TRAILS REPORT

NIPPON TRAIL #03 熊野古道 〜山と集落をつなぐハイキングトリップ

2017.11.10
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文:根津貴央 構成:TRAILS

熊野古道は僕の予想とちがっていた。思っていたよりもロングハイキング向きのトレイルなのだ。

舗装路は少なく、自然が豊かで、山の中を歩き続けられる。途中にトレイルが、いくつかの集落を交差し、山と里を交互につないで歩くことができる。適当な間隔にテント泊できる場所があり、また民宿や温泉もたくさんある。ハイカーやバックパッカー同士の会話も盛んだ。そしてやはり熊野という土地独特の土着的なパワーを感じる。あれ?これは「ロングトレイル」と謳って最近つくられた道よりも、ずっとロングハイキングを楽しむ旅ができるのでは?

前回掲載の四国お遍路は、締めくくりのお礼参りとして高野山に行くことが習わしとなっている。そこでTRAILSの小川は、四国のお遍路道〜高野山〜熊野古道へ、という一連の旅を構想した。かくして、高野山から熊野本宮を通って、最後に那智大滝までを結ぶ、4泊5日の旅に出かけた。

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[MOVIE]


お遍路のお礼参りの場所、高野山から始まる熊野古道の旅


熊野古道は一本の道ではなく、小辺路(こへち)、中辺路(なかへち)、大辺路(おおへち)、紀伊路、伊勢路という熊野を目指す複数の道から成り立っている。今回は、小辺路(こへち)から中辺路(なかへち)の小雲取越・大雲取越を結ぶルートを選んだ。熊野古道のなかでも山がちなルートだ。

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今回のスタート地点である高野山は、弘法大師(空海)が真言密教の修行の場として開いた場所。山の上に開かれた空海のテーマパークのようなところだ。山頂周辺には寺院が多く集まっていて、どこか俗世と隔絶されたような雰囲気もただよう。出発前夜は、宿坊に泊まり精進料理をいただいた。ここから今回の旅が始まる。

そんな四国お遍路に通ずる空海の信仰世界の場所から出発し、山の中を抜けて、里山の集落をいくつも渡っていく。歩きながら聖と俗の世界が移り変わっていく感じは新鮮だった。浄土から俗世へ。そんな感覚を味わいながら歩みを進めた。

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吉村家跡の近くの巨大なスギ。異端的な雰囲気でそびえ立っている。

道端には、その昔、熊野本宮大社を目指した人が利用した茶屋跡や、旅籠(はたご)跡などもあり、かつての参詣道の痕跡を多く残している。旅籠を営んでいた吉村家跡の近くには、防風林であった巨木のスギがそびえ立っていた。もはやスギではないようなその異様な容姿は、人を立ち止まらせるパワーがみなぎっている。

熊野の熊の語源は「クム」という言葉で、「籠(こも)る」という意味がある。その昔、後白河上皇は34回、後鳥羽上皇は28回も熊野詣を行ない、熊野に籠っていた。それだけ熊野という土地がもつ独特の土着的なパワーがあったのだろう。近年では地形学にも、熊野を含む紀伊半島の特異性があきらかになっている。地球史上でも最大級のカルデラ噴火によって、紀伊半島は1400万年前に誕生したそうだ。その大噴火のマグマにより、超巨大な花崗岩(神奈川県ほどのサイズ!)が、紀伊半島の下に埋まっているらしいのだ。やはり熊野には特別な何かがある。熊野の山並みを眺めつつ、この土地が持つパワーを想像し、先人が籠るために歩き旅をした姿を思い浮かべてしまう。

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【MAP】高野山から熊野本宮を参り、ゴールは那智大滝。5日間約110km。ハードに歩けば3日でも歩ききることができる。高野山から熊野本宮までは小辺路。熊野本宮から那智大滝(那智大社)までは中辺路の小雲取越・大雲取越をゆく。


トレイル上の集落と集落をつなぎながら歩く熊野古道


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アメリカのロングトレイルも日本のロングトレイルも、食料補給をしようと思ったら、一旦トレイルを離れて町に下りないといけない。熊野古道のユニークなところは、トレイル上に集落があることだ。トレイルをはずれて集落に降りるのではなく、トレイルを歩いていると、自然と集落も通る道となっている。食料を補給しようがしまいが、それとは関係なくかならず集落を通過する。そこでちょっとした食料の補給ができたり、民宿が近くにあるところもある。そして旅のなかに、地元の人とのささやかなやりとりも生まれる。

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山の上から望む十津川村の風景

1日目の野迫川村では、村人と言葉を交わした。今日は本宮に向かって歩いている人がこのくらいいたよ!今日は天気がいいね!といった感じの他愛もない話が心地良い。ハイカー同士の会話と違うぬくもりがある。2日目の十津川に下りる途中の道では、軽トラを停めていたおじさんに話しかけられた。熊野古道を歩いているんですよ、と伝えたら、「ちょっとこの先の道がわかりにくいけど、でも道標があるから気をつけていけば大丈夫」とアドバイスもらって、そこでおじさんとは別れた。

しばらく進んでいくと、目の前に先ほど別れたおじさんが、こちらを向いて待っているではないか。「ここだよ、ここ!」と笑顔のおじさん。どうやらクルマで先回りして、まぎらわしいと言っていた分岐のところで待っていてくれたみたいだ。この地域になんの縁もゆかりもない僕に対して、こんなに親切にしてくれるだなんて……。地元の人とのこんなやりとりが生まれるところも、トレイルと集落が交差している熊野古道らしい特徴のひとつだろう。

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熊野古道は2004年に世界遺産登録されるまで、ある意味「忘れられた古道」であった。江戸時代にはお伊勢参りが注目され、その後の時代にも、他の観光地と比べ特別に注目をされることはなかった。四国お遍路が、大正、昭和期のツーリズムのパワーを活用しながら、発展してきたのとは大きく異なる。そのためか、山のなかを歩ける道も多く、トレイル周辺にも素朴な色合いがより強く残っているように感じる。


テント泊だけでなく、温泉や民宿を使うのもハイカーらしい旅


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1泊目は、伯母子峠の避難小屋脇でのテント泊。南側に少し歩いたところに沢があり、水の補給もできる。


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今回は4泊5日のうち、3泊はテント泊。[左上] 吉村家旅籠跡近くの三十丁の水 [右上] 今回使用したTarp tentのSquall 2 [左下] 小雲取越・大雲取越の間にある小口自然の家のキャンプ場。早く着いたのでハンモックを張ってお昼寝。 [右下] 避難小屋のある伯母子峠からの夕焼け。

熊野古道の今回のルートは、宿泊の自由度も比較的高い。高野山から那智大滝までを、すべてテント泊の野営スタイルで歩くこともできるし、途中に温泉や民宿もあるので、ゆっくりとお風呂に入り、地元のご飯をいただきながら旅することもできる。

僕らは、今回の4泊5日の行程は、すべてテント泊の予定だったが、途中リサーチミスによりテント場を見つけられず、十津川温泉では民宿のお世話になった。おかげで温泉にもご馳走にもありつけて、ラッキーだった。十津川温泉のほか、熊野本宮の近くにも、有名な湯の峰温泉や川湯温泉がある。僕らは熊野本宮のエリアでは、渡瀬温泉のキャンプ場に泊まり、ここでも温泉につかった。

登山などで下山後に温泉につかるのでなく、トレイルの途中で温泉で体を癒やしながら旅をするのは、いかにも日本らしくていいではないか。高い山のピークを目指すのではなく、中低山をつなぐように歩くことが多いロングハイキングだからこそ味わえる旅の風情だ。

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十津川温泉でお世話になったお宿。急だったにもかかわらず、宿の人はこころよく迎え入れてくれた。夕食は釜飯と鮎の塩焼きをいただいた。鮎を見ると、熊野川を下る川旅もしたくなる。

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[左上]果無(はてなし)峠近くの観音堂。トイレ、水場もあり。 [右上]熊野本宮近くの渡瀬温泉のキャンプ場。 [左下]伯母子峠の避難小屋。 [右下]大股近くの萱小屋(かやごや)跡の避難小屋。


スピリチュアルな雰囲気とラーメンが、外国人にとっても日本らしいトレイル!?


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小雲取越、大雲取越には、このような古くからの石段の風景が多く残っている。

熊野古道のいくつかある道のなかでも、メインの道といえる中辺路に入ると、外国人のバックパッカーも多くなる。僕らは、途中で出会ったオーストラリア人の若い女の子と、1日一緒に歩くことになった。「オーストラリアにもたくさん素晴らしいトレイルがあるのに、なぜまた日本へ?」と尋ねると、「たしかに自然は豊かだけど、あくまで自然を楽しむところ。熊野古道みたいにスピリチュアルなトレイルはないから、ぜんぜん違うの」と言っていた。どこか当たり前のものとも思っていたが、自然以外の楽しさも味わえる熊野古道のような道は、外国人から見ても特別なトレイルなのだ。

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小雲取越の百間ぐらの見晴らし。小雲取越では海外からのバックパッカーに多く出会った。左から、オーストラリア人、フランス人、イギリス人のバックパッカーたち。

小雲取越の先にある小口自然の家のキャンプ場では、イギリス人のカップルと、炊事場で一緒になった。二人が持っていたスーパーの袋からのぞいているのは、玉ねぎ、人参、もやし、それに「サッポロ一番みそラーメン」。二人とも熊野古道という歴史的な道をずっと歩きたいと思っていたそうだ。ずいぶん美味しそうに即席ラーメンを食べているなと思ったら「衣食住を背負って日本のトレイルをバックパッキングするんだったら、ラーメンを作りたい!って思ってて。それが夢だったんだよ」とのこと。熊野古道だけじゃなくラーメンにまでそんな思い入れを持ってくれているだなんて、なんだか日本人として恐縮である。

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熊野古道は、どのようなスタンスで歩くかによって、印象が変わるトレイルだろう。山登りや自然をがっつり楽しみたいという人には、ちょっと歩きごたえがないかもしれない。ルートも整備されてしっかりしているので、チャレンジングな要素も少ない。でも、メロウに日本らしい風景を、自然も里も交えてロングハイクしたいならば、一度は訪れるべき価値のあるトレイルだ。僕らは今度はパックラフトをもって、熊野の川の道に行こうと思っている。


review

どこを歩くかよりも、どう歩くか。

熊野古道は、世界遺産ということもあってメディアにもよく取り上げられているし、関連書籍も数多く出版されている。それゆえ、このNIPPON TRAILに登場するにあたり、なんだ熊野古道か?と思った人もいるかもしれない。もっとマニアックな道を期待していた読者もいただろう。

でも僕は、「どこを歩くか以上に、どう歩くかが大切」だと思っている。それがこの連載の真骨頂でもある。たとえ知り尽くされた道であろうとも、歩き方次第でその道のおもしろさや価値は変わってくるのだ。

数年前、ヒマラヤのトレイルを歩いていたときのことだ。とある親子(母親と子ども)に出会い、そこがその子どもの通学路になっていることを知った。アップダウンもありそれなりに険しい道を、雨の日も風の日も毎日歩いている子どもがいる。この一見なんの変哲のない道にも人それぞれのストーリーがあることがわかり、僕にとっても思い入れのある道となった。

また、熊野古道における外国人ハイカーの存在も見逃せない。異国の人にとっては、僕らの当たり前が当たり前ではない。彼らから、あらためて日本の良さに気づかされることも多い。こういうハイカー同士の交流が、ロングハイキングの魅力でもあると思う。

みんな、もっともっと日本の道を歩こう。歩く人が道をつくり、道に彩りを与えてくれるのだ。

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WRITER
根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年4月、TRAILSに正式加入。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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