TRAILS REPORT

TODAY’S BEER RUN #08 | ベンズ・スロップ・ショップ (吉祥寺)

2022.03.16
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文:根津貴央 写真・構成:TRAILS

What’s TODAY’S BEER RUN? | 走って、至極の一杯となるクラフトビールを飲む。ただそれだけのきわめてシンプルな企画。ナビゲーターは、TRAILSの仲間で根っからのクラフトビール好きの、ゆうき君。アメリカのトレイルタウンのマイクロブルワリーで、ハイカーやランナーが集まってビールを楽しむみたいに、自分たちの町を走って、ビールを流し込む。だって走った後のクラフトビールは間違いなく最高でしょ? さて今日の一杯は?

* * *

『TODAY’S BEER RUN』の第8回目! 案内役は、毎度おなじみ、ゆうき君 (黒川裕規)。

彼と一緒に走って向かうのは、東京は吉祥寺 (きちじょうじ) にあるクラフトビールのボトルショップ『Ben’s Slop Shop』(ベンズ・スロップ・ショップ)。都立大学にある『The Slop Shop』の2号店としてオープンしたお店だ。

Liquid Gems (リキッド・ジェムズ / 液体の宝石) をコンセプトに掲げる同店。それはすなわち、クラフトビールに宝石ほどの価値を見出しているということ。

いったい、どんな宝石を僕たちは手にすることができるのだろうか。

そんな今回の『TODAY’S BEER RUN』をお楽しみください。


起点となる『TRAILS INNOVATION GARAGE』に集合した、ゆうき君 (右) とTRAILS編集部crewの根津。

NAVIGATOR / ゆうき君 (黒川裕規)
パタゴニアのフード部門『パタゴニア プロビジョンズ』で食品やビールを担当。前職がヤッホーブルーイングということもあり、ビールの知識も豊富。そもそも根っからのビール好きで、10年以上前からクラフトビールを個人的に掘りつづけている。TRAILS編集部crewの根津とは8年来のトレイルラン仲間で、100mileレースをいくつも完走しているタフなトレイルランナーでもある。

『TODAY’S BEER RUN』のルール
①日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』からお店まで走って行く ②『TODAY’S BEER RUN』のオリジナル缶バッジを作る ③ゆうき君おすすめのお店で彼イチオシのクラフトビールを飲む


GARAGE to ベンズ・スロップ・ショップ


スタート地点は、東京は日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』。

この場のコンセプトである「MAKE YOUR OWN TRIP = 自分の旅をつくる」を体験するべく、まずは恒例の『TODAY’S BEER RUN』オリジナル缶バッジづくりから。

MYOG (Make Your Own Gear) ができる『TRAILS INNOVATION GARAGE』で、オリジナルの缶バッジを作るゆうき君。


オリジナルのバッジが完成!

3月初旬、気が早いのはわかっているが、僕とゆうき君の気分はもはや花見だ。花が見たいのではない。花よりビール。花見を口実に昼間から美味しいクラフトビールを飲みたいのだ。

しかも今回の行き先で待っているのは、ただのクラフトビールではない。Liquid Gems (リキッド・ジェムズ / 液体の宝石) である。スタート前からモチベーションもMAXだ。


日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』からスタートして、吉祥寺 (武蔵野市) にある『Ben’s Slop Shop』へ。


今回のルート


『Ben’s Slop Shop』までは、最短距離で21km。寄り道も考えると、22kmくらいになるだろう。

ハーフマラソン以上であることに不安を覚えたものの、ただでさえ美味しいクラフトビールを、さらに美味しく飲むためには、異論をはさむ余地のない距離ではある。


日本橋から新宿を経て、中央線沿線を走り、井の頭恩賜公園に立ち寄ってゴール。全長22km。

一気に22kmを走り切るのはキツそうなので、まずは新宿を目指す。距離にして10km足らずということもあり、余裕で到着。あと半分ちょっと。ここからが正念場だ。

ただ、新宿から吉祥寺は中央線でしか行ったことがなかったので、沿線を走るのは新鮮だった。電車に乗っていたら気づかないような道や建物があって、ちょっとした探検気分も味わえる。


井の頭恩賜公園の池のほとりを、気持ちよく走る。クラフトビールまであと少し。

今回の寄り道スポットは、井の頭恩賜公園。花も咲いていなければ、花見客もいないけど、目と鼻の先に『Ben’s Slop Shop』のクラフトビールが待っていることを思うと、花満開くらいの気分だった。


Liquid Gems (液体の宝石) を手に入れるべく、22kmを走って『Ben’s Slop Shop』へ。



約3時間かけて到着。店構えは小洒落たレストランのようだ。

『Ben’s Slop Shop』があるのは、吉祥寺の西エリアにある中道通り。全長約540mの長い商店街で、個性的なショップが立ち並んでいる。

とはいえ、賑わっているのは主に吉祥寺駅に近いエリアで、『Ben’s Slop Shop』があるのは中道通りを入ってから400m地点 (かなり端のほうだ)。ひっそりとした住宅街という雰囲気である。


シンプルイズベストという感じの、清潔感のある店内。

青と白を基調にした、地中海風? の店内は、決して広くはないのだが、このカラーリングとシンプルな造りが相まって、驚くほど開放感に溢れている。

バカンスにでも来ているような感じで、不思議と気持ちも大きくなり、いつも以上にクラフトビールを飲んでしまいそうだ。


クラフトビールの背景や文脈にこそ、面白さがあるし、それを伝えたい。



『Ben’s Slop Shop』の店主、大曽根智之 (おおそね ともゆき) さん。

「お疲れさまでしたー」とフレンドリーな感じで出迎えてくれたのは、『Ben’s Slop Shop』の店主、大曽根智之 (おおそね ともゆき) さん。

小さい頃からスケートボードやハードコアパンクに傾倒していた大曽根さんは、クラフトビールに自分の好きなジャンルとの類似性を強く感じたという。実際、スケーターやミュージシャンがブルワリーを立ち上げることは珍しくはないし、カルチャー的にも共通する部分が多いとのこと。

大曽根さん:「クラフトビールの時代性や地域性が、僕の好きなものとすごく似ていると思ったんですよね。たとえばハードコアパンクも、アメリカの東海岸と西海岸南部では、ぜんぜん違う音だったりする。もともとこういう風にエリアごとに分析するのが好きで、この僕の志向とクラフトビールが、がっちりハマった感じですね。アメリカのウエストコーストでIPAが流行れば、今度は東海岸でニューイングランドIPAが出てきたりして。お互い影響しあって新しいモノが生まれるカルチャーが面白いなと」

当然ながら、『Ben’s Slop Shop』で扱っているすべてのクラフトビールには、この大曽根さんのスタンスが色濃く反映されている。ただ単に美味しいだけ、のクラフトビールではないのだ。


クラシックなものから最先端のものまで、扱っているクラフトビールは多種多様。日本の風土や食文化にあったセレクトをしているのが特徴のひとつ。日本にこれまで紹介されていないが紹介されるべきクラフトビールを扱うべく、自社でインポートも手がけている。

そのスタンスはなにも大曽根さんに限ったことではなく、共同創業者である村越剛人 (むらこし たけと) さんも同じである。実は今回、村越さんにも来てもらって話を伺ったのだ。

村越さん:「僕がクラフトビールにハマったのも、まさにその背景や文脈だったんです。10代の頃は僕もハードコアパンクにとにかくのめり込んでいて。スケートボードもやったりしていましたね。それで2008年くらいに日本でクラフトビールを認識するようになって、これは10代にハマったものと同じ匂いがするなと。調べてみたら、それが確信に変わりました。当時はリーマンショックもあって世の中の価値観が変容するタイミングで、そんななか、クラフトビールは新しい価値観やライフスタイルを導く存在になると感じたんです」


村越剛人さん (左) と大曽根智之さん。ハードコアパンクの音楽活動をしていた頃から、直接会ったことはないもののお互いの存在を知る仲だった二人。共にアメリカンクラフトビールの商社を経て独立。

『Ben’s Slop Shop』は、都立大にある『The Slop Shop』とともに、クラシックなものから最先端のものまで、幅広く選りすぐりのクラフトビールを置いてることでも有名だが、それは一側面でしかない。このお店の一番の魅力は、そのラインナップの背景にあるストーリーを体感できることにあるのだ。

その表現の場のひとつが、商品のPOPである。書かれているテキストは、インポーターの受け売りではなく、すべて自分たちのオリジナル。しかも、全商品において一次ソースを調べた上でいちからまとめ上げている。お客さんに伝えたい、ブルワリーや商品のルーツや背景が山ほどあるため、文章量はご覧のとおりのボリュームだ。これでもまだまだ書ききれないことがたくさんある。


POPは手間隙を惜しまず、とことんこだわって制作。このオリジナルのPOPは、一読の価値あり。読んでいると、クラフトビールのディープな世界にいざなわれてしまう。


ゆうき君のイチオシの「TODAY’S BEER」



静岡県富士宮市にあるバイエルンマイスタービールのプリンスをチョイス。

ゆうき君の今日のイチオシはこれ。

『BAYERN MEISTER / PRINZ』 (バイエルン・マイスター / プリンス)

ゆうき:「選んだのは、2004年に創業した静岡県富士宮市のブルワリーで、南ドイツ出身のマイスターがつくるPRINZ=プレミアムピルスナー (※1)。

材料には、厳選された南ドイツ産の麦芽や、ドイツのホップ名産地であるハラタウ地方のアロマホップを使ったりと、テロワール (※2) に溢れる一杯。麦芽のうまみが濃くて、飲み干した後も、麦の香りが残ってへレス (※3) に近い味わいかな。

バイエルンマイスターさんはかなり硬派なブルワリーで、新規取引は基本的にはお断りなので、タップが飲めるのはかなり貴重。

いつもHazy IPAとか新しめのスタイルを飲んでる人はもちろん、普段は日本の大手ビールを飲んでる人にも、すべてのビールファンにオススメできる一杯。Benʼs Slop Shopに来たら、ぜひとも飲んでほしい!」

※1 ピルスナー (Pilsner):チェコ発祥のラガービールの一種。黄金色でアルコール度数も低く、すっきりとした喉ごしとホップの爽やかな苦味が特徴。

※2 テロワール:「土地」を意味するフランス語から派生した言葉。ブドウの生育地の地理や土壌、気候などの特徴を説明する際に用いられ、ワインの世界で頻繁に使用される。

※3 ヘレス (Helles):ドイツ南部で製造されているビアスタイルで、ラガービールの一種。もともとチェコのピルスナーに対抗するため開発された。ピルスナーと比較すると、ホップの苦みが控えめで、麦芽の旨味が強いのが特徴。


ピルスナーというビアスタイルは、この黄金色が特徴でもある。毎日飲んでも飲み飽きることがない。

僕自身、クラフトビールを知った頃は、ついつい珍しいものに目が行きがちだった。そして飲んだ瞬間になんだこれは! という驚きを楽しんでいたりもした。それと比較すると、このプリンスは派手さはない。でも、ものすごく味わい深いのだ。

口に含んだ瞬間はあまりわからないのだが、喉をとおったあとに麦芽の甘みがじんわり広がっていく。優しい飲み口で、極上の余韻を楽しめるビールだと思った。


タップリスト。6番は、吉祥寺も都立大も常設のバイエルンマイスターのプリンス。1杯目は必ずこれ! という常連客も多い。

村越さん:「どんなにいい店でも、その日のタップリストを見てピンとこない日って絶対あると思うんです。でも、間違いなく美味しいラガーが1本つながっていればそれだけで満足できるはず。そう思って常設しています」

おっしゃる通り! ゆうき君と僕は、村越さんのこの言葉にすこぶる共感した。


TRAILS編集部へのおみやげビール! 村越さんおすすめの3本は、左から、ヨロッコビールのHELLES LAGER (ヘレス・ラガー)、バーダックブルワリーのBRETT LIME (ブレットライム)、ウエストコーストブルーイングとThe Slop ShopのコラボビールBRILLIANT CUT (ブリリアントカット)。

最後に、編集部のおみやげビールを購入。村越さんおすすめの3本だ。

ヨロッコビールのヘレスは、昨今のラガー回帰のムーヴメントの象徴とも言える一本。村越さんたちが独自でインポートしているバーダックブルワリーのブレットライムは、カナダはトロントのブルワリーによるワインとビールのハイブリッド。ウエストコーストブルーイングのブリリアントカットは、『The Slop Shop』とのコラボで特別醸造したヘイジーダブルIPA。

という感じでさらっと触れてはみたが、実際はというと、村越さんからそれぞれにまつわるストーリーをがっつり聞かせてもらった。Liquid Gems (液体の宝石) は、決して誇大でもなければ単なる比喩でもなかった。彼らにとって、クラフトビールは本当にLiquid Gems (液体の宝石) と呼ぶにふさわしい価値があり、そして今回僕らもそれを感じることができた。

ストーリーの詳細については、ここでは割愛する。というのも、実際お店に足を運んで彼らの熱量とともにその背景や文脈を堪能するのが、『Ben’s Slop Shop』の魅力であり、楽しみ方だと思うからだ。


『Ben’s Slop Shop』は、ただのボトルショップではなく、クラフトビールの深遠なる世界やカルチャーに触れられる場所だった。

今回も、走ったあとのクラフトビールは最高でした!

トレンドやネットの表層的な情報に流されず、本質を知りたい、ディグりたい、そんな人には打ってつけのお店でした。

さて、次はどこのクラフトビールを飲みにいこうかな。

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WRITER
根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年4月、TRAILSに正式加入。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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