TRIP REPORT

ヘキサトレック (Hexatrek) | #07 トリップ編 その4 DAY38~DAY47 by Beyoncé(class of 2023)

2025.03.14
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文・写真:Beyoncé 構成:TRAILS

ハイカーが自らのロング・ディスタンス・ハイキングの体験談を綴る、ハイカーによるレポートシリーズ。

今回は2023年に開通間もないフランスのヘキサトレック (Hexatrek) をスルーハイキングした、トレイルネーム (※1) Beyoncéによるレポート。

全8回でレポートするトリップ編のその4。今回は、ヘキサトレックのスルーハイキングのDAY37からDAY47での旅の内容をレポートする。

※1 トレイルネーム:トレイル上のニックネーム。特にアメリカのトレイルでは、このトレイルネームで呼び合うことが多い。自分でつける場合と、周りの人につけられる場合の2通りある。


ヘキサトレック:Hexatrek。フランスを中心にアルプスやピレネーの高山地帯、ヨーロッパの田舎町などを通る3,034kmのトレイル。2022年にオフィシャルに開通したばかりで、世界でも日本でもまだ情報が少ないトレイル。スルーハイキングに要する期間は3~5ヶ月。Beyoncéは、北端のヴァイセンブルク (Wissembourg) からスタートして南端のアンダイエ (Hendaye) を目指すSOBO (サウスバウンド) で歩いた。

カウベルの音色がテントのすぐそばで。 (DAY38〜DAY39)


39日目、テントから見る朝の景色

昨夜のディナーによる二日酔いはないが、友人との長電話のせいで出発が16時になった。

終始、川を横目に見ながら林の中を歩く。上り坂になり、視界が開けた所でかなり強い風を受けた。疲れはないが、テントが飛ばされるリスクがあったので、この日は早めに切り上げた。遠くから流れるカウベルの音色を聴きながらラーメンを啜 (すす) った。

翌朝、カウベルの音で目が覚めた。昨日と違って鬱陶しい。テントから顔を出すと、数十メートル先でロバの群れが草を頬張っていた。「可愛い」よりまず「荷物が荒らされる」と直感的に思い、急いで荷物をまとめた。歩き始める前にテントを張っていた場所を見ると「ここの草が美味いんだ」と言わんばかりにロバが群がっていた。


猛々しい山々。

この日は濃い一日だった。薄い瓦のような形をした石が散らばる上りやスイッチバックが63回あると噂に聞いていた下り、1,000m下りの直後に1,300mの上りなど、タフな道が続いた。「こんなのハイキングじゃない」とぼやきながらも、2,500m超級の峠を5つ越えた。

19時に村に到着。明日は一日中雷雨らしく、先へは進まず村の有料キャンプ場で一泊することにした。「明日はゼロデイか~」と、売店でビールを3本購入してダラダラと夜を過ごした。

テントが飛ばされそうな恐怖の嵐。 (DAY40〜DAY41)


一斉に下っていく羊の群れ。

夜中に二度雷雨が降ったが、起きてからは降りそうになかったので、淀んだ天気の中を出発した。

今日は昨日に比べて緑を被った山が多い印象だ。

あるピークを越えると、これまでとは比較にならない程の羊の群れに遭遇した。この羊の何が良いかって、牛と違って臆病なところだ。向かって来ないし、近づいたらあっちから逃げていく。冷や汗をかくこともない。

14時に山小屋に到着。ここに着く頃には雷雨が降って足止めを食らうだろうと踏んでいたが、予想と反して天気は悪くない。「これはチャンスだ!」と再出発の準備。すぐにランチと仮眠を取って、再び歩く支度をする。山小屋に置いてあった体重計に乗ったら、スタートから体重が6kg減っていた。

仮眠のおかげで難なくピークに到着。しかし、ここのところ17時以降になるとエネルギーがなくなるからか一気に疲れが来る。そのタイミングで転倒してしまい、その時に倒れまいと身体を支えていたトレッキングポールが少し曲がってしまった。


40日目に到着した村。

19時前に村に到着。地図で見る限り、この先の道には野営できそうな場所がなかったので、村のホステルにテントを張らせてもらった。

深夜1時、風の音で目が覚めた。風がテントに当たり、バタバタと音を鳴らす。その音が次第に「ボボボボー」に変わり、さらに「ババババッ」に変わった。その瞬間、嵐がやって来た。

雷が10秒に3回鳴り響き、外に置いていた靴に雹 (ひょう) が溜まっていく。嵐でペグが一本飛んでいき、その隙間から風が入り込んで、テントごと吹き飛ばそうとする。今にも折れるか吹き飛びそうなテントポールにしがみつき、ひたすら耐える。その隙に雨が横から入ってきて、寝袋を濡らした。


靴の中に溜まっていく雹。

20分後に嵐は過ぎ去った。小雨の中ペグを打ち直し、テント内の水気を取ると安堵が押し寄せてきて、すぐに眠りについた。

そんな惨劇があったにもかかわらず、この日の累積標高は登り2,900m、下り2,500mと奮闘した。この日も表情豊かな山の景色を見ながら歩いたが、一番のハイライトは断トツで「深夜の嵐」だった。

ヘキサトレックで初めてウィルダネスのようなものを感じる。 (DAY42〜DAY44)


リフトに乗って一気に300m下る。

ラロプ・ド・ヴノスク (L’Alpe de Venosc) という観光地化された町にあるテニスコートのそばで朝を迎えた (管理人からテント張りの許可を得ている)。早々にテントを片し、賑わいつつある町でリサプライ (補給) と朝食を済ませ、10時に出発。

リサプライ直後の荷物の重さを感じながらスキーリフトの下を歩こうとしたら、中学生らしき男の子が「ここは今歩いちゃだめだからリフトに乗ると良いよ、フリー (無料) だから」と教えてくれた。男の子のおかげでリフトに乗りながら束の間の観光を楽しんだ。

その後はロード (舗装路) を歩きながらローカル・フードマルシェや湖を通過。昼過ぎには標高を上げながら登山道を進み、フラットなダートロードを黙々と歩き、20時過ぎに小川の前にテントを張った。


ヴァレッテ峠にあったヘキサトレックのロゴ。

翌朝から順調に歩いていたが、突然道筋が消えた。仕方なく地図をこまめにチェックしながら進み、ヴァレッテ峠 (Col de la Valette、標高2,858m) に到着。

人の気配がなく、風が吹く音だけが聴こえる。一方は遠くに連なる山の景色、反対側は氷河と雪解け水からできた湖沼がちらほら。ヘキサトレックを歩いて初めてウィルダネスのようなものを感じた。

その後は一気に下って登ってを繰り返した。夕方に着いた山小屋でグラスワインを注文。一口飲んだ直後に手元が狂ってワインをこぼしてしまい、「情けない」と思いながらもう一杯注文した。この日は野営地探しに苦労し、21時半にようやく歩き終えた。

44日目。昨日くじいた足の痛みが引いておらず、痛み止めを飲んで出発。

もはやお馴染みと化した「一気にアップし、一気にダウンする」道を進む。しかし、見えてくる景色は毎日新鮮そのもので、今日は幾つもある湖の中を歩いた。


南アルプスの湖と山の景色。

三度目の「一気にアップ」の途中に、ブルーベリーの実が生っている場所を発見。真っ先に2022年に歩いたPCT (※2) を思い出した。あの時のように歩きながらブルーベリーを摘まんで食べてみたが、まだ生熟れなのか酸味が強かった。

一日しっかり歩いたつもりだったが、予定の野営場まで届かず、24km歩いた先の湖畔にテントを張った。歩き切れなかったショックを夕日に慰めてもらった。

※2 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

ハードな南アルプスが終わるも、不思議と寂しさが残る。 (DAY45〜DAY47)


前日のサンセットと湖。

「今日は下り調子の道、さらに町で一泊する!」という行程なので気分が良い。朝から数百mのアップダウンを何度か繰り返し、その後は2,000m弱を一気に下った。途中のスキーリフトがある施設のスーパーマーケットで食料を買って食べ、すぐにまた下った。

16時半、Vizille (ヴィジーユ) という町に到着。狙いをつけていたキャンプ場は満員だった。しかし、夜にまた雷雨が来るらしく充電もゼロになったので、少しお金はかかるがアパートの一室で民泊することにした。※ヴィジーユの中心地。この町のアパートで1泊。

スーパーマーケットでリサプライを済ませ、夕食用にサラダとピザ、ボトルワインを買ってアパートに戻った。時間もあったので、食事は皿に盛りつけワインはグラスに注いだ。酔いが回るとピザとワインを持ってベッドへ行き、特に興味のないテレビ番組を鑑賞した。

翌日、チェックアウトまでダラダラ過ごし、町の広場で数日分の日記を書き、太ももにくっついていたマダニを難なく退治し、昼過ぎに出発。

この日は特に目を見張る景色はなく、林やロードを歩きながら小山を二度越えただけだ。黙々と歩き、20時に村で野営場を探すことにした。村のピザ屋の主 (あるじ) に「横のジムならテントが張れるかもしれん」と教えてもらい、ジムの敷地内の隅にテントを張った。


ジム帰りの客からもらったラザニア。

47日目。今日は朝一から1,600mの上りがあるが、何の心配もない。昨夜、ジム帰りの団体客の一人からビッグなラザニアをもらい、やる気もパワーも満タンだからだ!

7時過ぎに出発し、林の中の上りで早々に汗をびっしょり掻いた。疲れは感じてきていたが、モードに入っていたので視界が開けるまでノンストップで進んだ。そして完全に視界が開け、一枚岩のような崖のような山が現れた時に、ちょっぴり達成感を覚えた。

トラバースと稜線歩きの後は下り。下りながらこれから先の道を地図で確認すると、南アルプスは既に通過していて、これまでのようなアップダウンもなさそうだった。

これには達成感というより、どこか寂しさを感じた。毎日しんどくてあんなに愚痴をこぼしまくっていたのに‥。この感情はただの「ないものねだり」から来るものなのか、それとも一種の「不思議な感覚」なのか分からず、いつかゼロデイを取った時にゆっくり考えることにした。


一枚岩のような山が見える。

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佐井聡(1979生)/和沙(1977生)
学生時代にバックパッカーとして旅をしていた2人が、2008年にウルトラライトハイキングというスタイルに出会い、旅する場所をトレイルに移していく。そして、2010年にアメリカのジョン・ミューア・トレイル、2011年にタスマニア島のオーバーランド・トラックなど、海外トレイルでの旅を通してトレイルにまつわるカルチャーへの関心が高まっていく。2013年、トレイルカルチャーにフォーカスしたメディアがなかったことをきっかけに、世界中のトレイルカルチャーを発信するウェブマガジン「TRAILS」をスタートさせた。

小川竜太(1980生)
国内外のトレイルを夫婦二人で歩き、そのハイキングムービーをTRAIL MOVIE WORKSとして発信。それと同時にTRAILSでもフィルマーとしてMovie制作に携わっていた。2015年末のTRAILS CARAVAN(ニュージーランドのロング・トリップ)から、TRAILSの正式クルーとしてジョイン。これまで旅してきたトレイルは、スイス、ニュージーランド、香港などの海外トレイル。日本でも信越トレイル、北根室ランチウェイ、国東半島峯道ロングトレイルなどのロング・ディスタンス・トレイルを歩いてきた。

[about TRAILS ]
TRAILS は、トレイルで遊ぶことに魅せられた人々の集まりです。トレイルに通い詰めるハイカーやランナーたち、エキサイティングなアウトドアショップやギアメーカーたちなど、最前線でトレイルシーンをひっぱるTRAILSたちが執筆、参画する日本初のトレイルカルチャーウェブマガジンです。有名無名を問わず世界中のTRAILSたちと編集部がコンタクトをとり、旅のモチベーションとなるトリップレポートやヒントとなるギアレビューなど、本当におもしろくて役に立つ情報を独自の切り口で発信していきます!

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