リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#23 / ALDHA-West Gathering 〜ハイキング・コミュニティのビッグイベント〜 (後編)
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文:リズ・トーマス 写真:リズ・トーマス、ロバート・カーゾン、ナオミ・フデッツ 訳:小野双葉 構成:TRAILS
リズによる、本場アメリカのロング・ディスタンス・ハイキング・コミュニティの取材レポート後編。ALDHA-West(※1)の『Gathering(ギャザリング)』で行なわれた、前編とはまた別のプレゼンテーションをお届けします。
後編で登場するのも、またスペシャルなハイカーたちです。最初は、トリプルクラウン(アメリカ3大トレイル、AT, PCT, CDTのこと)を3回(!)もスルーハイキングしたアニッシュ。次に車イスハイカーのメアリー&ローレン。
アニッシュは、豊富なハイキングの経験を通じて感じた、ハイキング・コミュニティの大切さを語り、メアリー&ローレンは、スペイン巡礼道を車イスで挑戦した時の、喜び、苦労、そして奇跡について語ってくれました。
いずれも、ハイキングの素晴らしさ、ハイカーという仲間たちの素晴らしさに心動かされる内容。これを読むと、きっとハイキングに出かけたくなるはずです。
※1 The American Long Distance Hiking Association West(ALDHA-West):ロング・ディスタンス・ハイカー、および彼らをサポートする人々の交流を促進するとともに、教育し、推進することをミッションに掲げている団体。ハイキングのさまざまな面における意見交換フォーラムを運営したり、ハイカー向けの各種イベントを開催したりしている。
プレゼンテーション3 / ハイカーは、ハイキング・コミュニティを必要としている。
ヘザー “アニッシュ” アンダーソンは、トリプルクランの1年について話してくれました。なかでも重要だったのは、ハイキング・コミュニティが彼女の人生で果たした役割についての話です。
トリプルクラウンのプレートを掲げるアニッシュ。photo by Robert Curzon
このギャザリングは、ハイキングするために生きているという、同じ考えを持った人たちと友だちになれる場所です。もしあなたがまだトレイルでの生活をしたことがなくても、トレイル中心の生活をすることがどういうものなのかを知っている人たちと、ここで出会うことができます。
多くのハイカーと同様、アニッシュも『ハイキング後の喪失感』(※2)を経験しています。「地面で寝て生活するという原始的な体験から離れ、また社会と文化に戻るのはとても難しいことです」と彼女は語りました。
彼女は、パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)とアパラチアン・トレイル(AT)、アリゾナ・トレイル(AZT)において最速踏破記録(FKT:Fastest Known Time)を持っているハイカーですが、彼女の話はすべてのハイカーに響く内容でした。
スルーハイカーはみんな「今、経験したことをどのように受けとめ、どのように自分の人生の一部にし、どのようにすればそれに必要以上にとらわれずに済むのか考えなければならない」と彼女は言います。
※2 ハイキング後の喪失感:ハイカーがロング・ディスタンス・ハイキングという長い旅から帰ってくると、その刺激的でディープな毎日が終わってしまうことで、何かしらの喪失感を抱く人が多い。これについて、以前リズは『Post-Hike Blues』として、喪失感の原因と対策について寄稿しているので、その記事を参照ください。
PCTでおなじみの砂漠地帯。ハイカーは全員、地面に寝て生活する原始的な経験をつづけます。
ギャザリングは、ハイカーたちがトレイルを歩く格好で参加できて、しかも同じマインドの人たちと出会える場所です。
彼女はギャザリングでこう言いました。「このコミュニティで出会える仲間たちは、自分たちの好きなことをしているだけでなく、ハイキングの前、ハイキングをしている間、そしてその後に経験する感情の波を理解してくれる仲間たちです」。
彼女は、スルーハイクで経験する感情の変化や、どのようにしてハイカーの友人らが、より容易に “本当の社会” に戻ることを手助けしているのかを探りました。彼女の話を聞いている人たちの中には、涙を流す人もいました。
お互いを心から理解しあえるハイカーがいること。それがハイキング・コミュニティの大きな価値のひとつでもあります。
アニッシュは、トリプルクラウンを3回ハイキングしました。これは、ATを3回、PCTを3回、そしてCDT(コンチネンタル・ディバイド・トレイル)を3回、ハイキングしたことを意味します。
「私は、3回のトリプルクラウンのすべてをお話しします。その3つがどのように違うのかについても。また、トリプルクラウンがどのように似ているのかについて、そしてハイカーとしてここにいる私たち全員が、多くの共通点を持っていることについてもお話しします」と、彼女は言いました。
多くの経験をし、長い距離を歩いた人の視点から語られていましたが、スルーハイキングの経験は、すべてのハイカーにとって共通する部分がたくさんあるのです。
ギャザリングのビールサーバーの前に集うハイカー。歩いた距離の長さは関係ない。ハイカーはみんな仲間であり、共感し合えるのです。
プレゼンテーション4 / 車イスで歩く、カミーノ・デ・サンティアゴ
メアリー・タロフとローレン・スタインバーグは、典型的なカミーノ・デ・サンティアゴの巡礼者ではありません。500マイル(約800キロ)の長さのカミーノは、1000年以上の歴史を持つキリスト教の巡礼道であり、同時に人気のロング・ディスタンス・ハイキングのルートでもあります。
でも、メアリーとローレンは、このルートを訪れる年間30万人のハイカーとは異なる方法でトレイルを旅しました。というのも、2人とも車イスだったのです。
カミーノについて語るメアリーとローレン。photo by Naomi Hudetz
メアリーは、PCTとCDTをスルーハイクしたことのある友人、アン “キムチ” ヒルデブランドからカミーノのことを知りました。
キムチは『I’ll Push You』というドキュメンタリーを観たことがありました。それはカミーノをスルーハイクする親友2人についてのストーリーなのですが、1人は車イスだったのです。キムチはメアリーにリンクを貼って、「私たち、これをやるべきだわ」とメールで伝えたのです。
最初はメアリーは冗談だと思ったのですが、キムチは本気でした。そもそもメアリーはそれまでロング・ディスタンス・ハイキングをしたことがありませんでした。でも、スペイン語を話せるキムチは、情報を集めはじめました。
そして、メアリーとローレン(彼女もまた車イスです)、キムチ、そして彼女たちの友だちのベサニーは、カミーノを一緒に歩くために、4人グループで出発しました。
メアリーとローレンのカミーノの旅は、ハイキング・コミュニティの愛についての物語です。彼女たちはこう語りました。「カミーノへ行くため、そのお金を集めるのを、たくさんの友だちとファンの方々が助けてくれました。このようなコミュニティがなければ、私たちはカミーノへ行くことができませんでした」。
わかっていたことではありますが、カミーノは車イスの人向けに整備されてはいません。トレイルのスタート地点までの列車でさえ、車イスを安全に置ける方法はない。トレイルヘッドにいくタクシーにも車イス用の設備は備わっていません。キムチが、4人の中で唯一スペイン語を話すため、車イスでアクセスできるように、都度その必要性を伝えなければいけませんでした。
カミーノは岩や丘陵が多く、車イスでの移動は困難です。「最初の日は、その日一日がいったいどうなるのか、何も準備ができていませんでした」とメアリーは言います。トレイルは岩が多く、川も渡りました。
でも、地元の人や、他の巡礼者、キムチやベサニーが、いつも2人を助けくれました。また、「ある小さな川を渡る前に、最初の夜に泊まったホステルの男性が、『君たちとそこで会おう。助けるよ』と言ってくれたのです」。それを聞いた時、4人は疑っていましたが、その男性は本当に来てくれて、川を渡るのを手伝ってくれたのです。
メアリーはこう説明しました。「巨大な石や岩のある丘を下らなければいけなかったので、基本的に車イスを担いでこの丘を下っていました」。ローレンは、電動車イスに乗っていて、その重量は300ポンド(136キロ)もありました。「この丘を下るのに、6人もの人が手伝ってくれました。0.5マイル(800メートル)進むのに2時間もかかりました」。
キムチは言います。「カミーノは私たちが想像していたよりもずっと厳しかった。何度ももう無理だと思う場面、駅まで戻らないといけないと思う場面や、諦めそうになることがありました」。
しかもローレンの電動車イスのバッテリーの調子が悪く、旅での移動がさらに困難なものになりました。カフェでバッテリーを充電する必要があったため、ハイキングの時間は毎日、短くならざるをえませんでした。
プレゼンテーション風景。photo by Naomi Hudetz
カミーノは巡礼道です。そのためでしょうか、メアリー、ローレン、キムチ、そしてベサニーのハイキングは、奇跡にあふれているようでした。メアリーは「うまくいかないだろうという場面に次々と遭遇しました。でも、私たちがうまく行くはずがないと思っても、それでも常にうまくいった。それは、コミュニティのおかげです。私たちのことを知らないたくさんの人たちが、サポートしてくれたのです」。
トリプルクラウン・アワード・ディナー
土曜日の夜のトリプルクラウン・アワード・ディナーは、このギャザリングのなかでも大きなイベントです。トリプルクラウンを終えたハイカーたちがプレートを授与されるのを見るために、たくさんの家族や友人たちが集まります。
今年のディナーのテーマは「ブラック&ホワイト」。ハイカーたちはドレッスアップをしました。タキシードとボールガウンを着た人もいれば、白のタイベック製スーツや黒のダウンジャケットを着た人もいました。
2019年のトリプルクラウナーたち。photo by Naomi Hudetz
式典は、マーティン・D・パペンディック賞(PCTを初めてスルーハイクした人から名付けられた)から始まります。これは、毎年、その年のトレイルエンジェルに授与されます。2019年の受賞者は、キャロル “レイヴンソング” バークハートでした。
彼女は、PCTの北端近くにあるワシントンのマザマの自宅に、パシフィック・クレスト・トレイルとパシフィック・ノースウエスト・トレイルのハイカーを招きました。レイヴンソングは、PCTを初めてスルーハイクした女性であり、ALDHA-Westの役員でもありました。彼女はコミュニティに多くの恩恵を与え、ALDHA-Westは、彼女に賞を授与することに胸を躍らせていました。
トリプルクラウン・アワードでは、ALDHEA-Westが各賞の受賞者のハイライトビデオを制作して流します。そのビデオには、ハイキングの写真、ハイキングした年、そして子ども時代の写真が含まれています。
式典の前、ハイカーはトリプルクラウンのプレートと一緒に、プロのカメラマンに写真を撮ってもらいます。式典では、各ハイカーはステージに上がり、プレートと王冠、トリプルクラウンの帽子をもらい、短いスピーチをします。
ALDHA-Westは一年を通してさまざまなイベントを行ないますが、このトリプルクラウン・アワード・ディナーは、未だに私が一番感動するイベントです。
式典は、高校の卒業式とオスカー賞の中間に位置するもののような感じです。そして、参加者のハイカーや新しいトリプルクラウナーが涙を流すのは珍しいことではありません。
Gathering2019の集合写真。photo by Robert Curzon
ハイカーたちがトレイル生活から仕事生活に移っていくなかにおいて、ギャザリングはハイキング・コミュニティでの連帯感と楽しさを思い出させてくれます。
私は2020年、ふたたびロング・ディスタンス・ハイキングのコミュニティと再会できることを楽しみにしています。
2019年のトリプルクラウナーのみなさん、おめでとうございます。春に開催されるALDHA-Westの教育イベントでは、2020年の意欲あふれるスルーハイカーたちに会えるのを楽しみにしています。
TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。
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(英語の原文は次ページに掲載しています)
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