Crossing The Himalayas #1 / トラウマの大ヒマラヤ山脈横断記#1
文/ジャステン・リクター 写真/ジャスティン・リクター ショーン・フォーリー 訳/大島竜也 三田正明 構成/三田正明
TRAILSではコッパー・キャニオンの連載も好評だった「スーパーハイカー」ジャスティン・リクター a.k.a トラウマが、ふたたびハイキング・レポートの連載を始めてくれます。
今回の彼の行き先はあの大ヒマラヤ山脈。2011年にパートナーのショーン・フォーリーとおこなった世界最東端の8,000m峰カンチェンジュンガからネパールを横断するグレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を越えインドに入り、世界最西端の8,000m峰ナンガ・パルバットを目指した3ヶ月間・総距離3,400km以上に及んだ壮大なハイキングの記録を全10回シリーズでお届けします。
(第1回目となる今回は特別編としてトラウマとのQ&Aやヒマラヤでのギア・リストも公開します!)
【でもその前に、ヒマラヤってどんな場所?】
ともあれ「ヒマラヤを横断」といわれても、それがいったいどれだけのスケールの旅なのか、そもそもヒマラヤがいったいどんな世界なのか、まったく想像もつかない人も多いでしょう。
TRAILSの前回ポスト「HIMALAYA MOUNTAIN LIFE − GHT Project」もぜひ参考にしていただきたいのですが、大ヒマラヤ山脈は東はブータンから、中国、インド、ネパール、ふたたびインドを通ってパキスタンへと五カ国、直線距離にして2,400kmに及ぶ巨大山脈です(北海道の宗谷岬から鹿児島の佐多岬までが1,880km)。世界最高峰エベレストを始めとする14の8,000m峰があり、さらに標高7200m以上の山を100座以上擁するまさに世界最大の山脈です。
地形は亜熱帯のジャングルから岩と氷の峰々、氷河や高地砂漠、深い峡谷などバラエティに富み、とくにその山々の巨大さは他の山域と比べようもないほどです(標高7,000m以上の山はヒマラヤとその周辺地域にしか存在しません)。一般的にはアルパイン・クライミングのイメージの強いヒマラヤですが、標高3,000mほどの地帯まで数多くの村が存在し、人種や宗教や文化の違う村々を繫いで歩くトレッキングも非常に人気があります。
なかでもとくにネパールは入国カードの渡航目的の欄に”Trekking”というチェックボックスもあるほどのトレッキング大国で、奥地の村にもトレッカー向けの宿が多くあり、情報も比較的多いため、個人旅行者にも歩きやすい国です。
近年ではそんなネパールのヒマラヤを横断する超ロング・トレイル、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)が開通しました。日本からは昨年(2014年)に山と道の夏目夫妻がそのセクション・ハイクに挑戦したり、TRAILSでも「HIMALAYA MOUNTAIN LIFE − GHT Project」でお伝えしたように山岳ガイドの根本秀嗣さん・TRAILSでもお馴染みのライター根津貴央さん・写真家の飯坂大さんからなるTeam Monsoonの三人がセクションごとの踏破に挑戦中なので、注目されているハイカーの方も多いかと思います。
2011年、トラウマはそんなGHTの起点であるネパール最東端の8,000m峰カンチェンジュンガからGHTを越えてインドへと渡り、パキスタンにある世界最西端の8,000m峰ナンガ・パルバットを目指しました。ですが、ハイキング中にパキスタンに潜伏していたウサマ・ビン・ラディンを米軍が殺害したため政情不安定なパキスタン入国を諦めざるをえず、インド・パキスタン国境にあるカルギルでのゴールとなりました。
ヒマラヤの冬は厳しく、夏にはモンスーンが吹き荒れるため、GHTのスルーハイキングが可能な期間は春と秋の2~3ヶ月ほど。さらには途中いくつもの標高5,000m以上の峠や補給困難な僻地を通り過ぎるため、ガイドやポーターのサポートなしでの個人ハイカーのスルーハイキングはかなり難易度の高いトレイルでもあります。トラウマはさらにインドに入りヒマラヤをほとんど横断してしまったのですから、まさに装備を極限まで切り詰めたウルトラライト・ハイキングのスタイルと豊富な経験、そして驚異的な歩行力を持つ彼だからこそ成し遂げた旅だといえるでしょう。
【トラウマとのQ&A】
今回の旅の期間と歩いた総距離を教えてください。
ヒマラヤでのハイキングだけに限ったら期間は3ヶ月間。正確な距離はわからないけれど、3,400kmは歩いたと思う。
そのうちゼロ・デイ(歩かない休息日)はどれだけありましたか?
途中で食料や装備の補給を行ったり入域許可証を取る必要があったので、ゼロ・デイは12日間あった。
1日に歩く距離は平均何kmでしたか?
激しいアップダウンもあったけれど、一日平均39kmは歩いていたと思う。これも正確な数字をいうのは難しいけど。
バックパックのベースウェイト(消耗品である食料・水・燃料を除いた基本重量)はどのくらいでしたか?
旅のほとんどのセクションでは4.85kg。でもテクニカルなセクションでは登攀用装備も担いでいたので少なくとも7.5kgにはなっていた。
バックパックの消耗品を含んだ総重量はどのくらいでしたか?
基本的に僕たちは10日ごとに補給を行うことにしていたんだ。なので10日分の食料を積んだ状態では15kgくらい。さらにテクニカルなセクションで登攀用装備を積むときは22kgくらいになっていた。
旅の総費用はどのくらいですか?
米国までの行き帰りの飛行機代を含めるとUS$6,000~8,000くらいだね。
この旅で到達したもっとも高い標高は?
最高標高は5,700m。ちなみにいちばん低い標高は1,000m。
食料の補給はどうしたんですか?
時には山で食べられるものを採取したりもしたけれど、でもたいていの場合地元の人々は僕たちに売る派はおろか自分たちが生活する最低限の食料しかもっていなかった。それにそれらはパッカブルじゃなかったし、ハイカロリーなバックパッキング・フードでもない。なので僕たちは10日ごとに小さな山の空港や車道に出て飛行機に乗るかバスで山麓の街へ行くか大きな街まで補給に出ていたんだ。必要な装備や壊れた装備を新しいものに取り替えるのにも役立ったよ。
水の補給はどうしましたか?
ヒマラヤでは水はどこにでもあるから、浄水器があればまったく問題なかったよ。
トレイルでは危険な動物や昆虫に遭遇しましたか?
雪豹の足跡は見たけれど、ネパールでもインドでも危険な動物には会わなかったね。もっともヤク(ヒマラヤ一帯の高地で飼われている毛長牛)たちはちょっと強情で意地悪だったけれど。きっと君もヒマラヤへ行けばヤクに出会うと思うよ。野生動物に関しては、君が彼らを怖いと思う以上に彼らは僕たちを恐れているんだ。時には大声を出して追い払ったりこちらが逃げなければならないときもあるけれど、それほど神経質になつ必要はないと僕は思っている。
ヒマラヤのトレイルの特徴は?
深い渓谷から巨大な岩壁や巨峰まで、びっくりするほど地形がドラマチックだね。信じられないほど美しかったし、とくに山の巨大さは他のどの山域とも比べられない。
なかでもとくにお気に入りな場所は?
ドルポ(ネパールの中でもとくに辺境に位置し、チベット系の人々が高峰に閉ざされた環境で中世とほとんど変わらない暮らしをしている地域)はすごく楽しんだね。
この旅で新しい発見や気づきはありましたか?
ネパールやインドの文化に眼を開かせてくれたね。とくに山岳地帯に住む人々が厳しい環境のなかでたくましく生き抜いている姿には感銘を受けた。チャレンジングな旅だったけれど、そのぶん得るものも大きかったよ。
次ページからいよいよトラウマの旅が始まります!
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