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リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#26 / How Thru-hiking has changed <前編> スマホ時代のスルーハイカー

2020.05.20
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(English follows after this page.)

文:リズ・トーマス 写真:リズ・トーマス、ジョン・カー、ダンカン・チェウン 訳:落合達也 構成:TRAILS

この10年でスルーハイカーのスタイルは、どのように変わってきたのか。

映画『WILD』の公開、スマホの普及など、スルーハイキングの旅のスタイルに影響を与えるものが、この10年のあいだに多く登場してきました。

アメリカのハイキングシーンの最前線に立ちつつ、その動向をつぶさに見つづけてたリズが、この10年のスルーハイキングの変遷をレビューする記事を届けてくれました。

前編では、ギア、映画、スマホなどのテック環境などさまざまな視点から、いかにスルーハイキングのカルチャーが広まっていったのかという内容をレポートします。

ちなみに、アメリカはロサンゼルス在住のリズは、今は当然ながらロング・ディスタンス・ハイキングの旅に出ることは叶わず、自宅で過ごしていることが多いそうです。そんな「STAY HOME」なリズのレポート、お楽しみください。

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パシフィック・クレスト・トレイル (PCT) のスルーハイカー。過去に開催されていたキックオフパーティーにて。



はじめに。



アパラチアン・トレイル (AT)、パシフィック・クレスト・トレイル (PCT)、 コンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT) をすべて踏破した「トリプルクラウン」ハイカーを表彰するALDHA-West (※) という団体があります。私はそこで以前に副理事長を務めていて、この10年間でスルーハイキングが以前よりもメジャーなものになってきた変化を見てきました。

※ The American Long Distance Hiking Association West(ALDHA-West):ロング・ディスタンス・ハイカー、および彼らをサポートする人々の交流を促進するとともに、教育し、推進することをミッションに掲げている団体。ハイキングのさまざまな面における意見交換フォーラムを運営したり、ハイカー向けの各種イベントを開催したりしている。

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2019年のトリプルクラウナーたち。トリプルクラウン・アワードにて。

今回の記事では、スルーハイキングがこれほどにも人気となった理由、ロング・ディスタンス・ハイキング・コミュニティの変遷、そしてロング・ディスタンス・ハイカーにとってそれがどんな意味を持つのか、についてレポートします。



スルーハイクは、ごく限られた人だけがする旅だった。



年齢や時代に関わらず、ロング・ディスタンス・ハイキングの存在を知った人の一定数は、トレイルを旅したいと思うものです。さらにそのなかの何割かの人が実際にロングトレイルを歩きます。

ロングトレイルのことは知っていても、実際に歩く人の割合は比較的少ないですが、実際に歩いたハイカーは、自分の経験を周りの人たちにシェアします。こうして、ハイカーの数が年々増えてきました。

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ロング・ディスタンス・ハイキングを知る手段のひとつが、書籍。リズは、2017年に『LONG TRAILS』を出版。

以前は、ロング・ディスタンス・ハイキングについて知るためには、本を読んだり、地元のハイキングクラブ主催のトークイベントに参加したりする必要がありました。

何十年もの間、スルーハイキングについて知ることのできる人は比較的限られていて、そのほとんどは、もともとハイキングに興味を持っている人でした。

ただ最近では、FacebookやInstagram、YouTubeなどのおかげで、スルーハイキングに触れる機会が増えました。とはいえ、それで実際にスルーハイクする人は少数ですが、ロングトレイルを知っている人の数は増えました。



スルーハイキングの夢がなかなか実現できない理由は?



過去数十年の間は、スルーハイキングを知ってそれにチャレンジしようと夢見ている人はいても、実際に実現できる人は少数でした。ロング・ディスタンス・ハイキングを始めるには多くの壁があるのです。でも最近では、それらのハードルはかなり低くなってきています。

ただ、ロング・ディスタンス・ハイキングを実際に実行するには、つねに阻む障壁があります。スルーハイカーになることを妨げる壁は、今後も残りつづけるものもあるでしょう。

どんな時代においても、スルーハイカーになるには、ハイキングするための時間の確保、数カ月分の旅の資金集め、家族からの許可、といった問題をクリアしなければなりません。

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PCTのオレゴンにある、カスケード・ロックス。以前は、スルーハイキングをすることに対して、家族の理解を得るのが難しかった。

最近では家族から許可をもらうことは、以前よりも少し簡単になったかもしれません。多くの人がスルーハイキングのことを知るようになれば、家族もハイキングをそこまで危険なものだと思わなくなっていくでしょう (さらに、今はテクノロジーのおかげで、スルーハイク中でも家族と簡単に連絡できるようになっています) 。

また体力の心配は、スルーハイクに対する一定の障壁となります。しかし、ウルトラライトギアのイノベーションのおかげで、もはやハイカーに70ポンド (31kg) もあるバックパックを背負う体力は必要ありません。

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ウルトラライトギアの普及によって、スルーハイキングの身体的なハードルも下がった。

より軽いギアを使うことで、重いギアを持っている場合よりも、1日に歩く距離をよりかせぐことができます。またスルーハイキングに要する時間も短くなります。つまりハイカーはお金も時間も、以前よりもセーブすることが可能になるのです。これもスルーハイクのハードルを下げる要因となります。

また、バックカントリーのスキルが十分でないため、スルーハイキングの夢を実現することができない人も多くいます。

スルーハイクの実現を阻む代表的な理由として、道迷いの不安や、緊急時に助けを呼べないことへの心配があります。しかし、GPS、ナビゲーションアプリ、ガーミンのinReach (SOS送信もできる衛星通信用デバイス) のような双方向の衛星通信などの技術により、安全性とナビゲーションに対する不安の多くは、劇的に減少しました。

View More: http://cavemancollective.pass.us/thru-hiking
リズの装備一覧 (一例)。

トレイルの道標も以前よりもよく整備されています。またテクノロジーによって、スキルの不足や不安も、昔よりも簡単に解消できるようになりました。これによって、多くの人にとってスルーハイクが身近なものになりました。

高度なナビゲーションスキルを持っている人だけでなく、バックカントリーの経験がそれほどない人も、テクノロジーの助けを借りれば、スルーハイクを夢見ることができるようになったのです。

テクノロジーは、実力が低くナビゲーションスキルも低いハイカーの大きな助けになるとよく言われます。しかし一方で、それを問題視している人もいます。この問題については、後編でまた詳しく説明します。



映画『Wild』やREIのキャンペーンで、女性ハイカーも急増した。



今も昔もスルーハイキングの人気が高いのは、学校を卒業したばかりの若者と、退職した年配の人たちです。1970年代のアパラチアン・トレイルに関する報告書でも、同じようにこの2つの年代層の人たちが登場します。

30〜50代の人たちは家庭を持ったり、キャリアを築くのに忙しく、多くの人がスルーハイクをする時間がつくれません。30〜50代でスルーハイキングする人の中には、離婚や失業、親友や家族の死といった大きな出来事を経験している人がよくいます。それがロングトレイルを歩くきかっけになっているのです。

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PCTを舞台にしたベストセラー書籍『Wild』。2014年に映画化され (邦題は「わたしに会うまでの1600キロ」) 、PCTの知名度が一気に上がった。

しかし、この10年の間でスルーハイカーの属性も変わりました。ある数字では、2014年から2015年にかけて、PCTとJMTのスルーハイカーの数が3倍になったという報告があります。まさにそれは映画『Wild』が公開された年です (2014年公開)。2012年に出版されたこの原作も、PCTハイカーの数が増える要因となりました。

興味深いことに、『Wild』にインスパイアされたのは主に30〜50代のハイカーです。そのなかには女性のハイカーもたくさんいました。『Wild』の公開前は、女性はおそらくPCTハイカーの4人に1人くらいの割合でした。しかし映画の公開後は、PCTハイカーの半分くらいが女性ハイカーとなりました。その頃は、もしかしたら男性よりも女性のほうが多いのではないかと感じられました。このように、『Wild』はスルーハイカーの数を増やしただけでなく、スルーハイカーの性別や年齢にも影響を与えたのです。

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PCTの運営組織であるPCTAでも『Wild』の特設サイトが設けられた。現在も閲覧可能。(https://wild.pcta.orgより)

2017年、大手アウトドアストアのREIは、より多くの女性にアウトドアに興味を持ってもらえるようにと、『Force of nature』というキャンペーンを始めました。2019年になると、スルーハイキングのコミュニティにも、徐々にその影響がでてきました。これまで以上に多くの女性がスルーハイキングをするようになったのです。

『Wild』の登場から約10年が経ち、いまやPCTは誰もが知っている名前になりました。ATは、ビル・ブライソンの著書『Walk in the Woods』が出版される前から、東海岸の多くの人に知られていましたが、PCTは『Wild』が出版される前はあまり知られていないトレイルでした。

現在は『Wild』がきっかけでハイキングをはじめたと語るハイカーに会うことも珍しくなりました。しかし『Wild』は、世間一般にPCTを認知させるとともに、特に10代や学校を卒業する若い人たちに、トレイルを旅するという発想を与えたのです。



スマホ時代のハイカー vs ブログ時代のハイカー



ここ5年、スマートフォンによって、スルーハイカーはリアルタイムの旅の様子を、多くの人に簡単にシェアすることができるようになりました。

以前は、旅の様子をシェアしようと思ったら、補給する町に訪れるたびに図書館を探す必要がありました。図書館でブログを書き、デジカメのデータを時間をかけてアップロードしていたのです。

そのために図書館の開館日に合わせて補給地に訪れたり、図書館に行くために町中を歩いたりしなければなりませんでした。また、定期的にブログの記事を投稿できたとしても、誰かが読んでくれるかどうかもまったくわかりませんでした。

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スマートフォンは、今ではスルーハイカーに欠かせないツールとなった。

以前とは違って、現在のハイカーはスマートフォンを使えば、いつでもInstagramの写真やエピソードを送ることができます。バックカントリーのテントの中であっても、不自由なくそういったことができるのです。

最近のユーザーたちは新しいInstagramアカウントを見つけることに慣れています。世界中の人たちがつねにInstagram上で面白いエピソードを探しているので、スルーハイカーはInstagramにアクセスすれば、自分のエピソードを簡単に他のユーザーにシェアすることができます。

2014年にトリプルクラウンを達成したハイカーの「ワイアード」は、熱狂的なファンのいる人気のブロガーでした。しかし彼女がエピソードを共有するためには、携帯電話のバッテリーを長持ちさせる必要がありました。

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女性のロング・ディスタンス・ハイカーとして有名な『ワイアード』のホームページには、さまざまなスルーハイキングの旅の記録がアップされている。 (https://www.walkingwithwired.comより)

彼女は外部バッテリーを持ち歩きましたが、当時の製品は重量も重く、高価なものでした。また、携帯電話のメモリーは長い動画を保存するのに十分な容量がなく、共有するストーリーのほとんどはテキストと写真でした。

ワイアードが人気だったのは、ユーザーに自分の体験を共有するために、旅において面倒なことも厭わずにやったからです。彼女は毎日ブログをアップするために、重い追加の道具を持って歩きました。また、彼女はブログを書くために毎日午後6時にはハイキングをやめていました。この当時と比べれば、いまはInstagramのおかげで、ハイキングを犠牲にすることなくユーザーと簡単につながることができるようになりました。

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リズも自分のSNSを用いて、旅の様子をアップしている。(リズのFacebookページより)

しかも今では、マイクや三脚、ビデオ撮影ができるハイスペックカメラといったV-log (Video Blog) 機器を、ハイキングで持ち歩くことも簡単になりました。ハイカーは1日歩き終えた後、毎晩テントからスマートフォン上でビデオの編集・制作をすることができます。YouTubeやNetflixのハイキング・ムービーも、一般的になりました。

普段の生活でInstagramやFacebookを使うことに慣れているハイカーは、自分の旅もSNSを使って簡単にシェアすることができます。SNSのプラットフォームは、個性や創造力が「ユーザーとの関係づくり」につながっているから、広まっていっているのです。

スルーハイキング自体はユニークな物語ではありませんが、普段の生活にはない、チャレンジや困難がたくさんあります。それがおもしろいストーリーになるのです。「ネット上で有名になる」ことを目指している人にとっては、スルーハイキングはファンを作りやすい方法でもあります。こういった側面からも、有名になることを熱望している一部のハイカーにとって、スルーハイキングは魅力的なのです。

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スルーハイキング中のハイカーたち。PCTのクレイター・レイクにて。

リズがレポートしてくれたように、ULギアやスマホはスルーハイクのハードルを下げてくれ、多くの人がロング・ディスタンス・ハイキングという最高の旅をできるようになりました。

今では、スマホが本格普及する前である2010年代前半のスルーハイクのスタイルを、想像することすら難しくなってきています。

後編では、テクノロジーの進化による弊害や、アメリカのロング・ディスタンス・ハイカーの最近の傾向について、レポートしてくれます。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)

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WRITER
Liz Thomas

Liz Thomas

2011年にアパラチアン・トレイルを女性の最速タイムで踏破した記録(当時)を持っていることで知られている。彼女はトリプルクラウンを達成しただけでなく、米国に15以上あるトレイルでのスルーハイクを経験し、今まで15,000マイル以上ものトレイルを歩いてきた。また、彼女はその経験をロング・ディスタンス・ハイキングのコミュ二ティに還元することにも熱心で、American Long Distance Hiking Assosication-West(ALDHA-West)のバイスプレジデンドも務めている。彼女がハイキングを本格的に始める前は、イエ-ル大学の森林環境学部で環境科学の修士課程を修了し、彼女が手がけた、ロング・ディスタンス・ハイキング・トレイルとその保護およびコミュニティに関するリサーチは、名誉あるDoris Duke Conservation Fellowshipの賞を受けた。スポンサーはAltra, Gossamer Gear, Probar, Vermont Darn Tough socks, Mountain Laurel Designs, Sawyer filters, Montbellで、アンバサダーとして活躍している。
http://www.eathomas.com/

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