LONG DISTANCE HIKER #13 黒川小角 | トレイルがある町に身を置いていたい
話・写真:黒川小角 取材・構成:TRAILS
What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。
何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。
そんな旅のスタイルにヤラれた人を、自らもPCT (約4,200km) を歩いたロング・ディスタンス・ハイカーであるTRAILS編集部crewの根津がインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。
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第13回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、黒川小角 (くろかわ おづぬ) a.k.a. Snake Kicker さん。
黒川くんは、2016年にパシフィック・クレスト・トレイル (PCT ※1)、2017年にコンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT ※2) をスルーハイクしたロング・ディスタンス・ハイカーだ。
黒川くんは2018年10月に、信越トレイルのトレイルタウンである長野県飯山市に移住。3年間にわたり信越トレイルクラブ事務局の仕事に携わった。
現在は、別の仕事に就いているものの、変わらず飯山市に住んでおり、信越トレイルのガイドなども手がけている。アメリカ3大トレイルのうち2つを歩き、残るはアパラチアン・トレイル (AT ※3) だが、そこに足を運ぶ気配はない。
黒川くん曰く、「トレイルのある町にいたい」とのこと。ロング・ディスタンス・ハイカーである黒川くんが、そう思う理由とは?
ちなみに、信越トレイルでは、アメリカのロングトレイルをスルーハイキングした3人のハイカーが、今までにスタッフとして働いている (現在もスタッフ募集中 ※4)。これまでそんなトレイルは日本になかったし、すごく貴重なことでもある。前回、その1人である鈴木栄治さんを取り上げたが、今回は2人目として黒川小角さんを紹介する。
アメリカのロングトレイルの、圧倒的な距離の長さに惹かれた。
—— 根津:黒川くんは、会社員時代は土日が休みだったから、もっぱら週末登山だったよね。なにがきっかけでアメリカのロングトレイルに興味を持つようになったんですか?
黒川:「登山がどんどん面白くなってきたのに、有休も取れず土日しか行けない。フラストレーションが溜まっていたんですよね。
そのときたまたま手に取ったのが、ロングトレイル特集をやっていた雑誌でした。アメリカのロングトレイルの圧倒的な距離の長さに惹かれたんですよね」
—— 根津:距離の長さが重要だった?
黒川:「なにかアホなことがしたい、とぼんやりながらもずっと思ってて (笑)。PCTを歩くハイカーを見て、これはとち狂ってるなと。それで気になりはじめて、自分なりにいろいろ情報収集するようになりました」
—— 根津:アホなことがしたいと思ってたんだ (笑)。
黒川:「小さい頃から、基本的にはふざけていたい、おちゃらけていたいっていうタイプだったんです。でも就いた仕事は企業の人事で、当たり前ですがぜんぜんふざけられない。
いつかアホなことをしたいと思っていたなかで、PCTをはじめとしたロングトレイルの存在を知り、ちょうど2015年くらいに退職することになって、それで翌年にPCTをスルーハイクすることにしました」
トレイルから300mile (480km) も離れた、インディアン保護区に連れていかれた。
—— 根津:実際にPCTを歩いてみて、これまでに経験したことのない半端ない距離を満喫した?
黒川:「その距離の長さに惹かれてはいたものの、毎日歩いているとその距離感覚はなくなるんですよね。当たり前の日課ですから。それよりも、ロング・ディスタンス・ハイキングならではのハプニングや、計画どおり行かないこととかが、面白くなってきました」
—— 根津:具体的にはどんなことですか?
黒川:「いろいろあるんですが、そうですね、PCTもCDTもその面白さは共通しているのでCDTのエピソードを挙げますね。一番印象に残っているのは、拉致られてインディアン保護区に行ったことです (笑)。
町にいくためにヒッチハイクしたときのことなんですが、ドライバーのおじさんにインディアン保護区の儀式に参加するから一緒に行こうと誘われて。ノリで行くことにしたんですけど、トレイルから300mile (480km) も離れてたんですよ。
でも、貴重な文化体験でしたね。アメリカ人に話しても驚かれるくらいです」
—— 根津:儀式をかなり間近で見ることができたと。
黒川:「いや、実際に体験したんです。スウェット・ロッジと呼ばれる簡易サウナ小屋みたいなところに入って、焼き石に水をかけるんですが、もうサウナのレベルじゃない苦痛をともなう暑さでした。
その中でひたすら祈り、パイプをみんなで回し吸いしたり、食べ物を回し喰いしたり。とにかく面白かったですね。
PCTもCDTも、こういう予想外のことにあふれていて、それが楽しかったです」
ロング・ディスタンス・ハイキングを通じて、トレイルタウンの心地良さを知った。
—— 根津:PCTとCDTを歩いたハイカーは、当然のごとくATも歩くことが多いけど、そうはならなかったんだね。
黒川:「CDTを歩き終えてかなり満足感があったんですよね。PCTよりも山のスキルが求められますし、シビアな環境もたくさんありましたから。でもATはそこまでじゃないですし、惰性で歩きたくはなかったので、日本で仕事を探すことにしました」
—— 根津:トレイルを歩く側から作る側へ。やはりトレイルに関わる仕事がしたかったんですか?
黒川:「漠然とそう思っていました。人に相談したりといろいろアクションを起こしているなかで、たまたま信越トレイル事務局が人を探していて。それで携わることになったんです。
現在は事務局を離れていますが、変わらず同じエリアに住んでいます。それはたぶん、トレイルがある町とかトレイルがある地域が好きで、トレイルの近くにいたい気持ちが強かったんだと思います」
—— 根津:それはアメリカのトレイルで、たくさんのトレイルタウンを訪れたのが影響している?
黒川:「そうですね。小さな田舎町をトレイルが活性化していました。そこで暮らしている住民とハイカーの間には良好な関係性も築かれていて、僕はそういう町に行くたびにすごく心地良いなぁと感じていたんです。
そういう経験も含めて、いま振り返ってみると、僕はトレイルと地域が一体になっている雰囲気が好きなんでしょうね。そこに身を置いていたかったんだなと」
—— 根津:飯山市内の戸狩 (とがり) というエリアにずっと住んでいるけど、今後もここに住みながら信越トレイルに関わっていこうと思っていますか?
黒川:「戸狩は、出会った人も含めて穏やかな雰囲気があって、好きですね。戸狩の人たちは、信越トレイルを大事にしていますし、トレイル整備も手がけているんです。
集落の話し合いでも、いまだに加藤則芳さんの話が出るんです。しかも、『加藤さんが強い思いで作ったこのトレイルは、高齢化とかの問題はあるけど絶対に我々がやらないといけないんだ!』とも言っていて。そういうプライドを持った人たちがいるこの町が好きなんです。
地元の人からそう思われている信越トレイルはすごいと思いますし、そういう人たちと信越トレイルに関わることができるのは、嬉しいし楽しいですね」
This is LONG DISTANCE HIKER.
『 ハイカーから
トレイルタウンの住民へ 』
ロング・ディスタンス・ハイカーが、トレイルエンジェルになったり、トレイルマジックをしたりするのは、よくあることだ。
ひとたびロングトレイルにお世話になると、なにかしら恩返しがしたくなるもの。でも、黒川くんは恩返しとかそういうスタンスではなく、トレイルが好きでその沿線にある町も好きで、とにかくトレイルの近くにいたかったと言う。たしかに、アメリカのトレイルタウンはどこもかしこも魅力的だ。
黒川くんのその思いは、ふたたびロングトレイルを歩きに行ってしまうのと同じくらい、ハイカーらしい欲求だ。そして、ロング・ディスタンス・ハイカーが住んでしまうほどの町は、きっと素晴らしいトレイルタウンに違いない。
根津貴央
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