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リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#14 / アメリカ人は日本のどこをハイクしたい? <後編>日本をハイクする魅力ベスト10

2018.09.21
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文:リズ・トーマス 訳:井上華 構成:根津貴央

前編では、アメリカ人ハイカーが日本のトレイルをどれくらい知っているのか?その認知度を115人のハイカーにリサーチしました。残念ながらかなり認知度は低かったのですが、一方で、世界で行きたい国の第一位が日本という結果でした。

それを受けて後編では、日本のどこに魅力を感じているのか、そして日本を歩くにあたってなにがハードルになっているのかを、リズがリサーチしてくれています。

日本人ハイカーにとってとても興味深い内容となっていますので、ご期待ください。

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なぜ、日本をハイキングしたいのか?


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【回答対象者】 アメリカ人のHIKING LOVERS
1. Thru-hikers n=61
2. Avid backpackers n=17
3. Hiking enthusiasts n=37
【回答者数】 115 人
【調査実施⽇】 2018年8月
【調査⽅法】 インターネット調査(機縁法)

上記グラフは、日本でハイキングする時どこが魅力的なのかを調査したもの。アメリカ人ハイカーに、ベスト3を挙げてもらいました。結果、いちばん魅力だったのは日本が山岳国であることでした。それもそのはずです。なぜならアメリカは平地が多い国ですから。実際アメリカでも、ハイカーは山岳地帯に集まります。

私がいちばん驚いたのは、アメリカ人が日本の文化に興味があるということです。実はアメリカ人が日本で歩きたいトレイルは、巡礼路だったり、お寺や神社のあるところだったりするのです。自然だけを楽しむトレイルにはあまり興味がありません。

そもそもアメリカには、巡礼できるトレイルが少ししかありません(もしかしたら無いと言ったほうがいいかもしれません)。だから、アメリカ人ハイカーにとっては日本のトレイルは特別なのです。

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日本の神社にある「手水舎(ちょうずや)」。参拝者は、ここで手を洗い身を清めます。

そのほかの魅力としては、温泉の多さです。アメリカでは、カスケード山脈のように温泉があるところもあります。でも、アパラチア山脈などそのほかの山域では、温泉はほとんどありません。アメリカ人は温泉に入るのが好きで、ハイキングの後や、長期のバックパッキングのあいまに、温泉に入ったりします。

また、日本はほかの国と比べて犯罪率が低いことも、アメリカ人ハイカーには魅力となっています。特に、多くの女性ソロハイカーにとってそれは注目すべき点です。彼女たちは、海外で安心してハイキングがしたいのですから。世界中のさまざまなトレイルと比べても、日本は安全です。キャンプの時や、補給のために街に訪れた時に、ギアが盗まれないかどうかは、性別関係なく心配なこと。もしギアが盗まれたとしたら、泊まることもできず、滅入ってしまうでしょう。それがスルーハイカーのバックパックだとしたら、もうその旅は終わりです。そういった懸念が、日本はほかの国よりかなり少ないのです。

この調査で意外だったのは、アメリカ人は日本のウルトラライトギアにそんなに興味がないということ。ギア好きのなかでは日本のウルトラライトギアは有名なので、予想外でした。でも、多くのアメリカ人は、ギアよりも日本のハイキングカルチャーに興味があるのでしょう。


なぜ、まだ日本でハイキングをしていないのか?


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次に、アメリカ人ハイカーに「なぜ、まだ日本でハイキングをしていないのか」と聞きました。

■英語の情報がない。
その理由の中で私が気になったのは、英語の情報が少ないということです。多くの人は、日本のロングトレイルの名前すら聞いたことがありません。そして、たとえ名前を知ったとしても、英語で書かれた地図やトレイル沿いの街の情報を手に入れることはできないのです。私がインタビューしたあるハイカーは、特にガイドブックと地図の英語版を欲しがっていました。日本のロングトレイルのいくつかは、ウィキペディアに取り上げられていましたが、大した情報は載っていませんでした。

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神奈川県の相模湖の近くにある石砂山(いしざれやま)。この道標のように、日本語しか書かれていないことが多いです。

■交通や各種手配に不安を抱いている。
また交通や各種手配に不安を抱いている人も多くいて、次のような質問をしてきた人もいました。「どうやって空港からトレイルヘッドまで行くのですか?」「どうやって食料を補給するのですか?」「どうやってホステルやホテルを見つけるのですか?」「ハイカーのためのホテルや小屋はありますか?予約は必要ですか?」。

私が、アメリカと日本のトレイルが大きく違うと思うのは、キャンプをする際のルールや、トレイルの許可証に関してです。アメリカ人のハイカーは、日本の文化や法律に敬意を示そうとしています。でも、それらを調べたハイカーが言うには、それはとても複雑で、しかも情報を手に入れるまでかなり苦労するとのことです。

JMTやPCT、ATのようなアメリカのロングトレイルでは、トレイルのほぼどこにでもテントを張ることができます。でもこれは日本では当てはまらず、そしてヨーロッパの多くの国でも同様です。

多くのアメリカ人ハイカーは、日本のトレイル沿いでルールに則ったキャンプをするための情報を欲しがっています。そもそも、PCTやJMTのように日本も歩くには許可証が必要なのでしょうか? 日本のスルーハイカーは日本のトレイルでどんなことをしているのでしょうか?

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日本の場合、原則としてキャンプ指定地でしかテントを張ることはできません。しかも、ハイシーズンはかなり混み合います。

■トレイルが人混みであふれているイメージがある。
また、アメリカ人ハイカーのなかには、日本のトレイルはアメリカよりも混んでいるんじゃないか? と心配している人もいました。多くのハイカーは、開発や観光が進んでいない、静かな山をハイキングしたいと思っています。

あるハイカーはこう質問しました。「日本において、自然と農場を比べると、どっちが人が多いですか?」。そう思ったのは、富士山がいかに混んでいるかを聞いたことがあるからです。アメリカ人ハイカーは、人がたくさんいるトレイルには興味がありません。だから日本のトレイルが混んでいるか混んでないかを心配しているのです。

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日本にあるいくつかのトレイルは評判が良く、混んでいて、ひとりで歩きたいアメリカ人にとってはネックになります。

■渡航費と物価の高さ。
ロングトレイルを歩くにあたって、すべてに共通して大きな障壁となっているのは、コストと時間が必要だということです。多くのアメリカ人ハイカーがアメリカを歩くのは、海外に行こうとすると高額な渡航費がかかるからです。また、アメリカはヨーロッパに比べて休暇が多く取れないため、バックパッキングに使える時間も限られています。

アメリカ人にとって、日本はとてもお金がかかる国というイメージです。多くのアメリカ人ハイカーは、日本では食料やホテル、ギアなどにかなりお金を費やさないといけないと思っています。たしかに日本は、食料と宿泊においては、ネパールや南アメリカの国よりも高価です。でも日本で何度もハイキングしている私からすると、日本は、多くのアメリカ人が思うほどお金はかかりません。たとえばニュージーランドやヨーロッパと比べても決して高くはありません。

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男体山の麓にある二荒山神社の鳥居前にて。私が好きなスポットのひとつです。

■言葉の壁と情報不足。
また、言葉の壁と情報不足の2点も、他の国以上に日本でハイキングできない大きな理由となっています。私がインタビューしたハイカーの何人かは、トレイルヘッドまでの行き方や食料の調達方法をはじめ、さまざまな手配をサポートしてくれる地元ガイドが欲しいと言っていました。

言葉の壁は、ハイカーがケガをした時にも気になることです。あるハイカーは、日本でハイキングしている時にもし病気になったら、どうすればいいかわからないと言っていました。

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いろいろ課題はありますが、私は希望を持っています。徐々に課題を解決していけば、将来的には、より情報交換がなされて、アメリカ人ハイカーと日本人ハイカーの交流も生まれていくはずです。そして、日本人がJMTやPCTを歩くのと同じように、アメリカ人も日本をハイキングするようになってほしい。

いま日本は、スルーハイカーの文化やコミュニティが育ってきています。日本で、ハイカーズデポの長谷川晋さんが『LONG DISTANCE HIKING』という本を出版しましたが、そのうちアメリカでも日本のトレイルを紹介するような本をハイカーが書くことでしょう。

日本そしてアメリカでも、もっとスルーハイキングがメジャーになって、それぞれの国のハイカーが自分の国以外のロングトレイルを歩くようになることを、私は願っています。

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日本の里山を巡り歩くロングトレイルは、とても楽しいです。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT, PCT, CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

English follows after this page.
(英語の原文は次ページに掲載しています)

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WRITER
Liz Thomas

Liz Thomas

2011年にアパラチアン・トレイルを女性の最速タイムで踏破した記録(当時)を持っていることで知られている。彼女はトリプルクラウンを達成しただけでなく、米国に15以上あるトレイルでのスルーハイクを経験し、今まで15,000マイル以上ものトレイルを歩いてきた。また、彼女はその経験をロング・ディスタンス・ハイキングのコミュ二ティに還元することにも熱心で、American Long Distance Hiking Assosication-West(ALDHA-West)のバイスプレジデンドも務めている。彼女がハイキングを本格的に始める前は、イエ-ル大学の森林環境学部で環境科学の修士課程を修了し、彼女が手がけた、ロング・ディスタンス・ハイキング・トレイルとその保護およびコミュニティに関するリサーチは、名誉あるDoris Duke Conservation Fellowshipの賞を受けた。スポンサーはAltra, Gossamer Gear, Probar, Vermont Darn Tough socks, Mountain Laurel Designs, Sawyer filters, Montbellで、アンバサダーとして活躍している。
http://www.eathomas.com/

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