信越トレイルメンテナンスツアー2025 | ATCから学んだ整備方法の実践

文:Lost & Found 写真・構成:TRAILS、信越トレイルクラブ
ロングトレイルにとって重要なのは、トレイルをつくって終わりではなく、維持管理の仕組みをきちんとつくることにある。
維持管理において重要なのが、トレイルメンテナンス (トレイル整備) 。これは大事なトレイルカルチャーのひとつである。
ロング・ディスタンス・ハイキングの本場であるアメリカのトレイルメンテナンスのカルチャーを、日本のハイカーにも体験してもらう受け皿として、2013年にHiker’s DepotとTRAILSで共同企画、運営することになったのが、この信越トレイルのトレイルメンテナンスツアーのはじまりだ。コンセプトは「自分たちの遊び場は自分たちで守る」。
今回、このメンテナンスツアーをレポートしてくれるのは、2018年にアパラチアン・トレイル (AT ※1) をスルーハイキングし、TRAILSの記事「LONG DISTANCE HIKER」(※2) にも登場してもらった佐藤有希 (トレイルネーム: Lost & Found) 。現在は、信越トレイルクラブ事務局のスタッフとしても働いてるハイカーだ。
ハイカーとトレイル運営団体の双方の視点から、トレイルメンテナンスツアーについて語ってもらった。
※1 AT:Appalachian Trail (アパラチアン・トレイル)。アメリカ東部、ジョージア州のスプリンガー山からメイン州のカタディン山にかけての14州をまたぐ、2,180mile (3,500km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
※2 「LONG DISTANCE HIKER」:Lost & Foundが登場してくれた回はコチラ。「LONG DISTANCE HIKER #14 佐藤有希 | トレイルをつくる側の立場で、ハイカーと触れ合う楽しさ」。https://thetrailsmag.com/archives/61494
*信越トレイルを歩くハイカーたち。
ロング・ディスタンス・ハイカーたちが支える信越トレイル。
筆者 (写真左) がトレイルメンテナンスについて打ち合わせしている様子。
信越トレイルクラブには、現在3人のロング・ディスタンス・ハイカーがいる。事務局の鈴木栄治さんと佐藤有希 (筆者)、そして登録ガイドの黒川小角くん (2021年までは同じく事務局員として活躍)だ。栄治さんと自分はAT、小角くんはPCT (※3) とCDT (※4) のスルーハイカーだ。
ハイカーは、シンプルに自分たちが遊ぶフィールドを自分たちの手で整え守りたい、と思う。それは、トレイルがハイカーのホームだからにちがいない。
「信越トレイルハイキング&メンテナンスツアー」は、トレイル整備だけが目的ではなく、整備に加えて、信越トレイルをデイハイキングし、地元のトレイルタウンに泊まるという内容のツアー。
ボランティアにより支えられている信越トレイル。
1日目。集まったメンバーは、まず飯山駅のすぐ隣にあるスーパー「ツルヤ」へ。ハイキングと整備で食べるランチを各々調達する。
その後、トレイルヘッドの牧峠へ向かう。上越方向に眺望が開け猛禽類の渡りが見られる牧峠は、バードウォッチャーに人気のスポットだ。
そこから西へ、関田峠とその先のブナ林を目指してデイハイキングのスタート。名物の曲がりくねったブナを、跨いだりくぐったり。途中、残雪スポットではプチ雪合戦。歩いて火照った身体に雪玉が当たってひんやり、ハイカーたちは大はしゃぎだ。
トレイルタウンの飯山にあるパティスリーヒラノのスイーツ。
ゴール地点のブナ林では事務局スタッフが出迎えてのお茶タイム。トレイルタウンの飯山にあるスイーツの名店パティスリーヒラノの新作「メロンのパンナコッタ」。ひとたび口に入れるや、その美味しさに全員が身もだえる。
冷たいコーヒーと紅茶を飲みクールダウンした後は、LEAVE NO TRACE (LNT ※5) のレクチャータイム。信越トレイルクラブは、LNTに賛同し日頃からハイカー向けに啓発を行っている。
今回は7つの原則をベースにハイキング中のトイレ方法についてみんなで考え、実演してみた (用足しはスキップ)。
1日目にはLEAVE NO TRACE (LNT) の簡単なレクチャーを実施。
ハイキングを終え、なべくら高原・森の家にチェックインした後は、同じ集落内にある沖縄料理の食堂パイパティローマへ。トレイルのふもとにある小さな集落にはにぎやかな笑い声と三線の音が響き、参加者たちは地元住民との交流を楽しんだ。
※3 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
※4 CDT:Continental Divide Trail (コンチネンタル・ディバイ・トレイル)。メキシコ国境からニューメキシコ州、コロラド州、ワイオミング州、アイダホ州、モンタナ州を経てカナダ国境まで、ロッキー山脈に沿った北米大陸の分水嶺を縦断する3,100mile (5,000km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
※5 Leave No Trace (リーブ・ノー・トレース):環境へのインパクトを最小限に抑えながらアウトドアを楽しむための行動基準。その指針はシンプルな7原則としてまとめられている。アメリカのハイキング・カルチャーにおいて、ハイカーが守るべきルールとして浸透している。現在は、その考え方や指針は世界中に広まってきている。 (詳細は「Leave No Trace」のWEBサイトを参照。 https://lnt.org/)。
ATCとの友好協定から生まれたトレイル整備のノウハウ。
ATもトレイル整備の方法がまとめられたフィールドブック。
2日目はトレイル整備。この日は近年のアパラチアン・トレイル (AT) の関係団体から学んだトレイル整備方法を実践する。
信越トレイルはアメリカのATをお手本に作られた。「お手本」にしたのは維持管理のシステムももちろんだが、トレイル整備についてもまた、ATから多くを学んでいる。
信越トレイル開通前の2003年。当時の信越トレイル関係者が、AT視察に訪れた。その20年後の2023年、信越トレイルクラブはアパラチアン・トレイル・コンサーバンシー(ATC)と友好トレイル協定を締結した。
フィールドブックには、具体的なトレイル整備の考えや方法が書かれている。
それを契機にATのメンテナンスを担う各エリアのトレイルクラブとの交流が始まり、昨年はカロライナ・マウンテン・クラブ (CMC)、そしてジョージア・アパラチアン・トレイル・クラブ (GATC) のメンバーたちが立て続けに信越トレイルを訪れてくれた。
ATのトレイル整備を担うクルーと一緒に歩きながら、トレイルを観察し、課題を共有して、整備ワークショップも行った。そこから学んだノウハウをもとに、今年いくつかの新しい取り組みを試みることになった。
ATのトレイルメンテナンスクルーから学んだことを、今回の整備で実践。
1つ目はトレイルのクリアランス(幅と高さ)を取ること。1枚のドアを目の前に持ってトレイルを通過できるようなイメージだ。
歩いて引っかかりそうな枝や倒木などをしっかり除去すると、ハイカーにとって歩きやすいクリアランスが確保できる。またそうすることで、ハイカーがトレイルの脇を踏まなくなり周囲の植生を保護できる。
2024年、TRAILS Crewもジョージア・アパラチアン・トレイル・クラブが信越トレイルを訪れた際に一緒にトレイル整備を学んだ。
2つ目はトレイルに流れてくる水をコントロールすること。簡単にいうと、トレイル上に水がとどまらずに谷側に排出されるような、流れをつくること。
そのために、道の端に溜まった堆積物を取り除き、山側を少し削り取って道幅を広げたうえで、谷側に向かって路面に若干勾配をつける。自分もATを歩いたとき、よく目にしたトレイルの形状はたしかにこんな感じだった、と納得した。
重機を使わない「ハンドメイドな」トレイル整備。
これからトレイル整備の開始。集まったハイカーたち。
今回整備をしたのはセクション3の、トレイルヘッドの仏ヶ峰登山口から西。雪解け後1発目の草刈りと枝払い、そして急斜面の道の拡幅を行う。
2024-25の冬は例年よりも積雪量が多く、雪解けはなかなか進まず、整備の進捗は遅れ気味だったので、ハイカーのみんなの力は大きな助けになる。
夏のシーズンは、草刈り、枝払いを続ける必要がある。
現地に着き整備スタート。刈払機を持った整備スタッフを先頭に、鋸 (のこ) と剪定鋏 (せんていばさみ) を手にしたハイカーたちが続く。
トレイルにかかっている枝や笹を取り除き、1m×2mのクリアランスを確保。熊手を任された人は刈られた草や散らばった枝葉をトレイル脇に除け、路面をきれいにしていく。
1,000m前後の標高をいく信越トレイルは、これからの時期は草との戦いになる。ぐんぐん育つヤツらがトレイルを覆い隠してしまわないよう順繰りに手入れをしていき、夏が終わるまでには各箇所だいたい2回は草刈りを行う。
鍬を使って水がトレイル上にとどまらずに谷側に排出されるような流れをつくる。
急斜面の足元が狭く滑りやすい場所で、ジョージア・アパラチアン・トレイル・クラブから教わった道の拡幅処理を施す作業。それまで担いできた鍬 (くわ) を栄治さんが参加者数名に手渡す。
加藤則芳さん (※6) の言っていた「爪でひっかいたような1本のトレイル」、もし整備をやめたら数年で自然に還っていくような、自然に過度の負荷をかけない道を維持するために、重機は使わず「ハンドメイドなトレイル整備」を続けている。
地道な作業だが、こうやってみんなでワイワイやると、不思議と大変さが楽しさで上書きされていく。作業後はピカピカになったトレイルを戻る。自分がここを整備したんだ、という自負と愛着が芽生える、個人的にも大好きな瞬間だ。
※6 加藤則芳:1949年埼玉県生まれ。作家・バックパッカー。日本にロングトレイルを紹介した第一人者であり、国内外の自然保護やロングトレイルをテーマに執筆をつづけた。『ジョン・ミューア・トレイルを行く』『メインの森を目指して』(平凡社)など著書多数。信越トレイルには構想段階からかかわる。2013年4月17日永眠。
トレイル整備の担い手の輪を広げていきたい。
みんながトレイル整備で使った道具。
整備終了後、なべくら高原・森の家に戻ってみんなでお茶タイム。用意された冷たい麦茶とお菓子が疲れた身体にしみる。
そういえば、トレイル整備というものが一般の人たちにも認知が広がってきているらしく、ここ数年「整備やってみたいなと思って調べたら信越トレイルが出てきたので、来てみました」という声が増えている。
トレイル整備に5回参加するともらえる、整備Tシャツ。
今年のハイキング&メンテナンスツアーは総勢11名が参加してくれた。その顔触れはさまざまで、はじめましての人から、過去に信越トレイルクラブが主催したイベントに参加してくれた人もいる。
そして、ここ何年も連続で来てくれているハイカーの姿もあった。カウントしたら今回で5回目ということで、信越トレイル特製の整備Tシャツ(5回の整備ボランティア参加で1枚進呈、非売品) が手渡された。
今回の信越トレイル トレイルメンテナンスツアーに参加したハイカーたち。
信越トレイルクラブではシーズン中、整備ボランティアを広く募集している。これから先も持続的に道の維持管理を行うために、若い世代にも興味をもって来てほしいと願っている。今後は企業や学校などとも連携して、トレイル整備の輪を広げていきたい。ちなみに今回は小学5年生の子も参加してくれた。
また信越トレイルクラブでは、トレイルに関心を持ってくださった方向けに、ドネーション「信越トレイル整備協力金」ができるような取り組みも近年続けている。
自分たちが遊ぶフィールドを、自分たちの手で守り次の世代に渡していく。そしてそのマインドを日本各地のトレイルに伝播させる。そんなポジティブな循環を生み出す仲間に加わってもらえたら嬉しい。
トレイル整備の新たな輪が広がるよう、トレイル管理団体では日々活動を続けている。
信越トレイルのトレイルメンテナンスに興味を持ったハイカーは、信越トレイルクラブでは随時、整備ボランティアを募集しているので、信越トレイルのホームページ (https://www.s-trail.net/) をチェックしてみて、ぜひ参加してみてほしい。
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