TRIP REPORT

ヘキサトレック (Hexatrek) | #10 トリップ編 その7 DAY81~DAY95 by Beyoncé(class of 2023)

2025.11.14
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文・写真:Beyoncé 構成:TRAILS

ハイカーが自らのロング・ディスタンス・ハイキングの体験談を綴る、ハイカーによるレポートシリーズ。

今回は2023年に開通間もないフランスのヘキサトレック (Hexatrek) をスルーハイキングした、トレイルネーム (※1) Beyoncéによるレポート。

全8回でレポートするトリップ編のその7。今回は、ヘキサトレックのスルーハイキングのDAY81からDAY95での旅の内容をレポートする。

※1 トレイルネーム:トレイル上のニックネーム。特にアメリカのトレイルでは、このトレイルネームで呼び合うことが多い。自分でつける場合と、周りの人につけられる場合の2通りある。


ヘキサトレック:Hexatrek。フランスを中心にアルプスやピレネーの高山地帯、ヨーロッパの田舎町などを通る3,034kmのトレイル。2022年にオフィシャルに開通したばかりで、世界でも日本でもまだ情報が少ないトレイル。スルーハイキングに要する期間は3~5ヶ月。Beyoncéは、北端のヴァイセンブルク (Wissembourg) からスタートして南端のアンダイエ (Hendaye) を目指すSOBO (サウスバウンド) で歩いた。

はじめまして、ピレネー山脈! (DAY81〜DAY84)


雲海とサンライズ。

6時半にテントから顔を出すと、外の世界は薄橙色に染まっていた。ヒュッテ裏に行ってみると、雲海から顔を出した朝日が空を赤橙色に照らしていた。この旅で一番のサンライズ。余韻に浸りながらモーニングコーヒーを飲み、ヒュッテを後にした。

スタートから高度を上げ、1ヶ月前の「南アルプス」ぶりに2,000m台後半の標高までやってきた。雲海と周りの山々を観ながらトラバースのガレ場を上る。いつの間にか下りに変わり、林を過ぎた先の避難小屋の前でランチ。今日はこの「上って、下って、食べて、村で水ゲットして」の繰り返しで、久々にがっつりトレイルと向き合った。

おかげで今日の累積標高差は5,000m超に達し、ヘキサトレック史上トップ5に入る肉体の疲労感。「今日はよくやった」と自分を労り、星を観ながら多めのパスタを平らげた。

翌朝、昨日の無理がたたったのか膝が痛い。痛み止めの薬を飲んでから出発するが、急峻なアップダウンに苦戦して思ったように歩けない。

とある町に到着し、目星を付けていたスーパーに行ってみると、そこはまさかのパン屋だった。「精度低いなー!」と公式アプリの地図にイライラ。結局、少し離れた別のスーパーでリサプライ (補給) を済ました。


人目に隠れたつもりの野営地。

町でのロード歩きが林道歩きへ変わり、終盤にまたロードと合流。観光ホテルへ向かう人達を横目に、適当なスペースにテントを張った。彼らはきっと良い飯を食べているだろうが、歩いてる自分はスーパーで買ったビールと惣菜とバナナで十分。今日は嫉妬も何もなかった。

83日目も膝に不安を抱えたまま、8時前に出発。今日は通常ルートではなく、より高い山の良い景色を目指して別ルートを行くことにした。


カーリット山 (Pic Carlit)。

緩やかな上りから始まったが、徐々に急になり、道もザレてきた。トラバースやつづら折りを慎重に進み、標高2,921mのカーリット山 (Pic Carlit) に到着。白く霞んだ景色が、周囲の山々を冷酷にしているように見える。おそらくヘキサトレック史上最高地点であろうから、頂上にある十字架とバッチリ記念撮影。

苦手な下りのザレ場をへっぴり腰で進んだので、ここで大幅なタイムロス。樹林帯を抜けたところにある村で今日は終了。村で出会ったベンジャミンというスイス人と意気投合し、一緒にジット(民宿) に泊まることにした。


民泊した村。

翌日、7時半に起床。オート・ルート・ピレネー (HRP: Haute Randonnée Pyrénéenne ピレネー長距離自然歩道) を歩いているベンジャミンは早々に出発したが、自分はゆっくり過ごす気満々だったので昼までダラダラした。

13時半前に出発したが、何となく気分が乗らない。上りのガレ場でさらにやる気を吸い取られる。それでも、歩くことさえしていれば良いのがロングトレイルだと、湖の景色を見ながら前向きに考える。そうしているうちに、標高2,539mのアルバ峠 (Col de Albe) を通過した。


アルバ峠 (Col de Albe) と山羊。

町の郊外に着いてわかったのだが、アルバ峠は国境らしく、気づけばアンドラに足を踏み入れていた。ここから先に適当な野営地がなさそうだったので、屋外電気室みたいな建物のそばでカウボーイキャンプをした。夜空には無数の星が光っていた。

難易度の高いオート・ルート・ピレネー (HRP) にチャレンジ。 (DAY85〜DAY88)


カウボーイキャンプ。

6時半、一台の車がパトカーが目の前に止まった。車から降りてきた女性警官がいろいろ話しかけてきた。「ダメだよ、こんなところで寝ちゃ!」的なことを言われたが、寝ぼけてたし警官が美人だったしで正直覚えていない。

スタートから快晴で、人気もほとんどない。広大な自然を独り占めしている感覚。上手く言葉にできないが、足元の薄黄色の植生と岩肌剥き出しで手強そうな山々、遠くまで見渡せる青い空に心を持っていかれた。


ピレネーを独り占め。

町とスキー場を通過して、ラット峠 (Port de Rat) に到着。再びフランスに入国し、アンドラハイキングはあっという間に終了。終盤のダートロードを惰性で下り、野営地でテントを張ろうとしたが、キャンプをしにきたフランス人3人に「一緒に食べようぜ」と誘われた。肉やチョリソー、ワインなどをご馳走になり、宴は22時まで続いた。

86日目。食料はまだ残っていたが、5~6日リサプライができないエリアに行くので、トレイルから20km離れた村を目指す。昨夜、一緒に語らった彼らの車に乗せてもらい、オザ (Auzat) という村にやって来た。ここで3人とお別れし、リサプライとコーヒーブレイクを済ませ、ヒッチハイクをしてトレイルに戻ってきた。


宴会の様子。

ここからの上りは変化に富んだ内容だったが、今日のハイライトはアルティーグ峠 (Port de I’Artigue) までのガレ場の上り。急だし、夢中で岩を上っているとすぐ明後日の方向に流され道をロストし、ハードなセクションだった。

この先にある分岐点に到着。難易度の高いHRPのルートをチョイス。万全を期してリサプライもしたし、通常ルートのGR10 (GRはフランス発祥の長距離歩道 ※2) よりも40km短い。不安もあるがなにより楽しそう、ということでそっちに決めた。通常ルートに戻るのは約6日後だ。

87日目。HRPに入ってからさらに人気がなくなり、トレイルは自分と自然だけになった。あ、牛と羊がいたっけな。


山の中に広がる、大小4つの湖。

トレースがたまに消え、何度も道をロスト。ザレ場の上りでトレースが消えて危うく別の峠に行きかけた。一筋縄ではいかないHRP。2つ目の峠越えの途中、後ろをふと振り返ると、通過したそれぞれの湖が一望できた。写真に収め、先を急ぐ。

集落まで下り、そしてまた上り。早起きできなかったのでナイトハイク。20時半に終了。避難小屋っぽいのコンテナがあったので利用させてもらうことに。中にいたハサミムシを5〜6匹倒したが、巣でもあるんじゃないかと不安なまま眠った。

88日目も同じように、道を何度もロストしながら峠を越え、大幅に時間を取りナイトハイクをした。景色は素晴らしかったはずだが、歩くことに必死でトレイルの記憶はあまり残っていない。

※2 GR:Grande Randonnée (グランド ランドネ)の略で、フランス語で「素晴らしいハイキング」の意味の、ヨーロッパ各地にある長距離ハイキングのためのトレイル。数日から数週間単位の長距離コースがいくつもある。「GR5」「GR20」など数字が、トレイルの名前となっている。

ピレネーが強いのか、自分が弱いのか。 (DAY89〜DAY92)


トルト・デ・リウス湖 (Lac Tort de Rius)。

バックパックの背面フレームが折れていることに気づき、朝からショック。

今日もガレ場が多めでさらに気持ちが落ちる。しかし、2つ目の峠から見えたトルト・デ・リウス湖 (Lac Tort de Rius) を見た時、「こりゃ日本じゃ見れない唯一無二のヤツだ」とお手上げの眺め。ここまで来た甲斐があったもんだ。

14時、下山してこれから最難関のリッジパスに向けての道が待っていたが、進むのをやめた。いや、「チキった」 (※3)と言った方が正しいかもしれない。雨予報の天気、不安なバッテリー、不明のビバークエリア、高所恐怖症など言い訳を集めて、先へは行かないことにした。


レス (Les) にて現実逃避。

ヒッチハイクをしてGR10方面へ向かう途中、突然プツンと緊張の糸が切れ、トレイルに戻る気もなくなり、スペインの小さな町レス (Les) でホテルへ逃げ込んだ。翌日には出発しようと決めていたが、体もバックパックもボロボロ。そして何より、「チキった」ことによる後悔の念が残り、気持ちの整理ができなかった。

91日目、トレイル再開。昨日立ち寄った国境沿いの免税店そばでヒッチハイクをして、フランスの村フォス (Fos) に到着。

ここからはずっと上り。道はロード、樹林帯、植生少なめの高山エリアへと景色を変えていく。ステージ2の「北アルプス」振りとなる国境上の稜線歩きでは、空は曇天だったので足を止めることなく黙々と先へ進んだ。

20時。とある村に到着したが、公園や芝生もない。止むを得ず道路脇に張ることにして、テントのループに通す大きめの石を探し回り、何とか設営した。


GR10のサイン。

翌朝、500m下って町に到着。スポーツショップで背面フレームのリペアを探したが見つからず。スーパーへ寄り、カフェで休憩を取った。

そこから、昨日と同様に1,500mの上り。林道が少しずつ開け、スキー場のリフト近くで休憩と仮眠を取った。そして、緩やかなトラバースを下っていく。山を覆う緑と黄金色の植生が美しいが、どんよりとした曇り空なのが残念だ。

少しのアップダウンを経て、分岐点に到着。そこから少し先にあった山小屋のスペースにテントを張った。目の前に大きな湖があるが暗くて見えないので、パスタを食べて潔く眠りについた。

※3 チキる:「怖気づく」という意味です。これは、英語の「Chicken」(臆病者)を動詞化した俗語。

東ピレネー山脈終了。最終ステージ西ピレネーへ。 (DAY93〜DAY95)


テントに襲い掛かるドンキ。

遅めの7時半過ぎに起床。日が当たらない紺色の湖をじっくり眺めたかったが、飼い主がいない間に近くのドンキが暴走。テントを踏まれるすんでのところで、近くにいた人と一緒に追い払った。何考えとんねん、このドンキ!

歩いてすぐに、ステージ3か4で会ったデニーと再会。これまでのトレイルに花を咲かせながら歩くも、デニーの速さについていけず、離されていく。昨日のような景色の中を歩き、いくつか峠を越え、ついにステージ5の終了地点の町サン=ラリ=スラン (Saint-Lary-Soiulan) に到着。これまでに2,600kmを歩き、残りは500kmを切った。

町のキャンプ場で一泊。夕方から降る雨が止まず、ロビーで数人のハイカーと語らう。受付係がいなくなったことを良いことに、テントを張らずそれぞれ寝袋を広げロビーで寝た。超ラッキー!


足が短い真ん中の日本人。

94日目。最終ステージ「西ピレネー山脈」を歩き始める。デニーとドイツ人のマークと一緒に出発した。最初からかなりの上り。周囲が開けると強風に曝され、汗が冷えて寒い。

峠を越える間に、スキーリフトや放牧エリア、湖を通過。最後のザレ場の上りを経て、標高2,509mのマダメト峠/Col de Madameteに到着。デニーはドローンを飛ばし、ボクはカメラを構えて広大な景色を撮影した。被写体がいるだけで山や湖の大きさがより際立つ。

そこからデニーと一緒に下り、18時半前に大きな湖に到着。天気が怪しかったので、埃っぽい避難小屋で寝ることにした。

翌日の成果は7km歩き、4度のヒッチハイクだ(笑)

朝に1時間下って大きな駐車場に到着。そこから町までのロードをヒッチハイク。リュス=サン=ソヴァールという町のスーパーは午前中までしか開いていなかったらしく、ヒッチハイクを正当化する口実ができたと、ニヤリ。

リサプライを済まし、ベトナム料理とカフェを堪能し、キャンプサイトまでのロードを再びヒッチハイク。「こういう旅もありでしょ!」としっかり割り切るデニーとボク。

早速テント張ったが、夕方からまさかの雷雨。控えめに言って、5秒に1回のペースで暗闇の空が白く裂けるように光った。オーナーが「室内キッチンで寝てもいいよ」と声をかけてくれた。ありがたかったが、室内キッチンには人感ライトがあり、目がチカチカして眠れる状況じゃない。仕方なく、シャワー兼トイレに移動し、その床で一夜を過ごした。


マダメト峠 (Col de Madamete) 付近。

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WRITER
Beyoncé

Beyoncé

バックパッカー、海外世界遺産の旅などを経て、山歩きを始める。その後、自然の中を長く歩く「ロングトレイル」のカルチャーを知り、強く興味を惹かれる。そして2022年にパシフィック・クレスト・トレイル (PCT) をスルーハイキング。翌2023年には、開通して間もないフランスのヘキサトレック (Hexatrek)、3,034kmをスルーハイキング。おそらくは、日本人で初めてのヘキサトレックのスルーハイカーである。

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