BRAND STORY

#004 Marmot / マーモット – 33年前に生まれた『軽量化哲学』への再挑戦

2016.03.18
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■『LIGHTPACKING』コンセプトの誕生(1983年)

常にイノベーションを意識していたマーモットは、設立以来、次々と新しいプロダクトを世に送り出し続けていた。その多くは過酷な環境でも対応できるようなタフなものだったが、一方で軽量化に対しても積極的だった。

1978年の春には『Ultralight Freedom and Secure Shelter』というウルトラライトと銘打ったビビィタイプのシェルターを発売。さらに、1983年には『LIGHTPACKING』というコンセプトを掲げたプロダクトラインを設けたのである。

当時のカタログには『LIGHTPACKER TOTAL WEIGHT(約9kg)』と『TRADITIONAL TOTAL WEIGHT(約15kg)』のアイテムを並べて掲載。そして軽量化することで、より速く、より遠くへ行けると説いているのだ。今から33年前のことである。

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1983年のマーモットの「LIGHTPACKING」のコンセプト。アイテム数の削減、素材の見直し等、今と同じような観点なのも面白い。



ウルトラライトハイキングのムーブメントや、超軽量ギアのコテージ・マニュファクチュアラー(ガレージブランド)の誕生が90年代ということを考えると、それに先駆けたチャレンジを行なっていたと言える。登山やアウトドアの世界における軽量化は、最近始まったものでもなければ、一部のULハイカーのためのものでもないのだ。

佐藤史佳「マーモットのスローガン『FOR LIFE』は、日本においては『生還のためのプロダクト』と訳して併記していますが、アメリカ本社の人に聞くと『楽しむために』というニュアンスもあるそうです。マーケット的に、日本の場合は『生還』といったようなフレーズのほうが響くのかもしれません。ただ個人的には、シリアスな所もそうでない所もとにかく楽しむ!というのがマーモットの本質なのだろうと思っています」

創業時の破天荒なエピソードの背景にあるのも、まさに「楽しむ」というアティテュードだった。そしてこの『LIGHTPACKING』によって、クライミングDNAのもと楽しみながら軽量化にチャレンジしてきた歴史と、ハイキングの結合点が生まれたのである。

1978年の時点ですでに「Ultralight」という言葉で説明されたビビィ型のシェルターも発売していた。



 ■ Re:LIGHTPACKING 〜『軽量化哲学』への再挑戦〜

そして2016年、マーモットは33年前に掲げた軽量化哲学への再挑戦に着手することになる。その背景には、マーモットらしさの奪還というテーマがあった。

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「Re:LIGHTPACKING」シリーズのZERO Solitary Bivy(ビビィサック)のテスト風景



佐藤史佳「実はマーモットに入社したのは3年前。昔からマーモットが好きだったんです。原宿にプロペラというお店があって、そこでよく買っていました。当時愛用していたのがマーモットのハードシェル。本物のブランド、オーセンティックというイメージがありました。でも最近は、うちの会社(デサント:日本におけるマーモットの輸入・販売元)がアスリート向け商品が多いこともあって、数字や記録を出すためのモノづくりを、という意識が強い。でもマーモットはもともとそこじゃないよなと。どこかポップで面白おかしいデザインだったり、着る楽しさが味わえたりと、そういうブランドであるはずだと」

軽量化自体は、マーモットに限ったことではなくアウトドア業界全体の流れである。そのなかで、マーモットの日本企画のラインはどうあるべきか。どんな製品を打ち出していくべきなのか。社内で議論を重ねるなかで佐藤氏が着目したのがウルトラライトだった。

佐藤史佳「正直、ウルトラライトのほうがカッコイイと思っていたんです。スタイルやデザインもシンプルですし。昔のマーモットのプロダクトもシンプルでした。最近のマーモットがデコラティブな方向に寄っていたこともあって、社内におけるある種のカウンター的なものもあったと思います」

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かつては原宿の「プロペラ」などでマーモットの製品を買っていたという、昔からのマーモット・ファンでもあるデザイナーの佐藤史佳氏



マーモットらしさを追求する過程で見出したのが、ウルトラライトであり、かつてのマーモットが謳っていた『LIGHTPACKING』というコンセプトだった。

佐藤史佳「そこで掲げたのが、『Re:LIGHTPACKING』です。33年前にやっていたことを踏襲しても意味はないので、33年後の今にあったカタチでそれを見直そうと。そして、過去を超えるモノづくりをしてみたいと考えました。とはいえ、ウルトラライトに関しては私たちは専門家ではありません。そこで日本における第一人者であるハイカーズデポの土屋さんと一緒にやってみたいと思ったんです。なんで軽くしているのかという背景と、なんでアメリカなんだろうという話もきちんと聞きたかったんです」

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コラボレーション実現までの経緯や開発プロセスを振り返る佐藤氏とハイカーズデポの土屋氏



 ■ ULの第一人者である土屋氏が、なぜ今「Marmot」なのか

土屋智哉「話を持ちかけられた時、彼らが単なるマーケティングの一環でULハイキングを取り上げてみようというレベルであれば、辞退しようと思っていました」

そう最初の印象を語る土屋氏。ただ、アメリカのORショー(アウトドア・リテーラー・ショー)でも、アルパイン志向のモノづくりではなく、ハイキングのためのモノづくりをするメーカーが増えてきていることを感じていた彼は、少なからず関心はあった。

土屋智哉「クライミングのイメージが強かったというのもあって、僕のなかで、マーモットとハイキングやウルトラライトが、全然つながらなくて。でも、1983年のカタログを見せてもらって驚いたんです。そこにはたしかに『LIGHTPACKING』とある。なんだ、マーモットってこういうのやってたんじゃん!って」

一方で土屋氏にとっては逡巡があったことも正直に語ってくれた。それはそうだろう。彼が立ち上げたハイカーズデポというお店は、これまでコテージ・マニュファクチュアラーや小規模メーカーの製品を扱うことが比較的多かった。普通に考えれば、大手ブランドと手を組む必然性は見出しにくい。

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前身頃には保温性と通気性のバランスに優れたポーラテックアルファを、背面には通気性の高いパワーグリッドを採用したベスト。Polartec Alpha Power Grid Vest



土屋智哉「実際、僕がマーモットとコラボすることを良く思わないお客さんもいると思います。大手ブランドにネガティブな印象を持っている人もいますから。でも、僕はそうじゃないと思っていて。ウルトラライトというのは、そもそも既成概念を変えるというか、チャレンジングなものであるのだけれど、今その考え方が少し凝り固まってきていることも感じていた。だとしたら、マスプロダクトを通じて再提案するのは面白いんじゃないかってね」

長年にわたってウルトラライトを提唱してきた土屋氏は、それに長く深く関わってきたからこそ、その本質を理解しているし、これからさらに前進するためにも、あえて新しいチャレンジをしてみようと考えたのである。

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土屋智哉「僕は、ウルトラライトやハイキングのカルチャーを日本で定着させたいと思ってやってきているわけだけど、やっぱり個人でできることは限られていて。ニッチなところに訴求していくこれまでのスタイルは、たしかにアメリカの本当のカルチャーは伝えられるけど波及力は小さい。もちろんそれはこれからもずっと続けてはいくけど、一方でカルチャーを伝えるというゴールに向けて、今までと違うアプローチも必要だなとは思っていたんです」

■ 「ドライクライム」 = 僕たちの好きな「マーモット的」なもの

土屋智哉「佐藤さんが作るマーモットの世界観というものがあるわけじゃないですか。だからそれとまったく異なるものを作るのであれば、いっそのこと別ブランドを立ち上げたほうがいいし、僕が関わる意味がない。ウチのオリジナルでやるのと変わらないからね。手を組むのであれば、マーモットの枠内でやることが不可欠。マーモットのファンに届けることが一番重要なんです」

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「Re:LIGHTPACKING」シリーズのウインドジャケット、Flight Light Windshirt



そこで指針になったのが、マーモットの『ドライクライム ウインドシャツ』(今回のBRAND STORYのタイトルにイラストで描かれているウェア)。1991年の誕生から25年にわたって変わることのないロングセラーアイテムである。佐藤氏も昔から愛用していて、「僕がマーモットを好きな要素が詰まった製品」とのこと。開発段階において、佐藤氏と土屋氏は「ドライクライム」を合言葉に、お互いのアイデアをぶつけ合った。

佐藤史佳 「ドライクライムみたいなものを作りたいからやっているような部分もあるし、そこに寄せていく作業もあったりします。ドライクライムは面白くて、それが正解なのか分からないようなスリットが両サイドに入っていたり、ポケットが横向きだったり。アメリカのバックパッカーマガジンでアワードを取ってもいるけど、好き嫌いもはっきりわかれる商品で。メジャーとマイナーの両面を持っているアイテムですね」

土屋智哉 「僕らのなかでは、困った時はドライクライム!みたいな(笑)。できれば多くの人に買ってほしいけど、従来品と同じでは意味がないからチャレンジもしたい。届けたいけど、軽くもしたい。じゃあどうするよ?となった時に立ち戻るアイテムがドライクライムなんです。あの絶妙にダサい感じがね。ほんと野暮ったいんですが」

佐藤史佳 「ダサいと言われて悪い気がしない(笑)」

土屋智哉「そもそもウルトラライトはダサいからね。サコッシュにしたって、あれがこれほどいろんなメーカーで作られるようになるとは思っていなかったし。みんなダサいの分かってるのかな(笑)。ゴミ袋を持って歩くのと一緒じゃん!って思ってるくらい。でもドライクライムも同じ延長線上にあるんだよね」

ドライクライムウインドシャツが指針になってはいるが、これがベストのものではなないと両氏は口を揃える。もしベストだとしたら新しいモノを作る意味がない。だから、これを超えるものを、これに変わる次のものを作るべく、二人とも試行錯誤を繰り返しているのだ。

ちなみに現在、2017年春の新製品開発も進んでいる。土屋氏は、できるだけ長く関わりたいと語っている。そしてマーモットも、『Re:LIGHTPACKING』は今年限りのものではなく今後も継続していく予定である。

アルパインクライミングからハイキングまで、幅広いアイテムを作り続けてきたマーモット。40年以上前にたった三人で立ち上げたブランドは、今や世界27カ国に販路を持つほどまでに成長を遂げた。そこに息づいているのは、変化を恐れず、新しいことにチャレンジし、イノベーションを起こし続けるスタンスである。もちろんこれからも立ち止まることはないだろう。今後の展開も楽しみだが、まずは日本でスタートしたばかりの『Re:LIGHTPACKING』に注目したい。

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WRITER
根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。現在はアウトドア系のメディアを中心に執筆活動を行なう。著書に『ロングトレイルはじめました』(誠文堂新光社)がある。

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