#006 GRANITE GEAR / グラナイトギア – マスプロダクト初のウルトラライトバックパック
文:根津貴央 構成:TRAILS 写真提供:グラナイトギア
What’s BRAND STORY/優れた製品を開発するメーカーには、それを実現させるだけの「他にはない何か」があるはず。でも普段の僕らは、つい新製品ばかりに注目しがちです。そこでBRAND STORYでは、編集部がリスペクトするあのメーカーの「他にはない何か」を自分たちの目で確認し、紹介したいと思っています。
Why GRANITE GEAR/ウルトラライト(UL)バックパックの普及や定番化において、ひとつのエポックを作ったグラナイトギア。代表作の“ヴェイパートレイル”やその後継の”クラウン”。いまやそれはひとつのクラシックと呼んでいい。ウルトラライトバックバックの源流を辿ることで、軽さだけではない、ウルトライトの価値を解き明かしてみたい。
前半は、グラナイトギア本社へのインタビューをもとに、ヴェイパートレイルが生まれた背景にあった、カルチャーやヒストリーを丁寧に紐解いていく。後半は、ハイカーズデポ土屋氏に、グラナイトギアを軸に日本でのULバックパックの受け入れられ方について訊いた。アメリカ、日本それぞれの視点から、グラナイトギアのバックパックの本質に迫ってみたい。
* * *
1986年にアメリカ・ミネソタ州で誕生し、今年で創業31年を迎えるグラナイトギア。軽量で丈夫なバックパックやスタッフバッグは日本でも高い人気を誇る。TRAILS読者のほとんどは、このロゴを見たことがあるのではないだろうか。
まずインタビューのアイスブレイクがてら、ロゴの由来を聞いてみた。このロゴにあしらわれている崖は本社のあるミネソタ州に実在するショベルポイントという名所(下の写真)であり、崖の上にある歯車は自転車のギアとのこと。なぜ自転車のギアなのか?どうやら自転車好きの創業者が、アウトドア製品の “ギア(道具)” と自転車の “ギア” をかけて、このデザインになったそうである。
ところで「ヴェイパートレイル」というモデルをご存じだろうか。2003年にリリースした同ブランド初のウルトラライトバックパック「ヴェイパートレイル / Vapor Trail」(現在は廃番。後継モデルはクラウンV.C.60 / CROWN V.C.60)は、アウトドア業界においてエポックメイキングな製品となった。まずはその開発ストーリーを皮切りにグラナイトギアの本質に迫ってみたいと思う。ちなみに今回インタビューしたのは、セールス、マーケティング、プロダクトデザインのヴァイスプレジデントであるロブ・コフリン氏(以下、ロブ)と、デザイン&開発のシニアディレクターであるマイケル・ジェイ・マイヤー(以下、マイク)である。
[ヴェイパートレイル / Vapor Trail] 60ℓの容量でほぼ1kgといいう軽さ。そしてこの目を惹く唯一無二のデザインは、ニューカマーの登場として完璧だった。長期のハイキングトリップに使える耐久性を備えた、この新しいULバックパックの登場にハイカーもメディアも沸き立った。また先鋭的すぎるとも感じられていたウルトラライトへの、入門的な役割も果たすモデルとなった。この時期にULに関心があった人は、最初に買ったULバックパックがヴェイパートレイルだったという人も多いはず。
スルーハイカーのギアの無償修理から生まれたバックパック
アメリカには数多くのロングトレイルがあるが、なかでも特に有名で人気があるのが、東部のアパラチア山脈沿いを走るアパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500㎞)。同トレイルでは、30年以上にわたり毎年トレイル・デイズというハイカーのためのイベントを開催している。グラナイトギアはそこでブースを出して、ハイカーたちのギアのリペアを行なっていた。
– ロブ&マイク「毎年ブースを出して、スルーハイカーのギアの修理を無償で行なっていました。トレイル・デイズはバージニア州のダマスカスという町で開催されていて、そこはATのスタート地点から約720kmの地点にあります。2001年当時、ウルトラライトバックパックは普及しておらず、多くのスルーハイカーはクッションを減らしたり、パーツを切ったりと、自分でカスタマイズしていました。そこで気づいたのです。ウルトラライトはニッチかもしれないが確実にニーズがあるなと」 – ロブ&マイク「そこで翌2002年のイベントでは、修理だけではなくウルトラライトバックパックのサンプルを用意して、ATのハイカーに渡しました。彼らにはATの残り約2,800㎞を歩いた後に、そのバックパックを会社に送ってもらいました。返送してもらったバックパックの検証、分析を繰り返し、そのフィードバックをもとに完成させたのが、2003年に発売したヴェイパートレイルだったのです。グラナイトギアとして初めてのウルトラライトバックパックでした」アパラチアントレイルを歩くリアルなスルーハイカーのニーズを、丁寧に製品にフィードバックしていくことで誕生したヴェイパートレイル。まだUL黎明期であったゼロ年代前半、ULの「衝撃的な軽さ」というインパクトが先行するなか、軽さだけでなく、耐久性や道具を使う安心感を両立させることに、真摯に向き合ったひとつの成果であった。
軽量さと耐久性のバランスだけでなく、負荷を感じづらい体感的な軽さという軸を取り入れた
ゼロ年代前半、ウルトラライトギアの認知度は低く、ユーザーもまだまだコアな一部の層に限られていた。当時ガレージブランド(コテージ・マニュファクチュアラー)だったゴッサマーギアおよびゴーライト(いずれも1998年創業)は、いちはやくウルトラライトに目をつけ、エッジの効いた超軽量バックパックを世に送り出していた。しかし、マスプロダクトでウルトラライトに手を出すブランドは無かった。
– マイク「開発においてもっとも苦労したのは、耐久性と軽量性の両立。競合ブランドの製品は耐久性に欠けると考えていました。だからグラナイトギアとして私たちらしい、そして理にかなった製品を出したいと思っていました。製品化までにはかなり時間がかかりましたが、トレイル・デイズをきっかけに開発は一気に加速しました」スルーハイカーによるテストを経て誕生したヴェイパートレイルは、全米でヒットし、バックパッカー・マガジンのエディターズ・チョイスも受賞した。ウルトラライト黎明期に、それだけ支持された理由とはなんだったのか。
– ロブ&マイク「私たちがこだわったのは3点です。1)耐久性 2)軽量性 3)重さを感じることなく荷物を運べる背負い心地。特に3点目が重要だと考えています。ハイカーが長距離を歩く上で重い荷物を背負う必要がありますが、そこでポイントになるのはその負担をいかに感じにくくするか。目標としたのは、実際の重さの半分程度の重さしか感じない設計にすることでした。バックパックを背負う際に、背面が曲がってしまうと背中に必要以上の負荷がかかります。だから背中にあたる面が曲がらないようにとフレームシートを採用しました。もちろん通常のシートだと重くなるので、丈夫で軽量なものを独自に開発しました」
“実際の重さの半分程度の重さしか感じない設計” というキーワードが出てきた。バックパック自体の重量を軽くするだけでなく、背負ったときに重さを感じにくくする “体感的な軽さ” という考え方が、バックパックの設計に明確に組み込まれている。ここにULバックパックのひとつのクラシックとなった理由があった。革新的な軽さをひたむきに追求するだけでなく、「ロングディスタンスハイカーのためのULバックパック」という系譜において、ひとつの解答を見出したのだ。当時、グレゴリーなどのトラディショナルな大型バックパックと、ゴーライトが初期にリリースしたブリーズなどの元祖ULバックパックの間には、広い空白地帯があった。ヴェイパートレイルは、その隔たりを埋めてくれる存在となった。ロングトリップの実用に耐えられるULバックパックとして、バックパッキングの歴史をひとつ更新したのである。
カヌーのギアから生まれた、独自のバックパックデザイン
グラナイトギア独自の開発思想、技術、アイデアは、どこから来たのか。その源泉のひとつは創業者、ダン・クルックシャンクとジェフ・ナイトの二人にある。
ダンとジェフは、もともとミネソタ州立大学に通う友人だった。ミネソタ州といえば、アメリカの中でももっとも湖と河川が多いエリア。また州内の最大標高も1000m以下で、一面に穏やかな勾配の平原が広がっている。そんな環境下でのアウトドア・アクティビティは、垂直志向のクライミングなどではなく、水平志向のハイキングやカヌーがポピュラーだった。つまり、のちにロングトレイルのカルチャーと出会う上で、もともと良い相性を持ち合わせていたのである。このミネソタでブランドをスタートしたグラナイトギアの初期の製品は、カヌーに関連するもの(たとえば、ポーテージパックと呼ばれる舟で食料を持ち運ぶためのバッグなど)が中心だった。
実はカヌー用のポーテージパックに使用しているデザインが、ヴェイパートレイルにも採用されている。グラナイトギアのバックパックといえば、フロント部分にあるアーチ状のデザインを想起する人も少なくないだろう。このアーチ型のデザインは、もともとはポーテージパックの過荷重や経年劣化による破断を防ぐ構造として使われていた。
– マイク「今やブランドの特徴ともなっているバックパックのウイング型のデザインは、縦に走るアーチと直角にコンプレッションストラップを配しています。この手のストラップ自体は珍しくありませんが、本体生地に縫いつけられていると、経年および過荷重によって破れてしまいます。そこで当社では、本体生地とは別途ウイングを設けて荷重分散させることで破断を防いでいるのです」
グラナイトギアのモノづくりは、ファンクション・ファーストという理念にもとづいている。事業をスタートしたミネソタ州は、北緯48度以北の自然環境の厳しいエリア。そのワイルド・エリアでも耐えうる高品質なアウトドア製品を作ることが、ブランドのモノづくりの根底にあった。この環境で培われた技術やノウハウが、現在のウルトラライトバックパックにも活かされている。– ロブ&マイク「私たちは “The most important is Function comes first.” という理念を持っています。製品としての美しさ、見た目の良さはもちろん大事ですが、グラナイトギアの製品を購入する約99%の人が機能性を重視して買ってくれているのです」
スーパーハイカー=トラウマのテスターとしての役割
TRAILSの記事でもおなじみのスーパーハイカー=トラウマ(※)が、グラナイトギアのテスターも務めていることはよく知られている。テスターとしてトラウマに期待していることは、どんなことなのだろうか。
※ジャスティン・リクター a.k.a. トラウマ:2006年に約1年間(356日)で約16,000kmを歩きトリプルクラウンを達成したハイカー。2011年にはグレート・ヒマラヤ・トレイルをスルーハイク、2013年メキシコのコッパーキャニオン約800kmをハイク、2015年には冬季のPCTをスルーハイク。著書 『TRAIL TESTED』がある。グラナイトギアのテスターであり、TRAILSのアンバサダーでもある。
– ロブ&マイク「トラウマはギアの軽さと耐久性についてとても敏感な人で、彼の考えが私たちのモノづくりの考え方に合っていたのです。出会ったときは今ほど知名度が高くありませんでしたが、当時から過酷な旅をしていることは知っていました。そういうハイカーのニーズに応えることが、グラナイトギアの製品開発においてとても有益だと思ったのです。トラウマの要求に応えることができれば、他のどんなユーザーにも応えることができると考えています」
グラナイトギアが選んだパートナーは、トラウマだけでなく、トレイル上のゴミを拾いながらロングトレイルを旅している「PACKING IT OUT TEAM」など、そのバラエティは幅広い。それらのパートナーから、トレイル上のさまざまなニーズをくみ上げている。– ロブ&マイク「私たちは、できるだけ頻繁にハイカーと接点を持ち、彼らの声を聞くようにしています。なぜなら、それぞれに異なるニーズがあり、その一つひとつがアイデアにつながるからです。たとえば、テスターであるトラウマにサンプルテストをお願いした際には、彼はすぐにフレームシートを抜き取り、ウエストベルトを切ってスルーハイキングに臨んでいました」
グラナイトギアは、マスプロダクト・メーカーとしては早い段階から、キューベンファイバーのスタッフザックや、シルナイロンのタープなど、新しい軽量素材へのチャレンジをしてきた。リアルなニーズをくみ上げるハイカーとのパートナーシップと、マスプロ・メーカーとしてのしっかりした品質保証体制、その両輪がそれを実現していた。– ロブ&マイク「製品ができあがるまでのプロセスは、1)目指す性能がでる素材を確定し、サンプル製品を作る。 2)品質テスト(引っぱり試験、破断テストなど)を外部委託して実施。 3)品質テストをクリアしたもののみ製品化の対象とし、テスターに実際に使ってもらい製品化の可否を検討。となっています」
アメリカ軍からも信頼されるギア。ウルトラ・ライトからウルトラ・デュラブルまで
創業時から受け継がれている品質へのこだわりは、軍からもお墨付きをもらうほど。日本ではあまり知られていないが、グラナイトギアは10年ほど前から軍用のタクティカル・ギアを作っている。
– ロブ&マイク「きっかけはアウトドア・リテーラー・ショー(ORショー)という展示会で、ミリタリーの関係者からオファーをいただいたことでした。その後、45kgの荷重にも耐えうるアメリカ陸軍特殊部隊用の製品開発をし、正式採用されました。実際に開発をしてみてわかったのは、ミリタリー用の製品で採用されている技術の多くは、アウトドアで培われた技術がベースになっていることでした」
目指すは “Biggest UL company”
カヌー関連のギアづくりからスタートしたグラナイトギアは、いまやウルトラライトギアのブランドとしての地位を確立させ、さらにアメリカ軍からも信頼を得るまでに成長を遂げた。順風満帆のようにも見えるが、今回取材に応じてくれたキーパーソンの二人は同ブランドの将来をどう見据えているのだろうか。
– ロブ&マイク「これから5年間で掲げているゴールは、ウルトラライトのバックパックおよび関連製品において、マーケットでもっとも大きなシェアをとることです。現在、ウルトラライトギアはたくさん出回っていますが、長距離ハイキングに適していないものが多い。そしてそれをちゃんと理解しているユーザーは少ないんです。ですから、まずはユーザーにウルトラライトギアの正しい知識を持ってもらうようなアクションを起こす必要があると考えています」とはいえ、ターゲットとしているのは長距離ハイキングをするハイカーだけではない。ウルトラライトが多くの人にメリットがあることを、よりたくさんの人に知って欲しいと考えている。
– ロブ&マイク「昨今、多くの若者は仕事が忙しくて時間が取れないといった理由で、もはやアウトドアが生活の一部になっていません。でもそういう人がバックパックを購入する際に、軽くて丈夫でミニマリストに近いギアの価値、必要な荷物をたくさん積んでも快適にハイキングできることの価値を理解し、気に入ってもらえればと思っています」
最後に、個人的な質問をぶつけてみた。実は筆者は、2012年、パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265㎞)をスルーハイクしに行った際、ヴェイパートレイルの後継モデルであるクラウンV.C.60を背負っていた。60ℓの容量ながら重さは900g台、しかも丈夫で背負い心地も抜群だった。正直、同ブランドのウルトラライトバックパックの完成形を見た気がした。もうこれ以上変えるべき部分はでてこないのではないか?– ロブ「アッハッハッハ!ありがとう。でも、私たちは日々、改善案をテスターのハイカーたちと検討し、ユーザーの要望に応えられる製品開発に取り組んでいます。我々の方針は『ギアがスペック不足などで行動の妨げには決してなってはいけない。ギアは行動を助けるべきである』です。たとえば、現在クラウン2は60ℓのタイプしかありませんが、実は40ℓのニーズも多くあって現在開発中です。また、ブレイズも新型をリリースする予定なので、楽しみにしていてください」
【次ページ:ハイカーズデポ土屋智哉が語る「グラナイトギアと日本のULシーン」】
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