フォロワーゼロのつぶやき 中島悠二 #03 記憶の画鋲
<フォロワーゼロのつぶやき> 中島君(写真家)による、山や旅にまつわる写真と、その記録の断面を描いたエッセイ。SNSでフォロワーゼロのユーザーがポストしている投稿のような、誰でもない誰かの視点、しかし間違いなくそこに主体が存在していることを示す記録。それがTRAILSが中島君の写真に出会ったときの印象だった。そんな印象をモチーフに綴られる中島君の連載。
#03「記憶の画鋲」
確かに行ったのに、ほとんど記憶がない山行について。数年前にいった吾妻山。何年前かは思い出せない。そんな前ではない。夏だった。深夜バスで福島駅に着くと、まだ夜明け前なので、駅の北側の出口をでた右側のほうに芝生があってベンチがある、そこで朝がくるまで寝た。起きたら、もうだいぶ明るくてサラリーマンとOLが何人も過ぎる、そのシャツの白が、とても白かった映像の記憶。芝生の上を鳩が歩いていたような気がする。隣のベンチにホームレスのおじさんが寝ていたかも。それからがわからない。
縦走したのだから、どこかに泊まった。天気は良かったか。何かを食べた。本は読んだか。動物をみたか。
別に、答えが知りたいわけではない。思い出そうと思えば思い出せる。手帳の中を探したり、地図を引っ張り出せば、手がかりはいくらでもある。でもそれはなにか、もったいない気がする。ここまで思い出せないのもめずらしいから、この不安定でおぼろげな状態をできるだけ引き延ばして、その中にいたい。思い出すのはやめよう。思い出してたまるか。
もうだいぶ前、北アルプスを歩いていると、まわりの景色を眺めながら、単調な曇り空なのもあって、この時間はすぐ忘れるな、即刻、と思ったことがある。「なんて印象に残らない景色だろう!」と声に出したかもしれない。そのことが逆に記憶の画鋲になったか、いまでも記憶に留まっている、なあんてこともある。
ただ、はっきりと憶えていることがひとつ。吾妻山から下山してきて、米沢だった。駅前の古びた洋食屋に入った。米沢牛が食べたいが、ステーキは高い。ハンバーグを頼んだ。淡いピンクのテーブルクロスの上に、形のいいハンバーグが運ばれると、店内のBGMが次の曲へ。ポール・モーリアの、よく知っている、マジックショーで流れる定番の曲(Youtubeで調べたら、「オリーブの首飾り」という)が流れた。品のいいおばさんがお冷やを足してくれると、さらにムードが高まって、その中でハンバーグにナイフを入れたこと。
TAGS: