達成」を目的に置きがちだし、4月に南端からスタートして1日20mile(約32㎞)以上歩いたりすると、周りに同じようなのがたくさんいて色々なことが見えなくなってしまう。アメリカのハイカーはもっと自由です。その様子がなんというか清々しく見えて、うらやましく感じました。

2012年には、雪と強風の中で「道を間違った。現在地が分からない!」と思う瞬間がありました。実際には間違っていなかったことに後で気づくのですが、楽しみに来たはずなのにどんな困難も乗り越えてゴールを目指す・・・というのは何だかおかしいなと。そういう危険を感じた際はその時点でやめるべき。自分のスタイルを見つめ直すいい機会になりました。

■小幡宗史(Soshi Obata)
Class of 2014 

profile_obata

A1.151日

A2.70万円

A3.20歳

A4.雑誌の一面にシエラの写真が載っていて、それを見たときに歩きたいって思いました。その後「Into the Wild」という映画で主人公がPCTを歩いてるシーンが数秒あって、それを見てPCTの存在が近くなった感じがしました。

でも日本語のガイドブックはなく情報が少なかったし、何しろ海外をひとりで行ったこともなかったので、とりあえず『Long Trail』という本を買って読んでみて、インターネットで歩いた人の記録を調べてみたりして。あとはハイカーズデポに行って長谷川さんの話を聞いたりしているうちにだんだん現実味が帯びてきて、もうこれはやるしかないなと。

中学、高校、大学と、これまで用意された選択肢から自分の道を選んできました。それも流れに任せてる部分もあって、自分の意思のない人生というか・・・。一回自分で選択肢を作ってそれを選びたいなという気持ちもありました。

A5.情報に関しては、大体ハイカーズデポの方々と歩いた人のブログから収集しました。トレイルの詳細については、『Yogi’s PCT HandBook』を読みました。

大学のワンダーフォーゲル部で登山をしてたので、トレーニングとしては特別なことはしませんでした。1日40kmとか歩いたことはないけど、まあなんとかなるかなあって感じで結構適当でしたね(笑)。

A6.最初の数日は、俺いまPCT歩いてるんだ!ってワクワクしてたんですけど、すぐに4,200kmにも及ぶ長さと砂漠の暑さに絶望して、一体何やってんだろうって思っていました。

でも周りの仲間とケネディ・メドウまで頑張ろう!って励ましあって、そこからは自然の素晴らしさに感動しっぱなし。あっという間にカリフォルニアを抜けてオレゴンに入り、そこから終わりを意識し始めて、みんなとの別れやこの生活の終わりを考えて嬉しくもあり悲しくもありました。ゴールした時は大声で叫ぶこともなく静かに終わりましたが、心は満足感で溢れていました。

歩いた後は自分に自信がつきました。自分がやりたいと心から思ったことなら自分は4,200kmも歩けるんだと。正直、歩く前は友だちの留学だとか海外旅行だとかワーホリだとか、そういうのを聞くと焦燥感や嫉妬心があったんです。でも終わった後は、友だちがやることを純粋にいいなと思えるようになりました。たぶん自分に自信がついた証拠なんだと思います。

■小島和人(Kazuhito Kojima)
Class of 2014 

profile_kojima

A1.約160日

A2.70〜80万円

A3.28歳

A4.PCTの存在については、行きつけの本屋で見つけた本で知りました。その際、以前からひそかに夢として抱いていた「人生で一度長い旅をする」ということを、自分が好きな自然の中でできるんじゃないかと思ったんです。

初めはコソコソネットで見たり、本を読んだりしていました。調べて色々知っていくうちに、ウィルダネスとかハイカートラッシュ(薄汚れたハイカーを親しみを込めてそう呼ぶ)とか、色々な文化やスタイルに完全に気持ちを持っていかれてしまって。もう実際に行かないとどうにもならなくなってしまいました。

A5.情報収集は、インターネットや雑誌、書籍から。苦労したことはB-2ビザ(観光ビザ)の書類を揃えることでした。

A6.思い出に残っているのは、ケネディ・メドウにあるジェネラルストアの店員のおじさんです。しばらく別行動をとっていた彼女とケネディ・メドウで落ち合うことになっていたんです。普段のペースなら3日かかるところを2日で行って驚かせようと歩いていたのですが、2日目に日が暮れてしまった上に、ヘッドライトもiPhoneも電池切れ。小さなハンドライトを頼りにやっとの思いで深夜にストアに着いたのですが、さすがにもう誰もいないだろうと・・・そしたら店の奥で、おじさんが商品の補充や毎日送られてくるハイカーの荷物を分けたりと準備をしていたんです。

事情を話すと「ワーオ、お前は男だ!でも疲れてるだろうから今日はキャンプせずにキャビンのベッドに寝なさい。お金は朝でいいからたくさん食べ物を持っていきなさい」と。正直、怒られるかなあと思っていたのでビックリしました。本当にこういったハイカーをサポートしてくれる人たちのおかげで旅ができるのだなと実感しました。

また、持てるだけの荷物で長く歩いていると、自分の好きなものや必要なもの、あると幸せと感じるものがだんだん素直に分かってくる感じがありました。自分のスタイルはこうだと決めつけずに、思いついたことや面白そうなことを色々と試して、いいなと思えるものを見つけていくのが楽しかったですね。

■宇部佑一朗(Yuichiro Ube)
Class of 2015 

A1.136日間

A2.40万円(渡航費は片道のみ)

A3.27〜28歳(スルーハイク中に誕生日を迎えた)

A4.2014年5月中旬に行ったシェルパ斉藤さんと根津貴央さん(2012年のPCTハイカー)のトークショーin Team Sherpa。そこで根津さんがPCTを歩いた話をしてくれたことがきっかけです。

もともと世界一周をしながら世界中のトレイルを歩きたいと思っていたんです。そのタイミングでPCTの存在を知ったので、これは歩いてみたいなと。ただその距離は4,000km以上。挑戦してみたい気持ちがある反面、これはクレイジーな人がやるものだから止めておこうとも考えていました。でも、根津さんの「日本で山登ってるなら全然平気だよ」という言葉に騙され?かつ時期もちょうど良かったので、「これは呼ばれている」と思い歩くことを決めました。

A5.2014年10月に入ってから、過去のハイカーが書いたブログを流し読みする程度。12月に『Yogi’s PCT HandBook』を購入するも読まず、地図のダウンロードさえ渡米直前(2015年4月上旬)でした。なので、ただただ焦って不安になって滅入っていました。結局、行程表も作ることなく日本を出発。最初の補給が必要であろう場所にも食料を送らず全部背負い、大荷物(25kg)でメキシコの国境に立っていました。

会社には退職すると言っておきながら、B-2ビザ(観光ビザ)の手配もできず、ビザの申請が通るかも分からない日々を過ごすのは非常にもどかしかったです。どんな手続きが必要かは、過去のハイカーのブログを参考にさせていただきました。

A6.スタート時点の不安は、1カ月ほど経った頃にはすっかりなくなっていて、ツラいことも含めてすべてを楽しめる余裕が出てきました。なにより、トレイルエンジェル(ハイカーをサポートしてくれるボランティア)や共にカナダを目指すハイカーとの出会いが、僕のPCTを最高に楽しくさせてくれました。

PCTを歩き終えたいま、こんなに素晴らしい長距離歩行の旅文化を経験できたこと、素敵なハイカーやトレイルエンジェルに出会えたことが、僕の一番の財産になったと感じています。そして不安だから、知らないから、面白いんだ!ということに気がつきました。事前にリサーチして、ここに行こうとか、失敗しないように、損をしないようにと徹底して情報収集するより、自分で発見したり、失敗して気づいたりすることが大事なんだと。不安に感じてたことが解消されて、自分のことが分かっていくことも楽しかったです。

また来年もここに戻ってきたい。そう思うくらいすごい経験ができる場所です。PCTを歩くことが自身の成長(生きる力)を一番簡単に感じられる方法なのではないか、と思えるほどいろんなことを考えさせられました。

■ “HIKE YOUR OWN HIKE”
〜 あとがき 

14人それぞれのPCTの体験談。それは想像以上に多様だった。PCTの奥深さ、ロングディスタンスハイキングの魅力がひしひしと伝わってくる内容だった。そして何よりも、これだけ多くのスルーハイカーがメディアに登場したことは初めてであり、日本人PCTハイカーの貴重なアーカイブになった。

僕自身、2012年にPCTを歩いたのだが、改めて自分が経験したPCT、自分が感じたPCTは、一般論ではなく一個人の見解でしかないなと思った。正しい正しくないということではない。歩く人によって捉え方も感じ方も異なる。それがPCTであり、ロングディスタンスハイキングなのである。だから今回、14人もの体験談を掲載したが、これもすべてではないし、普遍的なものでもない。読者の方には、これらも一意見に過ぎないと捉えてもらえれば幸いである。

ただひとつ言えることとしては、PCTというロングディスタンストレイルを長い期間歩くという行為は、その人の人生や生き様に大きな影響を与えるということ。もちろん、歩いたからといって人生が好転するわけではないが、歩いた人全員がこれまで持っていなかった “何か” を手に入れている。その “何か” は、結局のところ自ら歩いてみないと分からない。でも、その分からなさこそがPCTの魅力であるのだ。

本

■『LONG DISTANCE HIKING』発売中!
TRAILSの出版レーベル第一弾。著者自身の経験はもちろん、数多くのハイカーのリアルな声をもとに制作した日本初のロングディスタンスハイキングにフォーカスした書籍

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根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年4月、TRAILSに正式加入。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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