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土屋智哉のMeet The Hikers! ♯2 – ゲスト:勝俣隆さん

2015.03.06
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取材:TRAILS(佐井聡・三田正明) 写真/構成:三田正明 写真提供:勝俣隆

ハイカーとじっくり語り合うこの連載では「何」を語り合うかが重要だ。伝えたいこと語りたいことを胸の奥にしっかりと持ち続けているハイカーとは、やはり話が早い。そして話は長くなる。

今回のゲスト・ハイカーは勝俣隆さん。マニアックにハイキング・シーンをリサーチしているアナタなら「べぇさん」のあだ名でご存知かもしれない。2000年代にサンフランシスコに在住していた彼は、『Meet The Hikers!』第一回のゲスト川崎一さん同様、当時の日本のウルトラライト・ハイキング(UL)黎明期において、まぎれもないキーパーソンだった。翻訳作業を介さないリアルな現地体験とその情報発信には当時誰もが興奮し、憧れたものだ。

既に日本に帰国して久しい彼だが、ずっとハイカーとして歩き続けてきた。10年を越えようという付き合いの中で、自分も不思議と節目節目では一緒に歩いている。彼が昨年、アパラチアン・トレイル(*1)を半年かけてスルーハイクした際も、最後のおよそ100マイル、ゴールのカタディン山頂までを共に歩いた。

いま彼はポスト・スルーハイクのありようを、歩きながら、考えながら模索している。そんな彼との会話は当然「昔はよかった」というような、ただの回顧譚では終わらない。そこには過去から未来へとつながるリアルなハイカーの「いま」が、溢れんばかりに詰まっているはずだ。(土屋智哉)



ハイカーズ・デポにて。手前は2008年に土屋さんがJMTスルーハイクで使用した勝俣さんの自作タープ。


■はじまりは「バックパッキングのすすめ」

土屋 べぇさんは2000年代の前半からハイカーズデポができる2008年まで仕事の関係でアメリカにいたんだよね。

勝俣 そう。その前にメキシコに2001年から3年間いたんだけど。物流会社に就職して、29歳のときに転勤でメキシコに行ったんです。

土屋 だから『Meet The Hikers!』の1回目のゲストの川崎さんが日本にいながらアメリカの情報を日本のみんなに届けてくれた人なら、ベぇさんは当時アメリカに住んでいて、そこから本場の事情を教えてくれた人。そもそもべぇさんが山に登り始めたのっていつだったの?

勝俣 もともと自転車が好きで、高校の頃からロード・レーサーに乗っていたんだけど、会社に入ったら同僚に乗鞍岳のヒルクライム・レースに誘われたの。でもレースの1週間前に風邪をひいたんで、自分は乗鞍の頂上で同僚を待つことにした。それで前日入りして畳平で一晩明かすことになって、暇だから頂上まで行ってみたら、意外と面白かったの。それで奥多摩とかから歩きだして、だんだん南アルプスとか北アルプスも歩くようになった。

三田 山に対しては、最初はバックパッキングというよりも純粋に登山としての興味だったんですか?

勝俣 97年に山を歩き始めて、最初に買ったのが堀田貴之さんの『バックパッキングのすすめ』だったのね。その本に出会ったときに「こんなことできたらな」という思いが生まれたのかも。



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堀田貴之著『バックパッキングのすすめ(地球丸)』より。


土屋 『バックパッキングのすすめ』読むとさ、「オン・ザ・ロードへふたたび」って章で始まってて、書き出しが「ソロー、ミューア、ギンズバーグ、ケルアック」なんだよね。ソローとかミューアはわかるけどケルアックとかビートニクス(*2)がでてくるのが凄い。

勝俣 でもその本のことはしばらく忘れてたの。そのうち自分がバックパッキングを始めてこれをふたたび読んだとき、「あれ、全部ここで語られてたよ」って。

土屋 そうそう。タープ泊を勧めている日本で初めての本かもしれないよね。

勝俣 タープとビビィなんだよね。これが97年に出てるのがすごいなって。だから最初は普通に山登りをしてたけど最終的にここに来たってのは、最初の方向性がここだったんだろうね。今日、実はいろいろ持ってきたんだけど、これニッピン(*3)のメスナー・サックで、40Lで745g。当時はこれが一番軽かった。当時はチタンのコッヘルとかが出始めて、あらためて装備の軽量化っていう流れができ始めたときだよね。これに小さいコッヘルとかテントとかを入れると10キロくらいで収まって、いままで70Lのザックで行っていたのが、40Lで収まるはずだと。でもその頃40Lの軽いザックってなかった。

土屋 90年代後半ってアウトドア市場がすごく冷え込んでいる時代で、とくに山の道具は動いてなかった。バックパックもメインストリームは質実剛健なもので、サロモンとかがアドベンチャー・レース用のザックを出していたけど、40Lのザックはそんなに軽いのなかった。

勝俣 そうなると選択肢はポケットもなくてなるべく軽く作られているクライミング・ザックしかなかったんだよね。

三田 当時これでキャンプ泊で山に行ってる人っていたんですかね?

勝俣 いなかったんじゃない? これで縦走しようというのじゃないと思う。

土屋 でも、いまでもそうじゃない? 雑誌とかでテント泊用のザックっていったら60L~70Lが勧められるじゃない。こんだけ道具が軽量コンパクト化しているんだけど、泊まりに使うときのザックで雑誌で推奨するサイズってまったく変わっていないんだよね。俺が大学のときは80L以上を買えっていわれたもん。「20キロ以上を背負えないと男じゃない」みたいな。だから俺もやっぱり当時40Lくらいのモンベルのアルパイン・パックっていうのを使ってて、ビビィとかは買えないからシュラフカバーだけで八ヶ岳縦走をひとりでやったりしてたけど。べぇさんはそのときテントなに使ってたの?

勝俣 ICIのいちばん小さいやつ。

土屋 あー、ゴアライト(*4)? あれは憧れだったよね!

勝俣 畳むと小さくなるしね。

土屋 でもメスナー・ザックにキャンプ道具入れて縦走するっていうのはベーさんが当時登山者としての指向が強かったからじゃないかな。自分もやっぱりそうだったから。逆にだからULにすっと入っていけたのかもね。バックパッキングっていう文化には俺もベぇさんも早くから出会っていたけれど、実際に日本でやるとなると憧れつつも難しさを感じていたんだよね。

■バックパッキングをどこでやる?

三田 たしかに『バックパッキングのすすめ』って自分も山を始めて最初に読んだ入門書で、すごく面白かったんですけど、じゃあそれを実際にやるとなると…

土屋 「どこでやるのよ!?」ってね。

勝俣 その当時はわかんなかった。

三田 とくにまだ山の経験もない初心者にとっては、ぜんぜんわからなくて。それが書かれていないところが不満だったんですよ。

勝俣 エッセンスは書かれているけど、これを読んだだけですぐに同じような体験ができるわけじゃないからね。

三田 「結局はアメリカ行かないとダメなのかな」って。実際に自分で海外を歩いてみたり、日本人でアメリカのトレイルを歩いた経験のある人が増えたりして、最近になってその垣根が徐々に取り払われてきた気もするんですけど。アメリカと日本で確かにトレイルに違いはあるけれど、自然を歩くということではそこまで違いがあるわけではないと思えるようになってきたというか。

勝俣 当時、この堀田さんの本の他に山と渓谷社が出していた『アウトドア』って雑誌もあったじゃないですか。いわゆるバックパッキングをフォーカスすることが多い雑誌だったんだけど、そのフィールドが我々の側にはなかった。

土屋 やれるフィールドは本来あったはずなんだよね。でも気づけなかった。「ここでやればいいのかな?」って思っていても、聞く人がいなかった。だからULのとき俺にとって面白かったのが、べぇさんとかに「こういう感じでいいんだよね」って聞けたとこ。バックパッキングのときもアメリカの本場を知ってる人に聞ける窓口があれば違ったのかもしれないけどね。

勝俣 で、初めてヨセミテ行ったのがメキシコに住んでいた2002年くらいだったと思うんだけど、当時の自分のイメージとしては、アメリカの山はでっかい装備をもっていかないと歩けないんじゃないかって思っていたのね。でも行ってみたら全然そんなことなくて、むしろヨセミテは上高地に近かった(笑)。もしかしたらジョン・ミューア・トレイル(JMT—*5)もそんなに険しくないんじゃないかって思い始めて。

土屋 面白いね。

■始めて買ったのはゴーライトのジャム

勝俣 で、2002年に初めてULのザックを買った。ゴーライトのジャムを。

土屋 それはなんで買ったの?

勝俣 『Backpacker Magazine』で「ウルトラライトという新潮流が出始めた」って記事を読んで。

土屋 前回の川崎さんでも同じような話聞いたぞ(笑)。

勝俣 当時グレゴリーがアドベント・プロっていうシルナイロンのザックを出して、それが1.1kgぐらいだったんだけど、一方ジャムは600gしかなくて、「なにが違うんだろう?」って思って買ってみた。

土屋 でもジャムだったんだね。ブリーズとかドーン(*6)じゃなくて。

勝俣 ゴ―ライトもブリーズとかドーンの時代はまだ評価が定まっていなかった。当時は小さい会社が独特なカバンを作っているって感じだったからさ。ジャムになって初めてある程度みんなが使えるザックになったっていう印象で、はじめてマスマーケット向けプロダクトとして出されたんじゃないかな。それまでは通販だけだったのがR.E.I(*7)でも扱うようになって、メジャー系のところで買えるようになった。



勝俣さんが手にしているのがゴーライトの初代ジャム。


土屋 実際ブリーズとかドーンって俺が以前勤めていたODボックスでも入れたのね。でもまったく売れなかった。スタッフからはブーイングですよ。いま思えばあの当時の在庫全部俺が引き取ればよかったと思うけど(笑)。最後はブリーズを5000円くらいにしてやっと売れた。ジャムになってやっとスタッフに「これはいいかも」って言ってもらった。でも、最終的にジャムが多くのユーザーさんに受け入れてもらえるようになるのはこのもっともっと後だからね。ジャム2になって、さらにそのあと背中にメッシュが入るようになって、ようやく多くの人に届くようになった。

勝俣 僕もジャムには不安感あったけど、89ドルだったんだよね。なら試してみようかなと思って。

土屋 それはメスナー・ザックに変わるものとして買ったの?

勝俣 いや、ロスアンジェルスに出張に行くときに使うために買ったの(笑)。

土屋 でた、そういうお客さん(笑)。

勝俣 当時、自分はメキシコにピコ・デ・オリサバっていう標高5600mくらいの山があるんだけど、そこに登るためのチームを友達と作って訓練をしていたんだ。だからもう気持ちは高所登山の方で、ジャムはアプローチ用とかアタックザックで、かつ出張のときに使えるかなって。それでバックパッキングをしようとはまだ思っていなかった。

(*1)アパラチアン・トレイル:アメリカ東部アパラチアン山脈などに沿って約3,500kmに渡って伸びる超ロングトレイル。通称AT。(*2)ビートニクス:1950年代アメリカで生まれた物質文明や常識的価値観に疑問を投げかけ、旅とドラッグと東洋思想に耽溺した若者たちによる文学運動。代表作家にジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズなど。(*3)ニッピン:東京秋葉原と神田に店を構えるアウトドア•ショップ。「メスナー」のブランド名でオリジナルのテントとバックパックも製造している。(*4)ICIのゴアライト:石井スポーツがパイネのブランド名で製造販売するテント。現在はG-LIGHTという名称に変更されている。(*5)ジョン・ミューア・トレイル;カリフォルニア州シェラネヴァダ山脈に伸びる340kmのロングトレイル。通称JMT。 (*6)ブリーズとドーン:ゴーライト初期のザックBreezeとDawnのこと。(*7)R.E.I:アメリカ全土に支店のある巨大アウトドア•ショップ。


WRITER
土屋智哉

土屋智哉

1971年、埼玉県生まれ。東京は三鷹にあるウルトラライト・ハイキングをテーマにしたショップ、ハイカーズデポのオーナー。古書店で手にした『バックパッキング入門』に魅了され、大学探検部で山を始め、のちに洞窟探検に没頭する。アウトドアショップバイヤー時代にアメリカでウルトラライト・ハイキングに出会い、自らの原点でもある「山歩き」のすばらしさを再発見。2008年、ジョン・ミューア・トレイルをスルーハイクしたのち、幼少期を過ごした三鷹にハイカーズデポをオープンした。現在は、自ら経営するショップではもちろん、雑誌、ウェブなど様々なメディアで、ハイキングの楽しみ方やカルチャーを発信している。 著書に 『ウルトラライトハイキング』(山と渓谷社)がある。

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