TRAILS REPORT

ロングトレイルTOPICS #02 | PCTスルーハイキングに向けた最新情報(2022 Feb)

2022.03.02
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前回からスタートした、TRAILS編集部が取材やリサーチで集めた情報を中心に、ロングトレイルの最新情報や注目すべきトピックを発信する『ロングトレイルTOPICS』。

2回目の今回は、PCT (パシフィック・クレスト・トレイル) 編。

TRAILS編集部が、PCTA (PCTの運営組織) のトレイル・インフォメーション・マネージャーであるジャック・ハスケルに取材を行ない、2022年2月時点での最新情報を聞いた。ジャックとTRAILS編集部は長い付き合いで、たびたびTRAILSの記事にも協力してもらっている。

彼のアドバイスはとてもリアルで貴重な情報だ。またこの情報は、今年PCTを歩くハイカーだけでなく、コロナ期において海外トレイルにチャレンジしたいハイカーが、しっかりと理解し、実践すべき情報ばかりだ。

PCTのワシントン州にあるナイフ・エッジ。正面に見えるのはマウント・レーニア。

出力したパーミット (許可証) を携行し、条件を遵守すること。

PCTA (PCTの運営組織) のトレイル・インフォメーション・マネージャーであるジャック・ハスケル。PCT (2006) とCDT (2010) のスルーハイカーでもある。

—— 編集部:2022年のスルーハイクにおいて、例年と比較してルールの変更点はありますか?

 
ジャック:「新しい点としては、PCTのロング・ディスタンス・パーミットは、歩きはじめる日の3週間前からパーミット・マネジメント・ポータル (※1) で印刷できるようになります。

例年通り、スタート前にパーミットを印刷する必要があります。スタート日を過ぎると印刷はできません。

パーミットには、具体的な日付と、始点と終点となるトレイルヘッドが記載されている必要があります。パーミットを持っているハイカーは、そこに記載されている日にちと場所からスタートしてください。これは必ず遵守してください。

パーミットの所有者は、パーミットのすべての条件を遵守しなければならず、それを破った場合は、パーミットが無効となり、取り消されることがあります。詳しくは、パーミットに関する公式情報 (※2) を読んでください」

※1 パーミット・マネジメント・ポータル (Permit Management Portal):パーミット (許可証) の申請内容の変更・取り消し、およびパーミットの印刷ができるページ。https://permit.pcta.org/manage/

※2 PCTロング・ディスタンス・パーミット規約 (PCT Long-distance Permit Terms):パーミットは取得すれば良いわけではなく、規約を理解し、それを遵守した上でハイキングすることが重要である。https://www.pcta.org/wp-content/uploads/2021/10/PCT-Long-distance-Permit-Terms-v.10.14.21.pdf

PCTロング・ディスタンス・パーミット規約のページ。

山火事が起きた際、火災閉鎖区域に入ることは違法。

PCT上での山火事。遠くに見えるからといって、安心してはいけない。

—— 編集部:今年のスルーハイカーが、特に気をつけるべきことはありますか?

 
ジャック:「気候危機は、ここ数年の夏に緊急事態を引き起こしました。それは、手に負えないほどの記録的な規模の山火事という形で現れています。今年一年、あらたな火事を起こさないことの大切さを伝えたいです。また、火災を発見した際の対応、危険な煙の中でのハイキングをやめるタイミング、焼失エリアをより安全に移動する方法についても学び、計画を立てておく必要があります。これらは今年、ハイカーが乗り越えるべき課題です。

森林火災や深刻な火災による危険性のために、トレイルが通るエリアが閉鎖されることがあります。

火災閉鎖区域に入ることは違法です。また、炎が近くにない場合でも、非常に危険です。風向きが急に変わり、煙や火が急速に移動することがあります。燃えかすが飛んできて、出火地点から数km離れた場所で発火することもあります。山火事への対処法については、下記ページを参照ください」

PCTAのサイトには、山火事への対応策について詳細な説明があるので、熟読しておきたい。https://www.pcta.org/discover-the-trail/backcountry-basics/fire/how-to-react-to-wildfires/

—— 編集部:日本でのハイキングにおいて、山火事に遭遇することはほとんどありません。身近でないだけに、特に日本人ハイカーは、山火事の危険性を認識しておく必要がありそうですね。

 
ジャック:「煙は、視界を遮り、呼吸ができなくなるほど濃くなることがあります。警告なしに航空機から難燃剤が投下されることもあります。

メインの火災が終わっても、高温地帯が移動して何週間も地中に残り、落とし戸のような炭の穴ができることがあります。燃えた木や枝は、いつ折れて倒れてもおかしくありません。森林のある区域を閉鎖する場合、担当機関はこれらの危険性をすべて考慮します。

ハイカーが閉鎖区域内にいると、担当機関の対応にさらなる負荷をかけることになり、消火活動の妨げにもなるのです。

トレイル上で目にする、閉鎖区域のマップ。PCTAをはじめ、関係機関がハイカーの安全を考えて作成しているので、必ず従うこと。

私たちは、トレイル閉鎖や迂回路があることをハイカーに警告するため、あらゆる努力をしていますが、常にこれができるとは限りません。予期せぬ閉鎖に遭遇した場合、ハイカーは別のルートを選択する覚悟が必要です。

火災が完全に鎮火した後も、トレイルは長い間閉鎖されたままになる可能性があります。PCTAと地元の機関は、火災による危険性を最小限に抑えるために取り組んでいます。大変な作業ゆえ、しばらく時間がかかるかもしれません。ご理解とご辛抱をお願いいたします」

天候を注視し、危険であれば引き返したり、スキップするように。

干ばつに関係なく、南カリフォルニアはかなり暑く、乾燥している。

—— 編集部:山火事以外で、気をつけるべきことはありますか?

 
ジャック:「天候は予測できないものですが、予測することには価値があります。

干ばつが深刻化する一方で、乾燥した冬に大雪が降る、いわゆる「ミラクルマーチ」もあり得ます。また、残雪期にハイキングをする人は、ところどころで雪があることも予測できるでしょう。

高山は6月まで雪に覆われていることが多いです。自分のリスクへの対応力、スキル、装備、体力を現実的に判断し、危険であれば引き返したり、セクションをスキップしたりすることで、より安全な登山ができます。いずれ暑くなりますが、その危険もまた、ハイカー自身が軽減できるリスクなのです」

シエラのエリアに入ると、かなりの雪が残っているケースも少なくない。事前に情報を収集して準備をしておきたい。

—— 編集部:ハイカーひとりひとりが、リスクを減らす努力をすることが必要ということですね。

 
ジャック:「私たちは、ハイカーのみなさんのひとつひとつの行動が重要だと思っています。

パシフィック・クレスト・トレイル (PCT) を、質の高いものとして維持していくためには、みんなの情熱が必要です。私たちは、幅18inch (45cm) という狭いトレイルを、多くの人と共有しているのです。

PCTが特別である理由の大部分は、比較的手つかずの自然が残されているということです。どうかそれを守ってください。多くの場合、焚き火は禁止されています。ゴミはすべて持ち帰りましょう。ハイカーたちが孤独を求める気持ちを尊重しましょう」

すべては自己責任。英語の勉強、ウォーターレポートのチェックを忘れずに。

水は、生死に関わることなので、ウォーターレポートを頻繁にチェックしておこう。https://pctwater.com/

—— 編集部:特に、アメリカ国外からのハイカーが気をつけるべきことはありますか?

 
ジャック:「PCTは非常にハードなコースですので、出発までの残り数週間、運動や足腰を鍛えるなどして体を整えておくとよいでしょう。

PCTは、人のほとんどいない大自然を体験する場所です。自分のことは自分でするものであり、安全は自分の責任です。アメリカでのハイキングが初めての人は、PCTを甘く見ないようにしてください。挑戦的であり、実際にリスクもあります。

また、PCTを歩く前に、ある程度、基本的な英語を話し、読めるようにしておくことを強くおすすめします。英語が話せると、山火事に関する警告を読んだり、水や食料の長距離輸送の計画を立てたりと、安全面で有利になります。基本的に必要な情報はすべて英語で書かれています。

英語が全く話せない場合は、通訳してくれるパートナーと一緒にハイキングすることをおすすめします。

水がない場所に、トレイルエンジェルが置いてくれているウォーター・キャッシュ (Water Cache)。この情報も、ウォーターレポートでチェックできる。

北向き (ノースバウンド) のスルーハイクをはじめるにあたっては、猛暑と水不足に備えましょう。サザンターミナスの出発時に、少なくとも6Lの水をバックパックに入れておくべきです。出発する前に、地図とPCTウォーターレポートをよく読んでください」

コロナ禍で多忙を極める捜索救助隊や医療従事者に迷惑をかけないこと。

渡渉は特に注意すること。不安を感じたら、ひとりで渡らない、他のハイカーが来るまで待つ、といった行動が必要。

—— 編集部:コロナ禍への対策も必要ですよね。

 
ジャック:「新型コロナウイルスの蔓延で、捜索救助隊はすでに疲弊しています。目標を高く設定しすぎず、リスク管理を徹底してください。

パンデミックに関係なく、さまざまな方法でリスクを減らす必要があります。ワクチンを接種していない人とはソーシャルディスタンスを確保する、流れが強く難しい川を渡らない、キャンプファイヤーをしない、岩をよじ登らない、トレイルを外れない、川を飛び越えないなど、怪我をしたり緊急対応要員 (ファーストレスポンダー) の助けを必要とするような行動はしないようにしてください。

ハイカーの事故は、パンデミックによってすでに緊張状態にある緊急対応要員、捜索救助隊、病院スタッフに不必要な負荷を与えます。自分自身だけでなく関係する人々を、危険にさらさないようにお願いします。

ハイカーは、旅の計画を自宅の信頼できる人物と共有し、それを厳守してください。詳細な旅程を立て、いつ、どこで、次の町に到着するのか、大切な人に正確に伝えておく必要があります。

トレイルで信頼できる通信手段があるのは、町だけであることを考慮してください。何カ月も前に予測することはできないかもしれませんが、トレイルに入ったら、1週間か2週間先の計画を立てることは間違いなくできます。

あなたの緊急連絡先となる人は、あなたがどのくらい遅れるか、また、あなたが行方不明になった場合にどうすればよいかを知っておく必要があります」

室内ではマスクを着用、万が一のための資金も用意。

コロナに関するガイダンスページも要チェック。https://www.pcta.org/discover-the-trail/pct-covid-guidance/

—— 編集部:オミクロン株が猛威を振るっていることも、心配です。

 
ジャック:「アメリカではまだワクチンを接種していない人もたくさんいるので、コロナ感染するリスクも高いです。

ハイカーのみなさんには、ワクチン接種と、室内でのマスク着用をおすすめします。マスクをしない人も多いので、日頃から予防を心がけましょう」

—— 編集部:事前に、コロナに感染してしまうことも想定すべきですよね。

 
ジャック:「もしコロナ感染したら、ホテルで自主隔離するお金を用意してください。高額になることがあります。

米国でコロナにかかり、入院が必要になったり、通常の民間航空会社で帰国できなくなったらどうするかを、考えておくこと。これはあなたが取っているリスクであり、あなた自身で安全を確保する責任があるのです」

PCTの南端、サザンターミナス。しっかり準備をして、このスタート地点に立って欲しい。

PCTのスルーハイクのスタートは、4月中旬〜5月初旬が一般的だ。スタートまで残りあとわずか。今年のスルーハイカーの中には、あとは行ってから考えるという人も少なくないだろう。

しかし今回ジャックの話を聞けばわかるように、コロナ期のスルーハイキングは、通常とは異なり、より責任をともなった旅であり、事前準備の重要性は高くなっている。

また山火事や極端な天候などの気候危機に対して、ハイカーが意識的である必要もある。PCTを安全に楽しむためにも、ジャックのアドバイスはすべて実行すべきだろう。

次回は、AT (アパラチアン・トレイル) の運営組織であるATCのスタッフから、ATの最新情報を紹介してもらう。

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佐井聡(1979生)/和沙(1977生)
学生時代にバックパッカーとして旅をしていた2人が、2008年にウルトラライトハイキングというスタイルに出会い、旅する場所をトレイルに移していく。そして、2010年にアメリカのジョン・ミューア・トレイル、2011年にタスマニア島のオーバーランド・トラックなど、海外トレイルでの旅を通してトレイルにまつわるカルチャーへの関心が高まっていく。2013年、トレイルカルチャーにフォーカスしたメディアがなかったことをきっかけに、世界中のトレイルカルチャーを発信するウェブマガジン「TRAILS」をスタートさせた。

小川竜太(1980生)
国内外のトレイルを夫婦二人で歩き、そのハイキングムービーをTRAIL MOVIE WORKSとして発信。それと同時にTRAILSでもフィルマーとしてMovie制作に携わっていた。2015年末のTRAILS CARAVAN(ニュージーランドのロング・トリップ)から、TRAILSの正式クルーとしてジョイン。これまで旅してきたトレイルは、スイス、ニュージーランド、香港などの海外トレイル。日本でも信越トレイル、北根室ランチウェイ、国東半島峯道ロングトレイルなどのロング・ディスタンス・トレイルを歩いてきた。

[about TRAILS ]
TRAILS は、トレイルで遊ぶことに魅せられた人々の集まりです。トレイルに通い詰めるハイカーやランナーたち、エキサイティングなアウトドアショップやギアメーカーたちなど、最前線でトレイルシーンをひっぱるTRAILSたちが執筆、参画する日本初のトレイルカルチャーウェブマガジンです。有名無名を問わず世界中のTRAILSたちと編集部がコンタクトをとり、旅のモチベーションとなるトリップレポートやヒントとなるギアレビューなど、本当におもしろくて役に立つ情報を独自の切り口で発信していきます!

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