フォロワーゼロのつぶやき 中島悠二 #04 早春、木更津
<フォロワーゼロのつぶやき> 中島君(写真家)による、山や旅にまつわる写真と、その記録の断面を描いたエッセイ。SNSでフォロワーゼロのユーザーがポストしている投稿のような、誰でもない誰かの視点、しかし間違いなくそこに主体が存在していることを示す記録。それがTRAILSが中島君の写真に出会ったときの印象だった。そんな印象をモチーフに綴られる中島君の連載。
#04「早春、木更津」
これはロングトレイルでは全然なく、というか只の散歩で、とはいえ隣の「NIPPON TRAIL」という企画に触発されたことは確かで、だから書いてみよう。
早春、自分と同じくらいかもっと暇な友達(後藤くん)がいて、平日の昼にバスタ新宿に集合する。日帰りのバス旅でもしようということで、それでは手頃な距離の木更津にするかと、ビールを買ってバスに乗る。長いトンネルを抜けると海で、1時間半もすれば休憩なしで着いた。
ぎりぎりでトイレに駆け込んだ後、方向はとくには決めないが大回りしながらでも海のほうに向かうイメージで歩き始める。売店やコンビニをみつけ次第ビールを買って飲みながら歩く。またコンビニをみつけるとビールを買って歩く。コンビニをつないで飲みながら歩くという、これだけが結果的にルールらしくみえなくもない。海に着くと、海に大きくかかる赤い橋がみえる。しばらく風にあたってから、また歩き出した。歩いているのは、あとは鳩がいる。枯れ草の背が高い脇を抜ける。市営の体育館に入ってトイレを借りる。中学生がバスケしてる。ボールが床をはねる音が響く。トイレにいくとまた調子がでてきて、コンビニをみつけてビールを買って歩く。海にかかる赤い橋がさっきよりは遠く、角度をかえてまた見えた。
日が暮れてくると、駅のほうにぐるっと戻って、居酒屋に入る。ばあさんは耳が遠いので大きな声でオムレツとみそ汁を注文。居酒屋をでると道中で目星をつけていた古いキャバレーに入った。入ると恐ろしく静かで、やってないと思ったらやってた。キャバレーらしい華やぎは皆無で、老夫婦が立っている。あと猫もいた。「50年やっている木更津で一番古い店」と説明を受けた。立派な革張りのソファーが並ぶ中に僕らだけが座り、ポツンと照明を浴びている。ハイボールを頼んで柿ピーをつまみ、ミラーボールが回る立派なステージもあるし、せっかくだからと一曲ずつ歌った。井上陽水にしたか、マイクはエコーがかかりすぎていて、自分の声があの世みたいに広い店内に響いて最後まで調子をつかめず、う~ん、とやりきれないまま曲は終わっていく。後藤くんが歌い終わると、遠くでばあさんが小さく拍手をしながらトイレに入ってく背中がしみじみと印象に残った。曲が終わるまでは決して入らない、それはあの人の仕事なのだ。
木更津から新宿に戻るバスはわりと遅くまである。駅前のコンビニで寿司を買って乗り込み、後ろの席についたら、シートにこぼさないよう醤油を慎重にたらして食べる。トンネルを抜けるともうこちら側の世界で、長い一日は短かった。
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