ヘキサトレック (Hexatrek) | #06 トリップ編 その3 DAY26~DAY37 by Beyoncé(class of 2023)
文・写真:Beyoncé 構成:TRAILS
ハイカーが自らのロング・ディスタンス・ハイキングの体験談を綴る、ハイカーによるレポートシリーズ。
今回は2023年に開通間もないフランスのヘキサトレック (Hexatrek) をスルーハイキングした、トレイルネーム (※1) Beyoncéによるレポート。
全8回でレポートするトリップ編のその3。今回は、ヘキサトレックのスルーハイキングのDAY26からDAY37での旅の内容をレポートする。
標高2,830mからヨーロッパ・アルプスの山々を眺める。(DAY26〜DAY 28)
テントを片付けて間もなく、目の前に牛と馬が続々とやって来た。私の近くにテントを張っていた女子グループの一人が、馬に食料とカメラを食べられかけていた。早起きして良かった。
朝から標高を上げていき、見えてくる景色がカルスト (石灰岩などでできた地形) に変わっていく。標高2,000mを越えると視界がさらに開け、そこでは残雪歩きも経験した。
峠を越えて下った先に、山小屋を発見。山小屋のテラスで食事をしていたヘキサトレックのハイカーカップルに招かれ、一緒にランチを済ませた。出費を避けないといけないはずなのに、調子に乗ってオムレツを注文してしまった。
その後、予定していた野営地に着くも、傾斜のある地面かつ放牧エリアだった。仕方なく歩き続け、この日の累積標高は5,300mまで達した。
翌日に通過した山小屋ではネパール人が働いていた。ワケを訊くと、自国ではこの時期にモンスーンが発生していてガイドの仕事ができず、フランスへ出稼ぎしにきているとのことだ。なるほど、自然には抗えないってことか‥。
そして、この山小屋が正規ルートと代替ルートの分岐点。天気が良かったので難易度の高い前者のルートを選択した。
稜線歩き、道標の少ないカルスト地帯、残雪歩きなど変化に富んだ道を進みながら標高を上げていき、本日のピークであるシェバル・ブラン (La Cheval Blanc, 標高2,830m) に到着。ピークからはマッターホルンやモンブランも見え、テレビでしか見たことなかったアルプスの山々が、見事に自分のものになっていく感覚があった。
これまでいろんな国や地域を旅してきたが、この「自分の眼で世界を捉える瞬間」が好きだ。
しかし、その後には高所恐怖症の身からすると、絶望的な下りが待ち構えていた。日本の山で例えると、槍ヶ岳山頂からの下りのような感じか。へっぴり腰になりながらも集中力を研ぎ澄ませて何とか攻略。さらに野営地探しに苦戦しながら日が暮れるまで下り続け、ようやく見つけた駐車場のスペースでテント泊をした。
28日目。深夜から朝にかけて激しい雷雨。悪天候かつバッテリーも限界に近かったので町でゼロデイを取ることに決めた。ロードに出て一発目のヒッチハイクが成功し、シャモニーという町まで連れて行ってもらった。
シャモニーは「アルプスの玄関口」と呼ばれているらしく、町は登山者や観光客で賑わっていた。朝食、洗濯を済ませ、町の中心地に移動し、消耗・紛失したギアを購入。街ブラもほどほどにして予約したホステルへ行き、ご当地のワインを飲みながら部屋でゆっくり過ごした。歩きながらその国の文化に触れるのが、ロングトレイルの醍醐味だ。
ヘキサトレックで、PCTの思い出が蘇る。(DAY 29〜DAY 31)
10時にホテルをチェックアウトし、バスに乗車。ヒッチハイクした辺りで下車し、そこから歩き始めた。序盤の900mの上りは難なく通過し、ブランというピーク付近に到着。町からのアクセスが良いため、観光客で賑わっていた。
午後にはガスっていた景色も晴れて、トラバースしながら先へ進んだ。もう少し歩けたが、この先に野営地がなさそうだったので、早めに切り上げてテントを張り、橙色に光るサンセットを見ながら夕食を済ました。
翌朝はスイッチバックをひたすら下り、村で水を確保し、すぐにダートロードを上った。1,700m地点では登山鉄道を発見。その時に昔、「列車に乗ってアルプスの景色を見ること」をバケットリスト (生きているうちにやりたいことを書き出したリスト) にしていたことを思い出したが、もうその必要はなくなった。なぜなら、歩きながら今まさにそれを実行しているからだ。
アップダウンを繰り返した後、町で少しリサプライをした。この日の最後の上りを通過して予定のキャンプサイトに着くと、すでに15張以上のテントが張られていた。こんなに賑やかなテント場は初めてだった。
31日目。賑やかなテント群を横目に出発。周りの景色を写真に収めながら、上りを進んでいく。山小屋を過ぎたあたりの稜線で思わず足を止めた。稜線の景色が、2022年のアメリカのPCT (※2) で歩いたゴート・ロックス、というエリアのそれと似ていたからだ。自然と口角が上がり、蘇ってきた当時の記憶と一緒に歩いた。
そこから下って小屋でレモネードを注文した後、再び上り。緑豊かな山々が、岩肌剥き出しの無骨な姿に変化していく。標高2,500m付近の山小屋でコーヒーとココナッツケーキを注文。この日も「山小屋の欲望」に勝てず、また出費が重なった。
山小屋を発ち、広大な景色を眺めながら一気に下り。気分が良く、ノリで行けるところまで歩いたせいで、予想通り野営地探しに苦労した。この日、昨日に引き続き累積標高は4,000mを超えた。
スタートから1,000km地点を通過! (DAY32 〜DAY 34)
村まで下ってまた山に入っていく。山と村の繰り返しだ。PCTのように荒野を一週間歩くみたいな日々が、正直恋しい。
視界が開けたパレット峠手前の小屋で一泊も考えたが、バッテリーの充電を断られたので先へ進むことに。パレット峠 (標高2,652m) を通過し、少し下るとティニュという町が見えてきた。
ウインタースポーツのために作られたような町で、宿泊施設やレストランなどが立ち並んでいた。町を通り過ぎ、少し上った先にあった人目に付かなそうなスキーリフト周辺でテント泊をした。
景色は違えど、翌日も上ってすぐ下りという道だった。山小屋に近づくに連れて人が増えていく。アルプスの景色は良いが、この人の多さに少々うんざり気味だ。
ヴァッシュ湖では、湖の上に敷かれた一筋の石畳の上を歩いた。日本では決して拝めないであろう光景に感動した。「ここまで来た甲斐がある」と思った瞬間だった。
町の有料キャンプサイトの受付でバッテリー充電をお願いし、その隙にリサプライや食事を済ませた。3時間後に戻ると、何故か全くバッテリーが充電されていなかった。「チクショー!」と叫びたかったが、どうすることもできずキャンプサイトで一泊することにした。
翌朝、夜中に充電をお願いしていた受付を訪ね、バッテリーがフルになったことを確認し、出発。ダートロードと山の上りがずっと続いた。途中にケルン群で一帯が覆われている不思議なエリアを通過し、シャビエール峠 (標高2,796m) に到着。眼下には灰色ベースのうねった地形が広がっていて、窪みには雪が残っていた。
峠から一気に下り、林の中に差し掛かったときに石が並べられた「1000」という文字を発見。もしやと思い、地図で確認するとちょうど1,000km地点だった (トレイルの全長は3,034km)。「新興トレイルなのにヘキサトレックめ、粋なことをするやんか」と言いながらニヤッとした。
その石を写真に収め、先にあった小さなリゾート地のスーパーでお祝いという名目でビールを2本購入。1本はその場で飲み、もう1本は野営地で飲んだ。
ステージ3の南アルプスへ。(DAY35 〜DAY 37)
上りスタート。視界が開けていき、アルプスの景色が広がっていく。100頭以上の放牧牛のそばを通過するのに手こずった。目が怖いんだよな、アイツら‥。
峠付近では体が飛ばされそうなくらいの爆風が吹き、踏ん張りながら前に進んだ。3~4つの峠を越え、一気に下るとロードに出た。そこで緊張の糸が切れ、「もういいや~残り3kmヒッチしよう」と決めた。何台か停まってくれたが乗せてはもらえず、結局トレイルのルートに流されていった。
500mの急な上りは目印が少なく、ロストしないように注意深く歩いた。ガリビエ峠を越え、少し下ったところでテントを張ることにした。その光景が珍しかったのか、近くに停まっていたキャンピングカーからスロバキア人男性が話しかけに来て、ボクにビールをくれた。疲れている時に優しさを受けると本当に涙腺が緩む。ステージ2の最終日にふさわしい夜となった。この日の累積標高は4,000m。
翌朝、スロバキア人夫婦にお礼を言って出発。ロードを500m下り。ステージ2のゴール地点であるロータレ峠に到着。
昨夜感動しすぎたため、ゴールでは落ち着いていた。少し休み、ステージ3の南アルプスへ向かった。
このあたりからエクラン国立公園に入っていき、歩いていると観光客もちらほら見えた。村に下りてからまた大きな上りと下り。これまでと比べると大した景色ではなかったので、ひたすら歩き進めた。下ったフラットな場所でテント泊。累積標高は3,800m。
37日目。レインウェアを着て小雨の中をスタート。2km歩いたところで後ろから来た車に「乗っていくか?」と声を掛けられた。町までロード歩きだったのでお言葉に甘えた。
町には9時に到着。別れ際に、車に乗せてくれたフランス人男性のオリバーからディナーの招待を受けた。今日は町のキャンプサイトでゆっくり過ごすつもりだったが、せっかくの招待を無碍にするのも悪いかなと思い、行くことにした。
夕方、セカンドハウスに招かれオリバーの娘と3人で夕食を囲んだ。ワインも堪能。オリバーは過去に日本に住んでいたらしく話が弾んだ。娘はシャイだったが、日本の漫画の話で盛り上がった。ディナー後、彼から「帰国したら教えてくれ」と言われ、またキャンプサイトまで送ってくれた。
後日談だが、ヘキサトレックが終わった後、彼と日本で再会を果たした。
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