アリゾナ・トレイルのスルーハイキングレポート(その4)| by 河西祐史 a.k.a. Wonderer #04
文・写真:河西祐史 構成:TRAILS
クレイジーなまでにアメリカのロングトレイルを歩きまくっている日本人ロング・ディスタンス・ハイカー、河西祐史 a.k.a. Wonderer (ワンダラー)。自分が行きたいと思うアメリカのトレイルをまとめた『おもしろそうリスト』は、つねにパンパン。そのくせ歩きに行くと、トレイルそっちのけでガンガン寄り道をしてアメリカを遊び倒してしまう型にハマらないハイキングスタイルが、僕たち好み。そんな河西さんによる、This is Americaなハイキング・レポート。
* * *
河西さんほどアメリカのトレイルを歩いている現役日本人ハイカーはいないだろう。そんな彼が、この連載第一弾でレポートしてくれるのは、アリゾナ・トレイル (AZT ※1)。
グランドキャニオンのあるノーザン・セクションを過ぎ、セントラル・セクションを進んでいく河西さん。ここにはアリゾナの象徴でもある、巨大サボテンがたくさん生えている個性的なエリアがある。
長期間におよぶスルーハイクにおいては、トレイル沿いの街に立ち寄っては補給をしてまたトレイルに戻る、というのを繰り返す。トレイル上での出来事だけでなく、街でのエピソードも負けず劣らず面白い。
今回の記事ではそんな街でのエピソードも、河西さんは豊富に伝えてくれている。「これが、ロング・ディスタンス・ハイカーという人種です」とばかりに、ハイカーのリアリティが愉快に描かれている。
では、河西さんによる、第4回目のアリゾナ・トレイルのレポート、お楽しみください。
Wi-Fiを探しに、バックパックを背負って街をうろつく。
バレーボールコートには、なんだかトゲトゲした植物のかけらがたくさん落ちていた。気が付くといろんなモノにくっついている。慎重に払いパッキング。街だがキャンプなのだった。
ブリュワリーの営業開始前に出て欲しいと言われていたので、荷物を背負って朝食へ。新型コロナに配慮して、カフェで店員に端っこのテーブルを希望したが、結構混んでるしみんなもうあんまり気にしてないようだ。
コンセントを確認して着席。荷物を立てかけたりスマホを充電したりするので、よく考えたら壁沿いに座るのはいつものことだった。
食事はまあ良かったのだが、アメリカとしては珍しくWi-Fiがなかった。実はちょうど1カ月前にプリペイドのSIMを買っていて、この街でネットから延長しようと思っていた。
ところが朝起きたら通信ができなくなっている。なんと今日が31日目だ、先月と同じ日付までじゃないのかと驚き、じゃあカフェでWi-Fiを……と思っていたのだった。この先しばらく、まともな街はない。なんとかしてネットに接続し、SIMが使えるようにしないと。
やむを得ず、バックパックを背負って街をうろつく。コインランドリー (Wi-Fiがあったりする) は休み。ココはシャワーがあった、と聞いていたが、いろいろあって改修中らしい。街外れのRVパーク (キャンピングカー専用の滞在施設) は閉業、街に飲み込まれてるようなRVパークは一見さんお断り。もうWi-Fiどころかシャワーや洗濯もできない。
仲間のハイカーがくれたのは、日本のお菓子だった。
最終手段、通りを外れた街の図書館へ。アメリカの図書館は情報の提供を使命と心得ていて、スマホがこんなに普及するまでは田舎の貴重なネット接続スポットだった。
行ってみると、ハイカーが訪れるのに慣れっこな職員がテキパキと対応してくれて、備え付けのPCとWi-Fiと充電用コンセントをばっちり使わせてくれた。SIMも開通、充電も十分。シャワーはあきらめて、あとは食料だ。
街で唯一のスーパーに行くと、入り口付近にテーブルと椅子があり、ハイカーが2人くつろいでいた。今朝カフェで見かけて挨拶したヤツと、夕べ自分と一緒にヘッドランプを点けてブリュワリーに直行したヤツだ。
夕べ一緒だったのは、SP (エスピー) というトレイルネームのハイカーだ。彼は今回が初めての本格的なロングトレイルだそうで、そう言いながらギアはウルトラライトで統一している。
ブログなどで情報を得てベンキョーしてきたのだ。トレイルでの食事は水に溶いたプロテインパウダー、行動食はエナジーバーなどで、消費カロリーに基づいて運ぶ量を管理している。田舎には出発前に、これらの物資を送っておいていた。
そのSPが「これ、日本のだろ。やるよ」と言ってポッキーをくれた。お気に入りのお菓子を少し食料の箱に入れておいたというのだ。こういうので粗食のツラさを癒す、そこまで計画してきているのか。
スーパーで食料を仕入れ、結局SPと一緒に道路を歩いてトレイルに向かう。ウロウロしすぎて今日はもう戻るだけ、次の水場まで行けずにキャンプだろうと話していたら、ヤツが「ちょっと水を足したい」と言ってスイーツとコーヒーの店に入っていった。
買うのではなく、水道水を汲ませてくれと頼むのだ。こういう度胸は見習いたい。
自分も続いて入店すると、気のいいお姉さんが「アリゾナトレイル? 素敵ねえ、水? いいわよボトル寄越しなさい。あなたは? はい2Lね。うちはこれとこれが人気なの。味見に少しどう? 今コヴィッド (コロナウイルスのこと) でお客が来ないから、これとこれも上げるわ!」とめちゃめちゃフレンドリーで、我々は両手に抱えるほどのお土産を持って街を出ることになった。
次に行きたいトレイルの話で盛り上がり、止まらなくなるハイカーの病。
アリゾナ・トレイルは「南半分が低い」と言われる。
標高が少し下がり、気温が上がったのを感じるようになった。じゃあここからずっと低い標高で暖かいかというとそうではなく、ちょいちょい2,000m級の山が現れる。
春や秋でも時に降雪、時に低地で日中は30℃以上でアップダウンも多い。グランドキャニオンを除けば、むしろ南部のほうが体力的にキツい。トレイルの「路面」も、よりロッキー (石が多い) だ。
ハイウェイをくぐる手前の木陰にトレイルマジックがあった。ハイカーのためにちょっとした飲み物やお菓子がストックしてあるのだ。ほぼ同時に向かいから来たノースバウンダーと、やったぜ!と笑いあって欲しいものを取る。
ちょうど暑かったので、ゲータレードはまさに干天の慈雨だ。休憩しながら自己紹介していたら、ここしばらく追い越したり追い越されたりしているサウスバウンダーが来て、彼らはお互いに「あっ、お前は!えーと、あそこで会ったよな?」などと言い始めた。
彼らは他にも複数のロングトレイルをスルー (スルーハイク) しており、過去に見知った仲だったのだ。自分も一緒になって、次どこ行く? という話で盛り上がる。
アリゾナ・トレイルが初めてのロングトレイルである若い女性ハイカーも現れて休憩の輪に加わり、我々の意見を聞きながら未来の計画を考えていた。こうしてみんな止められなくなっていく。
アリゾナの象徴である巨大サボテンのエリアを歩く。
小さなアップダウンをいくつもこなしていると、一つ越えて日当たりのいい斜面に入ったら、周囲にぽつぽつと背の高いサボテンが見えるようになった。そのうちサボテンだらけのエリアも現れる。
アリゾナの象徴とも言われる巨大サボテン「サグアロ (Saguaro)」だ。スペイン語風に読むとサワロだが、アメリカ人はどっちも使うようだ。同一人物が混ぜて使っているのを聞いたことがある。そういうところがアメリカらしい。
他にも枝がトゲトゲの「オコチョロ」など、面白植物の間を縫ってルーズベルト・レイクに着く。
日本でも有名なセオドア・ルーズベルトの名前を冠するこの巨大な人造湖は、後からちなんで名づけられたのかと思ったら、なんと彼が大統領の任期中に完成 (1911年) したという。
ブラックバスの釣りトーナメントが開かれるので、日本ではそのスジのマニアにだけは知られているかもしれない。ハイカーにとっては、マリーナ併設のレストランとコンビニこそが目当てである。
観光客で賑わうルーズベルト・レイク。
レストランは観光客で賑わっていたが、ハイカーもたくさんいた。トレイルで話してきた限り、前の街 (パイン) でシャワーを浴びていないのが何人もいる。我々は観光地に行くからには、湖に飛び込んで身を清めてからレストランに入るべきではないかなどと相談していたのだ。
みんな何喰わぬ顔をして食事している。パインから7日、最後のシャワーはモルモンレイクだったから、自分の場合はもうフロなし11日目だけど。
駐車場の隅にピクニックテーブルがあり、ハイカーはその周りでキャンプしていいらしい。だが外に水道はないし、夜まで待って人目を忍んで湖で水浴び、というのも良い選択ではなさそうだ。
バンライフをしている友人ハイカーが、町まで送ってくれた。
コンビニにインスタント食品が全くないのもキツかったが、とにかくスナックをしこたま買い込んで明るいうちにトレイルに戻る。ぶっ飛ばして2日間、ちゃんとした街スーペリアへ。
ぶっ飛ばしたのはシャワーばかりが理由ではなく、ちょうど金曜日に着いてしまうからだった。土日は郵便局が休みなのだ。
トレイルから街までも遠いので、なんとか昼過ぎには道路に出ようと頑張ったら、トレイルヘッドに友達が車で迎えに来てくれた。CDT (※2) とPCT (※3) でそれぞれ自分と知り合った男女のハイカーが付き合っていて、バンライフ (車中生活) をしながらちょうど近くを通りかかっていたのだ。
バンには冷蔵庫やミニキッチンがついていて、サッと冷たい飲み物を出してくれ、さらに豆やコメらしき具入りのブリトーを作ってくれた (彼らはベジタリアン)。さすがにハイカーのニーズが分かっている。
車で郵便局に送ってもらい、バックアップの荷物を受け取る。少しだけ入れておいた日本の食料を出し、ここ数日かけて分類しておいた「当面いらないギア」を放り込む。ほとんどは防寒着だ。
本来ならフラッグスタッフか、遅くもパインで決断すべきだった。国境まで残りおよそ3週間、天気が大きく崩れない限りもう手持ちのギアで行ってしまう覚悟だ。再び荷物を、思い切って2週間後の街に送る。
13日ぶりに味わう、念願のシャワー!
待っていてくれた友人に、今度はモーテルまで送ってもらう。「分かっている」やつらがいると本当に助かる。ありがとうありがとうと礼を言って彼らを見送り、受付に行って部屋をお願いすると、週末だから高い部屋しか空いてないという。
2泊するので結構イタい。悩んだが、もう「最後」から13日目。シャワーを浴びたくて浴びたくて仕方がない。断腸の思いで支払ってキーをもらい、とにかくバックパックを部屋に放り込んで、一旦道路をはさんだ向かいの1ドルショップへ。
ボディシャンプーとスナックとジュースを買い込んで戻ると、受付のおばさんが飛び出してきて「待ちなさい! まだ部屋は使ってないわね? 改装する部屋の業者が、この週末は来れないって……。とにかく、安い部屋を使わせてあげる。払い戻すから、もう一回受付に来なさい」とまくしたてた。
助かる。彼女もまた、ハイカーがどんな人種か分かっているのだ。自分が2日で、少なくとも6回はシャワーを浴びてやろうと思ってることまでは知らないだろうけどね。
セントラル・セクションも半分くらい歩き終えた河西さん。アリゾナ・トレイルならではの自然はもちろん街も満喫、仲間との予期せぬ出会いもあり、とにかく楽しそう。
ゴールのメキシコ国境までは、残すところあと3週間。このアリゾナ・トレイルのスルーハイキングレポートも、あと2回となった。
終盤戦となる次回のレポートをお楽しみに。
TAGS: