TRAILS REPORT

土屋智哉のウルトラライト・ハイキング2.0 「中央ハイトレイル」を行く#1

2015.08.21
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取材/構成/写真 三田正明

TRAILSではお馴染み、ハイカーズデポの土屋智哉さんが、TRAILSでの連載『Meet The Hikers!』♯3寺澤英明さんとの対談でも話された通り、この夏、東京の奥多摩から奥秩父、八ヶ岳、北アルプスまで「中央ハイトレイル」と名付けられた(命名 ハイカーズデポ 長谷川晋氏)ロングトレイルを、予備日やゼロ・デイを含めて全18日、総距離約300kmに及ぶハイキングを行いました。しかも2008年の土屋さんのジョン・ミューア・トレイルでのスルーハイキング時を越えるような、「カリカリに」ULなスタイルで!

と聞けば、このマニアックなウェブマガジンに隅から隅まで目を通しているあなたなら、思わず「おおっ!!」となりますよね? 当然のことながら、取材時から「おおおおっ!!!!」っとなっていたTRAILSは、このハイキングへの肉弾取材を敢行し、その模様をリアルタイムでお伝えしていく予定でありました。

が、諸般の事情で断念……。その理由はおいおい明らかにしていきますが、ともあれ! TRAILSはこのハイキングへの肉弾取材を行ってはいたのです。

そこで、このシリーズでは当初のコンセプト通り、土屋さんのハイキング前、ハイキング中、ハイキング後にそれぞれ行った取材を元に、すべてが終わった後の「まとめ」ではなく、あくまで「現在進行形の何か」として、このハイキングをレポートしていきたいと思います。タイムラグはひと月ほどありますが、こんなやり方もTRAILSらしいのではないかと……え、ダメ!?

まあ、そんな言い訳はともかく、現時点で土屋さんへの最後の取材が終わっていないので、僕たちにもこのアーティクルの結末がどうなるか、まったくわかっていません。けれど「日本のウルトラライト・ハイキング2.0」ともいえるこの旅を、僕たちはとても重要なものだと考えています。そんな土屋さんのハイキングに寄添ってみた(押し掛けた?)TRAILSなりの「ハイキング」に、どうぞお付き合いいただけたら嬉しいです!

そんなわけで第一回目となる今回は、出発前に土屋さんに語っていただいた今回の旅の展望と計画編、そして奥多摩での出発編をお送ります!

■ハイキングのコンセプト

「7年前、ハイカーズデポを開店する前にジョン・ミューア・トレイルをULでスルーハイクしたことは当時の自分にとっても大きなチャレンジであり、ひとつの区切りになった出来事でした。その後自分自身もコロラド・トレイルを歩いたり、アラスカの無人地帯をハイク&パックラフトで旅したりという経験を積み、日本国内でもULやロングディスタンス・ハイキングの認知度が上がってきたいま、もう一度自分自身もULの初心に戻ってみたくなりました。それも海外ではなく国内で。

ハイカーズ・デポではロングディスタンス・ハイキングをアメリカのロングディスタンス・トレイルの例に沿って「途中街に下りての補給を伴うハイキング」と定義しています。その定義に則ってハイカーズ・デポの長谷川(晋)が「五国ハイク」と称して街に下りながらいくつかの山域を繫いで歩いたように、自分自身も日本の山を街での補給を挟みつつ歩いてみたいと思いました。

行き先は当初九州や東北を考えていましたが、長谷川の強いサジェスチョンもあり、あえてハイカーズ・デポの「地元」奥多摩・奥武蔵から八ヶ岳を経由し、北アルプスの剱岳までという日本でももっともメジャーな山域を歩いてみることにしてみました。うまく繋げて歩ければ樹林帯から高山帯までバラエティに富んだ、距離的にも内容的にもジョン・ミューア・トレイルにも負けないトレイルを描けると思っています。」

■行程計画
「ゴールとスタートはトレイルヘッドからトレイルエンドまでとしても良かったのですが、ルート選びには遊び心があっても良いと思い、アメリカのアパラチアン・トレイルがスプリンガー・マウンテン山頂からマウント・カタディン山頂までとなっていることにならって、あえて奥多摩の雲取山山頂から北アルプス立山連峰の剱岳山頂までとしてみました。ルート選定にあたってはハイキングらしくそれほど標高を上げすぎないことを意識し、たとえば八ヶ岳では赤岳~横岳~硫黄岳という主稜縦走路をあえて外したり、タープ泊であることも考えてなるべく稜線上ではなく、安全圏に下りてキャンプすることを考えました。たとえるならば山の中を山を見つつ歩くような、アメリカのトレイル的なイメージです。途中の補給は清里と松本を予定しています。」

■行動計画
「ルートは概算で300km。歩かないゼロ・デイ(予備日・休息日)を除く行動日は15日間なので、平均時速2kmと考えると1日10時間ほどの行動時間です。アメリカのトレイルでは17時~18時頃に夕食を済ませ、そこからさらに19時~21時まで歩き続けて適当な場所でステルス・キャンピングをする方法がありますが、幕営地指定のある日本のメジャーな山域でそれはできません。なので朝4~5時には歩き始め、夕方5時くらいまでにはキャンプ地まで着こうと思っています。ですがその日の行程上ちょうど良い場所にキャンプ指定地があるわけではないので、ルートを考える際もここには頭を悩ませました。そしていちばん心配なのが公道歩き。距離は順調に稼げるでしょうが、たとえば20kmほどコンクリートの上を歩き続けた場合、どれだけ体にダメージが来るのか未知数ですね。」

■食料計画
「奥多摩・奥秩父、八ヶ岳、北アルプスの各セクションごと4日~6日分の食料を携行し、清里と松本で局留めで送った荷物を郵便局でピックアップします。松本の郵便局は週末も空いているので助かりましたが、清里の郵便局は閉まっているそうなので清里ではTRAILSに食料を持ってきてもらうことにしました。今回はできるだけ軽量化して歩くのがテーマのひとつなので、最初のセクションでは玄米焼き米しか持っていきません。時間のあるときは山小屋の昼食も積極的に活用し、街へ下りたときにはコンビニ等で菓子パンや菓子など日持ちするものを探すつもりです。」

左上から時計まわりに レインウェア(アメノヒ)、トイレ&エマージェンシー・セット、ヘッドネットやヘッドライトなどの小物類、シェルター、ウェア類、サコッシュ(中に文庫本、財布、iPhoneなど)、トレッキングポール、傘、スリーピングバッグ、クッカー&ストーブ、ウインドジャケット(パタゴニア・フーディニ)。下にバックパック(BUMMER)、パックライナー、マット(エバニューEXP ). 

 ■装備計画

「JMTでは当時の自分にできる限界のUL装備に挑戦しましたが、それ以降は正直安全マージンを多く取るようになり、装備が少し重くなっていました。今回は初心に帰る意味もあり、ふたたび限界に近い軽量化に挑戦しています。とはいえ、全体としてはいつも使っているものを多少アップデートしてみただけですが。ベースウェイトは3キロほど。水と食料を加えても6~7キロに納めたいですね。」

・バックパック:TRAIL BUM  BUMMER
「バックパックは自分が制作に携わっているTRAIL BUMのBUMMER。30Lほどのサイズで、ウエストベルトもチェストストラップもないシンプルなデザインです。」

巻きタバコ&ペットボトル。

・サコッシュ:TRAIL BUM 試作品

「サコッシュはTRAIL BUMの試作品をテスト。ですが今回はあまり肩からかけずにザックの中の小物入れとして使うつもりです。」

・シェルター:自作タープ「マンタレイ」
「スピンネーカー生地で197g。梅雨のまっただ中に出発することもあり、天井高を低くして居住性より耐候性を意識しています。JMT時はタープにビビィを組み合わせていましたが、結露が激しかったので結局ほとんど使いませんでした。なので今回はグラウンドシートを携行。ゴーライト・ユートピアのバスタブ付きのグラウンドシートを仕立て直して使用します。」

初めて自分で縫ったというタープ『マンタレイ』。

・スリーピングバッグ:ハイランドデザイン トップキルト
「ハイランドデザインの化繊キルト。自分の定番です。430gで想定適応温度は6℃〜12℃です。」

・マット:エバニュー EXPマット
「いつもの山と道のマットでも良かったのですが、もう優れた製品であることはわかっているし、自分の持っている15sは湿気を貯めやすいという弱点がある(表面加工をした15s+ではその問題を解消済み)ので、雨に降られそうな今回はエバニューのマットを試してみることにしました。140cmにカットして100gにしています。」

・クッキングシステム:クアトロストーブ&テラノバ370チタンマグ

「ストーブは自分のスタイルでは固形燃料に固まっています。クッカーも370ccのマグですが、お湯を沸かすだけなのでこれで充分ですね。」

・レインウェア:アクシーズクイン アメノヒ2.5
「JMTではインテグラルデザインのシルケープを使用しましたが、今回は標高の高い場所も歩くのでプロテクションも重要になります。ただレインスーツでも面白くないので、JMTからの進化という意味も含めてカグール・タイプのアメノヒにしてみました。Pertex Shield 2.5使用で約200gです。」

・インサレーション:ハイランドデザイン ダウンジャンパー
「インサレーションはウチの店のダウンジャンパー。160gです。」

・ウェア:
「行動着はいつもと同じように短パンとTシャツです。今回は宿泊も予定しているので、着替えにウインドパンツと同じくらい軽いアクシーズクインのアオネロというパンツと長袖と半袖のTシャツを一枚づつ持ちます。」

・シューズ:アルトラ・スペリオール2.0
「公道を歩く距離が長いことも考えるとローンピークも捨て難いのですが、ソールが自分の好みからするとやや厚いのです。ここは悩みどころですね。」

■出発

朝8時半に奥多摩駅に現れた土屋さん。2日前に取材をさせてもらったときは「JMTの前より緊張しているよ」と言っていたけれど、やはり少々緊張の様子。18日間で300kmは土屋さんの脚力からすれば不可能ではないけれど、ハイキング後はアメリカ出張の予定が入っており、梅雨が長引き台風が接近中という状況でも日数はこれ以上延ばせないのだ。

「でも昨日1日ハイキングの準備をしていて、ちょっと落ち着いた(笑)。ま、やるだけやってみようかなって感じかな。今回はJMTの時の気持ちに戻ろうっていうのがテーマでもあるんだけど、それから7年たっているから自分自身変わっている部分もある。あの頃はロングハイクの何たるかをあまりよくわかってなかったんだよね(笑)。気持ち的にはアドベンチャー・レースに挑むアスリート的なノリに近かった。ロングハイクを楽しむっていうよりはチャレンジするっていうか。でも自分もそれからコロラドを歩いたり、日本でもJMTやATを歩いているハイカーがすごく増えてきてスルーハイカーがどんなことを体験するのかどんことを感じるのかっていうことがだんだんわかってきたなかで、今回もチャレンジではあるけれどロングハイク的な楽しみも入れていけたらいいな。」

確かに、今回のような大きなハイキングをするならば当然最後まで歩きたい。けれど、たとえばピークを目指して登る登山とは違って、歩く過程そのものを楽しむのがハイキングなのだから、踏破に成功しようがしまいが、自分自身が納得できればそれでいいのだ。

「『是が非でも歩ききる!』ってなると大学の合宿みたいになっちゃうしね。今回は日程がタイトだから踏破できるか心配な面もあるけれど、日程さえ余裕あれば誰でも歩けるからさ。見た人にも「あ、ちょっとこうすればできるじゃん」って思って欲しいし。それに外国の人にも知ってもらいたいよね。奥多摩から北アルプスまで歩けば樹林帯から高山帯まで日本の山の全部が見れるじゃん? ひと月くらい日本を旅してここを歩いたってすごくいいと思うし。だからのんびり歩こうってわけじゃないし、ガツガツ歩こうってわけでもないし、その良い落としどころを探りながら歩くって感じかな。それを無理せずやって全部行けたらラッキーだし、天気に恵まれたら嬉しいし、でも恵まれなかったらそれはそれで次にまわしてもいいかな、ぐらいの余裕を持ちつつ行きたいな。」

と言いつつ、鴨沢から雲取山への登山道をガツガツ歩いていった土屋さん。2日目には東京にも大雨が降ったけれど、無事歩けているだろうか? HAPPY TRAIL!

(次回に続きます)

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土屋智哉

土屋智哉

1971年、埼玉県生まれ。東京は三鷹にあるウルトラライト・ハイキングをテーマにしたショップ、ハイカーズデポのオーナー。古書店で手にした『バックパッキング入門』に魅了され、大学探検部で山を始め、のちに洞窟探検に没頭する。アウトドアショップバイヤー時代にアメリカでウルトラライト・ハイキングに出会い、自らの原点でもある「山歩き」のすばらしさを再発見。2008年、ジョン・ミューア・トレイルをスルーハイクしたのち、幼少期を過ごした三鷹にハイカーズデポをオープンした。現在は、自ら経営するショップではもちろん、雑誌、ウェブなど様々なメディアで、ハイキングの楽しみ方やカルチャーを発信している。 著書に 『ウルトラライトハイキング』(山と渓谷社)がある。

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