LONG DISTANCE HIKER #14 佐藤有希 | トレイルをつくる側の立場で、ハイカーと触れ合う楽しさ
話・写真:佐藤有希 取材・構成:TRAILS
What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。
何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。
そんな旅のスタイルにヤラれた人を、自らもPCT (約4,200km) を歩いたロング・ディスタンス・ハイカーであるTRAILS編集部crewの根津がインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。
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第14回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、佐藤有希 (さとう ゆうき) a.k.a. Lost&Found さん。
有希さんは、2018年にアパラチアン・トレイル (AT ※1) をスルーハイクしたロング・ディスタンス・ハイカーだ。
有希さんは2018年12月に、信越トレイルのトレイルタウンである長野県飯山市に移住。2019年4月から信越トレイルクラブ事務局のスタッフとなり、現在も活躍している。もしかしたら、信越トレイルのイベント等で会ったことがある人も多いかもしれない。
そんな有希さんは、自身もまだまだ歩きたいという思いとともに、ロング・ディスタンス・ハイキングをする人がもっと増えたら嬉しいと語る。それは、いちハイカーとしての純粋な気持ちからだった。
ちなみに信越トレイルでは、アメリカのロングトレイルをスルーハイキングした3人のハイカーが、今までにスタッフとして働いている (現在もスタッフ募集中 ※2)。これまでそんなトレイルは日本になかったし、すごく貴重なことでもある。すでにこの連載で鈴木栄治さんと黒川小角さんの2人を取り上げたが、今回は3人目として佐藤有希さんを紹介したい。
自然の中を何千kmも歩くという行為が、気になった。
—— 根津:どうして、ATを歩こうと思ったんですか?
佐藤:「きっかけは、2008年頃に観たテレビのドキュメンタリー番組です。そこでATが特集されていて、なんとなく気になったんです。文明から離れて、自然の中を何千kmという途方もない距離を自分の足で歩くことに惹かれたんです」
—— 根津:もともと登山やハイキングをやっていたんですか?
佐藤:「子どものころに近所の低山に行く程度で。大人になってからはぜんぜんやっていませんでした。初めてテントを買ったのは、2011年の東日本大震災のボランティアのため。その後、テントを買ったアウトドアショップに行ったら、登山教室のポップがあって。テントもあるし、参加してみようかなというのがちゃんとした山登りのはじまりです」
—— 根津:ATの準備のために山登りをはじめたわけじゃないんですね。
佐藤:「そうですね。山登りをはじめてからATのことをまた思い出した感じです。いろいろ調べているうちに加藤則芳さんのことも知り、憧れるようになりました。それで信越トレイルだったら歩けるかなと思って、スルーハイクしたのが2016年のことです」
—— 根津:信越トレイルの次はATだなと。
佐藤:「信越トレイルがすごく楽しくて。5日間の行程は初めてだったのでかなり疲れましたけど、とてもしっくりきたんです。登山教室でみんなと一緒に行くのも楽しかったけど、こういう完全に自由な歩き旅も楽しいなと。歩き終えたら、ATも歩きたくなってしまいました」
計画もせずにダラダラ歩くのが、すごく楽しかった。
—— 根津:ATを実際歩いてみてどうでしたか?
佐藤:「最初からアップダウンがキツかったですね。しかも、つづら折りじゃなくて直登ばっかりで。これには驚きました。
あと序盤は、100mile (160km) 歩いただけでも自分的にはすごいことだったんですが、ホステルとかによく貼ってあるマップを見ると、2,180mile (3,500km) という全長のうちのほんのちょっとでしかなくて。ぜんぜん進んでないじゃん!と」
—— 根津:キツイという印象のが大きかった感じですか。
佐藤:「体力的にはラクではなかったですが、毎日歩いて、食べて、寝てという生活をすべて自由意志でできるのが本当に楽しかったです。ひとつもケガなく歩けましたし」
—— 根津:自分の好き勝手に、自由に何でもできる。それが、有希さんにとってのロング・ディスタンス・ハイキングの魅力でしょうか?
佐藤:「適切な表現かはわからないですけど、計画しなくていいっていうのが一番ですね。短い距離、短い期間だと、どこで泊まってどこで下りてというのをキッチリ決めないといけないじゃないですか。でも、ATくらい長いと計算できない。
しかも、ロング・ディスタンス・ハイキングは歩くことが目的だから、どっかにいって、これを見なきゃいけないっていうのもない。目的地を決める必要もない。
目的地を決めて、計画をして、それ通りに行くっていう観光旅行みたいなのは私は苦手なんです」
—— 根津:計画しなくていいっていうのは面白いですね。それを象徴するエピソードはありますか?
佐藤:「マサチューセッツ州のクッキーおばさんの家ですね。自宅にブルーベリー畑があって、その脇でテント泊ができるんです。しかもベリーは食べ放題。
その時、私はトレイルで出会ったアメリカ人ハイカーたちとしばらく一緒に歩いていたんです。彼らは私みたいにビザの期間もないから、いつもその日の気分で歩いていて。今日はもうここでやめよーぜーとか言って、歩くのをやめちゃうわけです (笑)。
そんな彼らと、ダラダラ歩いた日々はすごく楽しかったです」
ハイカーに、自分の好きなトレイルを届けたい。
—— 根津:信越トレイルの次にATをスルーハイキングした後、さらに海外のトレイルへ歩きに行くのではなく、信越トレイルの麓に移住しました。それはどういう理由からですか?
佐藤:「ずっと東京で働いていたのですが、トレイルが遠いじゃないですか。行くだけで大変なので、まずはトレイルの近くにいたいと思ったんです。信越トレイル周辺の自然環境も気に入っていたので。
それで最初は、たまたま欠員もあって信越トレイルのビジターセンターでもある『なべくら高原・森の家』のスタッフとして働きはじめました。森の家には、信越トレイルの事務局もあるんですが、私の隣で鈴木栄治さんや黒川小角くんが信越トレイルの仕事をしているわけです。それを日々見ていたら私もやりたくなったんです」
—— 根津:信越トレイルの仕事のどこに惹かれたのですか?
佐藤:「自分が歩いて面白いと思ったトレイルを運営している姿を見て、楽しそう! って思ったんです。トレイル開きや整備や各種イベントなど、1年間こういう風にしてトレイルを運営しているんだなぁと。
自分がここに関わることになったら、他のハイカーに、自分の好きなトレイルを提供することになる。それをやることで、もっと他の人にもここを歩いてほしいって思ったんです」
—— 根津:実際に携わってみてどうですか。
佐藤:「イベントに参加してくれる人と交流したりと、ハイカーとダイレクトに繋がれることが嬉しいですね。この道いいでしょ? いいですね! みたいなコミュニケーションが楽しいです。
信越トレイルは、登山の延長で来る人もけっこういて、ロングトレイルやロング・ディスタンス・ハイキングに少し興味があって、その入口として来る人が多いんです。この中から、どれだけの人がロング・ディスタンス・ハイキングにハマるかなー? と見てるのも楽しいです」
—— 根津:ロング・ディスタンス・ハイキングを楽しむ人を増やしたいと。
佐藤:「積極的にプッシュするというよりは、ちょっとでも楽しさが共有できたらいいなという感じです。
私自身、毎年のように参加しているイベント『LONG DISTANCE HIKERS DAY』(※3) でいつも思うんですけど、集える仲間がいるってすごく良いなと。私は、大人数が集まるパーティーは本当に苦手なんですが、ハイカー同士だったら大丈夫なんです。そして、そういう仲間は少ないより多いほうがいいですよね」
This is LONG DISTANCE HIKER.
『 仲間は、少ないより多いほうがいい 』
有希さんは、また1,000kmを超えるような長い距離のトレイルを歩こうと思っている。そしてハイカーとして歩きつづけたいという思う一方で、道づくりにも深く関わっている。
その根底にあるのは、自身もその楽しさに魅せられてどっぷりハマってしまったロング・ディスタンス・ハイキングというものを、もっと楽しむ人が増えたらいいなという想いである。
それは決して、普及だとか啓蒙だとか大仰なことではない。一緒にいて居心地の良いロング・ディスタンス・ハイカーという仲間は、多いほうがいいというだけのこと。そういうまっすぐな思いがハイカーらしいし、それが今、まさに伝播していっている気がする。
根津貴央
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