TRIP REPORT

リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#31 / 冬のPCTセクションハイキング

2021.03.05
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(English follows after this page.)

文・写真:リズ・トーマス 訳・構成:TRAILS

「冬のPCTセクションハイキング」。なんて甘美的な響きの言葉だろうか。

今回の記事は、リズが今年の2月に、PCT (パシフィック・クレスト・トレイル) の南カリフォルニアのセクションを歩いてきたレポートである。

コロナによるパンデミックの今、スルーハイキングは、地域をまたぎ、人との接触が増え、感染リスクが高まることから、各トレイルの管理団体も推奨していない状況だ。

PCTのアソシエーションも、「自分の住んでいる地域でのショートトリップ」を勧めている。

リズも現在スルーハイキングは計画しておらず、ここしばらくはPCTのセクションハイキングを楽しんでいるそうだ。

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砂漠地帯ならではの植物と風力発電が特徴的なテハチャピ。


冬のセクションハイキングの楽しさに目覚める。


今は南カリフォルニアは比較的涼しい気候なので、こないだ、このエリアにあるPCTの砂漠地帯でハイキング・トリップをしてきました。

南カリフォルニアは、通常、ノース・バウンド (北上) のスルーハイカーがここ通るときには、日中は37度を超える気温です。そのときは、水場もほとんど枯れています。木も少ないので、日陰で休める場所もほとんどありません。

しかし、こないだの2月にこのセクションをハイキングしてみたら、とても楽しむことができたのです。まだパンデミック中ですが、この冬、私はセクションハイキングの良さをあらためて知ることができました。

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2月にセクションハイキングした、PCTの南カリフォルニア。

私は、2009年にメキシコからカナダまで続くPCTをスルーハイクしました。2013年には、PCTの最速踏破記録に挑戦しましたが、この南カリフォルニアのセクションをすべて歩くことができず、チャレンジはうまくいきませんでした。

それ以来、2度目の全行程踏破のために、セクションハイキングを続けています。2014年にはワシントン州を、2019年にはオレゴン州と北カリフォルニアを歩きました。私は南カリフォルニアに住んでいるので、一年のなかでも涼しい時期に、残っている南カリフォルニアを歩いているのです。


冬は涼しく気楽に砂漠地帯を歩けると思っていたのだが……。


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テハチャピ周辺の風力発電施設。

こないだ私がハイキングしたのは、テハチャピの風力発電エリアからサンガブリエル山脈の麓までのセクションです。このときは、南下する方向で歩きました。

サンガブリエル山脈の少し手前に、アグア・ドルチェ (サーフリーズという有名なトレイルエンジェルがいる) があります。アグア・ドルチェはノース・バウンドの多くのハイカーが立ち寄る場所です。

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ほとんどのスルーハイカーが立ち寄る、アグア・ドルチェの町。

春が近づいてきていて、丘に生えている草木は青々としていました。登りの道を歩いていても暑くなく、水をたくさん背負う必要もありませんでした。でも一番嬉しかったのは、気温がかなり低いので、ヘビが自分の巣穴に閉じもこもっていてくれたことでした。

冬にハイキングをする場合でも、PCTの砂漠地帯のセクションは、比較的温暖な気候です。しかし、どんなときもそうですが、事前に天候を確認して、適切なギアを揃え、天候が荒れても対応できる準備をしておくことは大切です。

今回は、あまりに気温が低かったこともあり、予定よりも歩く距離を7mile (11km) 短くしました。スルーハイクであれば、町までヒッチハイクして荒天をやりすごすか、すぐにテントを張って体を温めるという手段をとっていたと思います。

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想像以上に寒かったので、レインジャケット、ダウンジャケット、ウィンドシャツ、ベースレイヤーの4枚重ねでハイキングした。

15年ほど前のことですが、このセクションで予想外の嵐に見舞われ、低体温症で亡くなったデイハイカーがいました。

天気の良い日に砂漠のハイキングに行こうと思っていても、山では気温の変化が激しく、天候の変化は私たちを容赦してくれません。このデイハイカーの話を思い出して、私はそのことを肝に銘じました。


PCTは、冬でもデイハイカーがたくさん歩く人気のセクションがある。


コロナ渦において、基本的に私はあまり人のいないトレイルを歩くようにしているのですが、今回のPCTは例外で、一般的に人気のあるトレイルです。

しかし、私がセクションハイキングした時は、天気の良い土曜日であったにもかかわらず、あまり人を見かけませんでした。数人のトレイルランナーを見かけましたが、おそらくセルフエイドのインディペンデントな、トレイルマラソンをしていたのだと思います。

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このセクションのハイライトのひとつ、ヴァスケス・ロックス。

人気のヴァスケス・ロックス・ナチュラル・エリアには、たくさんのデイハイカーがいましたが、みんなお互いに距離をとって歩くことができる状況でした。

今回のセクションハイキングでは、15mile (24km) くらいの距離を歩いていても、まったく人に会わないエリアが2カ所ありました。トレイルに人が少ないということは、野生動物を見る機会が多いということです。テハチャピ山地の尾根では、ミュール鹿の群れに遭遇して、とても驚きました。その日は、ハイカーには会わず、唯一見た生き物 (植物でも昆虫以外で) がミュール鹿でした。


セクションハイクを通じて、スルーハイクでは気づかなかったPCTの魅力を知った。


テハチャピの風力発電エリアからサンガブリエル山脈の麓までのセクションに、スルーハイカーが「つなぎの数マイル」とふざけて呼んでいる場所があります。

PCTをネックレスに例えると、国立公園や巨大な山々、壮大なランドマークが、宝石にあたります。それ以外の残りのトレイルは、「宝石をつなぐただの紐」というのが、「つなぎの数マイル」という言葉の意味です。

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ハイウェイ14の下を通る、通称ハイカートンネル。

セクションハイカーとして歩いていると、PCTらしい象徴的な場所ではないところにも、素晴らしさを感じるようになりました。

コロナ渦で、今まで以上に屋内で過ごすことが多くなりました。そんななかで私は、野外で大きな景色を見て過ごせる時間を、とても大切にしています。

ときどき思うのですが、スルーハイカーは、毎日のように絶景を見ることができるので、それに慣れていってしまいます。そのために、小さな山々の繊細な美しさに気づけなかったりするのです。

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ソルダッド・キャニオン・ロードの上にある緑豊かな山々。セクションハイキングだからこそ、こういう風景にも魅力を感じたりする。

でも今回、私はセクションハイカーとして、それぞれのセクションを新鮮な視点で見つめることができました。

5〜6月のギラギラと照りつける日差しよりも、丘の上に差す冬の光のほうが優しいことに気づきました。過去に自分がスルーハイクした時とは違う時期にPCTを訪れることは、奇抜な髪型に変わってしまった旧友を訪ねるような感じがします。根本は変わらないのですが、新しい人と友だちになった、そんな気がしました。


砂漠エリアで、涼しいを通り越して、まさかの吹雪に氷点下。


モハベ砂漠にあるカリフォルニア用水路は、スルーハイカーの間では有名 (というか悪名高い?) です。モハベ砂漠は、スルーハイカーがここを通る5月から6月頃は、日中の気温がは37℃以上まで上がります。このセクションは、それほど高いナビゲーションスキルがなくても歩けるのですが、日陰が少なく、水場も少ないのです。

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ハイカータウン付近に広がっていた美しい雨雲。

モハベ砂漠のあるセクションでは、多くのスルーハイカーは、トレイルエンジェルが運営するホステル「ハイカータウン」に泊まり、日中は仲間とくつろいだり、これからの行程の準備をしたりします。

そして、夜になったらグループになって歩き出し、16mile (26km) 先にある、コットンウッド・ブリッジにある最初の水場を目指します。用水路に沿い歩いていくナイトハイクは、ハイカーの恒例行事でもあり、ハイカー同士の絆を深めるイベントでもあります。

ただ、今年の2月に私がこの用水路のセクションを歩いた時は、そのようにハイカーのグループで歩くようなことはないとわかっていました。きっと私は一人になるだろうし、あと日中にハイキングしたいとも思っていたからです。

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前方に見えるテハチャピ山地の嵐が、雪と風をもたらした。

今回は37℃の灼熱にならないことを喜んでいたのですが、まさか日中でも吹雪や氷点下の気温になるとは思っていませんでした。しかも時速30mile (48km) 以上の風が吹いていたため、体感ではさらに寒く感じました。

テハチャピの山麓は風が強い場所なので、それで風力発電の基地にもなっています。その風のせいで、テントを設営しているときに、スタッフサックが飛ばされて、失くしてしまいました。PCTハイカーにとっては、普通は酷暑のセクションであるのに、こんな状況になるなんて、なんだかおかしく思えてきました。


セクションハイクでは、スルーハイカーの「トレイル・レッグ」は手に入らない。


私が感じたスルーハイクとセクションハイクの違いのひとつは、セクションハイクでは、長距離を毎日歩いても平気な体にはならないということです。

多くのスルーハイカーは、PCTの400mile (640km) 地点 (用水路があるエリア) まで来た頃には、いわゆる「トレイル・レッグ (トレイル脚)」になっています。スルーハイカーの体は、毎日歩くことに適応していくのです。

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気づくと、山の上は嵐で覆われていた。

私はパンデミック中であっても、トレーニングとして、運動やデイハイキングをしていましたが、それだけでは「スルーハイカー・レベル」の体はつくれません。それを実現するには、トレイルでの生活を数週間続けるしかないのです。

また、春の後半からスタートするスルーハイキングと、冬のセクションハイキングのもうひとつの違いは、日照時間の長さです。どのみち、スルーハイキングしているときほど、自分の体も強くないのですが、冬のセクションハイキングでは、午後5時半に日が沈むと、もうその日のハイキングは終わりとなってしまうのです。

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シエラパロナ山の近くで目にした夕焼け。

いつもとは異なる季節にロングトレイルを歩くことで気づくことや、セクションハイキングならではの魅力が伝わってくるレポートだった。

スルーハイクにこだわらず、自由にハイキングを楽しむリズの姿を見て、ハイキングのモチベーションが高まった人もいるのではないだろうか。

コロナ期におけるルールやマナーを徹底しながら、いかにハイキングを楽しむか。2021年はそれが問われる年になるだろう。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)

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WRITER
Liz Thomas

Liz Thomas

2011年にアパラチアン・トレイルを女性の最速タイムで踏破した記録(当時)を持っていることで知られている。彼女はトリプルクラウンを達成しただけでなく、米国に15以上あるトレイルでのスルーハイクを経験し、今まで15,000マイル以上ものトレイルを歩いてきた。また、彼女はその経験をロング・ディスタンス・ハイキングのコミュ二ティに還元することにも熱心で、American Long Distance Hiking Assosication-West(ALDHA-West)のバイスプレジデンドも務めている。彼女がハイキングを本格的に始める前は、イエ-ル大学の森林環境学部で環境科学の修士課程を修了し、彼女が手がけた、ロング・ディスタンス・ハイキング・トレイルとその保護およびコミュニティに関するリサーチは、名誉あるDoris Duke Conservation Fellowshipの賞を受けた。スポンサーはAltra, Gossamer Gear, Probar, Vermont Darn Tough socks, Mountain Laurel Designs, Sawyer filters, Montbellで、アンバサダーとして活躍している。
http://www.eathomas.com/

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